入社以来、駅で勤務していた私はこの春から忘れ物センターへ異動になった。そのせいで私の勤務駅を利用する〝松本さんを拝む〟という平日の日課が奪われてしまった。
〝松本さん〟とは、ひとつ前の冬、券売機前に手袋を忘れ取りにやってきた人生に一度出会えるかどうかの男前のお客さま。同期は「脈ゼロなのによくもまぁ…」と呆れていた。脈があるかどうかではなく、男前は目の保養というやつだ。
人事異動め。私の癒やしを返してくれ。
目の前にある山のような忘れ物を仕分けしながらひとりごちていると自動ドアが開いた。
「こんにちは」
顔を上げ挨拶すれば、居心地悪そうに入ってきた男性。身長は平均男性ぐらいで、涼しげな目元とほんのり下がった眉。明るい茶髪にたくさんのピアス。
うわ〜。チャラいな。そんな印象を受けた。それと同時に私はこの男性を見たことがある気がした。記憶を遡ってみるがなんせ毎日不特定多数と接する仕事。こういうタイプもたくさんいるし気のせいだと片付けた。
「あの、すみません。昨日なんですけど車内に帽子を落としてしまって…」
見た目の雰囲気よりも低い声に心臓がドクンと跳ねた。
「あ、はい…え、っと、帽子、ですね」
「はい」
いつ頃電車に乗っていたのか、帽子の色や形。お決まりの内容にひとつひとつ丁寧な答えが返ってくる。失礼かもしれないがこういう時、人は見た目によらないということをひしひしと感じる。世の中スーツを身に着けきっちりしてそうなほど横柄だったりするもんだ。
データ上それらしき物を発見したが、物は今しがた各駅から集まった仕分け前の荷物の中に埋もれている。探すにはそれなりの時間を要してしまう。それを伝えると男性は「あ、そしたら急いでないので夕方また立ち寄ります」と見つかったことに安堵の表情を浮かべた。きっと大切な人から貰った物なのだろう。
「助かります。お名前よろしいですか?」
「一之倉です」
一之倉さんはよろしくお願いしますと会釈をひとつして出ていった。
夕方再び一之倉さんはやって来た。準備していた帽子と彼を照らし合わせ、チャラいというよりオシャレなのでは?と印象が変わった。
色は黒、デザインはとてもシンプルなニット帽。あえてレディースのポンポン付きを選んでいる辺り、センスの良さが窺えた。
「こちらでお間違いないですか?」
「はい。本当にありがとうございました」
一之倉さんに受け取りのサインを促し、帽子の左前面に付いているロゴに目がとまる。そういえば松本さんの手袋も同じブランドだったなと。
「2回もお姉さんにお世話になるとは思わなかったです」
サインを終えふふっと笑った一之倉さん。何のことやらと首を傾げていると、身分証を取り出しながら「外」と短く言った。言われるがまま自動ドアの外へ視線をやると、そこには私の癒やしであった松本さんが。
点と点が線で繋がる。
彼を見たことがある気がしたのは気のせいじゃなかった。
「あの手袋、オレがあげたんですけどあいつが置き忘れちゃって。あの時もっと大事にしろよって結構強く言ったんですよね。なのにこのザマです」
「そうだったんですね。本当に見つかってよかったです」
「また失くしてもお姉さんにお願いすれば見つかるかも」
静かに口角を上げた一之倉さん。私としてはこんなに素敵なカップルと接する機会があるのはありがたいが、仕事を増やされるのはたまったもんじゃない。
確認した証明書を返して「もう失くさないように気をつけてください!」とその背を見送った。
一之倉さんに帽子を被せた松本さんは怪訝な表情を浮かべていたが、一之倉さんが何かを耳打ちすると私に向かって頭を下げてくれた。
ふたりはあの日と同じように手を繋いで夜の街へ消えて行った。
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