今日は比較的お客さまも少なく、大きなトラブルもなく過ごしている。平和だなぁと、決して口にしてはいけないことを思う。この仕事において“平和”だなんて口にすれば何かしら起きることはここにいる誰もが経験済みだからだ。
そんな中、外線が鳴る。「お前が出ろよ、俺さっき出たから」と同期から振られ仕方なく受話器を取った。
「お電話ありがとうございます。〇〇電鉄△△駅です」
電話の相手は珍しく丁寧な男性だった。カードにチャージした際、券売機の前に手袋を片方忘れたとのことだった。そういえばついさっき他のお客さまが届けてくれた手袋があったはずだ。
「手袋なんですが何色ですか?」
『黒です。素材は革で、右手だけなんですが…』
「それなら似たようなもの が届いてますよ」
それであるかどうかは本人にしかわからないのであくまでも似たようなものである。
『確認に行かせてもらってもいいでしょうか?』
「大丈夫ですよ。お名前頂戴してもよろしいですか?」
『松本です』
耳触りの好い声で告げられたどこにでもある名字。
「松本様ですね。お待ちしております」
電話を切る際も、お願いしますと最後まで丁寧な男性だった。
「おー、顔ニヤけてるぞー」
「持ち主の松本さん、絶対イケメンだわ!シゴデキだわ!」
「はぁ?んなこと言ってイケメン来たことねーだろ!お前の絶対はあてになんねーんだよ」
まぁこいつの言うことは間違ってない。この仕事を始めて5年。イケメンや男前とは社内外問わず無縁だ。ただ、手入れされとても良い味を出している革手袋に視線を落とし、今回ばかりは間違いないと確信していた。
◇◇◇
改札口併設の案内所の自動ドアが開く。作業の手を止め「こんにちは」と顔を上げた瞬間時間が止まった。なぜって…。
今まで行きてきた中で、見たことないレベルのイケメンが目の前に現れたからだ。
「先ほど電話させていただいた松本です」
「え、あ、は…はいっ!てっ、手袋、でした、よね!?」
受話器を通して聞いたよりもクリアで穏やかな声に私の心臓がバクバク音を立て、動揺で言葉が途切れ途切れになる。
「はい」
「しょ、少々お待ち下さい!」
手袋を差し出し確認してもらえば、「これです!!よかった、見つかって…」と安堵と喜びの混ざった表情を浮かべた彼。
「よかったです」
「ありがとうございます!」
「お手数ですがこちらに受け取りのサインをお願いします」
彼のきらきらする笑顔にドキッとさせられながらも、あくまで私は仕事中だと強く言い聞かせていつも通りに振る舞う。それでも彼がペンを走らせる手元から目が離せなかった。
「これでいいですか?」
「あ、は、はい!」
ではこちらと手袋を手渡す。受け取った彼は会釈とともに再度お礼の言葉を口にして自動ドアを出て行った。後ろ姿を目で追えばそこには彼よりも少し小柄な男性。ドアを隔てているので会話の内容までは聞こえないけれど、松本さんが彼に向けている申し訳なさそうな表情から、もしかしたらあの手袋は彼からのプレゼントだったのかもしれない。そんなふうに思った。
だって、受け取った手袋はポケットにしまわれ、その右手が彼の左手を取ったから。
そして手を取られた彼がきらきらと笑ったから。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.