roku
2026-01-16 10:54:41
3232文字
Public 松イチワンドロライ
 

第22回『クリスマス』『夢中』

・クリスマスマーケットに行く話
・『カーテン』https://privatter.me/page/696997d98674e とほんのりリンク

「クリスマスどっか行かない?」
ソファに並び、松本の肩に頭を預けた一之倉が珍しくそんなことを言い出した。なぜ珍しいのかと言えば、松本と一之倉は揃いも揃ってイベント事にあまり興味がなく、付き合っているにも関わらず何か特別なことをせずに今まできたからだ。
「ん?まぁ別に構わねぇけど、何かあったか?」
「後輩にさ、恋人いるのに何もしないクリスマスなんてもったいないですって言われたんだ」
「ははっ!何だよそれ」
一之倉が切り出した理由がとてもくだらなく、だけど後輩の言葉を素直に受け取り提案してきたことに、込み上げた愛おしさでチュッとくちびるをくっつけた。
……どさくさで何やってんだよ」
「聡が可愛かったから」
一之倉は、可愛いと言われることに抵抗はあるけれど、にやにやと緩んだ松本を見るたびに自分しか知り得ない松本がそこにいることが嬉しくて仕方がなくなる。同じように頬が緩んでしまう前に、「はいはい」と適当にあしらって話を元に戻した。
「で、調べてみたんだ。クリスマスデート、とやらを」
「仕事が早いな」
スマホの画面には、のんびり温泉、ドライブで遠出、イルミネーション、ディナー、ショッピング、映画館。と様々なプランが挙げられていた。
「どれも違う気しない?」
「「クリスマスでなくても」」
重なる声に思わず顔を見合わせて、だよな!と笑ってしまう。強いていうならイルミネーションはこの時期特有かもしれないが、ふたりにとってその程度だった。そんな中、スクロールの先にあるひとつの記事に目が留まった。
“クリスマスマーケット”
「これよくねぇか?」
「確かにクリスマス感あるね。楽しそう」
そんな流れでふたりは週末、近くで開かれるクリスマスマーケットへ訪れることにした。



「うわぁ、すごっ!」「すげぇ
マーケットの中心部に飾られた、高さ10メートルはあるのではないかというツリーを見上げてふたりは感嘆を漏らした。
「さすがに家には置けないけど、小さいのあってもいいかな?」
そんな一之倉の問いかけに松本は頷きながらも、どこか浮かない顔をしている。
「あ、いらなかった?」
「いや、違うんだ。今買ってもすぐにしまわなきゃいけねぇし、買うなら来年でいいんじゃねぇかと思ってな
“来年”
当たり前に紡がれたその言葉は一之倉の胸を打ち、繋いだ手に力がこもる。
……ダメか?」
「ダメ、じゃない。……ならせっかく来たし代わりに何か欲しいね」
「そうだな」
ふたりは白い息を吐きながらマーケットをゆるりと見て回る。
「ソーセージうまそう」
「食べようよ」
「ビールも飲むか?」
「あ、寒いしホットワインにしようかな」
一之倉がそう言えば、「我慢の男はどこ行った?」と意地悪に笑う松本。
「すぐそう言う!」
ムッと唇を尖らせ松本の腕をパシッと叩く。
「ははっ!ホットワインな」
こうしてソーセージを食べ比べ、松本はビールを一之倉はホットワインを嗜んだ。
「そういやクリスマスプレゼント何も準備してねぇな」
「オレも」
「お揃いで何か買うか?」
“お揃い”
その言葉もまた一之倉の胸を高鳴らせるには十分で、返事を返すのに数拍要してしまった。
「あ、」
「嫌じゃないよ!ごめん!うれしくて……
「よかった
ホッとした声色とともに、気づけば抱き寄せられていて、慌てて離れようと手で押し返すもびくともしない。
「み、稔!!」
「何だよ」
「こんな人混みでやめてって!」
「大丈夫だって」
「何がだよ!」
「みんな自分たちの世界だろ?」
頭の上でニカッと笑うから一之倉は何も言えなくなってしまった。
「お!」
一之倉を抱き寄せたままの松本が視線を奥へ移し何かを発見したようだ。
「なに?」
「あれどうだ?」
……見えないから離して」
「すまない!」
ようやく解放された一之倉は振り返り松本と同じ場所へ視線を向けた。
「マグカップ?」
「おう」
「いいね」
再び手を繋いで店を覗けば、いくつかのマグカップが並んでいる。どれがいいかと悩んでせーので指差したそれは同じもので、マーケット限定だった。
「これも欲しいかも
別の店で一之倉が手に取ったのはキャンドルだった。
「寝室か?」
「うん。雰囲気出そう……あっ、」
とんでもないことを口にしてしまったのではないかと口もとを塞いだ一之倉は大きなツリーを不自然に見上げた。隣で松本が「遮光1級のカーテンだもんな」とニヤニヤと漏らした。
「うるさいっ!」
「そういうところが可愛くて好きだぞ、聡」
腰を屈めた松本に耳元で囁かれ、みるみると顔に熱が集まっていく。そんな一之倉をよそにキャンドルを購入した松本はまたゆっくりと歩き出した。
「他に欲しいものあるか?」
「稔は?」
「オレは聡が楽しそうだから満足だぞ」
……またそういうことを
恋人が楽しんでいるからそれでいいなどと恥ずかしげもなく言えてしまう松本に一之倉の方が恥ずかしくなってしまう。松本のせいで頬を刺す風の冷たさなど感じなくなる。
「ん?どうした?」
「何でもない。ホットチョコレート飲みたい」
そう言って一之倉はひとつだけ買った。文句のひとつもでないのは、松本は甘いものが苦手だからだ。
少し息を吹きかけてから口をつければ甘い甘いミルクチョコの味が口内に広がって自然と頬が緩む。
「聡は本当に甘いものが好きだな」
「しあわせになる」
「オレといるより?」
「ふっ何と比べてんだよ。稔もいる?」
……少しもらうか」
珍しくいると言った松本がカップを受け取った次の瞬間、一之倉は肩を引き寄せられ、唇に痛みのない軽い衝撃が加わる。それが松本の唇だと気づいたのは数秒後だった。
………な、何、やってんだよ!!」
「確かに甘いとしあわせになった」
松本は何一つ悪いことはしてませんという顔で笑っている。確かにそうだが、ここは公衆の面前だ。しかも自分たちは男同士なのだ。一之倉はキョロキョロと辺りを見回しひとまず誰にも見られていなかったことに胸を撫で下ろした。

「なぁ、聡」
…………
甘く幸せな雰囲気だったはずがどこでこうなったのかなど明らかすぎて考えるのも無用だった。
「聡!」
「うるさいな。聞こえてるよ」
怒鳴るでもなく低く静かな声が一之倉の怒りが本気だということを表していた。
……すまなかった」
「何回も言ってる。外はダメだって」
……わかってる」
「わかってないから言ってるんだろ!」
「だって……
この期に及んでまだ言い訳をするつもりなのか。と、一之倉はふつふつと沸き上がる怒りを抑えるために拳を強く握り「だって、何?」と続きを促した。
………しか……なく……が、ある、」
いつもの松本からは考えられないくらいの小さな声はキラキラとした世界の中へと吸い込まれてしまう。
「ごめん、聞こえなかった」
……聡しか見えなくなるときがあるんだ」
いつもはキリッと凛々しい眉が緩やかに下がる。
「なっ!!そ、そんなわけないだろ!」
「それがあるんだよ」
松本はさらりと一之倉の手を取り、冷え切ってしまった甲にチュッと口づけた。
……だからそういう恥ずかしいことすんなって」
一之倉は空いた手で額を押さえてため息を漏らした。
「誰も見てねぇから大丈夫だって」
これは松本の常套句。そんなことがあるわけないのにそう思わせる不思議な力がある言葉だった。
一之倉は絡みつくように松本と腕を組み、賑わうマーケットを後にした。


「あ、」
「どうした?」
「クリスマスツリーに代わる何か
「あ
「忘れちゃったな」
「まぁ楽しかったからいいんじゃねぇか?」
「そうだね」

イルミネーションで彩られた街路樹に流れる懐かしいクリスマスソングを遠くに聴きながら、ふたりは家まで我慢できずにキスを交わしたのだった。