roku
2026-01-16 10:43:53
2248文字
Public 松イチワンドロライ
 

第21回『苦い』『カーテン』

大人軸
〝苦い〟と〝苦しい〟は同じ漢字だなーとぼんやり思ってできた話

「ねぇ、どれがいい?あ!これなんかどうだろ?」
大型のインテリアショップ。カーテンのコーナーで隅から隅まで見て回る一之倉は松本に声をかける。
「ん?あぁ、いいんじゃないか?」
楽しそうに吟味する一之倉を見つめて、ようやく一緒に暮らすんだな、と温かな幸せを噛み締める。だがそれと同時にカーテンなんてどれも同じだろうと思っている松本が返した返事はあまりにも素っ気ないものだった。
……どれでも同じって思ってるだろ?」
態度に出したつもりはなかったにも関わらず、図星を指されジトッとした目を向けられとても居心地が悪くなる。
「えっといや……それは
「稔ってさ、そういうとこあるよね
一瞬だけ寂しそうに目を伏せた一之倉は「もういいよ。勝手にする。その代わり支払いは稔だからな!」と言い放ち、隣で慌てる松本をよそに、遮光1級の、太陽の光さえ殆ど通さないカーテンを選んだのだった。



「なぁ、一之倉。これ、暗くないか?」
持ち帰ったカーテンを取り付けた松本は、昼であるにも関わらず電気をつけなければ夜のように暗くなったカーテンに少し不満があるようだった。
「そうだよ。遮光1級だからね」
「へー。でももっと安いのでよかったんじゃねぇか?」
カーテンに級があることを今知ったという返事。値段に関しては松本の言っていることがわからないわけではなかった。確かに直射日光を避けるレベルのカーテンならもっと安く買えたから。だけど一之倉にはこれがよかった理由があった。
「何でこれにしたかわかる?」
「理由があるのか?」
……まぁいいや。コーヒー淹れたから」
少し考えたのち、伝えることを諦めたように一之倉はコーヒーの入った色もサイズも違うお互いのマグカップをテーブルに置いた。松本はカーテンを開け「お、おう、ありがとな」とソファに腰を下ろした。
「開けなくていいのに
「ん?何か言ったか?」
「ううん、何も」
松本の隣に座った一之倉はコーヒーに口をつけた。
「にが
「ははっ。無理して飲まなくてもいいのに」
松本が普段好んで飲むコーヒーは苦味が強く、一之倉は苦手だった。それでも好きな人の好きな物を一緒に嗜みたくて、毎回ではないものの、こうして同じコーヒーを淹れることがある。だけど何度口にしても慣れない苦味は、自分たちが交わらないと突きつけられてるようで胸が苦しくなった。
一之倉はそっとマグカップを置くと徐ろに立ち上がり、先ほど松本が取り付けたカーテンを閉めた。
「一之倉?」
「オレと稔はどれだけ一緒にいても交わらないな」
「それは、どういう……?」
1級のカーテンに遮られた太陽の光は届かず真っ暗になった部屋で、一之倉はソファに座る松本の膝の上に跨るようにして座った。一之倉の大胆な行動に慌てる松本の頬を挟んでキスで唇を塞げば、行き場をなくした松本の手が一之倉の腰を抱く。
「オレは稔が好きだし、同じ物を好きになりたい。でもお前は違う」
溢れる涙を堪らえようと薄い唇をキュッと噛んで目を伏せた。
「そんなことっ!」
「ないのか?じゃあ何で一緒にカーテン選んでくれなかった?何でマグカップはお揃いじゃない?何で名前で呼んでくれない……?」
ひとつひとつは些細なことかもしれないけれど、積み重なったそれはどんどん大きくなって、一之倉の心を押し潰さんとしていた。
堪えきれずに落ちた雫が松本を濡らす。一之倉は松本の頬から手を離し、流れた涙を袖でごしごしと拭いた。
……すまなかった」
松本が優しく一之倉を抱き寄せれば、その位置関係から松本が一之倉に抱きついている形になる。
「カーテンは何でもいいと思ったのは確かだ。ただ一之倉が選んだほうがセンスがいいとも思ってた」
それならそう言ってくれればよかった」
「そうだな。マグカップは、あれ、すごく気に入ってるって言ってたから買い替えたくないと思ったんだ」
……そうだったんだ」
「本当はペアがいいぞ」
抱きしめる腕にぎゅっと力がこもる。同じがいいと思ってくれていたことに、苦しかった胸の痛みが和らいでいく。
「じゃあ今度買いに行こうよ」
「あぁ」
「名前は?」
………それは、慣れないんだ。恥ずかしいというか、なんというか
ばつが悪いのか、松本は一之倉の胸元に顔を埋めたまま動かない。
……なんだよ、それ
名前を呼んでくれないのはてっきりその程度なのだと、自分ばっかり好きなのだと、そう思っていた。
バカみたいじゃん。
「だってずっと一之倉だったから」
「そうだけどさ……。慣れてよ。一緒に暮らすんだからさ」
少し身体を離して視線を合わせれば、「……さとし」と名を紡ぐ大好きな声。
「ん?」
「聡……好きだ」
「オレも好きだよ。稔」
どちらからともなく重なる唇。
太陽はまだとても高い位置にあるはずなのに、真っ暗な部屋はまるで夜のようで、背徳感とともにふたりは甘い空間へと導かれていく。
……聡、もしかして、カーテン
何かに気づいた松本がキスの途中で問いかける。
「そうだよ。これだといつだって何も気にせず稔と抱き合える」
「そんなことしなくても抱き合えるだろ?」
名前を呼ぶことすら恥ずかしいと言っていた松本はどこへやら、その手は一之倉の裾から侵入し、指先が背中をつうっとなぞる。ゾクゾクと痺れる感覚に漏れる熱い吐息。三度 みたび交わした口づけは、一之倉の口内に残る苦味を甘さに変えていった。