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ふうすい
2026-01-10 22:17:44
20612文字
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スレイ
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【2/4更新】長めのゼロリナ小説(途中)
まだ前半。直接の性描写はありませんが、ややぼかした表現を含みます
1
2
リナの家は村の中心からやや外れたところにある。
中心地へと向かう林道を歩きながら、彼女は隣のゼロスに聞いた。
「
……
ねぇ、一応確認なんだけど。
あたしの『つかみ』のトークのせいで、村の人まで仕事の対象になったりしないわよね?」
「あれが何のつかみですか、何の。
その辺はもう見なかったことにしたいんですけど
……
。ま、リナさん次第です。
あなたがこれ以上、あれについて一言も話さないなら、勝手に忘れてくれるでしょう」
うんざりした様子で答えるゼロスに、リナは安堵する。
——
やっぱやっつけ仕事だわこいつ。
とはいえ魔族であれば、面白半分に村人を虐殺するなどということもあり得なくはないのだが、それは彼の趣味からは外れるだろうと思っていた。命令されればやるが、必要がなければやらない。
「聞かれたら、勘違いでしたーとか言っとくわ。あたしのせいで村が滅んだら寝覚め悪いどころじゃないからね。
……
まあ似たようなことは、何回かあった気がするけど」
「一回は僕も身に覚えがあるような気がしますが、リナさんが居ようが居まいが、あの街はああなってたと思いますけどね」
「そーかもね」
そんなことを話している内に、村唯一の診療所へやってきた。
とはいっても専業の医師がいるわけではなく、傷病問わず簡単な治療を行ってくれる薬屋である。
軽い健康相談や雑談に来る村人も多いようで、周囲は話し相手を求める者たちの集う、ちょっとした憩いの場になっていた。
「おっ、神官の兄さん! リナちゃんには会えたんだな」
「ええ、おかげさまで」
気のよさそうな壮年の男がゼロスに話しかけてくる。聞き込みの時に軽く話した相手だった。
すると辺りから一気に好奇の視線が集まる。
「ちょっと、やだ、リナちゃんの彼氏さん!?」
「そういうのじゃないです」
熟年のおばさまから繰り出された想定済みの質問に、リナはきっぱりと否定したが、信じてくれるかはあやしい。
今だって背中に見えない刃を突き付けられているような状況なのに、にこやかに寄り添う男性を見て、誰がその本性を見抜けるというのか。
「冷たいですねぇ、リナさん
……
」
わざとらしくため息をつくゼロス。
「理由も教えてくれずに呼び出すものですから、こちらとしては、何事かと思うじゃないですか。
僕はずぅっとリナさんにお会いしたかったですし?
でもいざ駆けつけてみればリナさんの方は、僕に会いたかった、というわけじゃなさそうですし。ひどいですよねぇ」
まあ
……
と非難めいたざわめきが起きる。何でこう誤解されるようなことを言うのか
……
。リナも負けじと声を上げる。
「何言ってんのよ!
こいつは
……
えーと
……
あたしのやらかしの始末をつけに来た、というか
……
。とにかく、仕事の関係で来たのよ」
「そういうことで、リナさんのお宅にしばらく厄介になることになりました、謎の神官ゼロスと言います」
いじけた様子を一転させて、ゼロスは爽やかに自己紹介をした。
「神官
……
謎の
……
?」
聴衆が首を傾げるのを見たリナが、そろそろ他人の振りをしようか考え始めたその時、
「おー、でもあの家って、屋根裏も地下も物置だし、個室も無いようなもんだろ? 片付けを手伝った時はベッドも一つしか無かったと思うけど、今はどうなんだ?」
——
よ、余計なことを
……
。
考えないようにしていたことを壮年の男に聞かれて、リナの顔が引きつる。
確かに貸せる寝場所は無いが、ゼロスは魔族だし、睡眠の必要もない。しかしそれをそのまま『いーのよこいつ魔族だから』などと伝えるわけにもいかない。非常に面倒な質問である。
「まあ寝床は何とかしますよ。それに、僕としては
——
」
一瞬黙り込んだリナの代わりにゼロスが答える。助け舟を出したようにも見えた。意味ありげな視線をよこし、少し声のトーンを落としてこんなことを言わなければ。
「リナさんとベッドで一緒に寝てもいいですし」
「
——
っ!?」
こいつは急に、なにを言うのか。
言葉の意味するところをつい想像してしまい、固まるリナ。
これには村人たちも、ほほう
……
とにやけ顔を晒す。この二人はやっぱりそういう仲なのかと。
明らかにゼロスはからかっている。何とか否定しなくてはならない。焦ったリナはとりあえず、彼の背中をベシッとはたいた。
「変な冗談やめいっ。みんな困ってるでしょーがっ」
これでひとまず誤解は無くなったはずである。妙に顔が熱いが、極力呆れた声色で言ったので大丈夫なはずだとリナは心の中で自分に言い聞かせた。
ゼロスはというと、はたかれても変わらず、リナから視線を外さずにこにことしているのみである。
そんな中、おもむろに、聴衆の男が一人手を挙げて「よお」と挨拶をする。彼の目の先には、何やら緊張しているような、困ったような顔をして立ち尽くす青年がいた。
年のころはリナと同じかそれ以下か。どうやら薬屋から出てきたところらしい。
手を挙げた男は顔見知りらしく、青年の肩をポンと叩き、同情するようにため息をつく。そして自分が居た場所に入れ替わりに連れてきた。
「おお、イング。そうだ、リナちゃんだけじゃなく、ゼロスさんにも治癒の魔法ってやつを教わったらどうだ? たぶん神官さんってそういうの得意だろ?
ゼロスさん、こいつ薬屋の一人息子なんだよ」
「はじめまして
……
」
壮年の男の紹介に、イングと呼ばれた灰色の髪の青年が固い顔で会釈をする。
ゼロスは今の話に若干の引っかかりを覚えたが
……
『ちょっとした悪戯心』が湧いたので、そちらを優先することにした。
「ふむ、治癒の魔法
——
ですか?」
ゼロスの、何気なくつぶやいたような響き。だが横で聞いていたリナは激烈に嫌な予感を覚え、慌てて彼と村人の間に割り込んだ。
「こいつが神官っぽいのは服と肩書きだけだから! そういうのは一切あてにしないで!」
変な空気になるのを承知の上で、ほとんど叫ぶように却下する。
人間に無闇に危害を加えるのはゼロスの趣味ではない。ただ、それは相手が隙を見せていない場合の話である。
言葉遊びの一環で、例えば
——
人間の身体をいじって『ゲテモノ』に変えて、『はい、怪我は治りましたよ♪』などとほざいたりするのは、こいつの趣味の範疇だとリナは判断した。
そう思いながら横目でゼロスを睨むと、満足げにうなずいていたりする。
——
こ、こいつ
……
!
それでリナは確信した。彼は今回、村人に手を出すことよりも、リナがどう制止するかに興味があったのだ。
とは言え無視すればきっと、危ぶんだ通りのことをした。魔族らしく負の感情を食らうためではない。リナの反応を見るために、である。
リナに探りを入れるためならまだわかる。しかしこういう時の彼は、仕事より趣味を優先することも彼女にはわかっていた。
しかもそうなってしまった場合、リナが責めるのはゼロスよりも彼女自身であるからタチが悪い。こんなにわかりやすいサインを見逃して、彼の好きにさせた自分を、である。ゼロスはそういった彼女の性格を見抜いた上で、試すようなことをするのである。
この男は、魔族だから、では説明がつかないほど性格が悪い。
リナは時折思う。こいつは本来、魔族よりももっと悪辣な生き物として生を受ける予定だったのではないか? 種族として自由の少ない魔族に生まれたからこそ、『この程度の行いで済んでいる』のではないか? と。もしも魔竜王のように人との混ざりものとして転生し、魔族の制約から解放されたなら
……
と、世にも恐ろしい想像をしそうになり、寒気を覚えてやめたのも一度ではない。
脱線したが、以上のことからゼロスに村人の身体をいじらせるのは絶対、ナシである。周囲の人々がリナの勢いに圧されて目を丸くしても、ここは譲れない。
一方、リナの反応に満足したゼロスは、困ったように微笑みつつ、
「残念ながら、僕ではお力になれそうにありませんねぇ。
引き続きリナさんに
——
」
言いかけたが、やはり先ほどの話が気にかかる。
素人に魔法を教える
……
意外だった。リナがそんな教会のようなことをするのは。
彼女に向き直る。
「
——
リナさん、感心しませんよ」
「な、何よ」
急に咎めるようなことを言われて、つい後ずさるリナ。
「失礼を承知で言いますけど、それほど裕福な村ではないでしょうに。
いくらふっかけたんです? 一代で支払える額ですか?」
「
……
あ、あんたねぇ
……
」
先ほどの緊張感も抜けていないのに、突然言いがかりをつけられれば、怒りも湧こうというもの。もう一度ゼロスをどついてやろうかと思ったその瞬間、
「リナさんはそんなことはしません!」
声を上げたのは薬屋の息子だった。
「
……
おや?」
「そ、相場はわかりませんし、本来は高額な授業料が要るのかも知れませんが
……
。
リナさんは、いつも世話になってるから
……
と、ご厚意で教えてくださってるんです。金銭の類は何も
……
」
「えっ、タダで!?」
ゼロスは思わず大声を出してしまった。リナの視線が突き刺さる。
「金銭の類は
……
ということは、何か別の契約を結ばされたりしたのでは? 貴重な品を強引に巻き上げられる、または高額で買わされたりは?」
「
……
おい
……
」
リナに対してよりも、よほど取り調べのような雰囲気で質問する彼に、思わず低い声が出る。しかしゼロスにとってはそれどころではない。
気圧されながらも真面目な青年は答える。
「ええと、リナさんに作っていただいた素材や道具をうちで買い取ることはよくありますが
……
それは魔法を教えていただくより前から、のことですから
……
。
あ、私だけじゃなくて、明かりの魔法なんかは希望者に分け隔てなく教えてくださってますから
……
その辺の人に聞けば話してくれると
……
」
「分け隔てなく!?!?」
ゼロスは愕然と叫んだ。
——
そんな面倒くさい一銅貨にもならないことを、リナさんが進んで!?
「え、ええ
……
治癒魔法は扱いによっては症状が悪化して命に関わるとのことで、それを教わっているのは私だけですが
……
」
何に驚かれているのかわからない青年は的外れな補足をする。その横で、長い茶髪の女性は冷めた目で神官服の男を見ていた。
「
——
あ
……
あり得ない
…………
」
策を破られた頭脳派キャラみたいなことを言いながら、片手で口元を押さえるゼロス。
いくら何でもショック受け過ぎだろ、とリナは思ったが、心当たりがちょっぴり無いでもなかったので黙っていた。
魔族の男は首を軋ませながら彼女に顔を向け、
「
……
リナさん
……
」
——
どうしちゃったんですか?
そう聞こうとした。しかしふと思い出す。
何かあったからゼロスがここにいるのだ。
名前を呼ばれた女性は気にせず流して、いつもの日課に移る。
「それはそうとイング、今日の分の素材持ってきたから。中入るわよ」
「あっ、はい、ありがとうございます!」
ゼロスは薬の素材の売買を注意深く見ていたが、リナのつけた値はどう見積もっても、適正かそれ以下の良心的な価格なのだった。
その後は例の青年が、部屋なら貸せますよと申し出て、ゼロスがのらりくらりと受け流したりしたが、余談なので割愛する。
「調子狂いますね
……
」
「あんた、まだ言ってんの
……
」
二人で帰路につきながら話す。
リナは薬屋だけでなく、各家への訪問販売も行っていた。薬屋の株を奪わない範囲で、軽い効果の自作薬をほどほどに、である。代金と併せて作物など、様々なお礼の品をもらうことも多く、二人で分担して持った。これは帰ったら晩ご飯になるのだろう。
「無償で教師をやるのも、こんな地道な労働も、あなたらしくないですよ」
「そりゃーそうかもだけど
……
。これがコミュニティに属するってことなのよ」
「はあ
……
」
もやもやした想いを抱えて、上の空で相槌を打つ。
村人たちにリナの知り合いであることを周知させ、情報収集をしやすくする
……
という目的は果たしたものの、いきなり驚愕の情報を突き付けられてしまった。
あれだけ強欲だったリナが、まるで別人のように社会に奉仕するようになった。その変わりようはゼロスを憂鬱にさせる。
これではまるで
……
人生の『清算』だ。
「こういう話を、リナさんはご存知ですか。
強欲な老人が精霊と出会い、自分の過去、現在、未来の姿を見せられるんです。
最終的に未来の、自分の死後の様子を見るのですが、そこに悼んでくれる人は誰もいませんでした。更には生前の罪が鎖となって、重い枷としてまとわりつきます。霊になった後も、それを引きずり続けなくてはいけません。
悲しんだ老人は自分の行いを顧みて、改心する、というものです」
隣を歩く小柄な女性は、茶化すでもなく黙って聞いている。
「リナさんは、今よりも、未来の方が大事ですか?
今を、もう終わりにしたいんですか?」
——
僕のことは、都合のいい処刑人としか思ってないんですか
——
?
最後の問いは、自分で否定できたので口にしなかった。そのぐらい今日のやり取りでわかる。
かつての自分とリナは特別な感情を抱きあっていた。正負が複雑に入り混じっているからこそ特別で、得がたいもの。それはゼロスが『死が二人を分かっても、これさえあればいい』と思っていたもので、今回失ったかも知れないと危惧していたものだ。
薬屋での様子を見る限り、リナはまだそれを持っている。
だが
……
「あんたって
——
」
振り向いた彼女は
「人間のつくった話が好きよね」
笑って、そう言うだけだった。
また壁を作られた。
これ以上の会話は無駄なのだろうか?
何故嬉しそうな顔をするのだろうか。ゼロスは全く愉快ではないのに。
そう感じた瞬間、衝動的に、手にかけそうになった。
彼女に伸ばした精神世界面《アストラルサイド》の自分の一部を、強制的に分離し、停止させる。何が起きたのかリナには知る由もないが、自らの手を切断するような行為であるため、ゼロスは少しばかりダメージを負った。
一方リナは刹那、強い殺気を感じたものの、まだ自分が両の足で立っているので、首の皮一枚で助かったのだろうと察する。
——
仕方ないじゃない。言えることなんて、もう無いし。
無言で重い空気の中、リナと、文字通り傷心のゼロスは家にたどり着いた。
やや間があって、厨房。食事の支度の時分である。
食材を手に取ったリナは、少し考える素振りを見せた後、
「うーん
……
まいっか」
と頷いた。
今日の献立は、ゼロスへの歓迎として畑で貰った果実と野菜などと、釣れ過ぎたからと貰った魚を煮込んだものに、パスタを絡めたものである。
二人分の料理を食卓に置くと、呼ぶまでもなくゼロスがやって来た。地下で何かしていたらしい。
「晩ご飯ですか」
そう言う声はいつも通りの調子で、ひとまず機嫌は持ち直したようである。
席につき、フォークを手に取り、いただきます、などと言って
……
「食べるんかいっっ」
リナの渾身のツッコミが響き渡った。
黒衣の魔族は驚きの表情を浮かべる。
「食べちゃダメなんですかぁ
……
!?」
そして、プンプン、などと擬音がつきそうな様子で抗議の声を上げた。
「い、いや、もちろんいいんだけど
……
。食べたいの?」
魔族には物理的な食事は不要である。二人分をノリで用意したものの、手をつけない可能性も充分あった。その場合はリナが片付けるつもりだったのだが
……
。
「せっかく用意してくださったんですからいただきますよ。
……
ああ、でもそうしたらリナさんの分が減っちゃいますね?」
ゼロスはリナの皿を見やって、それでは足りないでしょう、と言外に含ませる。
彼の記憶の中のリナは大食らいなのだから。だが
……
「前ほど魔力を使うような生活してないし、一人前で充分よ」
意外な言葉が返ってきた。
そういうものだろうか? ゼロスは違和感を覚えながらも「そうですか」と言って、皿にフォークを伸ばす。
何の変哲もない夕食が始まった。
「
……
」
食事を用意したのはリナ自身である、が、彼女は非常に落ち着かないものを感じていた。
彼女が作った料理を、向かいでゼロスが食べている。
何と言えばいいのか。妙な気恥ずかしさがあった。
上目遣いで彼の顔をチラリと見ると、視線に気づかれて、首を傾げられる。
「なにか?」
「
……
えーっと
……
味とか、聞いてもいい
……
?」
精神生命体に料理の感想など期待できるわけもない。だがどうしても気になって、そう聞いた。
「
……
。
たぶん、美味しいと思うんですよね」
ゼロスは意外にも真面目に答えてくれる。
人間だとしたら変な感想だが、彼は魔族である。味覚など無いかも知れないし、あったとしても人間のものと同じかは、確かめようもない。ある意味誠実な回答だった。
「また作ってくれますか?」
「
——
。
え
……
?」
あまりにも衝撃的な言葉を、ゼロスが口にした。
リナは一瞬、何を言われたのか、わからなかった。
「
…………
なんで
……
?」
ゼロスにとって、人間の食事にはほとんど意味がないはずで、美味いも不味いも判然としない。それで何故、また作って欲しいなどと言うのか。
「うーんとですねぇ。
僕にも再現できるのかなー、と気になりまして
……
。
作り方を覚えるのは簡単ですけど、何回か食べて味も覚えておきたいな、とか思ったんですよね」
ゼロスは頬をかいて悩みつつ、言葉を選びながら説明する。
何故リナの料理を再現する必要があるのか。彼女には再現したい動機はわからなかったが、味を覚えたい理由はわかった。
リナの人生がもうすぐ終わるからだ。
「
……
で、いかがです?」
「そりゃ、もちろん、いいけど
……
」
「いいんですか!?」
断られると思っていたのか、驚いた声を出すゼロス。
「一口につき金貨五十枚とか言いません!?」
「言わんわい
……
!
……
うん、そーね
……
。
これだけじゃなくて、あたしの分のついでに、毎食作ったげるわよ。
切り詰めた生活してるわけじゃないし、一人分も二人分も手間は一緒だから。
皿洗いぐらい手伝ってくれたら、それでいいわ」
「ふむ
……
。皿洗いですか
……
」
ゼロスは慎重に頷く。リナにはめられて呪符を強引に売らされた経験がなければ、素直に快諾していただろう。
彼の態度に思うところがないわけではなかったが、リナは純粋に、この魔族にごはんをつくってやりたい、という気持ちになっていた。
「そうだ、どうせなら
……
」
どうせならもっとおいしいものを
……
と、自信のある料理を挙げようとしたが
——
今の季節では手に入らない食材が必要なことに気づいて、やめた。
「リナさん?」
「
…………
なんか、ごめん」
うつむいて、ぽつり、と謝罪するリナ。
性格の悪い彼のことである。リナの料理を再現したいのは、別に微笑ましい理由ではなかろうと思う。
「どうせろくな理由じゃないだろうけど
……
」
「リナさん??」
独り言に対して、咎めるような声が飛んでくる。
でもいいではないか、と思う。料理をつくってあげるぐらい、そんなささやかなこと。
ごはんの味に興味を持つ魔族なんて、おそらく他にはいない。永い間人間社会で生きてきた彼は、まるで人と魔族の架け橋だ。もちろん人々に悪い影響を及ぼすことが多いだろうが。それでも、リナがいなくなった後も、人のそばにいて欲しいのだ。
手料理を食べたいと言うなら、何度でも作ってあげた。時間さえあれば、何度でも。
けれど自分のせいで、そんな時間は無くなってしまった。
そして皮肉なことに、こんな機会でもなければ、彼のために料理を作ることなどあり得なかったのだ。
手を止めて黙り込んでしまったリナを、向かいの男はただ見つめた。
ゼロスからすれば、今更謝られてもどうしようもない。全部手遅れだからだ。
それに、見当違いの謝罪でもある。
「別に、時間が少ないことについては気にしてませんよ」
彼にとっては、人間はすぐ死ぬ生き物で、早死にしようが長生きしようが大差ない。それは相手がリナでも同じだった。気にしているのは彼女がゼロスを裏切ったこと、一点である。
リナがゼロスに思うのと同じく、ゼロスも彼女を殺したくないと思っていた。殺すのは面白くないから
……
ということだが、それだけだと肝心な情報が欠けている。
自分とリナは人と魔族
——
何もかも違う生き物であるにも関わらず、対等な交流ができた。
相容れない部分があっても、存在を許容し合うことができた。
言葉で会話を楽しむこともできたし、話さなくても相手の気持ちが何となくわかったし
……
イタズラで顔に触れれば、彼女の頬を紅く染めることもできた。
そんな自分たちが、殺し合いなどという単純な関係に成り下がるのは、あまりにもつまらない。
……
そんな風に、リナも感じてくれていると思っていた。
過去と現状の落差を感じる度に、苦い気分になる。だが、恨み言を口にしても仕方がない。
それに彼女から伝わってくる深い悲しみが、先ほどの傷を癒やすので、今はそれで帳消しということにしてやった。
「冷めちゃいますよ?」
肩をすくめて、ただそう言った。
リナが風呂から上がって戻ってくると、灯りの中、ゼロスは紐でくくった簡易的な冊子と睨めっこしていた。例の、リナが書いた『あのお方』のガセ記述である。
『それ』を見るのは著しく精神力を削られる行為らしく、一度ではきちんと読むことができなかったのだろう。視力が極端に低下したかのように紙面に顔を近づけ、目つきを悪くしている。確かに彼にとっては、リナの狙いを知るための数少ない証拠ということになるのだろうが
……
。
「読まなくていいのに」
お茶の準備をしながら、リナはつい口を出した。彼の持っているものには本当に意味がないからだ。
と言っても、ゼロスがそれを信じるはずもない。彼女の方をじろりと見て
「リナさん、ちょっとこちらへ」
などと剣呑な声で呼んでくる。
彼は来訪時にも使用した、客用のソファに座っていた。複数人掛けで、大人でも上半身を横たえる程度はできるので、寝床の話が出た時に頭を過った物だが、あくまで客人用の椅子であるし、ベッド代わりにするには窮屈だった。
前にあるテーブルには地下の書棚から持ち出したと思われる本が積まれている。この書物は前の家主のものであった。
前住人は流れ者の魔道士で、今のリナと同じく素材や魔法の道具《マジックアイテム》を作っていた。魔道士がこの世を去った後は、村人が時折ここの道具や書物を利用していたという。だが共用施設となると、整備も杜撰になるものである。そこにリナが目を付けた。村としては管理してくれる人が現れるのはありがたい、と歓迎されて今に至る。
——
ちなみに、村からはタダ同然で譲ると持ち掛けられたのだが、この家の設備まるごと買い上げることを考慮して、リナの方から買値を提示したのだった。
というわけで、書物はリナが著したものではなく、ゼロスの知りたい情報も載っていないが
……
一応確認している、ということなのだろう。
「座ってください」
自分の隣の座面をポンポンと叩くゼロス。
「いいけど
……
なに?」
何か聞きたいことがあるのだろうか。思いつつ、言われた通りに座った。
「では
……
」
などと言って、ゼロスは片肘をソファに突き、姿勢を傾けたと思えば
……
「ちょっ
……
えっ!?」
横になったのである。リナの腿に頭を乗せて。
俗に言う、膝枕の状態になる。
リナは大いに慌てた。にも関わらず、慣れない感触に、体は緊張して固まってしまう。
「な、何してんのよ
……
!?」
上ずった声が出るのも当然である。彼とこんな親密に触れ合ったことなどない。
しかもリナは今、パジャマに上着を羽織っただけの無防備な服装である。家族でも恋仲でもない異性
——
魔族には性別はないが、異性として振る舞う存在
——
に接触を許していい恰好ではない。
「あなたのせいでストレス溜まりっぱなしです。
僕のやってみたかったことにも付き合ってもらいますから」
相変わらず紙面を睨みながらゼロスが言う。
「やってみたかったこと
……
って
……
『これ』が?」
膝枕を指してリナが聞く。
「そうですけど」
頷くゼロス。
リナは思わずピクッと震えた。
——
あ、あんまり動かないで欲しい
……
。
彼女はひたすらに困った。落ち着かないどころではない。数分すら耐えられる気がしない。
「あのさ、あたし、お茶を取りに行きたいんだけど
……
」
「
……
」
「ゼロス
……
?」
ゼロスは片手を持ち上げ、リナの前に差し出す。その手にはまさに、彼女がお茶を淹れたばかりのカップがあった。
「どーぞ」
「
……
をい
……
」
精神世界面《アストラルサイド》に手を突っ込んで、空間を越えて取った、ということなのだろうが
……
人間の振りをする気がなさ過ぎる。そこまで動きたくないのか。
カップを受け取ったリナは、トイレに行きたいなーとか言ったらどうなるのか気になったが、万が一『ここでしてください』などと言われたら絶望的に嫌なので、試すのはやめた。今のゼロスは様子がおかしい。
彼が睨みつけているページを覗いてみると、そこにはリナが何となく残した、うさぎさんや、とりさんの落書きがあった。
つい目を逸らすリナ。とてもではないが居た堪れない。もしこのページを見て『謎は全て解けました』なんぞと言われようものなら、真相を暴かれた時より狼狽するだろう。
リナは腿に伝わる体温を気にしないようにしつつ、そういえばゼロスは触れると人並みにあったかいのだと、かつて手を繋いだ時のことを思い出しながら、緊張する手でお茶を飲んだ。
茶を飲んでもリラックスするどころではなく、落ち着かない彼女は、部屋の角を順番に眺めて、最終的に膝の上に視線を落とす。そして、彼がやりたいことをするなら、自分もそうしてしまおうか、と考えた。
カップを脇に置いてから、右手をそっと彼の黒髪に伸ばす。
指先が触れた。サラリとした感触。
ゼロスの反応は無い。気付いていないわけではないだろうが。
思い切って、彼の髪を梳くように、優しく撫ぜた。
想像していた通り、指通りがよく気持ちいい。
それを何度か繰り返していると、冊子を読んでいたはずの彼に、突然手を掴まれた。
「嫌だった?」
「
……
」
ゼロスとしては嫌ではない。ただ、落ち着かなかった。
自分から触るのはいい。だが彼女から不意打ちをされるのは都合が悪いのである。
髪の毛や服もゼロスの身体の一部であり、触覚的には肌に触れられるのと何ら変わりはない。とはいえ、物理的な干渉は彼には意味がなく、無視できるはずだった。
だが妙な感覚なのだ。彼女に触れられるのは。
さっきの料理もそうだった。人間の持つような味覚などないはずなのに『刺激』を感じたのである。
物理的な刺激を感じないなら、それは精神的な刺激ということになる。
だから、『これ、僕のこと考えながら作りました?』などと馬鹿な質問をしそうになった。
『滅びろ』と念じながら食べさせられたなら、ごく僅かながら精神ダメージが加わろうが、リナからそんなことはされていない。食材も食器もごく普通である。よって、これはリナから精神干渉をしているわけではなく、ゼロスが勝手に精神を揺るがせている、ということになる。
なるべく同じ条件で別の調理者が作った料理を味わえば、刺激の正体も、原因も掴めるのではないか、と考えたのだ。これは味を覚えてから、リナを始末した後に検証しようと思っていた。
……
といった心情も、説明したくない。弱点を晒すようで。
肯定も沈黙も、意識してますと表明するようなものである。なのでリナから手を引いてもらう必要があった。
それにはどうしたらいいか。なに、彼女が反発しそうなことを言えばいい。
「
……
恋人みたいですね」
リナにとっては爆弾発言であろう甘い台詞を言い放つ。
もっとからかう調子で言うつもりだったのだが、幾分静かな口調になってしまった。だが意味は変わらないはずである。
次の瞬間顔を真っ赤にしたリナは、きっと彼を跳ね飛ばして立ち上がる。ゼロスには、顔から着地して百点満点のリアクションをする用意があった。
……
しかし
……
リナは動きを止めたまま、何も言わなかった。もちろん手を掴まれたまま。
おや? と思うが、初心なリナには刺激が強すぎたかも知れない、と思い直す。
「リナさんって、僕のこと好き過ぎませんか?」
今度はちゃんと、ふざけた声色を出すことができた。あとはリナが否定してくれるはずだった。
そのはずだったのだが。
「
……
何ででしょうね
……
」
小さく声を震わせて、彼女はそう答えた。
否定しなくてはいけないものを、肯定した。
リナは途方に暮れていた。
膝枕が『やりたいこと』などと抜かすこの魔族を、手料理をせがむ魔族を、どうしたら嫌いになれるのかと。
今までも、ずっとそうだった。ゼロスが洒落にならないことをしても、相容れない生き物なのだとわかっていても、性格が最悪でも、嫌いにはなれなかった。
本当は、もうとっくに気づいていた。
「
————
」
彼女の告白を聞いたゼロスは、何かの糸が切れた。
あれだけ凝視していた紙きれをテーブルの上に投げ出し、自分の上に手を伸ばす。彼女の首の後ろに手をかけ、強引に引き寄せ
——
「んっ
……
」
唇を重ねた。
「
……
っ
……
!」
角度を変えて何度かしようとする彼を、リナは慌てて引きはがす。
「あたし、そんなつもりじゃ
……
!」
どんなつもりだと言うのだろうか。後ろに下がろうとして、しかし既にソファの隅である彼女を、ゼロスの冷めた目が追う。
リナとはしてみたいことが沢山あった。割り切れない感情を抱いている自分たちだからこそ、してみたいことが。
膝枕はその内の一つで、他にも色々。彼女だけとしたい、彼女以外とは全くしたくないことが、沢山あった。
『リナと寝てもいい』
……
ベッドの話をした時の言葉は、裏の意味も含めての本心である。
だが、あの別れの日から、その機会はもう無いだろうと封印していたのに。
馬鹿みたいだった。
もう会わないようにと祈ってきたのも。欲求を我慢していたのも。
リナが全部ぶち壊しにしてしまった。しかも今更ゼロスのことを好きだと言う。
本当に、馬鹿みたいだった。
リナが立ち上がりかけるが、逃がす理由もない。片腕を掴んで、引っ張る。彼女が求めているものはこっちにあるのだから。
バランスを崩した身体を抱きとめる。ソファの背もたれに押し付けて、のしかかるようにキスをした。
上と下が逆転する。何か言いたげに開かれていた口に舌を入れて、彼女のものに絡ませた。
呼吸すら奪うように、何度も深く口づける。
「ン、ん、ん
——
っ」
彼女は抵抗のつもりなのか、ゼロスの胸を手で押すが、あまりにも力が入っていなかった。
ふ、と鼻で笑ってその手を捕まえ、指を絡ませる。ソファに縫い留めて、甘いキスに集中させた。
リナなんか、ただ自分に触られていればいいのだ
——
。
「
——
ン
——
」
次第に、彼女は大人しくなっていった。その空いた方の手は、縋るようにゼロスの服を掴む。
かすかな水音だけが部屋に響いていた。
リナをたっぷり味わった後、透明な糸を引きながら、彼はやっと顔を離した。
「
……
」
「
……
は、ぁ
……
」
彼女は苦しそうに息をつく。
ぐったりと疲れている様子だが、キスを受け入れたなら、今度はその先である。本当に疲れるのはこの後であることを理解しているのだろうか。
「きゃっ
……
!」
リナの膝の裏と背に腕を通し、抱き上げると、驚いた彼女が小さく悲鳴を上げた。
ベッドはすぐ近くにある。それが視界に入って、リナは思わず震えた。
「ゼ
……
ゼロス
……
」
魔族はそういうことはしないはず
……
などという考えは、ついさっき否定されてしまった。
赤面してうつむく。
これから自分の身に起こることを受け入れたようだった。
「最初からそう素直になっていればいいんですよ、リナさん」
完全に悪役の台詞を吐いて、歩き出すゼロス。
彼にはリナのわずかな怯えが伝わってくるが、同時に
——
全く嫌がっていないこともわかってしまう。
この期に及んで遠慮するのは阿呆らしい。
ベッドに小柄な身体を横たえて、覆いかぶさった。
「やっ
…………
ん、んん
……
」
再度深い口づけを交わしながら、パジャマのボタンを外していく
——
。
ゼロスには肉体的な快楽はないが、深く繋がると、彼女の快感までをも拾うことができた。それによって、快楽を共有した。
繋がったことによって何となく掴めた感情の総体。その中から負の感情を差し引いて、残ったものから『それ』を割り出せる。
リナを深く理解しているからこそ、である。言葉や、感情や、ひいては手料理まで、これまでリナから与えられたもの全てが計算の材料になった。
灯りを頼りに暗闇の中を歩くかのように。
リナの感情を手掛かりとして、求め合った。
ここからは、土産の話に例えよう。
ゼロスは考えた。
人間の男性なら、リナと仲良くすれば、彼女に土産を贈ることができる。人間なので、当然である。
しかし魔族の自分は、彼女に何も残せない。それは何というか、理不尽というか、納得いかないものがあった。
なので自分の一部を、人間の男の土産に模して、彼女に贈ることにした。
『次』の時に回収すればいいやと。
彼女に何も伝えず。
本当に、その場のノリで。
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