甘いんだ、お人よしなんだ、あの二人は。
バーンズとサムが真面目に良い子に聞き回っているあいだジモは子どもの心理を上手く利用してすでに情報を得ていた。自分の子どもが生きていたら絶対に選ばなかった手段だがジモにはもう何もない。
「おい」
もう一つ二つ、余分に情報があれば取引しやすいかなと算段を立てていると人気のない路地の入り口でバーンズが立っていた。ついてこいと言うように姿を消したから逆方向に歩いてやったら引き摺り込まれた。
路地には誰もおらず、逆に誰かに聞かれているのではと疑うほど静かであった。
「いい加減名前を呼んでほしいんだが」
釘を刺しにきたのかと身構えたが目の前まで歩いてきて、ほんの少し声を抑えてこう言った。
「お前アルファか?」
「驚いた、僕が男爵でなくとも失礼だぞ君」
ひと睨みしたが話も時間も進まなさそうだったため目を逸らして頷く。
「αだよ、番はもういない、息子も。満足か?」
「
…ならサムのプロテクターが壊れてることにも気づいてるだろ」
「
…何?」
甘い匂いがする、ずっと前から、と手短にペラペラと経緯を話される。ジモは確かにしばらくサムと行動を共にしたが匂いなんて感じたこともない。
そもそもΩだと気づく隙もなかった。
スマイリングタイガーの格好をさせたとき無駄に香水を振っていたことが気になりはしたが、まさかバーンズよけだったとでも言うのか。
「それは
…君が番なんじゃないのか、今の生物学的にありえない」
「俺はサムの首を噛んだりしてない」
「頸だ、驚いたな眠りすぎて性教育が行き届いてないとみた」
ただの言い間違えにここぞとばかりに失礼な物言いを選んでやったがバーンズは心ここにあらずのようだ。おそらくサムのことを考えている。
「血清があるから特別とか」
「特別なんて言い方は思い上がりだ。ともかく、番のいるΩはその番にしかフェロモンは届かないようになってる」
「でもなんで、」
「
…記憶力にずいぶん自信があるようだが、襲ってないと
…本当に断言できるのか」
バーンズは怯えるように瞳を揺らして、それきり口を閉ざした。ウィンターソルジャーが、超人兵士が心底嫌いだがバーンズに関しては思うところがないわけではない。
力の入らないΩを理不尽に自分のものにした可能性が出てきたのだから、可哀想な生き物だ。
◆
アパートで静かに、普通の人間生活をしようとした時期があった。知り合いもいなければ、ブルックリンすら知ってる道がほとんどない道の世界で。
外から男の声が聞こえた、スティーブの友人だと宣言したその男、というよりスティーブという名前に弾かれたように逃げた。
しかし男はドアを蹴破り、窓に足をかけたバッキーを呼び止めた。何故か身体が動かなくなって
……激しい頭痛で苦しくて、気がつくとまた知らない街にいた。
この記憶は夢ではなく現実だっただろうか。
「
……っ、!」
サムの翼がジョンにへし折られる少し前、何かに導かれるように意識が戻った。腕を中心にまだ身体は痺れているのに突然細胞が震えたのだ。
目を覚まして飛び込んできたその景色に弾かれるように起きあがり走る。サムを殺さんとするジョンにタックルするまでの数秒にも満たない時間で、確信した。
己の身体がΩを、サムを守ろうとしているのだ。失ってなるものかと強い何かがバッキーを動かした。理解より先に身体が動く。
『君が番なんじゃないのか』
同時にジモのあの言葉を現実だと飲み込んだ瞬間であった。
盾を振りあげて、サムの命を奪おうとしているジョンに飛びついた、間に合った。今更腕の痺れに気づく。
そしてサムの飛び蹴りと合わせて盾を奪い返してその場にいた全員で倒れ込んだ。一番最初に起き上がったのはバッキーだった。ジョンは戦意喪失だがサムは当然だ。人間なのだから。
サムはすぐに起き上がれずバッキーを見るだけだった。頭を強く打ったレマーが動かなくなったことを思い出す。
血清のないサムは同じ衝撃を与えたら死んでしまう。ジョンもバッキーに言い捨てたではないか。
お前には血清が流れているが相棒は違うぞ、と。
「
……」
サムのプロテクターが今度こそ壊れたのか、甘い香りが気のせいではなくなっている。
バッキーはそれを吸わないようにサムの横に盾を投げ置くと、何も言わずに廃工場を出た。
◆
「ふざけてるのか」
サムにスーツを作ってやってほしい、そう言ったバッキーを睨むアヨの目は最早ジモに向けられるものと同じであった。当然の態度だとは思うため受け入れるが、引き下がりたくない。どう思われようとここに頼るしかなかった。
なんせバッキーは友人もいなければ軍のコネもない、ワカンダという一枚きりの強すぎるカードしか所持していないのだから。
「本気だ、君らの技術でしかサムを守れない」
「便利屋じゃない、侮辱罪ともとれる。お前もラフトに入れてやろうか?」
当然アヨは折れる気配がなかった。しかし再三となるがバッキーもここで諦めるわけには行かない。
「シュリ!」
ジェットの入り口までついていくと中の人間がシュリと通信しているのが見えたから、外から名前を呼んだ。どれだけみっともなくてもいいから藁にもすがる勢いだったのだがシュリはいいよと二つ返事をくれた。
「サムは兄さんの戦友だもん」
その理由で食い下がれるドーラミラージュは一人もおらず、サムの功績でなんとか同乗とスーツ、そして最後の入国権利を得た。今から作っておくから到着したら出来てると思う、あとでカラーリングとか聞かせて、と頼もしいメッセージにホッとしたバッキーはジモとドーラミラージュ数名と一緒に隅に立たされ出発する。
誰の会話もなく出発して十数分経った頃、口を開いたのはジモだった。
「
…誰の番か判明したか?」
「話したら怒られるぞ」
バッキーの忠告通り、喉元に槍を突きつけられたジモは薄く笑った。視線だけで答えを促される。
「多分俺とあいつは番ってる、聞いてない。勘だ」
は、とジモは鼻で笑った。これから一生を独房で過ごすにしては軽快だ。アヨや顔見知りのドーラミラージュはバッキーの爆弾発言に動きが止まったようにも見えた。
「まるで野生の犬だな」
ホワイトウルフだと訂正はしない。もしサムに無理やり噛みついたのなら自分でもその方が似合うと思う。
「飼い犬になれると思ってるのか?」
その問いにも答えずバッキーは自分の手のひらを見た。この無機質な手は何度サムに触れただろう。
「
…レマーが死んだのを見て、ジョンと戦って気づいた、あいつも普通の人間だ」
「
……今更か?」
「一番大事な人間に会えなくなるのは人生で一人だけでいい」
ジモは何も言わなかった。そしてこれではまるでバッキーがサムのことを好きだと言っているみたいだと、他人事のように気づいて、自覚した。
「
………サムが俺のことを許してくれるかは置いておいて、俺は俺のやるべきことをする」
シュリと再び通信が繋がったと聞かされて、盗聴防止だと別の部屋に案内される。
バッキーはためらいなくジモに背を向けた。最後の言葉は交わさなかったが、扉が閉まる前に独り言のように「健闘を祈るよ」と聞こえた気がした。
100年前の君とハッピーエンドを
第六話 これは恋
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