全部無視だ。信じられるか?メールも着信も全部無視。
セラピーに通っている記録はあるから生きてはいるだろうし、会いに行こうと思えば会いに行ける。スティーブがいなくなったことをあまりにも静かに受け入れたバッキーに、番を解消しろと言えなかったのはサムの甘さだ。
だがあのときはサム自身も気持ちの整理が必要だった。
…そしてトニーが命をかけたから未来永劫地球が平和になるかと言われれば、残念ながら答えはノーだった。次々と襲いかかる問題にスティーブもトニーも居ない、アベンジャーズもないこの世界でサムも選択を迫られ続けた。
その最中、
「なんで盾を渡した」
バッキーの顔を見た途端忘れていた何かが胸の奥で存在を主張し始めた。プロテクターの小さい起動音が体内に響く。フェロモンが出始めたのだ。
やはり番は特別らしい。
バッキーはなんとも思わないのだろうか、サムだけがこんなにも、これから先もずっとバッキーを特別に感じてしまうのだろうか。
不公平で虚しくて、猫の手も借りたいほど毎日忙しかったのに、バッキーの同行を拒否してしまう。それでもこの男はついてきたけど。
◆
ゴロゴロゴロと、互いで視界をいっぱいにしながら花畑を転がった。雰囲気なんてない、猛スピードで走るトラックの下から抜け出して誰も入る隙間がないくらい身体を密着させ、下まで花を散らした。
「降りろよ
…ッ」
のしかかるバッキーを退かして立ち上がりながら、サムは首を抑えた。大丈夫だプロテクターは外れていない。バッキーに甘い香りがすると言われてから発情期やフェロモンの周期を計算しているが今はちょうど匂いがキツくなっていてもおかしくない時期なのだ。
「首、怪我したのか」
「
…!、いや、プロテクター外れてないか見てた」
「
……そういえばオメガだったな
…」
誰かさんに会ったあの日からな。
主張できる当然の権利なのに口からは出なかった。代わりにバッキーが口を開く。
「
…やっぱり甘い匂いがする、」
「そりゃこれだけ花に囲まれてるんだぞ」
すん、と目を閉じて顔を近づけてくるバッキーに嫌でも胸が高鳴ってしまう。本当はこの男が欲しくてたまらなくなる期間で、それを無理やりテクノロジーで押さえつけているから、ある程度は仕方ない。
先を急ごうと背を向けるとバッキーに手首を掴まれた。強く。
「違う、ずっとそうだ。スティーブがいた頃からずっと。プロテクター壊れてるんじゃないのか」
オメガは危ないんだろ、そういうの。
心配の言葉を続けたバッキーの声は優しくて一瞬言葉に詰まった。どれだけ普通の人間として過ごしても、バッキーの発言一つであの番った日が嘘じゃないと証明される。
「そんなわけないだろ、寝過ぎて鼻がバカになってるんだ」
サムが理不尽にそう言い捨ててもバッキーはすぐに追いついて隣を歩いてくれた。
100年前の君とハッピーエンドを
第五話 シャロン
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