スティーブがティチャラたちとヴィジョンについて話し合っている頃、サムは外で戦闘前の騒々しさに身を置いていた。槍を持った部族のような格好の女性たちが行き来し、隣の男は急拵えしたようなマシンガンを持っている。
「首のそれ、サムはオメガなのか」
ふいにその男から聞こえた言葉で心臓が跳ねた。
ワカンダで眠りから目覚めた彼にウィンターソルジャーの面影はない。瞳が嘘みたいに優しいから、別の人間とすり替えたと言われてもサムは信じる。整った顔立ちに甘い声、柔らかな笑み、心の底から色男だと思ってしまった。
そんな彼がトントンと自分の首を人差し指で示している。
「俺が普通に生きてた頃は無かった性別だから、違ってたら悪い。
…前は気づかなかった」
バッキーが指しているのはサムのうなじに張り付いているプロテクターだろう。
トニーと道分かれてからというもの、最新式の肌に溶け込むタイプではなく、その辺で買える旧式を使っている。
だからバッキーの言う『前』
…空港での戦いのとき。あのときプロテクターはサムの肌に溶け込んでいたから気づかないのも当然だ。
「バース性聞くのはマナー違反だってことも教えてもらえよ」
「
…悪い」
不機嫌な声に驚いたのかバッキーは素直に謝って目を逸らした。本気で怒ったわけじゃないと肩を軽く叩いてやる。
この男が性別をどこまで理解しているのか知らないがサムはフェロモンの抑制という理由だけでプロテクターを装備しているわけではない。
もうこの下には、サムの番による噛み跡がある。
だから旧式とはいえ性能も値段もずば抜けて高いスターク社製のプロテクターを、リスクを負ってまで選んでいるのだ。発情期も番を欲する求愛行動も抑えてくれる、普通の人間でいられる。
番のいるΩだということは誰にも、スティーブにも知られてないサムの秘密。
だってサムの番はずっと眠っていたから、そうするしかなかった。バッキーがこちらの顔を覗き込んでくる。
…ああやっぱり『色男』に見えてしまう。
「サム?」
──お前なんだよ、俺の番は。
そう言えたらどれほど楽だっただろうか、今すぐ番を解消してくれと頼むこともできたはずだ。しかしあれは同意からは程遠い行為だったから、思い出せばこの男はショックを受けるし、こんな切羽詰まった今じゃなくともいい。この男に見惚れた以外、何も問題は起きていないのだから。
それにサムは兵隊である。今集中するべき任務は他にあった。
「?」
ふとバッキーの鼻がひくりと動いた。不思議そうに辺りを見回して、サムに半歩距離を近づける。
「
………甘い匂いがする、」
「え
…」
思わずプロテクターを抑えたと同時、ワカンダの空が切り裂かれて、この会話はすぐに終わってしまった。
そして数時間後、二人は実に五年、世界から消えることになる。
100年後の君とハッピーエンドを。
第二話 青天の霹靂
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