kaisou
2026-01-06 18:23:11
1103文字
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枢機卿アンソロジー「Porporati」掲載作品サンプル2.  歴史創作

2026年春に刊行する枢機卿アンソロジー「Porporati」に掲載予定のお話の冒頭サンプルです。

※歴史創作ですのであしからず

タイトルはラテン語で「Nel mondo indeciso(決められなかった世界で)」
映画「教皇選挙」の二次創作で書いた作品「Al interstizio in una posizione senza ritorno」とリンクしますが片方でもお楽しみいただけます。

 教皇が亡くなると、ローマでは鐘が鳴る。それは嘆きを告げる音であると同時に、次の段取りを知らせる合図でもあった。
 鐘は迷わない。人の都合も、悲しみの深さも量らず、決められた回数だけ、決められた間隔で鳴り続ける。聞く者の側だけが、その音に意味を割り当てなければならなかった。

 Novendiali(ノヴェンディアーリ)が始まった頃、暦の上では春の予感を感じた。だが、ローマの朝はまだ冷えたままで、石畳をなぞるような冷気は正確に繰り返していた。


 コンクラーヴェは、波乱の幕開けだった。

 主席枢機卿が、開始数日後に急死した。

 主席枢機卿ピエトロ・オットボーニは、次期教皇に最も近いと目されていた人物だった。彼を中心に枢機卿団は表向きにはまとまっていたが、彼の死により、団結は見事に瓦解した。この日からコンクラーヴェは政争の道具となり、静かな戦争となった。名分も旗もない。あるのは、時間と疲労と、数だけだった。

 争いの中でも祈りは正確に行われ、動線は変わらず、誰も順番を誤らない。祭服の擦れる音、床を踏む足音、抑えられた咳。それらは毎日、ほとんど同じ場所、同じ時刻に起きた。違いがあるとすれば、立ち上がる動作が、わずかに遅くなる者が、日を追うごとに増えたことくらいだった。
 厚手の祭服の下で、指先が静かにこわばる。袖を引き直す回数が、少しずつ増えていく。中庭の石は冷たく、朝の光だけが、春へ進もうとしていた。
 祈りが終わるたび、沈黙が残る。人々は規則で疲れるわけではなかったが、その沈黙は少しずつ伸びていった。それは寒さのせいではない、と誰もが思っていた。
 話題は、自然と現実的なものに移る。誰がローマに入ったか。まだ姿を見せない者は誰か。そして、結局来られないのは誰か。
 それらは教義の問題ではなかったが、結果に影響しないとも言い切れなかった。やがて、言葉を使わずに、同じことを考えるようになる。

————今回は、すぐには終わらない。

 だが、その考えを口にする者はいなかった。予言めいた言葉は、責任を伴う。


 聖堂の扉が重い音を立てて閉まる。
 鍵がかけられ、外界と遮断された。同時に、内部で決断すべきだという圧が生まれる。仮設の区画が並び、布と木枠で仕切られた空間が割り当てられる。豪奢ではないが、必要なものは揃っている、と説明する声があった。『必要』という言葉の範囲について、確認する者はいなかった。
 食事は一日二度。各枢機卿専用の籠に入れられ、名札を付され、小窓を通して渡される。規則は厳密だった。ただし、例外が起きないとは、どこにも書かれていなかった。