pinopipi
2026-01-06 08:15:13
7254文字
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春に浮かれる

ヌヴィフリ/予言後/恋人設定。仕事で忙しいヌにフが別れ話を切り出す話。格好良いヌは不在、ちょっと情けない感じなので注意。1P:フリ視点、2P:ヌ視点。ハッピーエンド。

「フリーナ、すまない」

とある春の日の午前9時。パレ・メルモニア、ヌヴィレットの執務室にて。今流行りの可愛らしい白のワンピースと、ピンクゴールドがさり気なく煌めくアクセサリーを身に纏い360度完璧にめかし込んだフリーナは、目の前で頭を下げる恋人ーーーヌヴィレットの謝罪に心から落胆した。
ああ、これで何度目だろう。また今回もデートの予定をキャンセルされた。浮かれた僕の装いとは対照的に、彼は今日も寸分の狂いなく最高審判官の威厳を身に纏っている。彼の法衣姿は格好良くて大好きだけれど、今は一番見たくない装いだった。
彼が忙しいのはもちろん理解している。この国を背負う彼の職務は、恋人との予定よりも当然優先されるべきものだ。
分かってる。それをも承知の上で彼に交際を申し込んだのは僕だからね。でも、こうも毎回ドタキャンをされることになるとは思わなかった。誰かが僕たちの仲を引き裂こうとしているんじゃないか?って疑ってしまうくらい、僕たちの逢瀬を邪魔する仕事、仕事仕事仕事。あるいは、彼自身が僕と一緒にいたくないからわざと仕事の予定を入れているのかな?なんて。そんな悲しい想像をしてしまうほど、悉く連続でデートの予定が潰えているのが現状だ。
聞いて驚かないでくれよ?交際開始から今日でちょうど5ヶ月、ドタキャンされたのは今回でなんとーーー10回目だ!初回から連続でキャンセルされているから、僕たちは恋人になってからまだ1回もデートをしたことがない。まさかそんなことある?って疑われても仕方のない数字だけれど、残念ながらこれは本当に現実で起きていることなんだ
だから、さすがの僕もそろそろ限界だよ。理解ある恋人を演じることにも、もう疲れてしまった。交際前の方が僕たちの距離はずっと近かったように思う。それに最近は特に忙しいからか、彼はあまり笑顔を見せてくれなくなってしまった。こんなことなら彼に想いを告げることなんてせず、片想いのままでいた方が幸せだったかもしれない。やっぱり、ヌヴィレットは僕のことなんて何とも思っていないのかも。たぶん今でもずっと、僕の片想いなんだろうなぁ
けれども、彼は僕にデートのキャンセルを告げる時、毎回すごく申し訳なさそうな顔をするんだ。これが本当にタチが悪くてね。あんな大切な貝を失くして途方に暮れているノンビリラッコみたいな表情を見せられちゃったら、僕は許すしかなくなってしまうじゃないか。はぁ。これが惚れた弱みってやつなのかなぁ?自分に呆れてしまうよ。

……本当にすまない。この埋め合わせは後日必ず

ほら、今回もヌヴィレットはいつもと同じように申し訳なさそうな表情をしている。でも、また彼を許してしまったらきっとお互いのためにならない。

ーーーだから僕は、今ここで決着をつけることに決めた。

「必要ないよ。」
「フリーナ?」

瞼を閉じて、ゆっくりと息を吐き出す。いつかの舞台で演じた"身分違いの恋に冷めた女"の記憶を呼び起こし、その精神をこの身に憑依させると、頭と心は急速に冷えていった。見上げるとヌヴィレットが驚きに目を見開いている。綺麗な朝焼けの瞳が、珍しくゆらゆらとどこか不安げに揺れていた。

「それは、一体どういう
「言葉通りの意味だよ、ヌヴィレット。身分も立場も何もかもが違い過ぎる僕たちには、やっぱり恋人なんて関係を継続するのは難しかったみたい。だからね、もういいんだ。」
「フ、フリーナ、待って欲しい。私はーーー」
「この国で一番貴いキミを独り占めしようだなんて、僕はとんだ身の程知らずだった。誰よりも忙しいキミに、何度も何度も会いたいだなんて我儘を言ってすまなかったね。」

役を演じているおかげか、不思議と涙は出なかった。だから僕は、ヌヴィレットへの恋心も愛情もありとあらゆる全ての感情を押し殺したまま淡々と演じ続ける。うん、我ながら完璧な演技だ。500年間孤独に神を演じ続けた経験がこんな時にも役に立つなんて思わなかったな
そして僕はついに、彼が言葉を失っている隙に"決定的な言葉"を言い放った。

「お別れしよう、ヌヴィレット。短い間だったけれど、キミの恋人になれて幸せだった。これからはもう一緒にはいられないけれど僕はいつだって、キミの幸せを願っているよ。」

最後にとびきり綺麗に微笑んで、踵を返す。
これで良かったんだ。
じゃあね、ヌヴィレット。僕はキミのことが大好きだったよ

「ッ、フリーナ!!」
「?!」

ところが。
突然、ヌヴィレットに後ろから強く抱きしめられた。というより、これは"羽交締めにされた"と言った方が正しいのかもしれない。

「い、痛い痛い痛いっ!!」
「っ!すまない!」

腕の力が一気に緩められたが、それでもまだ身動きができないほど強い力で腕の中に閉じ込められ、彼から1ミリも離れることは叶わなかった。
え?急に何?!これは一体、どういう状況なんだ!?

「はっ、離してくれっ!」
「すまない、それはできない。」
「なぜ!?」

ヌヴィレットの横髪の跳ねた毛先が僕の頬を擽る。硬そうに見える彼の髪がこんなにフワフワしていたなんて、今初めて知った。それに何より、こんなふうに彼に抱きしめられたのも初めてだった。彼は水龍だから人よりも体温が低いのかな?なんて長年勝手に思っていたけれど、実際は僕が想像していたよりも高く、何重もの厚い布越しでもじんわりと温かさを感じた。彼が纏う上品な香水の香りは何百年も前からよく知っているものだけど、こんなにも近くで感じたことは今までになかった。
初めてのことが同時にいくつも重なり、冷えたはずの僕の心臓は急に熱を上げ、音を立てて暴れ始めた。
気付けば役を演じることを忘れ、いつもの僕に戻っていた。

「離せば君はもう二度と私とは会ってくれなくなるのだろう?だから、離さない。」
「えっ、」

耳元で突然囁かれ、どきん!と大きく胸が高鳴る。その瞬間、頬に熱が集まるのを感じた。

「君の恋人の座を手放すなど、できるものか。」

ヌヴィレットは僕を抱きしめる腕の力をほんの僅かに強めた。
執着を隠しもしない彼の似合わない態度に混乱して、僕の頭の中には疑問符ばかりが浮かぶ。そして、あまりにも傲慢で身勝手な彼の言い分に、やがてふつふつと怒りが込み上げてきた。

「キミ、無茶苦茶言ってる自覚ある?!なかなか会えないし、一緒に過ごせる時間も殆どない。恋人らしいことの一つだってしたことがないというのに、このまま恋人でいる意味なんてないよね?まさか、僕をキープしたいってこと?もしそうならやめてくれ。そもそも、キミって僕のこと好きなの?付き合ってからもずっと僕の片想いだと思っていたよ。恋愛事にはとことん鈍いキミのことだ、ただ僕に合わせてくれていただけなんじゃないのかい?!」

ずっと思っていた言葉を怒りに任せて直球でぶつけると、ヌヴィレットは静かに眉を寄せた。これはかつて神を演じていた頃によく見た表情。彼に不満がある時の顔だ。

まさか、全く伝わっていなかったとは……
「何が?」
「君は他人の感情を汲み取ることに長けている故、私の気持ちが正しく伝わっているものだと思っていたが、どうやら思い違いをしていたようだ。君も、鈍いのでは?」
「は、はぁ?!喧嘩を売っているのかい?!」
いや、すまない。そうではなく……

ヌヴィレットは呆れたように深くため息を吐き、眉間を押さえながらきつく目を閉じた。
?これじゃあまるで僕が悪いみたいじゃないか?!ああ、もうっ!本ッ当に失礼なやつだな!!
僕が怒りに任せて彼に反論をしようとした瞬間、彼の方が先に口を開いた。

もっと早く、私自身の言葉ではっきりと伝えるべきだったとそう、反省をしている。」
「なっ何をだい?」

ヌヴィレットが静かに息を吸い込む。そして、僕の耳元に唇を寄せた。

「愛している。凡そ500年前君と出会ったその瞬間、私は君に強く惹かれたのだ。一目で君が欲しいと、そう思った。」
「っ?!」

熱の籠った甘い声。こんなの聞いたことがない。
頭が甘く痺れ、ぞくぞくと肩が震えた。

「私なりに、愛を伝えてきたつもりだった。500年前から、ずっと。そして君から愛を告げられた時、ようやく私の愛が君に伝わったのだと思った。……実際は、そうではなかったが。」

ヌヴィレットは腕を緩め、僕の正面に回ってその場に跪いた。彼に優しく手を取られ、手の甲にそっと唇が落ちる。それから彼は、真っ直ぐ僕を見上げた。
窓の外からは雨が降る音が聞こえる。

「どうかもう一度、やり直すチャンスを与えてもらえないだろうか。これからも、私と共に生きて欲しい。私はもう、君なしでは生きていけないのだ。」
「っ……さ、さすがに大袈裟じゃないかい?今のキミには権力も人脈もあるし、僕がいなくたって何も問題なく生きていけるだろう?」
「何故そのような酷いことを言う?私が最高審判官ではなく、ただのひとりの男として愛しているのはフリーナ、君だけだ。君を失うくらいならば命を絶った方がましだとすら思える程にね。元より君を見送った後は、私も後を追うつもりなので。君が何と言おうと、これは既に決定事項だ。」
「は、はぁっ!?何をバカなことを言ってるんだい!?ダメダメ!!キミが死ぬなんて絶対にダメだからな!!」
では、私と共に何千何万年を生きる覚悟を決めてもらえるだろうか。」
「うっ……それはもっとゆっくり時間をかけて考えさせて欲しいんだけど……はぁ。なんかキミ随分とフォンテーヌ人らしくなったね?どこで教育を間違えてしまったのかな?キミの愛がこんなに重かったなんて、今まで知らなかったよ。」
「そうだ。私の愛は重い。龍なのでね。一度番を決めたら生涯その者だけを愛する。フォンテーヌ人の性質については確かに君や歌劇の内容に影響された部分もあるが、君の教え云々というよりは元からの私の性質といえるだろう。これからは君と過ごす時間をもっと捻出できるよう努力する。明確な言葉と行動で、毎日惜しみなく愛を伝えよう。だからもう、別れるなどと残酷なことは言わないで欲しい。私を、捨てないでくれ。」

泣いている。実際に瞳から涙を流している訳ではないが、ヌヴィレットの切実な想いは、一層強まった雨音で十分に伝わった。
ヌヴィレットのこんな必死で格好悪い姿、初めて見た。龍王ゆえに存在そのものが貴くプライドの高い彼が、何の力も持たないただの人間である僕に乞い願うなんて余程のことだ。そんなに僕のことを好きでいてくれてるなんて、今まで知らなかったな。彼の言っていることは身勝手で強引で無茶苦茶だけど、僕と生きる未来を当たり前に望んでくれていることがとっても嬉しい。嬉しくて涙が出そうなほど、胸の奥に甘やかな痛みを感じる。押し潰されてしまいそうなほど重た過ぎる愛を向けられても、変わらず彼を誰よりも愛おしく感じている時点できっと僕はもう手遅れだ。やっぱり僕も、彼とお別れするなんて嫌だよ

……じゃあ、キスしてくれたら今回は許してあげる。でも、次はないからね。僕の恋人は、僕の気持ちを一番に優先してくれる人がいいんだ。寿命も、僕の望む通りにして。まぁ、前向きに検討はするけれども……。」
!ああ、ああ、分かった。ありがとうフリーナ。私は君のことが一番大切だ。君の気持ちや望みを何よりも最優先にすると約束しよう。好きだ、フリーナ。この世界の誰よりも愛している。」

ヌヴィレットは立ち上がり、もう一度両手を広げて僕を包み込みように優しく抱きしめてくれた。まるで宝物を扱うかのような手付きで髪と頬を撫でられた後、彼の綺麗な顔が、唇が、ゆっくりと近付いて来る。僕は瞼を閉じて、彼が触れてくれるのを待った。触れるのはてっきり唇だけだと思っていたのだけれど、彼はまず僕の前髪をそっと掻き分けて、額、瞼、こめかみ、鼻、頬へと順番に口付けた。少しくすぐったかったけれど、彼からとびきり愛されているのだと感じて嬉しくなる。それから最後に唇へと優しく口付けられ、とくん、と胸が高鳴った。彼の唇は想像してたよりも柔らかくて、うんと甘い。隙間なく重ねられた唇は数秒後、小さなリップ音と共に名残惜しそうに離れていった。

僕、ついにヌヴィレットとキスしちゃった

照れくささを感じながらもゆっくり瞼を開けると、目の前には熱の籠った瞳で甘やかに微笑むヌヴィレットの顔があった。あまりにもあからさまで分かりやす過ぎる彼の表情に、僕の心臓はドキドキ騒ぎ出し、頬へ一気に熱が集まるのを感じた。

「っ……キミっ、ずるいっ!」
「?ずるい、とは?」

ヌヴィレットはコテン、と首を傾げた。
ま、まさか、素でやっているというのかこの龍は

「な、なんでもないっ!じゃあ僕、そろそろ帰るね!今日は忙しいんだろう!?バイバイ、またね!」

僕は脱兎の如くその場から逃げ出した。
完全にキャパオーバーである。
幸い、ヌヴィレットは追って来ない。
ーーー雨を浴びてこの熱い頬を冷まそう。
けれど外はとっくに晴れていて、暑いくらい日差しが出ていた。

「〜〜〜っこの、浮かれ水龍!」

自宅までの道のりを全力で駆け抜けながら、僕はそう叫んだ。
すれ違う人たちが皆、驚いた顔で僕の方へと振り返る。
でも今の僕には、その数多の視線を気にする余裕はなかった。
頬どころか、全身が燃えるように熱い。
ーーー浮かれているのは、僕も同じ。だからこれは、完全に八つ当たりだ。