初春に彩りを

MHRウ教×ハ♀。
夫婦。ハ♀視点。

新年の最初の日、最初に目にするもの。

昨日は少しお酒を飲んで、湯気立つ年越しそばを食べたら──いつの間にか、眠ってしまっていたみたい。

だからか、今朝はとても早く起きた。空はまだ仄暗ほのくらく、空気は深々しんしんと冷えて、思わず身震いしてしまいそう。

気配を消して自分のお布団から立ち上がりながら、ちらりと隣のお布団を見やる。

少し乱れた隣のお布団の中には、わたしに全てを教えてくれたウツシ教官が、わたしの大好きな旦那さまが、あどけない様子で寝息を立てていた。
寝間着の浴衣の胸元がほんの少しだけ肌蹴ているのは、きっと何度も元気いっぱいに寝返りを打ったからでしょうか。

あなたより早く起きることができたのは、とても久しぶりかもしれない。

あなたはとても真面目な人で、いつもわたしより早く起きて、走り込みや訓練に行く。けれど、今日は特別。

(今日は、新年……元日、ですもんね)

大晦日の昨晩、大好きなあなたはわたしを穏やかにねぎらってくれた。

──今年もいっぱい頑張ったね! 本当にお疲れ様!

大きくて温かい手で、ゆっくりとわたしの頭を撫でながら、優しく、とても優しく笑って、片手には白練色しろねりいろ徳利とっくりを持ち「たまにはゆっくり飲みなよ」と、わたしにお酌をしてくれた。

あなたは一滴も飲まなかったこと、ちゃんと知っている。きっと、万が一に、有事の時に備えてくれていたのですよね。

無事に何事もなく、その後は一緒に年越しそばを元気に食べながら「明日、夫婦で初詣に行こうね」と、おひさまのような笑顔で言ってくれた。

(新しい年……新年で、最初の……)

あなたは、まだ眠ってくれている。

──これは好機だ、こうしてはいられない。

顔を洗って、室内の片隅、化粧台のかたわらに置いてある葛籠つづらの前に膝を付き、両手でそっと蓋を外した。

中身は、お正月用にとあなたが仕立ててくれた、白に金糸が煌めく着物一式。深みのある瑠璃色の帯は、吸い寄せられるように綺麗だ。

(ウツシ教官……わたし……あなたのために……)

あなたを起こさないよう、わたしは静かに寝間着の浴衣を脱いで、葛籠の中にあるものを順番に、身にまとっていった。

あなたは着物の下に纏う、肌襦袢はだじゅばんや裾よけも、高級絹の上質なものを揃えてくれている。
以前、ヒノエさんとミノトさんに着付け方とそのコツを教わっておいて、本当に良かったと胸を撫で下ろした。

まだ夜の気配が残る、ひやりと冷えた早朝の空気の中、微かな物音や、生地の擦れる音などであなたが起きないよう、細心の注意を払って着替えていく。

瑠璃色の帯を締めたら、心も引き締まった気がした。

起こさず着替えることができたので小さく息をつきながら、化粧台の前に正座する。

鏡の中の自分の顔が、ぼんやりと見えた。

朝が近づいてきているのか、空が微かに明るくなりつつあり、室内が完全な闇ではないことは幸いだ。

化粧台の引き出しをそっと開けて、化粧道具に手を伸ばそうとした刹那、お布団の中のあなたが、ごろん、と寝返りを打った気配がして──思わずそちらに目を配った。

「ん……。まな、でしぃ……
「!」
「──すぅ……すぅ……

寝息が途切れなかったので、わたしは思わずほっと息をついた。夢の中でもわたしを呼んでくれるあなたに、目尻がとろける。あなたが愛おしくて、胸がぽかぽかしてきて、甘く高鳴り始めた。

あなたのあどけない寝顔は、ずっと見つめていたくなる。想えば想うほど、冬の厳寒げんかんは無力になる。

今、あなたが見ている夢の中にもわたしがいるに違いないと、自惚うぬぼれても良いのでしょうか。

(あなたは、わたしを、ずっと見守ってくれている……)

口角を上げながら、わたしは化粧を再開した。

引き出しから、ロンディーネさんから買った王国で大流行のものらしい、銀色をした小型の、薄い長方形の箱を取り出す。
私の手の中に収まるほどのそれ・・を開けば、おしろいとは異なる肌色をした粉と、薄い四角形をした綿のような素材でできた薄いスポンジが入っている。これで肌色の粉を、自分の顔にはたいていくのだ。

(ロンディーネさんに使い方も教わったけど……うまくできるかな……)

おっかなびっくりスポンジに粉をつけて、そっと、優しく、頬から粉をはたいていく。

はたけばはたくほど、鏡の中のわたしの顔から肌の色ムラが消えて、均一な肌色になっていく。ただこれだけで、傷も荒れも何もない美肌になれた気がして気分が高まる。

とても面白かったけれど、これはきっと『そう見える』だけだ。わたしはちゃんと理性的に、手を止める。

(塗り過ぎない方が良さそう。過ぎたるは及ばざるが如し……かな)

粉の次は、べにだ。ヒノエさんオススメのものを、少し前にこっそり買っておいた。
小さな丸い象牙の器に入った、とても上質なもの。濃すぎない色合いで、顔を上品に華やかに彩ってくれるらしい。

わたしに似合うかは不明だ。

多少の不安に駆られつつも器を開き、薬指で、唇にそっと、少しずつ、紅を指していった。
 
(ウツシ教官。わたし……わたし、あなたの奥さんになって……もう何年も経つんですよ……)

鏡の中のわたしの唇が、気品に溢れて色付いていく。

脳裏に過ぎるのは、大好きなあなたの笑顔。
わたしに全てを教えてくれた、温かくて、強くて、優しい人。
わたしの命をはぐくみ、心を支え、今もなお見守り続けてくれている人。

あなたは、わたしが幼い頃からずっと、ずっとずっと傍に居てくれている。
わたしもずっと、あなたの傍にいたい。

新たな年の始まりである今日からも、あなたの一番近くで、あなただけに、色々なわたしを見てほしい。

あなたはまだ、たまにわたしを子ども扱いするけれど──わたし、あなたの奥さんになりました。

何年も経って、一人で着物を着て、あなたのためにお化粧をしたいと思えるほど、そしてそれができるほど、すっかり大きくなったんですよ。

……んー……。あ…………?」

お布団の中から、少し掠れたあなたの寝声ねごえが聞こえる。
同時に、わたしがまだ隣で寝ていると思っているのか「まなでしぃ……」と呟きながら、ぽすぽすとわたしのお布団を叩く音がした。

わたしを探しているようなその姿がとても嬉しくて、心がますます温かくなる。

(新年最初の『愛弟子』、すっごく可愛いのが聞けちゃった……)

どんな時でも、わたしは、あなたに呼ばれるのが大好き。ちょうど、お化粧も終わったところだった。

「んん……。あれ……愛、弟子……? 今日は……初詣、だよぉ……!」

お布団にわたしがいないことを察したのでしょう。眠そうに目を擦って呟きながら、むくりと、あなたが上体を起こす。

寝起きであっても、恐らく寝ている時も、わたしが同じ室内にいることは分かっているようで、体の向きは正確に化粧台の前で正座しているわたしの方に向いていた。

正座したまま体の向きをあなたの方に変えて、あなたの寝起きのお顔と寝癖の可愛らしさに胸をときめかせながら、わたしは顔をほころばせる。

……おはようございます、ウツシ教官」
「ん……。お、はよう──ッ……!?」

@acadine