すだ
2026-01-02 21:59:29
8812文字
Public 婿スバカグ
 

初めてはあなたと共に

舞手カグヤと婿スバル。交際前。絆レベルは7くらい。モコロンに乗って上空に初日の出を見に行くお話。ネタかぶりしている可能性がありますが、書きたかったのでご容赦いただければ。
#スバカグ



 風が飲酒してほてった頬を冷やしてくれるのが心地よい。深く息を吸い込むと、後ろのスバルへ声をかけた。
「寒くはありませんか?」
「うん、毛布借りてきたから、何とか」
 毛布でぐるぐる巻きになったスバルを見て、思わず口元が綻ぶ。
「情けないって思ってるんだろ」
「思っていません。私の前では意地を張らないでいてくれて嬉しいですよ。私は、ありのままのスバルが素敵だと思います」
「もう……。そういうことを軽々に言っちゃダメだからね」
「言いませんよ? スバルにだけです」
 呻き声が聞こえ、何かあったかと慌てて幼馴染の方を見ると、毛布の塊がもぞもぞ動いていた。どうやら顔まで毛布の中に潜り込んでいるらしい。
「やっぱり寒いですか? 今日はもう帰ります?」
「大丈夫……。落ち着いたら元に戻るから気にしないで」
「? はい……
 猛烈に気になるが、気にしないでと言われた手前大人しく従うしかない。視線を前へ向け、日の出がよく見えそうな場所まで移動する。
 しばらくすると、平常心を取り戻したらしいスバルが問いかけてきた。
「それにしても、抜け出してきちゃって良かったの?」
「平気です! 皆さんへの挨拶はもう済ませていますし」
「それでも、キミは里長で大地の舞手なんだから。オレと一緒にいたら」
「私は、スバルと一緒にいたいんです」
 毎度聞き飽きた小言を遮るように発した言葉に、幼馴染は静かになった。沈黙が流れる。
「大地の舞手としてお仕事はきちんとしています。でも、私だってただのカグヤでいたいときはあります」
 大地の舞手、四季の里をまとめる里長。六神の加護を受けた巫女、神薙の使い手。今のカグヤには様々な肩書きがある。愛する人たちの住まうアズマを護る。何と光栄なことだろう。この身をアズマの平穏のために捧げることに何の躊躇いもない。
 それでも時折、何もかもを脱ぎ捨て、ただのカグヤに戻りたいと思うときもあるのだ。故郷の村で、狩りに出かけているスバルの帰りを足をばたつかせながら待っていたときのように。
……ただのカグヤのキミは、オレと一緒にいたいの」
 無言で頷くと、「そうか」と言ったきりスバルも黙り込んだ。俯き、視線の先にある白竜のふわふわした毛並みを握った。
 スバルが戸惑うのも無理はない。いつものカグヤであれば言わない我が侭だ。大地の舞手の行いとしては失格かもしれない。思い切り職権濫用だからだ。だが、このアズマの一番高い所で、スバルと今年最初の日の出を見たかった。
 上空を翔るうち、何も遮るもののない太陽が美しいことに気がついた。澄み渡る空の中見る輝きはひと際美しく、一日の始まりや仕事終わりの帰宅時、何度もカグヤの気持ちを慰めてくれた。いつしか、一年の始まりに見る初日の出を見たとき、どんな気持ちになるだろうと思いを馳せるようになった。誰かと——他でもない、スバルと初日の出を見たい、と。
 モコロンに相談したら、「まあいいんじゃないか?」と返された。そんなに軽い感じで良いのだろうか。アズマの神々はいつもこんな感じなので、神に従えと教えられてきた身としては拍子抜けしてしまう。
 モコロンが良いと言っているのだ。他の神達も同じ反応だろうから、決行してしまおうと勢いに任せスバルをここまで連れてきた。渋りながらもついてきてくれる幼馴染は、やはり優しい。
 空が明るくなってきた。太陽の昇る方向を見ると、渡り鳥が明るくなり始めた空を横切るのが目に入った。
 幼い頃、仲良しだった鳥がいなくなってしまったことがあった。涙が止まらなかったカグヤに、その鳥は渡り鳥だったのではないかと教えてくれたのはスバルだった。季節が巡り、その子に再会できたとき、はしゃぐカグヤの隣には同じように空を見上げるスバルがいた。
 そのことを思い出し、嬉しくなったカグヤはスバルへ呼びかけた。
「スバル! 見てくださいあそこ、渡り鳥の群れですよ」
「え? どこ?」
「あそこです、ほら、鯨さんの下あたり……わっ!」
 少しはしゃいで身を乗り出し過ぎた。バランスを崩しモコロンの背から落ちそうになったところを強い力で引き戻される。無言でスバルの目の前へ座らされた後、強く抱きしめられた。
「大丈夫か!?」
 焦ったモコロンが叫んでいる。当のカグヤはというと、それどころではない。何せスバルに抱きしめられているのだ。
「び……っくりした……!」
 すぐ近くでスバルの声が聞こえることが落ち着かない。しばらくしてから温もりが離れ、眉根を寄せた幼馴染がこちらを見る。
「毛布……飛んでいってしまいました」
 抱き寄せられた衝撃から頭がうまく回らない。ようやく出てきた言葉は何とも間抜けなものだった。
「今気にするところそこ? キミの命が危なかったっていうのに」
……ごめんなさい」
「日の出どころか、そのままカグヤを捜索しなきゃいけないところだったよ」
「全くだ。今年はもっと落ち着いて行動しろ!」
「はい……
 新年早々モコロンにまで怒られてしまった。幸先が悪いな、としょんぼりしていると頭に何かが触れた。驚いて顔を上げると困ったようなスバルと目が合う。
「スバル」
「ごめん、強く言い過ぎた。キミのことが心配だから、つい語気が強くなった。無事で良かった」
 カグヤの頭に軽く置かれた掌が離れていく。そのまま手を取り、昔みたいに頭を撫でて欲しいと縋りたかった。全く子供みたいだ。スバルには子供扱いされたくないのに。
 離れていく温もりが消えるのがどうしても嫌で、思わずスバルの背中に手を回した。驚いたのかスバルが「わ」と声を上げる。
「どうした?」
「風が冷たいから……もう少しこのままでもいいですか?」
 スバルの胸元に視線を落としながら尋ねると、迷っているのか少しの沈黙があった。
……オレは、構わないよ」
 断られなかったことに胸をなでおろし、瞳を閉じる。カグヤが落ちないようにだろうか、背中に添えられた手が温かい。
 冷たい風がおくれ毛を舞上げる。けれど今は、寒さを感じなかった。今感じられるのは、ただスバルの温もりだけ。
「カグヤ」
 名を呼ばれ顔を上げると、遠くに目をやるスバルの横顔が見えた。視線を辿ると、そこには
「わぁ……!」
 水平線から広がる光の帯。徐々に太陽が昇り始める。
 意志の強い琥珀色の瞳が朝陽を受け金に色を変える。やはり誘って正解だった。スバルと共に初めて見る日の出は、言葉で言い表せないくらい美しく胸を打った。
「綺麗ですね……
「うん」
 段々と目が開かなくなってくる。伏せてしまった瞼の裏が明るい。すっかり陽は昇っているはずなのに、目が覚めるどころかどんどん眠りに落ちていく。
「すばると、みられて……よかっ……
 スバルが自分の名を呼んでいる声を遠くで聞きながら、意識を手放した。


「どうしよう、モコロン」
「我に聞くな」
 眠りに落ちてしまったカグヤを抱きかかえながら途方に暮れた声を出すスバルに、白竜は半ば自棄っぱちになりながら答えた。どうして相棒は肝心なところできっちり決めることができないのか。
「とりあえず初日の出は見られたことだし、里に戻るか。また落ちそうになっても困るからな」
「うん、そうだね。申し訳ないけどよろしく頼む」
「気にするな。元はといえば突然眠るこいつが悪い」
「あはは、そうだね。きっと疲れてたんだろうな……。それなのに、オレと日の出を見たいなんて」
「お前と日の出を見ることが、こいつの一番やりたかったことだったみたいだからな。ここ最近ずっと言っていた」
……そうか。オレはいつももらってばかりだ。キミに返せるものなんて、たかが知れてるのに」
 きっとカグヤはスバルに何か返してもらおうなんて思っていないだろう。ただそばにいてくれるだけでいいのだ。モコロンはそう感じている。半身の代弁などするつもりはないのでスバルの呟きは聞き流した。
「キミといると楽しい。幸せだって思う。でも、オレはキミにふさわしくないから。……こうして、誰もいないところでなら、キミのそばにいても……いいのかな」
 ちらと背に乗るふたりを見遣ると、スバルがカグヤの頬にかかるおくれ毛を耳にかけているのが見えた。
……スバル」
 こちらの視線に気付いたのか、顔を上げたスバルが切なそうに笑う。
「オレの言ったこと、カグヤには内緒にしてね、モコロン」
「どうしてもか?」
「どうしても」
……分かった。今は黙っておいてやる」
「ありがとう」
「いつか自分で伝えろよ。こいつが何て言うか楽しみだ」
「どうかな……そんな日がくるとは……思えない、けど…………
「おい、おい、スバル?」
 急にしぼみ始めたスバルの声に慌てて名を呼ぶ。いくら呼びかけても返ってくる声は無し。思わず白竜は声を張り上げた。
「スバル! カグヤ!? おい、ふたりとも眠ってしまったのか!? 何てことだ! 我ひとりでお前たちを運ばないといけないではないか!」


『おおい、うららか。助けてくれえ』
「モコロン様?」
 白竜に呼ばれるまま竜神社に足を運んだうららかは思わず声を上げた。
「あらあら、まあまあ」
 白竜の背には、すやすやと安らかな寝息を立てる大地の舞手とその幼馴染の姿。
 うららかが神力を使いふたりを竜神社の寝所へ寝かせると、小さい姿になったモコロンがよろよろと近寄ってきた。
「助かったぜー。ありがとな、うららか。全く、落とさないように運ぶのが大変だったぞ」
「一体何があったんですの?」
「オイラの背中の上で初日の出を見ているうちに寝た。こいつらいつもは深夜過ぎるとすぐ寝落ちするのに、夜通し起きていた上酒を飲んでいたからな……
「我慢していたのが限界に達してしまったのでしょうね。ふふ、可愛らしいこと」
「カグヤのやつ、スバルと初詣するんだって張り切ってたのに、すっかり夢の中だ」
「あら、初詣は夕方になっても構わないのでは? 初めて詣でたら初詣ですわ」
「まあ、それもそうか」
 うららかに言われ、モコロンも納得したように頷いた。
「それでは、わたくし達はここでおふたりを見守るとしましょうか。スバル様が目覚めたとき、なだめないといけませんからね」
「横にカグヤが寝てたらパニックを起こしそうだからな、こいつ」
「うふふ、目に浮かぶようですわ」
 ころころと笑ったうららかが、モコロンへと話しかける。
「ねえ、モコロン様」
「なんだ?」
「きっと今年は良い年になりますわね」
「そうだな! きっとそうなるに違いないぞ!」
 神二柱には確信があった。眠ってしまっても尚、寄り添うふたりの姿。これから先どんな困難が待ち受けていようとも、ふたりの気持ちがある限り乗り越えていけるのだろうと。
 運命を切り開いてきたふたりに幸あれと、願わずにはいられないのだ。