すだ
2026-01-02 21:59:29
8812文字
Public 婿スバカグ
 

初めてはあなたと共に

舞手カグヤと婿スバル。交際前。絆レベルは7くらい。モコロンに乗って上空に初日の出を見に行くお話。ネタかぶりしている可能性がありますが、書きたかったのでご容赦いただければ。
#スバカグ

 柘植つげの櫛が、滑らかな動きで色素の薄い髪をくしけずる。
「痛くはありませんか?」
 思わず眠ってしまいそうな暖かく柔らかい声がカグヤの耳を打った。
「はい、気持ちいいです。髪をとかすのがお上手なのですね、うららかさん」
「まあ! そう言っていただけて嬉しいですわ。カグヤ様の髪もとてもお綺麗です。滑らかでいつまでも触れていたいくらい」
「あ、ありがとうございます」
 春の神に思い切り褒めてもらえたことが面映く、俯くと桜の花びらが靴の上へ落ちてくるのが見えた。
 今日は大晦日。多くの人が春の里へ集まり、夜通し飲み明かし新年を祝う日だ。もうすぐ新しい一年の始まりということで、めかしこんで里を訪れる人も少なくない。カグヤも四季の里の里長として晴れ着を身につけていた。髪の毛はいつも通りおろしておこうと思っていたら、うららかが結わせて欲しいと申し出てくれたのだ。
 人に髪を結ってもらう際の頭を軽く引かれる感覚に身をゆだねながら、改めて自分の格好を見る。全体的に淡い色調でまとめられ、丁度よい塩梅で締め色が使われている。裾や袖の先は若草色で染め上げられ、春の里の柔らかい雰囲気と良く合っている。腰には紫と白の縞模様の帯。淡い色彩をうまくまとめている。帯の上の大きい一輪の紅梅飾りも可愛らしい。帯下と右袖に縫い付けられている白梅をモチーフにした飾りもカグヤの髪飾りとお揃いで、一目見た瞬間からお気に入りになった。ツバメやひなに教わりながら化粧もした。こちらに来る前気合いを入れて秘湯にも入ってきた。万全の状態といえる。うららかに髪を結ってもらったら、いつでもあの人に会える。
「今日はスバル様とゆっくり過ごせるといいですわね」
 そよ風のように囁かれる声に顔を上げた。弾かれたように後ろを見ると、口角を上げ見返す若草色と目が合った。考えていたことを見透かされ頬が熱を持つが、うららかに隠しごとはしたくない。素直に頷いた。


 うららかに礼を言いひとまず別れると、ひとり春の社へと向かう。
 社周辺には既に多くの人が集まっていた。すっかり賑わいを取り戻した春の里。大晦日から新年にかけて、折角だから里を盛り立ててくれた皆に楽しんで欲しいといろはが言ったことをきっかけに、料理を振る舞うことにしたのだ。
 噂を聞きつけ他の里の人たちも随分と集まっているようだ。想像以上に集まった人波を目にしたいろはは「思った以上に人がいっぱい来てくれたねー。忙しくなりそう!」と嬉しそうに腕まくりをしていた。忙しければ忙しいほど燃えるいろはらしい。
 振る舞う料理をお願いしているいろはと料理屋の店主達が忙しなく動き回る中、世間話をする者、用意した椅子に腰掛けゆっくりする者、皆好きなように過ごしているようだ。
 どの顔にも笑顔が浮かんでいて、無事に力を合わせ一年を乗り切ることができたのだとカグヤも喜びを噛みしめる。料理担当の人たちに礼を言って回り、里の人たちひとりひとりに挨拶をしているうち、時間が過ぎていく。
 ようやくひと段落して椅子に腰掛けると、行方不明になっていたモコロンがこちらに漂ってきた。
「おつかれー、相棒」
「モコロンは随分と楽しんでいるみたいですね?」
「だって、うまい飯の他に出店まであるんだぞ? グルメなオイラとしてはこれから時間をかけて制覇していかないといけないだろ〜」
 両手に食べ物を持ち鼻息荒く宣言するモコロンの姿に思わず笑ってしまう。相棒が楽しそうで何よりだ。
「ところでモコロン。スバルを見ませんでしたか?」
 気になっていたことを聞くと、白竜はこともなげに教えてくれた。
「ああ、もう来てるみたいだぞ。確かあそこら辺に……いたいた」
 蹄に持っている串が指し示す方向に栗色の髪の毛が見え、カグヤの表情が自然と明るくなった。
「スバル!」
 良ければ初詣に来る前に遊びに来て下さい、と伝えていた。本当に来てくれたことに嬉しくなり、思わず弾んだ声を出してしまう。モコロンのニヤニヤした顔を無視しながら近づいた。
 こちらに気付いたスバルが片手を上げたまま固まるのが見えた。目の前に立っても微動だにしない幼馴染を見上げる。
「どうしました?」
 もしや、自分の格好に変なところでもあるだろうか。慌てて目に見える範囲を確認するが、特におかしいところはないようだ。
 まさかとは思うが、いつもと髪形が違うからカグヤだと分からないとか?
「ええと、いつもと違う格好ですが、カグヤです」
……うん、分かってる。ごめん、ちょっと」
 動き出したと思ったら顔を伏せ呻いているスバルを不思議な気持ちで眺めながらも、視線は彼の姿に釘付けになっていた。
 黒地に金色の縁取りがされているカグヤのものより少し厚手の布地は、大層手触りが良さそうだ。差し色として使われている浅葱はあまりスバルが身に着ける機会のないものだが、良く似合っている。スバルは何を着ても似合うのだな、と目線が合わないのをいいことにじっと見つめていると、ようやく顔が上げられた。鼓動が早くなる。
 前髪を上げているスバルを見るのは初めてに近いかもしれない。形の良い額と眉が露になり、いつもと違う印象にそわそわしてしまう。
「へん、じゃないかな。ツバメさんの見立てだから大丈夫だと思うけど」
 目線を逸らされながら聞かれ、慌てて答える。
「全然変じゃないです! とても、素敵です」
「そう? 良かった。その……カグヤも、よく似合ってる」
「あ、ありがとうございます……
 以前花火大会で互いの浴衣姿を見たときよりぎこちなくなってしまい、何をやっているんだろうとカグヤは落ち込んだ。前より打ち解けているはずなのに、こういうとき何を言ったらいいのか全く分からない。
「スバルも今年一年大変お世話になりました。どうか楽しんでいってくださいね」
「うん、そうさせてもらうよ。ありがとう」
 とりあえず当たり障りのない言葉をかけ、その場を離れた。実は密かに計画していることがあるのだが切り出すには時間が早過ぎる。機会をうかがい、後で声をかけることにした。


 それからはあっという間だった。春の里へ遊びに来てくれる人たちと話したり、呑み比べを始めてしまったうららかとカイをなだめたり、あまりに忙しくなりてんてこ舞いになったいろはを遊びに来ていたヤチヨが助けてくれたり、休む暇もない。食材が切れそうになり、何度か里の倉庫を往復しているうち、年が明けた。
 とりあえず料理担当の皆と杯を酌み交わし、新年の慶びを分かち合った。
「明けましておめでとう、カグヤさん!」
「今年もよろしくね、カグヤちゃん」
「よろしくお願いします、里長!」
「明けましておめでとうございます、皆さん。今年も何卒よろしくお願いいたします」
 すぐに次の作業に移らないといけないため、立ったままではあるが乾杯し互いに酒を口にする。臓腑が熱くなる感覚に新年がきたのだと実感した。
「こんなに慌ただしいお正月って初めてかも! 何だか楽しいね!」
「さすがいろはちゃん、たくましいわね。じゃあもうひと踏ん張りしましょうか」
「はい! お休みなのにお手伝いありがとうございます、ヤチヨさん」
「いいのよ。楽しそうなお客さんの顔を見ているだけで私も嬉しいわ」
 百戦錬磨の店主ふたりを柱に何とか食べ物がなくならないよう立ち回るうち、人もまばらになってきた。カグヤ自身もようやく落ち着いて食事をとることができ、新年だからとお屠蘇をいただいていると、ひなが「明けましておめでとうー!」と近寄ってきた。
「明けましておめでとうございます、ひなさん」
「今年もよろしくね、カグヤさん。こんな素敵な催し物を開いてくれてありがとう!」
「楽しんでいますか?」
「うん! 賑やかで楽しいよ。それよりカグヤさん、もうお仕事は終わりにしよ?」
「え?」
 言葉の意味が分かっていないカグヤに、ひなが近寄り耳元で囁く。
「スバルくん、今ひとりだよ。ふたりきりになるチャンスチャンス!」
「あ……
 途端赤くなってしまったカグヤをひなが目を細めながら見つめる。
「去年はお仕事いーっぱいしたんだから、カグヤさんも今日はお休み! 自分のしたいことやって、楽しいお正月にしよ?」
 ね? と愛らしく小首を傾げたひなにつられ、いつの間にか頷いていた。
「じゃあいってらっしゃい!」
「は、はい」
 背中を押されカグヤはスバルのもとへと向かう。幼馴染は少し離れたところ、ご神木の前で桜を見上げていた。
 ひとりぼっちの背中が儚くて、どこかへ行ってしまわないかと不安になる。
「スバル」
 驚かさないよう静かに声をかけると、高く結い上げた髪が揺れ、スバルが振り返った。
「明けまして、おめでとうございます」
「明けましておめでとう。そっちはもう落ち着いた?」
「はい、おかげさまで」
「オレも手伝ったのに」
「ダメです。スバルも里のために頑張ってくれたじゃないですか。頑張って下さった皆さんを慰労するためのお食事ですから」
「相変わらず、言い出したら聞かないね、キミは。でも気遣いは嬉しいよ。ありがとう」
 酒の匂いに、思わずスバルをまじまじと見つめた。
「スバル、お酒を飲みましたか?」
「うん、色々な人にすすめられたから」
「そうですか……
「大丈夫だよ、無理やり飲まされたわけじゃない。オレが自分で飲んだんだ」
 その言葉に安堵した。ツバメの店を手伝うようになってから、スバルは四季の里全てを行き来していることもあり顔が広くなった。懇意にしている人たちと積もる話もあっただろう。
「楽しんでいただけましたか?」
「うん、楽しいよ。みんなが笑顔でいてくれることが嬉しい」
 みんなが。どこか他人事な言葉に眉をひそめた。
 他人の幸福を素直に喜べるのはスバルの美徳だ。普通なら気にかけないことかもしれない。だが、今のスバルは。黒竜と共にアズマを蹂躙した今のスバルが発するには重い言葉だった。そこに自分は含まれていないのだと。幸福になる権利はないのだと。覚悟を決めているように思えてカグヤは強く下唇を噛み締めた。
「カグヤ」
 スバルが心配そうにこちらを見る。
「不安そうな顔してる。何か考えごと?」
 いけない、おめでたい席でする表情ではなかった。気を取り直し平静を装いながら幼馴染に声をかけた。他の人に聞こえないように近づき、耳打ちしようとすると驚いた顔をされる。そんな顔をしなくてもいいのに。少し傷つくがその体勢のまま言葉を続けた。
「もうすぐ夜明けです。これから、日の出を見に行きませんか?」