でがらし
2025-12-30 17:25:54
5532文字
Public 【吸死】みっぴき・他CPなど
 

【拳コユ】あなたとこころ踊らせて

2022年3月20日吸死男女CPオンリーイベント「キミとダンシングトゥナイト」展示で載せた作品です。シンヨコダンスパーティーで繰り広げられる男女それぞれの物語(拳コユ編)です。1ページ目は野球拳視点のパーティー前日談、2ページ目がコユキ視点の本編になります。
他のCPなども合わせた形で本にしました。7割はWEBでの再禄です。
https://degarashi2525.booth.pm/items/4771831
初出:2022年3月18日



 三月二十日、シンヨコダンスパーティー当日。
 コートが要らないくらいの暖かさに包まれた会場は、人間と吸血鬼で大賑わい。公園の片隅に設けた食事スペースにもたくさんの人が絶えず集まり、いっぱい準備してきたはずの料理もあっと言う間になくなっていく。踊る間も無く公園とギルドを行ったり来たりして料理を運んでいるうちに、すっかり夜が更けていた。

 ギルドのドアを押し開き「ただいま」と声を張ると、キッチンの奥からおとうさんが出迎えてくれる。今日は退治人の皆さん全員がパーティーに参加しているのもあって、ギルドはがらんとしている。ここにいるのはわたしと、お昼からギルドのキッチンで料理を作り続けているおとうさんだけ。
「思っていたよりも食事が無くなるペースが速いですが、そろそろ落ち着いてくるでしょう。あともう少しです」
 出来たてのスープで一杯になった大鍋を荷台に積み込みながら、おとうさんは額の汗を拭う。体力自慢のおとうさんの顔に疲れが滲んでいるのを見て「わたしも料理を作るのを手伝う」と言ったけれど、「コユキは出来上がった料理を運ぶのが仕事ですよ」と止められてしまった。今日のためにこっそり料理の練習をしたからちょっと残念だけど、こくりと頷く。
「随分賑わっているようですね、会場の様子はどうですか?」
 そう訊かれ、さっきまでのパーティーの様子をおとうさんに報告する。何人かの退治人さんと吸血鬼対策課の人には会うことができたこと。ヴァモネさんが一緒に踊っていた子供達にもみくちゃにされていたこと。サテツさんは私が料理を持ってきた瞬間にもりもりと食べ始めてしまうから、他の退治人さんが止めに入ったこと。メドキさんが会場の片隅で下等吸血鬼用のグッズを売り出し、その隣でショーカさんが寝ていたこと。マリアさんとターチャンさんたちはゲラゲラ笑いながら代わる代わる踊り、疲れ果てたショットさんがしゃがみ込んでいたこと。……それから、「あの吸血鬼ひと」にまだ会えていないこと。
「ん?……どうかしましたか、コユキ?」
慌てて首を横に振る。正直に答えたら、きっとおとうさんは難しい顔をするから。代わりに「おとうさんはパーティーに行かないの?」と訊いてみる。
「日付が変わったら食事は少し落ち着くでしょう、もうあと数時間したら私も向かいますよ。……おや、蝶ネクタイが曲がっている。じっとしててください」
 屈みこんでわたしの蝶ネクタイを整えながら、おとうさんはわたしの心を見透かしたようにそっと釘を刺す。
「いいですか、誰かにダンスに誘われてもついていっちゃいけませんよ。今回のパーティー、ほとんどの参加者が善良でしょうし退治人皆で見張っているからトラブルにはならないと思いますが……何かあったら事ですから」
もし怪しいやつがいたら腕十字で倒して退治人たちを呼びなさい。そう言うおとうさんに「大丈夫。わたしも強いから」と返事し、荷台をぐっと押してギルドを出発した。

 スープをこぼさないように気を付けて重たい荷台をごろごろと転がしながら、さっきのおとうさんの忠告を思い出してくすりと笑う。おつかいで「悪い人についていっちゃいけないよ」なんて、まるで赤ずきんのお話みたい。そう思いながらお客さんが待っている会場へと寄り道せず真っ直ぐに向かう。
 会場となっている川沿いの公園は、さっきよりもさらに賑わっていた。立食パーティーのスペースにも食事を求めてたくさんのお客さんが集まっている。お待たせしました、とお客さんに伝えながら空になった鍋と運んできた鍋を交換し蓋を開けると歓声が上がる。鍋の中で湯気を立てているトマトスープは、人間はもちろん吸血鬼も美味しく飲めると大評判のドラルクさん直伝のレシピ。
―――これ、あの吸血鬼ひとも好きな味かな。
ふとそう思ってしまい空を見上げる。今は仕事に集中しなきゃと思うけれど、薄曇りの中から顔を出している丸い月もあの人の顔と重なって見えてしまう。慌てて首を振り、紙コップに注いだスープをお客さんに手渡していく。
 この間偶然会った時思い切ってチラシを渡してみたけれど恥ずかしくてお返事を聞けなかったし、あの時お花を運んでくれたお礼もまだちゃんと出来ていない。あちこちで野球拳を仕掛ける困った吸血鬼なのかもしれないけれど、それでも……また料理を食べてもらいたいし、たくさんお話したい。
 そうこうしているうちに料理を求める長い列がようやく落ち着き、自然と肩の力が抜けていく。運び込んだばかりのスープは半分くらいにまで減っていたけれど、もうしばらくは補充しなくても大丈夫そう。あとは他の料理が空になっていないか点検して……と他のテーブルを見回していた、その時。

「よお、嬢ちゃん!」

 賑やかな音楽に混じる、聞き覚えのある陽気な声。振り向くと、目の前にいたのはさっきまで思い浮かべていたあの吸血鬼ひとだった。でもいつものピンク色の浴衣姿ではなくて、黒いスーツを身に着けている。わたしが身に着けている給仕服とも、リクルートスーツとも違うハリのある布地は、オーダーメイドのように高級感がある。それに、浴衣を着こんでいたときには分からなかった体格もはっきり分かって……「男の人」、だ。そう思うと何だが急にどきどきしてきてしまう。
「はは、らしくねぇよなぁこんな格好?『ダンスパーティーなら浴衣なんて駄目だ、きちんとオシャレしろ』って弟が五月蠅くてなぁ……ったく、あいつはマイクロビキニのままなのが納得いかねえ……
 
 白い牙がちらつく口元を見ながら恐る恐る「楽しんでいますか?」と訊いてみると、ジャンケン好きなおじさんは頭を掻きながらこちらに向き直る。
「ああ、まあ中々騒がしくて悪くねぇ感じだな。本当はこいつら全員で野球拳出来たら一番いいがよぅ、弟たちも楽しんでいるからまあ今日の所はヨシとしてやる。それに……『野球拳は禁止』、なんだろ?」
ニヤリと笑う姿に、思わずドキリとする。この間みたいに話したいとずっと思っていたのに、今日はなんだか上手く言葉が出てこない。あたふたしているとおじさんは不思議そうな表情をして近づいてくる。
「そういやお前、何してたんだ?……へぇ、中々美味そうじゃねえか。丁度腹減ってたんだ、一杯くれよ!」
 トマトの果肉が混じるスープをどきどきしながらも慎重によそい手渡すと、おじさんはまるでお酒を一気飲みするようにぐびぐびと飲み干した。
「ああ、こりゃあ悪くねぇ味だ。後で弟たちにも教えてやろう……ごちそうさん」
わたしもこのレシピ、練習しよう。そう心の中で呟いていると、音楽が止んだせいか少しだけ会場が静かになった。鍋の中身を見ていたその人は、ふと何かに気づいたかのようにこちらを見る。
「で、そのお嬢ちゃんは誰かと踊ったりしたのかよ?……って、お前まさかずっと働きっぱなしか!?」
 こくこくと頷く。そうだ、わたしはお仕事の途中だった。またすぐギルドに戻らないと、おとうさんに心配されてしまう。慌ててテーブルの下のゴミ袋の中に空になった紙コップを入れ、口を縛って荷台に乗せる。もっとお話ししたかったけれど、こうしてパーティーに来てくれて会うことができたから、それだけで幸せ。「お話できてよかったです、楽しんでくださいね」と伝えて、ぺこりと頭を下げて歩き出そうとした……のだけれど。

「おい、ちょっと待てお嬢ちゃん!!……ほれ、よよいのよい!」
 呼び止められる声につられて思わず突き出してしまった拳と、向こう側で開かれた手のひらを見る。……あ、負けちゃった。野球拳禁止なのにと言いかけたけれど、身体が勝手に動いて服を脱ごうとするわけでもない。あたふたしながら視線を上げると楽しそうな顔が目の前に迫っていて、このままじゃ心臓の音が聴かれてしまいそう。
「はは、俺は催眠も結界術も出してないぜ?だがそうだな……リベンジ成功、だ」
 ぐっと手のひらを伸ばしたその人は、わたしの首元の蝶ネクタイをするりと取り外す。首元が楽になったはずなのに、胸がぎゅっと締め付けられて上手く呼吸できない。そんなわたしを他所に悪戯好きな吸血鬼は手首に赤い蝶ネクタイを巻いてくつくつと笑う。遠くのスピーカーからアップテンポの音楽が流れ始めてくるけれど、わたしの心臓の鼓動が刻むリズムの方が速いかもしれない。
「なあ、ちょっとは踊らねえか?嬢ちゃんも楽しまなきゃ、来た意味が無えからな!一曲踊ったらこれ、返してやるよ。……踊らにゃソン、だぜ」
そう言って盆踊りのようなステップを踏みはじめた。浴衣なら似合うのに今日のスーツ姿にはちぐはぐな動きが面白くて笑ってしまうと、「笑うな!ほら、踊れ踊れお嬢ちゃん!」とこちらに呼びかけてくる。
 ちらりと料理の盛られたテーブルを見て、それからこちらに手招きする吸血鬼を視界に映すと、とくんとくんと胸が高鳴る。ちょっとだけ、貴方と踊ってみたい。そう思ってしまった自分の気持ちに、ウソはつけない。

―――ごめんなさい、おとうさん。わたし、少しだけ悪い子になります。