でがらし
2025-12-30 17:19:43
9771文字
Public 【吸死】ドラヒナ~全年齢~
 

【ドラヒナ】ただ君と踊りたい

2022年3月20日吸死男女CPオンリーイベント「キミとダンシングトゥナイト」展示で載せた作品です。シンヨコダンスパーティーで繰り広げられる男女それぞれの物語(ドラヒナ編)です。1ページ目はドラルク視点のパーティー前日談、2ページ目がヒナイチ視点の本編になります。
他のCPなども合わせた形で本にしました。7割はWEBでの再禄です。
https://degarashi2525.booth.pm/items/4771831
初出:2022年3月18日

……うん、これでよし」

 オーブンに入れたスポンジ生地が熱を受け止めてゆっくりと膨らんでいく。タイマーは残り二十分を切ったところだから、彼女がやってくる時間ぴったりに焼きあがるはず。ケーキに塗るクリームの準備も出来ているから、今は少し手持ち無沙汰だ。さて何をしようかと考えていると、ジョンがズボンの裾を引っ張りながらダンスのステップを踏んでいる。
「フフ、ジョン。そうだねぇ、焼きあがるまでダンスの練習でもしようか」 
 ヌン!と元気よく返事をするジョンと一緒に、狭いリビングでゆるりと踊り始める。死に覚えゲーのように師匠から散々叩き込まれたからか、音楽はなくとも身体は自然と三拍子のリズムを刻む。最後に踊ったのは一世紀前だっただろうか。あの時は一族の付き合いで格式ばっていたところが多少あったし、何より御真祖様が全てをムチャクチャにしていたから、こうやって気楽に踊るようなことは中々無かった。
「いち、にー、さん、いち、にー……そうそう上手いよジョン!」
そう言うとジョンは嬉しそうに小さい手足を目一倍使ってくるりとターンを決めていく。こうしてダンスの練習をして早数日経つが、ジョンも随分踊るのが上手くなった。愛しい使い魔と共に踊るのはやっぱり楽しい。……そう思いつつもこの場には居ない赤毛の少女をつい思い浮かべてしまう。白い隊服に身を包み任務に励む凛々しい姿。私のクッキーを美味しそうに頬張るあどけない笑顔。からかった時の照れながら怒る必死な表情も。

……好き、なんだよなぁ……
うっかり言葉が漏れていたらしい。ジョンがステップを止め、不思議そうにこちらを見上げている。
「な、何でもないよジョン!さあもう一度だ」
もう一度ステップのカウントを始める。リズムを崩さないように足を動かしながらも、脳裏では数日前に聞いた言葉がリフレインする。


『シンヨコダンスパーティーにて、深夜十二時の曲で踊った相手とは恋仲になれる』
 
 新横浜での人間と善良な吸血鬼との親睦を図り、春の始まりを祝うパーティーが数十年ぶりに開催の運びになった―――そう伝えられ浮き立つ退治人ギルドにて、マスターが話していたちょっとした伝説。なんでも昔パーティーにて多くのカップルが誕生したという逸話から生まれたのだと、楽しそうに髭をいじりながら教えてくれた。
まるでおとぎ話やアニメのような話だとは思うが、こういう良いジンクスは信じてみるタチだ。吸血鬼対策課の面々も当日は退治人と同様に駆り出されるとのことだから、現地で会うこと自体は容易だろう。問題はどうやってスマートにかつバレないようにお誘いするか、ということなのだが。手を伸ばし、私もくるりと回ってみる。まるで目の前に彼女がいるかのように、紳士的にリードするかのように……

「ドラルク!今日もおやつ……じゃなかった、監視に来たぞ!」
「ウワァー?!」
 ドアが勢いよく開き、オーブンのアラーム音と共にヒナイチ君その人が飛び込んできた。現実に引き戻されたせいで死が訪れた私を、実在するヒナイチ君は訝し気に見下ろしている。
……どうした、ドラルク?それに何で踊って……ああ、もしかして」
「ご明察。私も二十日のパーティーに参加することになってね。それに料理の監督役も仰せつかったのだ!」
……忙しそうだな」
「うん、まあね。ささ、丁度ケーキが焼けたところだ」

 スマートにお誘い……などと思っていたさっきまでの自分は何だったのだろう。気恥ずかしさから慌てて会話を逸らしてしまった自分が情けなくて、また死んでしまいそうだ。ヒナイチ君から背を向けたまま、マントを脱ぎエプロンを身に着ける。オーブンから焼き立てのスポンジ生地を取り出すと、ふんわりと甘い香りが部屋全体を満たし、漸く気持ちが落ち着いてきた。
……今日のおやつも美味しそうだな」
 ジョンと一緒に近寄ってきたヒナイチ君が嬉しそうにため息をつく。綺麗に膨らんだスポンジケーキはサフランを加えたからいつもの生地よりも黄色が鮮やかだ。これを幾つかの円にスライスし、卵黄をたっぷり使ったカスタードを中に挟み込む。スポンジの上にもたっぷりと塗ると、ヒナイチ君のアンテナがぴょこぴょこと動く。
「で、仕上げにこれを……
 一つ残ったスポンジの円を細かく刻むと、ヒナイチ君が小さく悲鳴を上げる。
「勿体ない、どうしてだドラルク!?折角綺麗に焼けていたのに!」
「フフ、これをこうして……どうだい?」
 クリームを優しく包み込むように砕いたスポンジを上からパラパラと振りかけていけば、ヒナイチ君の目が驚きと喜びでキラキラと輝く。嗚呼、君のこの笑顔がお菓子ではなく私そのものに向けられたらどんなに素晴らしいだろう?今だって十分すぎるくらいに幸せなのに、心はそれ以上を求めてしまっている。それが楽しくて、もどかしくて……けれども、このまま手をこまねいているばかりじゃいられない。次の作戦を練りながら完成したてのケーキを冷蔵庫にしまうと、ヒナイチ君は少しがっかりした様子でこちらを見上げる。
「まだ食べちゃダメなのか……
「生地とクリームを馴染ませなくてはいけないからね、少し冷やさないと」
……美味しく食べるためなら仕方ないな。あと何分で食べられるんだ?」
「そうだね、あと三十分ってところかな?……あ、そうだ!ヒナイチ君、今から少し散歩に行かないかい?」


 先頭を歩くジョンに歩調を合わせ、私とヒナイチ君は商店街の方へと赴く。相変わらず北風は冷たいが、ジャケットとマントをきっちりと着こめば死なない程度に緩くなった寒さが季節の変わり目を実感させる。ダンスパーティーの頃にはもう少し温かくなっているだろう。もしかしたら桜も咲き始めているかもしれない。
……今日は春っぽいな」
 そう言って柔らかく笑うヒナイチ君と目が合うと、心の中に南風が吹く。ずっと見ていたい表情のはずなのに、つい視線を逸らしてしまいわざとらしく濃紺の空を見上げる。言葉少なにここまで歩いてきてしまったことをヒナイチ君は不思議に思っているだろうか。少し気まずい雰囲気を振り払いたくて、努めて明るい声でヒナイチ君に問いかける。

「さあここでヒナイチ君にクイズです!今日のおやつの名前はなんでしょう?ヒントは……ほらあそこ」
 数メートル先にある店を指さすと、ヒナイチ君は不思議そうに首を傾げる。
「あそこは……花屋か。ということは……何だ?」
 真剣な様子で考え始めた彼女に「ここで待ってて」と伝え、花屋へと歩みを進める。夜が深まりつつあったが、お目当ての花は「今日のおすすめ」としてまだ沢山残っていた。マジロ語で店員と談笑していたジョンを抱きかかえ、注文をしながら一足先に春が訪れたかのような店内を見渡す。薔薇やスイートピー、フリージアなどが面積を占める中、片隅にあったのは見覚えのある花だった。
「あ……すみません店員さん、これも追加で」
 なんてラッキーなんだ、この花も添えればきっと作戦成功間違いなし。くすりと笑って完成したブーケを店員から受け取り意気揚々と店を出る。花々を束ねるリボンは、ヒナイチ君の綺麗な髪と同じ色にしてもらった。

「お待たせ!はい、これが答え」
 店先で考え込んでいた彼女にブーケを差し出すと、若葉のような瞳が大きく見開かれる。
「これは……ミモザ?」
「正解!今日はいつもお世話になっている人にミモザを贈る日なんだよ。で、この花を模したものをミモザケーキって言うんだ」
「なるほど、確かによく似ている……ん?これは別の花か、初めて見るが……綺麗だな。この花はなんて言うんだ?」
……オンシジューム、だよ」
 沢山のミモザの中に隠れるように混じる、黄色い小さな花。自分の誕生花だから花言葉も覚えている。その花言葉を口にするだけで良い。それだけで紳士的に、優雅に、ちょっぴり畏怖く、ヒナイチ君をエスコートできる。……そのはずだったのに。

……これはヒナイチ君に差し上げよう!いやぁ、いつも私の監視ご苦労様!」

 口から出たのは「いつもの私」のセリフ。嘘を言っているわけではない。ヒナイチ君は元々任務で私の元に来ているのだ、それを労う気持ちは当然ある。でも私が本当に言いたいのは、任務を超えた関係の第一歩となるお誘いであって……
 言葉を取り消すわけにもいかず、ヒナイチ君の様子を伺う。ブーケを受け取ったヒナイチ君は目を伏せて花々をじっと見つめていたが、やがて花から漂う甘い香りを思いっきり吸いこんでこちらを見上げた。花で顔を覆い隠すようにブーケを抱きしめているが、その隙間から微笑みを浮かべているのが分かる。
「監視対象に労われるなんて……でも、ありがとう。今まで人から花を貰ったことなんてほとんど無かったから、何というか……照れくさいな」
まあ、いいか。今日はこの笑顔を独占できれば十分だ。パーティーまではまだまだ日はあるのだから、ゆっくりチャンスを伺えばいい。この状況を楽しむのもまた一興、そうだろう?

……さあ、帰ろうヒナイチ君、ジョン!そろそろケーキの食べごろだよ」
 
 マントを翻し事務所へと歩き出すと、不意に強い向かい風が吹いてヒナイチ君の軽やかな足音とジョンの声がかき消される。目にゴミが入ったわけでもないのに、何故だか街の景色がじわりと滲んで見えた。