ここ
2025-12-30 14:55:27
13160文字
Public 小説
 

【リバリン】百年の亡霊🔞

<2025.8.10初出>
リバリン。ブレワイでメドー解放後。100年前に付き合ってた設定。

【⚠️18歳以上のみ閲覧可】

 100年という時間は、あまりに長かった。
 初め、心の内には怒りが渦巻き、それは悔しさへと変わり、やがて悲しみへと変容していった。
 もう自分にできることは何もないのだとわかってはいる。それでも、もしかしてと期待してしまうことを止められない。数え切れないほど繰り返される期待と絶望のループに、かつては皆に高潔だと誉めそやされた魂が磨耗していく。
──目の前で朽ちていく自分の肉体。
──愛機によって滅ぼされていく故郷。
──散っていく同胞たち。
 厄災に対してなのか、それとも自分に対してなのかわからない怨嗟を胸の内に募らせながら、ただひたすら訪れるのかわからない救いの時を待つことしかできなかった。

***

 リンクは馬宿で休んでいた。ヘブラ地方にあるこの馬宿は、厳しい寒さもあって利用する旅人の数は多くない。追い払っても何度も蘇る魔物たちの存在も、人気の少なさに拍車をかけている。
 この晩も、この宿で夜を越そうという者はリンク以外に居ないようだった。番台に管理人は居るが、夜は宿泊客に慮って仕切りが設けられているおかげで明かりも管理人の気配もこちらには届かない。新月である今夜は月明かりもなく、手元のランプを消してしまえばそこにあるのは純粋な闇だった。

「ふぅ……
 布団は極上というほど柔らかくはないが、それでも単に薄い毛布に包まって野宿するのとでは雲泥の差だ。装備を外し布団の中に頭まで滑り込ませると、リンクは深い息を吐いた。
──身体が重い。
 装備を外した分だけ軽くなっているはずなのに、逆に自重を再認識したかのようにズッシリと感じる身体を抱きしめるように膝を曲げて丸くなる。身体を伸ばして寝たほうが疲れがとれることはわかってはいるが、そうしているとどうにも落ち着かない。疲れている自覚はあるのだが、上手く休息できない日々が続いていた。
 旅を続けるごとに、欠けていたリンクの記憶は少しずつ戻ってきていた。記憶を取り戻すことはリンクに喜びをもたらす一方で、100年前の自らの失態の重さを突きつけられるようで酷く心が削られた。リンクの心情がどうであれ、リンクが果たすべき役目に変わりは無いのだから厄災ガノンの討伐にのみ心血を注いでそれ以外の感傷に浸るべきではない。頭ではそう理解しているのに、目を閉じると100年前にリンクの手からこぼれていった命の数々が脳裏に浮かんでくる。神獣を解放してからはそこに懐かしい顔が加わり、より一層リンクを苦しめた。
 この地方を訪れたのも厄災討伐の旅を進める一環で、平原に巣食った魔物の退治のためであったのだが、それに予想外に手こずった結果こうして馬宿で夜を越すことになったのだった。早く先に進んで、少しでも自分の過去の失態の尻ぬぐいがしたいのに。気持ちは焦るが、疲労に淀んだ身体がついてこない。寒さに強張るなか無理やりに剣を振り続けたせいで、布団の中で握りしめた右手がジンジンと痺れるように痛んだ。

……?」
 いつものように、眠ったのか眠っていないのかわからないような微睡みを繰り返して夜が明けるのを待つ。そんなつもりでぎゅっと目を瞑っていたリンクは、不意に何か柔らかなものが頬を撫でるように触れたのを感じ、暗闇の中で目を瞬かせた。ベッドに潜り込み、頭まですっぽりと毛布を被っているのだ。敷布と毛布以外にリンクに触れるものはない。しかし先ほど頬で感じたそれは、リンクを包む使い古しの布団とは全然異なる柔らかで滑らかな、まるで上等な羽毛のような肌触りだった。身の回りに思い当たるものがなく不思議に思いながら布団から顔を出すが、そこには相変わらずの闇があるだけだ。馬宿のドアが開いた様子も、新たな来客があった様子もない。それなのに、先ほどと同じ感覚が今度は両頬を包み込むように触れるのを感じる。
(なんだろう、これ……
 リンクを慈しむように優しく触れるその感覚は、リンクのそれよりもずっと大きな手のひらのようだった。柔らかいふわふわに覆われている感触は明らかに人のものではないが、それはリンクに懐かしさを覚えさせ、そして心地よかった。本来であれば警戒すべき面妖な事態であるにもかかわらず、その心地よさに抗えずに身を委ねてしまう。リンクの疲弊した心と身体がそれを求めていた。こんなふうに触られるのはひどく久しぶりだと感じた。
(ああ、そうだ。厄災の前は……
 厄災に破れて長い眠りにつく前にはこうして身体を触れ合った相手がいたようだということを、リンクは旅のなかで僅かながらに思い出していた。暗闇の中で自分の身体を這う動きに抵抗もせずに許容してしまっているのは、相手もわからないほどにおぼろげなその記憶と重ねているからなのだろうか。最初は顔を撫でていたその動きが徐々に身体の方へ移るのを感じるが、リンクは目を閉じベッドに横たわったままそれを受け入れる。
「んっ……
 服の上からゆっくりと撫でるように触れていた手が、シャツの裾から忍び込んできた。素肌に触れるその感触はやはり柔らかい羽毛のようで、へそのあたりを撫でる動きに僅かなくすぐったさと、じんわりとした熱のようなものを感じる。腹という無防備な弱点を晒してしまっていることにも、不思議と焦りや恐怖を覚えなかった。労わるように繰り返し撫でられている場所は、少し前に魔物との戦いで怪我をしたところだろうか。すっかり治癒してはいるが、傷跡が残ってしまっている。薄い皮膚を柔らかな羽に何度も撫でられたことが呼び水になったかのように、かつて全てを晒して熱を交わし合った相手の記憶がリンクの中にじわじわと蘇ってきていた。
「リーバル……?」
 ポツリと、自分でも聞き取れるか聞き取れないかほどの小さな声で脳裏を掠めた相手の名を呼ぶ。すると、優しく身体に触れていた手の動きがピクリと止まるのを感じた。目を開けるが、目の前にあるのは暗闇だけでやはり手の主の姿は見えない。しかし、次の言葉を紡ぐか迷って薄く開いたリンクの唇にそっと指が当てられるのを感じ、リンクは口を閉じた。良い子だ、とでも言うように頭をポンポンと撫でられる感覚に、じわりと目元に浮かんだ涙を堪える。
(リーバル……!)
 この手の主が、全然違う相手だったらどうしよう。そんな考えが浮かぶ余地もないくらい、触れ方が記憶の中のリーバルそのものだった。それを自覚した途端に、ドクン、と体温が上がり、じわりと汗が滲むのを自覚する。手の主もそれを感じ取ったのか、優しく撫でるように触れていた動きに意図を感じる強さが混じった。仰向けに寝ていたリンクの身体がぐるりとひっくり返され、うつ伏せにされる。かけていた毛布がよれてベッドの端に引っかかる。
……っ!」
 背骨をなぞるような手の動きを素肌に感じた後に、それがするりとズボンの中に忍び込むのを感じてリンクは唇を震わせた。背後から前へと伸びたそれが、ほんの少し反応し始めていたリンク自身を柔らかく包み込む。さわさわと優しく触れられただけで、大きな手に包まれたリンク自身に血流が集まっていくのを感じた。口元から声がこぼれ落ちそうになり、火照って熱くなった顔を慌てて枕に押し付ける。見えない手がどのような意図を持って動いているのかは明らかだった。純粋にリンクのことを高めようとする手の動きが早まるのに応じるように腰がはしたなく浮かび上がって、上半身はぺたりとベッドに伏せたまま腰だけを浮かせた体勢になってしまう。
「は、ぁう……っ!」
 手の動きに合わせて揺れていたリンクの腰がビクンと跳ねる。激しさは伴わない穏やかな愛撫であるにも関わらず、リンクはあっけなく達していた。リンクが吐き出したものを大きな手が受け止めるのを感じる。旅のさなかで自分自身を慰めることはほとんどしておらず、久々の射精は今までの疲れの蓄積もあってリンクの体力をごっそりと削った。もっとこの手の主の気配を感じていたい。そう思うのに、精を吐き出した身体は泥沼に囚われたかのように重く、意識が遠のいていくのを止められない。側にある存在を確かめたくて、ほとんど言うことを聞かない重い腕を必死に動かすと、見えない手の指先に自分の指先が触れるのを感じた。太い指をぎゅっと手のひらで握りしめると、閉じたままの目から溢れた涙がポロリと頬を伝う。
「ん、ぅ……
 柔らかな羽がリンクの上半身を包み込む。手の主は指先をリンクの好きにさせたまま、リンクを背後から抱きしめたようだった。懐かしい、大きな翼に包まれる感覚だった。かつてリーバルと熱を交わし合った時はいつもこうやってこの大きな翼に包まれていた。リンクはそれが大好きだったことを思い出しながらも、意識は深い眠りの中に落ちていった。





 馬宿の窓から漏れ入る朝日をまぶた越しに感じて、リンクは目を覚ました。管理人のいる番台との仕切りはすでに取り払われているようで、外で火を囲んで朝食の準備をしているらしい人々の話し声がかすかに聞こえる。
「あ、リンクさんお目覚めですか?」
 リンクがもそりと身を起こすと、それに気づいた馬宿の管理人が朗らかに声をかけてきた。周囲に人々の気配があっても眠り続けるほど深く眠ったのは随分と久しぶりで、それにやや呆然としながら周囲の様子を確認する。
(昨夜の気配は……ないか)
 予想の通り、昨夜起きた出来事の痕跡と思えるものはどこにもなかった。もしかして、と危惧していた寝具の乱れや汚れがなかったのには安心したものの、リンクは若干の落胆を覚えた。ニコニコと愛想を振り撒く馬宿の管理人の様子も昨日から変わった様子はなく、夜の間に何か異変が起きたかなどと尋ねて確認するまでもない。けれど。
(あれは、夢じゃない)
 この身で感じたこと以外に何も証拠はないけれど、リンクが昨夜感じたあの羽の感触や、全身を包まれる安堵感、眠りに落ちるまで寄り添ってくれたあの気配が、とても夢の中の出来事だとは思えなかった。もし本当にそうなら。リーバルがリンクに会いに来てくれたのだとしたら。
(──会いたい。リーバルに)
 疲労に澱んだ昨日までのリンクであればきっと、こんな風に自分の感情を信じることができずにぐずぐずと考えを迷走させてしまい、何も行動を起こすことはなかっただろう。しかし久々にしっかりと睡眠をとった頭ははっきりとしていて、自然と前向きにそう思えた。溜まっていたものを吐き出した身体は昨夜の熱を仄かに残してはいるが、それでも昨日に比べれば格段に軽い。行こう、メドーに。リーバルに会いに。リンクは心の中でもう一度決心を呟くと、少し赤くなってしまった目元を冷やすように馬宿で分けてもらった冷たい水で顔を洗い、腹ごしらえの準備を始めた。

 気持ちとしてはすぐにでも神獣ヴァ・メドーの鎮座するリトの村に向かいたかったが、そういうわけにもいかない。まずはこの地域に滞在していた当初の目的である街道に巣食う魔物の退治に専念する必要があった。しかし一晩ぐっすりと眠って回復したおかげか、あれほど苦戦していたのが嘘のように、一両日の間にあっさりと全てを退治することができた。
「──はぁあッ!!」
 気合いの掛け声を発しながら奮った一撃で最後の一体が屠られるのを見届けて、リンクは剣を納めた。目の前でチリとなって消えていく魔物は赤い月の夜を迎えれば再び復活してしまうのだろうが、それでもこの一帯で生活する人々は束の間の平穏を享受することができる。僅かでも自身に課せられた役目をこなすことができたリンクは、小さく安堵の息を吐いた。

 メドーを解放した戦い以来、メドーに足を向けるのは初めてだった。それはメドーに限らず他の神獣でも同じであった。ここに未だかつての仲間たちの、英傑たちの魂が囚われている。長い時の中、リンクが責務を果たす瞬間を今か今かと待ち構えている。そう思うとじわりとした重圧と焦燥を感じてしまうのだ。しかし今はリーバルに会いたいという気持ちがその重圧を跳ね返していた。
 ただでさえ標高が高いリトの村の、その中でも一等高い岩の上に鎮座するメドーの足元に立って深呼吸をすると、突き刺すような冷たい空気が肺に満ちる。それはいっそ清々しささえ感じた。リンクはもう一度深く息を吸ってそれをすっかり吐き出すと、じっとハイラル城を睨みつけるメドーに向かって口を開いた。
「リーバル、いる?」
 小さな呟きに応える声はない。しかしメドーの足元に立った時から、馬宿での夜に感じたあの気配のかけらをリンクは感じ取っていた。それに背中を押されめげずに何度もリーバルの名を呼び続けていると、やがて「何だい? うるさいなぁ」という声が聞こえた。メドーの内部に反響して少しくぐもってはいるが、紛れもないリーバルの声だ。返事をしてくれたという事実にリンクの口角が緩む。
「リーバル! その……
 嬉しさに緩んだ勢いのまま口を開きかけて、リンクは言葉を切った。
 あの夜、見えない手と触れ合ったことが単なる思い込みや妄想ではないと信じて足を進めて来たが、ここまで来て急に怖気付いたのだ。リーバルは俺に会いに来てくれたの? 俺のことをまだ好きでいてくれるの? そもそもあれは本当にリーバルだった? なんと切り出せば良いのかわからない。開きかけた口を閉じて唇を噛み、項垂れたリンクの視線が足元へと落ちる。
 リーバルの名を呼んだままリンクがぷつりと黙り込んでしまっていると、先ほどと同じ声がため息を吐くのが聞こえた。
……この間のじゃあ物足りなかったのかい?」
……ッ!」
 再び聞こえた声は先ほどのように反響しておらず、はっきりとリンクの耳に届いた。思ったよりも近くから発せられたそれに、リンクが弾かれたように顔を上げる。
「リーバル!」
 視線の先には、メドーの足に寄りかかるようにして立つリーバルの姿があった。風のカースガノンを倒した時に見たのと同じように青白い人魂のような光に包まれ、半透明であるその姿はこの世の者ではないことを表しているが、それに構わず駆け寄る。
「あれ、やっぱりリーバルだったんだ」
「そうと知らずに身を委ねてたわけ?」
 リーバルはいかにもやれやれといった様子で頭を振った。それでも、近くまで駆け寄ったリンクを拒む様子はないことに安堵する。
「リーバルかなとは思ったんだけど、何も見えなかったから」
 あんな風に触られるのも久しぶりだったし、とリンクがリーバルの反応を探りながらおずおずと言うと、リーバルは「それも思い出したんだ?」と言ってフンと鼻を鳴らした。
 やはり、馬宿での出来事も、かつてリンクとリーバルがそういう関係であったこともリンクの妄想や思い違いではなかったのだ。リーバルの言葉を聞いたリンクが、良かった、と思わず顔を緩めると、リーバルは対照的にきゅっと顔を顰めた。
「そんなことを確認するためにわざわざ来たのかい?」
「そういうわけじゃ──」
 なくはない。けれどどこかトゲのあるリーバルの言い方に反射的に否定しかけて、口をつぐんでしまう。そんなリンクを見て、リーバルは肩をすくめた。
「なら文句でも言いに来たのかな。君がいけないんだよ? 僕とメドーの足元でウロチョロしているかと思ったら、雑魚相手に手間取って。見苦しいったらないからね、ちょっと息抜きの手伝いをしに行ってやったのさ」
……そうだったんだ」
 ライネルなんて君の敵じゃなかったはずだけど? と続くリーバルの言葉が、急にどこかぼんやりと頭に響く。
……なんだ、そう言うことか)
 緊張と興奮、期待に知らず力んでいた身体から力が抜けるようだった。
 リーバルは単に、リーバルが愛したこの地を荒らす魔物に苦戦しているリンクに剛を煮やして、発破をかけたに過ぎなかったのだ。それはリンクを案じてではなく、この地に暮らすリーバルの同胞たちのためを思ってのことなのだろう。やり方に難はあるが、結局はリーバルの思惑通り、不調が続いていたリンクはあの夜を境に調子を取り戻しこの辺りを荒らしていた魔物を退治することができた。一時のこととは言え、リーバルの懸念は払拭されたのだ。それでもう事は済んだのに、はるか昔のことを今になって思い出して、浅ましい期待をしてリーバルの元を訪れた自分はなんて間抜けで滑稽なのだろう。聡いリーバルはきっとリンクの気持ちを見透かして呆れているに違いない。リーバルに会えて高揚していた気分が急激に萎む。
 厄災に敗れてからの100年間、のんきに寝こけていた自分とは違ってリーバル達はずっと苦しみ続けていた。それは今もだ。リンクが朧げながらも思い出した記憶の一部は、リンクにとって少し前のことのように思えても、リーバル達にとってははるか100年も前のことなのだ。たとえリンクとリーバルがかつて思いあった仲だったとしても、厄災に打ち勝つという使命を果たせず100年続く惨劇を招いた原因はリンクだ。そんなリンクのことを、今も100年前と変わらず好いていてくれるのかなどと考える方がおこがましい。こんな簡単なことに、なぜ気づかなかったのだろう。
「手間をかけて悪かった。もう、こんな失態はしないから」
──100年前に大失態を犯した自分が言っても信じてもらえないかもしれないけど。
 内心ではそんな自嘲をしながら、リンクはなるべく平坦な声を意識して声を出した。しかし到底うまくいったとは思えなかった。リーバルの反応を知るのが怖い。100年前のリンクがどんな風であったかなんてほとんど思い出していないが、今の自分はきっとその頃よりも肉体的にも精神的にもずっと弱くなっているのだろうと言うことは漠然とわかった。これ以上リーバルに呆れられてしまう前にここから去らなくては。そう思うのに、リンクは足が竦んでしまったかのようにその場から動けなかった。