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慶
2025-12-28 20:50:59
4004文字
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三つ子の魂、数百まで
いくつかの時系列がねじれあって――小さい頃のちびちびハイドくん(当時の記憶のみ)が、現代の既婚ガラハイのもとへ現れたという妄想。
細かいことは気にせずに読むやつです。
「ガラぁ?」
俺がソファにいるのは見えているはずなのに、わざわざそこにいるかどうか確かめるみたいな声を出す。こういうときのチビは、何か押し通したいお願い事があるか、許してほしい悪戯をしでかした後だ。が、このおチビさんは行儀だけは良い。悪戯の線はないとなると、前者になる。これまでに受けた数々のお願い事と、その顛末をぼんやり思い返す。
「ガラ、あの、な、ちょと思ったんだがなあ」
「なんだ?」大きいハイドの真似をして喋っているらしいが、舌っ足らずだ。こみ上げる笑いをなんとか押し留める。
「あのー、な? そのぉ」とかなんとか言いながら、小さいハイドはソファによじ登る。落っこちないよう背中に手を添えてやる。本人は喋ろうとしていることに夢中で、俺の手にはさっぱり気づいていないが。「めいあんを思いついたから、おしえてやるんだが、だから、いいよって言ってくれる?」
「話の中身によるかな」
「えっ」小さいハイドは大変、心底、意外そうに目を丸くした。「ううん、いいよって言ってくれるだろ」
「内容によるよ。ああ、つまり俺は、おまえの名案ってのがどんな話なのかを聞いてから、いいと言うかどうか決めるってことだ」
「ううん
……
?」
小さいハイドは納得いかない様子で首を傾ける。俺が当然「いいよ」と言うものだと信じて疑っていなかったらしく、俺が「いいよ」以外のことを言ったから、その理解に時間がかかるようだ。小さかろうがなんだろうが、中身はハイド・リーボヴィツである。その口から出てくる「名案」は、俺に言わせれば突拍子のない過激なアイディアのことが大半だ。それをあいつは「名案」と呼ぶのだから
――
と思って即答を避けたのだが、重そうな頭が可哀想なくらい傾くので、ほだされた。
「まあ、まずはおまえの名案を聞こうかな」
「ん
……
」小さいハイドが唇を食んでいる。
「どんな話だ? 聞かせてくれ」
「
……
」ちら、と音がしそうなやり方で、小さいハイドが俺を見た。「
……
あのな?」
「うん」
「えー、とォ」
「うん?」
根気強く促してやると、小さいハイドはようやく、尖らした口を動かし始めた。
「めいあんだとおもうんだがなぁ、その、ガラはぁ、わたしがすきだよなあ?」
「ふむ。唐突だ」
「わたしは、ほかのじんろうは、あんまりだけどなあ、ガラはいいやつだから、すきだ。わたしを、さ、にらんだりしないし、ちゃんとさ、はなしあおーとするしな。本もたくさんよんでて、えらいし」
少し話すと勢いづいたらしく、小さなハイドはいよいよ話すことに夢中になっているようだった。おかげで俺の言ったことは完全に無視されたが、そんなことは小さいハイドにはちっとも関係ない。本をたくさん読んでてえらい、とは随分可愛らしい褒め言葉だ。が、なかなかどうして、本題に辿り着いた気配がない。
「うん。それで?」
「だから、だから、な」小さいハイドは今にもソファの上で飛び跳ねそうな勢いで、「だから、わたしがおとなになったらな、ガラを、けんぞくにしたいと思うんだ! わたしはガラがすきだし、ガラもわたしがすきだから、これがいちばん、めいあんだっ」
「おっと
……
そうきたか」
予想通り、小さく過激なお願い事だ。俺が頭を抱えたのをどう解釈したのか、小さいハイドは俺にがっしと掴まってまくしたてる。押せばいけると思われているのかもしれない。
「ちょと、なあ、わたしの血をのめばいいんだ! ちょーっぴりでいいんだ。おとなになったら、そういうのができるようになるんだ。そしたら、あの
……
えと、うぃん・うぃんだ、なっ、ガラ!」
「なっ、て言われてもなあ」
「めいあんだろ、なっ、なあっ」
小さいハイドはとうとう物理的に俺を押し始めた。小さな体をめいっぱい俺に押し付けて、めいあんだー、と自画自賛している。吸血鬼自身の血を飲ませて眷属にする、というのは迷信めいた彼らの伝説だが、本当のところは「そういうものではない」と、一番近しい吸血鬼から聞いている。一般的に想像されるようなものではないし、そんなに良いものでもない、というのが、このおチビさんの数百年後の所感となる。そうした境地に辿り着くよりも、うんと昔の姿が、俺をどうにか納得させようとぐいぐい頭を押し付けている。
「困るなあ、ハイド。第一、俺はもう結婚してる」
「んん
……
だれとォ?」
「あそこですごい顔してる吸血鬼さんと」
小さいハイドは俺に押し付けていた頭をちょっと持ち上げて、後ろを振り返った。小さいハイドにも見えているはずだ。ものすごい顔をした吸血鬼は、先ほどから一言も発さずに、しかしものすごい目でこちらを見ている。姿勢だけは良いのが、却って恐ろしい。
普通の子供なら震えあがっておかしくないところだが、この吸血鬼は小さい頃から余分に肝が据わっているらしい。自分を睨みつけているのは自分自身に過ぎぬ、と早々に把握すると、小さいハイドは一丁前に丸い
顎
おとがい
を上げて丸い鼻を鳴らした。
「なにももんだいない。あいつとはリコンすればいいんだ」
「何言ってんだ、しないよ。俺にとっては問題大ありだ」
「だってわたしのほうがガラのことすきだ! あいつはなにも言わないもん。ほんとに怒ってたら、もっと怒ったかんじになるだろ。なあガラぁ、めいあんだ、めいあん」
物理的に押しても無駄だと悟ったのか、小さいハイドは、今度は俺の膝の上を転がり始めた。間違いなく「ハイド・リーボヴィツの名案」だ、俺にとっては突拍子もないアイディアという意味で。
「ガキ」
そこへ刺すような声がした。小さいハイドが転がるのを一旦やめるくらいだから、相当刺すような声だったと信じてもらいたい。
――
まあ言うまでもなく、ハイドである。見慣れたサイズのほうの。
「それ以上馬鹿なことを言うものではない。
お前の大好きなガラ
に嫌われてしまうぞ」
「ふん」転がるのをやめはしたが、小さいハイドは未だ強気である。「わたしはきらわれたりしないんだ。ガラはいいやつだし」
「無知は罪なり、とは君のためにあるような言葉だな。お前はガラが、お前の言うことをすっかり飲んでくれると信じているのか?」
「うん。だってガラはわたしのことすきだしぃ、わたしもガラのことはすきだから」
ハイドは
――
見慣れたサイズのハイドは優雅に肩をふるわせた。
「馬鹿馬鹿しい。百歩譲ってそうだとしたら、ガラは今すぐにでも、お前の要求をのんだだろうよ。だがどうだ、ガラはお前の言ったことに、お前のリクエスト通り『いいよ』と言ったか?」
「
……
言っ、てない」
「そうだ、人の話を正確に聞き取ることはできているようだな。彼はあらかじめ、話を聞いてから返事を判断すると言った。お前がガラを眷属にすると騒いだ後、ガラはお前になんと返事をした?」
「
……
」小さいハイドが、ここで黙った。
「忘れたのか? 『困る』と言ったんだ。それでお前が離婚だなんだと喚いたら『しない』と言った。お前の年頃では理解できない、大変難しい言い方だったかもしれないな。つまりガラは、『お前に眷属にされることは断る、現在の私との関係を解消するつもりもない』と、お前に言ったわけだ。分かるか? 分からないなら素直に申し出るといい。もっと分かりやすい、ガキらしい言葉遣いで教えてやろう」
大人げない勢いである。小さいハイドもさすがに怯んだ
――
かに思われたが、
「でも『いやだ』とは言われてないぞ」まさかの反論があった。先程までの甘えまくった声音はどこへやら、はきはきしている。やたら威勢が良い。
「愚かなことだ。もう一度訊くが、ガラは是と言ったか? お前の眷属になることについて?」
「ううん、言われてない。でも、まだ、だ。これから言うつもりかもしれない」
「これから何年経とうが、ガラが言うわけがないだろう」
「なんでわかるんだ? おまえはガラじゃないのに。わたしはいいこだから、何年でもまってられる」
「貴様が何年待とうが無駄なことだ。貴様は所詮、時間軸の不思議なねじれによって現れた、謂わば幻に過ぎん。ガラはお前の眷属にはならないし、そのほかの形でも、ガラはお前の思い通りにはならない。第一そうすべきではない」
「まぼろしでもなんでも、わたしはガラが好きだ。だからけんぞくにしたいんだ」
「お前の感情は関係ない。ガラのパートナーはこの私だ」
「うん、わたしがだれをすきになろうと、おまえにはかんけーない。それはとうぜんだ。わたしのきもちはわたしが決める」
「貴様
……
」
ハイドがやおら立ち上がった。切れ長の瞳が、ここ数十年は見なかった鋭さを帯びている。
ので、俺は小さいハイドを引っ込めるように抱えた。
「ハイド、手を上げるのは違うだろ。おまえ自身とは言え子どもだ」
「心外だな。手を出さずとも教育は可能だ、あらゆる方法でな」
「怖いことを言うなよ!」
「そうだそうだ! ぼうりょくは、いちばんかんたんで、いちばんおろかなしゅだんだ!」
「少し黙っていられないのか、おチビさんよ
……
ああ無理か、ハイドだもんな」
目の据わったハイドがじりじり近づいてくる。本気で折檻するつもりか? まさか。だが、かなりムキになっている感じがする。相手が自分自身となると、遠慮も容赦も無くなるらしい。
俺だってチビの要求を何でもかんでも飲んでやるつもりはないし、今回の眷属にしてやる云々はお断りだ。そういうのは、違う。だから大部分はハイドと同意見になるが、まさか彼による虐待を見過ごすわけにもいかず、かといってその場しのぎのために小さいハイドに賛成でもすれば、小さいハイドは恐らくものすごい勢いで本気にするだろうし
――
俺は取り敢えず小さいハイドの口をそっと押さえ、じりじり近づくハイドから距離を取るために立ち上がった。
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