三崎
2025-12-26 23:33:03
32503文字
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【web再録】チャ6全解決√本準備号

COMIC CITY VEGA 2025内AWAKENING POINT VG2025で頒布した「チャ6全解決√本(仮)準備号」の再録です。
チャティと621♂が手を取り合ってルビコンを救う本…の準備号。
火√解放者√賽√の要素全部盛りごちゃまぜ。イグアスがめっちゃ出ます。
※2026のガタケで完全版を出します!
※チャティに人型の体があります。
※ラミーとブルートゥが生きているゆるふわ時空なのでそういうのが許せる人向け。

ちょっとだけ在庫あります。
https://misaki1175.booth.pm/items/7255898


   2.ふたつの戦い


 巨大地下施設、ウォッチポイント・アルファ。生きて戻れる保証はないとウォルターは言う。しかし、621をここに送り込んだということは、無事に戻れると信じているからだ。いつも通りの冷静なウォルターの言葉をそう受け取って、621は地中深くへと降下を開始した。
……この先に、同胞たちがいる)
 エアも何かを感じ取っているらしい。だが、分厚い隔壁や防衛システムに阻まれて、うまく探知出来ずにいるようだ。友だちの仲間がいる。でも、ウォルターの狙いは……
 621は落ち着かない心地で防衛システムを破壊し、少しずつ降下を続けていった。隔壁を開く装置を見つけてくれたのはエアだったが、ウォルターはそれを見て、621の嗅覚に感心しているようだった。
 エアのことを隠し続けているのは、621にとって心苦しいことだ。それでも打ち明けられずにいるのは、ウォルターに心配をかけたくない一心のこと。旧世代型強化人間特有の症状に対して、ウォルターは酷く気を遣う。鈍くなった情動や五感、幻覚や幻聴、そういったものを、ウォルターは丁寧に刺激し、調整してくれた。そのおかげで、目覚めたばかりの頃に比べたら、それらの症状は随分とマシになっている。だからこそわかる。語りかけてくるエアの声は幻聴ではなく、確かに存在するものだと。うまく説明できるかはわからなかったが、エアのことを紹介しなければ。この先のことを考えるためにも、この地中探査を終えたら、きっと――
 複合エネルギー砲台、ネペンテスのレーザーをかいくぐりながら、621は地中深くに眠るコーラルと、地上で帰りを待つ主のことを思う。
 ――コーラルが絡むと死人が増える。過去から未来まで変わらない事実だ。
 そう寂しげにウォルターは呟いていた。それがいつだったか、621はどうしても思い出せない。けれど、もうそんな悲しいことは終わりになって欲しかった。人が死ねば、誰かが一人ぼっちになる。それが続けば、わたしはまた……
 コーラルを手にして、エアとウォルターが協力しあってくれたなら、このルビコンにも希望が見えてくるに違いない。621はそう信じて、ネペンテスの足元へとブースターをふかした。
 久しぶりのベイラムの四脚も問題なく馴染んでいる。少し重いが、長丁場になる作戦なら、耐久性の高いパーツも悪くない。この調子であれば、なんなくこの先へと潜っていけるだろう。
――懐に入ったようだな。目標を破壊しろ、621」
……はい」
 これを突破するために、ベイラムは多数の犠牲を出したと聞いた。自分の手が届かない場所で起きる悲劇は、どうしたって止められない。だからこそ、621はRaDのことが――チャティのことが気になっていた。気を付けるように伝えはしたが、絶対なんてあり得ない。
 妙な胸騒ぎを振り払うように、621はネペンテスの根元に向けてグレネードランチャーの砲身を向けた。急いでこの仕事を終わらせて、みんなの待つ地上に戻ろう。今の自分に出来ることは、それくらいしかないのだから……
 爆発し崩壊していくネペンテスを眺めながら、621は遥か遠くで自分の帰りを待つ、大事なパートナーの無事を祈った。


 621がウォッチポイント・アルファ深度2へと足を踏み入れようとしたちょうどその頃、RaDでは侵入者警戒システムのアラートがけたたましく鳴り響いていた。
――ったく、何だって今頃……!」
 中央制御室にいたカーラは大きく舌打ちをして、モニターの画面を監視カメラの映像に切り替えた。侵入地点からRaDの中心部に向かって、警戒に当たっていたタレットやドローン、各地に設置されたトイボックスが綺麗に破壊されている。短時間でこれだけの被害が出るとは、余程の手練に違いない。
 ここのところ、滅多にドーザーの襲撃は無かった。企業はそもそもドーザー集団になんて目もくれない。だというのに、どうして今更。
 RaDの警戒システムは最大級の危険を示すA級警報を鳴らしている。このアラートを聞くのは、かつてのビジター、つまり621が侵入してきた時以来のことだ。
「あいつは……!」
 侵入者がいるエリアの映像を見て、カーラは息を呑んだ。あの機体には見覚えがある。つい先日、アイスワーム討伐作戦で協働した中量二脚。
 その姿を捉えたとほとんど同時に、中央制御室の扉が開いた。
「ボス、まずいぞ」
「ああ、ラミーには荷が重すぎるよ」
 駆けつけたチャティの言葉に、カーラも同意した。以前、コヨーテスがハッキングを仕掛けてきた時に見せた力も、アイスワーム戦での立ち回りも、コールサインを持つ者相応の実力があることを示していた。本人の性情や第四世代特有の症状が落ち着けば、もっと上のナンバーを与えられていたに違いない。だが、今はそんなことはいい。
「俺が出る。ボス、あんたは防衛システムで時間を稼いでくれ。戦闘員も退避させた方がいい」
「ああ。あいつ、ビジターほど優しくはないだろう。あんたも無茶はしないようにね。危険を感じたら、すぐに離脱するんだ」
「わかっている。やれやれ、ビジターの勘が当たるとはな……
 チャティはそうぼやいて中央制御室を出た。道中、整備担当のドーザーに出撃準備をするよう連絡をいれ、駆け足でガレージへと向かう。最後に見た監視カメラの映像に映っていたのは、青緑の機体がラミーのいる区画に侵入した瞬間のものだった。ラミー本人はタフな男だ。だが、G5が相手では勝ちの目は万に一つもない。
「ラミー……死ぬなよ」
 救護班はすでにすぐ側で待機している。だが、壊れた機体を更に痛めつけたがる人間もいる。イグアスがそういった類の人物でないことを祈りながら、チャティは大急ぎでガレージの扉を開けた。


 ラミーがG5イグアスと交戦していたのは、一分にも満たない僅かな時間だった。幸運にもイグアスは壊れたACマッドスタンプは捨て置き、グリッドの奥へと進んで行った。その報告を聞きながら、チャティはACサーカスに乗り込み、出撃準備を開始した。久しぶりの侵入者に沸き立つドーザーたちのおかげで、最深部に到達する前に会敵出来るはずだ。
 しかし、命知らずのドーザーたちにとってはパーティでも、参謀としての立場からすれば、手放しで楽しめる事態では無かった。相手が相手だから、怪我人が――悪くすれば死者が出る。
 今までは、ドーザーたちの突飛な振る舞いや侵入者との交戦で死者が出ることに、特に思うことはなかった。彼らも命を賭けて楽しむ人種だ。だが――
「顔見知りが死んだら、あいつが悲しむだろうからな……
 一緒に出撃する度、621は出来る限り相手を殺さないように立ち回っていた。仕方のない場面もあるにはあるが、殆どの場合、敵対した相手は生き延びている。いつか復讐しにやって来るかも知れないと言っても、その時はまた倒せば良いと621は答えた。誰であっても死ぬのは辛いことだから、と。
 そんなことを言う621が、身近な誰かの死を悲しまないはずがない。その優しさは、このルビコンにおいては甘すぎる考えだ。けれど、どんな考えでも貫き続ければ強さになる。それを621は身を持って証明し続けている。ならば、死ぬ訳には行かない。自分も、相手も。
 チャティはACサーカスを起動させ、射出口へと向かった。目指すは溶鉱炉前の区画。移動中、チャティは近くにいた戦闘員を下がらせ、遠隔操作のタレットとドローンを移動させた。ここはグリッド086、RaDの根城。そしてチャティはその参謀だ。グリッド内のもの全ては、時にチャティの手足となる。荒野での一対一での戦いなら分が悪いが、グリッド086においてなら、負けはしない。
……間に合ったか」
 チャティが溶鉱炉前の区画に到着しても、イグアスの姿は無かった。タレットもドローンも、もう一つの隠し玉の用意も間に合った。あとは、待ち受けるだけだ。
 ラミーがイグアスに与えた損害はほとんどなく、ACヘッドブリンガーは健在。入ってくるはずの通気口に向け、チャティは右手のグレネードを構えた――が。
――!」
 機影を確認し、チャティは引鉄を引いた。しかし、飛び出してきたACヘッドブリンガーの勢いは衰えないままだ。シールドに阻まれ、大したダメージは受けていない。
「ご挨拶だなァ、おい!」
 イグアスは爆風の中からチャティめがけてライフルを放つ。爆風のせいで対応が遅れ、肩口に直撃した。一発喰らった程度ではどうということもないが、先手を取るつもりが、逆に先手を取られた形になった。だが、大したダメージでないことは向こうもそれは承知の上だろう。ACサーカスの頑丈さは間近で見て知っているはずだ。
 ゆっくりと降下しつつ、イグアスはチャティに向けて銃口を向ける。牽制を兼ねて何度か放たれた弾丸は、遮蔽物代わりのガラクタや重機に阻まれて届かなかった。
「けっ、あのポンコツよりは楽しめそうだ……。会いたかったぜ、人形さんよ」
……
 イグアスの狙いは、どうやら自分らしい。かつてはブルートゥの差金でここを襲撃して来たイグアスだったが、今回は違うようだ。
 以前の襲撃の時、イグアスはただ雇われただけで、本人が望んでやって来た訳ではなかった。チャティからすれば、イグアスはアイスワーム戦で共闘した、ただそれだけの相手だ。自分を狙う意味も理由も、チャティには心当たりはない。
「何故、ここを襲撃した」
 チャティもまたバズーカの銃口を向け、イグアスに問いかけた。
「ハッ、……てめェを粉々にぶっ壊してやるためだ。てめェが壊れたら、あの野良犬はきっと大泣きするだろうよッ!」
 イグアスは鼻で笑い、その問いにミサイルを放って答えた。それなりの広さがある区画だが、誘導ミサイルの回避に気を取られていては、動きが読まれやすくなる。だが、躱さない訳にもいかない。チャティもまたクラスターミサイルを放った。いくつかは空中で撃ち落としあい、残りの半分は互いの機体に降り注ぐ。それを回避しつつ、それぞれがマシンガンとバズーカの引鉄を引いた。
「くっ……
 バズーカの一撃は躱されたが、マシンガンの銃弾は躱しきれずにACサーカスを襲い続ける。重機の影に隠れたが、視界が遮られたままでは不利だ。やはり、純粋な一対一では分が悪い。先ほどイグアスはチャティを人形だと揶揄したが、AIにはAIらしい戦い方がある。チャティは静かに遠隔操作のタレットとドローンにアクセスしつつ、イグアスに尋ねた。
……何故、ビジターに執着する」
「あァ? ただ、あいつが気に入らねえ、それだけだ」
「お前は何度もビジターを狙っていると聞いた。何故だ、イグアス。同じ第四世代型だからか」
「さあな……。だが、てめェには関係ねえ。どうせ、ここでぶっ壊れちまうんだからよ!」
 大した自信だ。だが、熱くなりすぎるのがイグアスの弱点でもある。それは先日の戦い方を見ても間違いないだろう。視野が狭まっているならば、隙を〝作り出す〟のは容易い。
……俺は、死ぬ訳にはいかない」
「人間ぶりやがって……!」
 ライフルをチャージしながらイグアスがチャティに狙いを定めている。何発もマシンガンを喰らったせいで、それを受けてしまえば危険だ。そうなる前に手を打たなければ。チャティは周囲に配置したタレットを起動し、一斉射撃のプロンプトを発した。
「なっ……! てめえ……ッ!」
……お前が言う通り、俺は人間じゃない。だからそれらしく戦うだけだ」
 誰かに手動操作してもらうよりも、自身の動きに合わせて動かしたほうが精度は上がる。
「汚え真似を……ッ!」
 無数のタレットがイグアスを狙って銃弾を放ち、いつの間にか展開されていたドローンが、イグアスに向けてエネルギー砲のチャージをし始めている。防御に専念しなければ、たちまちのうちに体勢を崩し、大きな隙を晒してしまう。
「ちっ……
 イグアスはチャティの動きを警戒しつつ、パルスシールドを展開した。しかし、無数の銃弾や砲撃に、みるみるうちにシールドは削られていく。一対一の戦いなら勝てると踏んでいたのに、この空間は四方八方が敵だらけだ。
 降り注ぐ銃弾を躱しながら、イグアスはかつての相棒、ヴォルタのことを思い出していた。乗っている機体はまるで違うのに、タンク脚部の機体を見ると、どうしても頭の中に相棒の姿がよぎるのだ。
 訓練がてら相棒とシミュレーターに乗り込む時、イグアスはいつだって勝つつもりでいた。速さで撹乱出来れば、耐久力や一撃で勝っている相手でも負けたりしない、と。しかし結局、イグアスはヴォルタに一度も勝てなかった。わずかな隙を突かれ、シールドを破られ、回避し切れなくなって追い詰められたところを狙われて――
「畜生、俺は――!」
 雨霰のように降り注ぐ銃弾を凌ぎきった先、エネルギー切れで動きが鈍ったその瞬間、天井から落ちてきたのは、いつかのパーティに合わせて作られたシャンデリア。この場にそぐわぬほどに美しく輝く巨大なそれは、それでもシールドがあれば十分に耐えられたはずだ。
 だがシールドはすでに破られ、イグアスに防ぐ手段はない。巨大なシャンデリアに押し潰されたその衝撃は、コックピットの内部にまで伝わるほどだった。
「ぐううッ‼」
 衝撃で視界にノイズが走る。更に悪いことに、霞んだ視界の先には、ACサーカスが放ったバズーカの砲弾が迫っていた。その後ろにはグレネードも控えている。
「クソッ……! 俺が、この俺が……ッ!」
 シャンデリアが落ちた時以上の衝撃だった。バズーカとグレネードの直撃を立て続けに喰らい、リペアキットを使う間もなく、ACヘッドブリンガーは動作を停止した。
 自分は負けたのだ。このまま破損した機体の中にいるのは危険だ。だが、ベイルアウトしたところでどうなる訳でもない。ドーザーの根城のど真ん中で生身のままでいるほうが危険かも知れなかった。それでも――生きて帰るためには、脱出レバーを引くことを躊躇うな――染み付いたミシガンの教えに従い、イグアスの腕は脱出レバーを引いていた。
 コアからコックピットが射出され、重機に当たって落下する。衝撃はあるが、シャンデリアを喰らった時ほどではない。追い打ちをかけられる様子も無かった。だが、敵地のど真ん中であることには変わりない。出入り口にロックはかけてあるが、ここにはコックピットを壊すのに困らない程の工具がいくらでもあるはずだ。引きずり出されて殺されるのか、それとも――
……ここで終わりなのか……俺は……ッ!」
 ぎりりと拳を握り、イグアスは絞り出すように呟いた。
 どうしてだ。野良犬ならともかく、強化人間どころか、人間でさえない相手に。いや、人間でないから、負けたのだ。ここにある重火器全てが、四方八方から自分を狙っている。そんな状況では、最初から勝ち目なんて無かった。――いや、本当にそうだろうか? もし、これが野良犬だったなら? どんな手を使ってでも、弾薬の雨をかいくぐり、相手を破壊していたのではないか? 俺は、どうあがいても、あの野良犬には敵わない。二度も負け、アイスワームとの戦いでは無様を晒した。戦った後のロッカールームでも、いらぬ情をかけられた。ACに乗っている時とはまるで違う、あの暢気でとぼけた弱そうな男は、俺を心から心配して――
「畜生、畜生、畜生……ッ!」
 コアの中、アームレストを殴りつけ、イグアスは叫んだ。どうしてだ。見下したり、憐れんだりする傲慢さなどもなく、あの野良犬は、ただ強い。それが羨ましくて、眩しくて、しかし、どうしようもなく憎たらしい。
「クソッ……俺は……
 自分がもっと強ければ、賢ければ。野良犬にだって負けなかったかも知れないし、ヴォルタを死なせずに済んだかも知れない。一体どこで何を間違えた? 自棄っぱちの博打に負けた時か? ミシガンに喧嘩を売った時か? それとも……
「イグアス、聞こえるか」
「!」
 その声は。すぐ側、おそらく転がったコックピットの出入り口の前から投げかけられているのは、間違いなく、自身を打ち負かした自動人形のもの。
「何の用だよ。ここから引きずり出して殺す気か? それとも、俺を笑い者にしに来たのか? 弱っちい木っ端はてめえだってよ」
 イグアスは半ば自暴自棄な気持ちでチャティに言った。笑い者にしに来た、その問い自体、チャティを感情のある生き物のように扱っていることに等しいと、イグアスは気付いていない。
……
 チャティは以前、イグアスが621に放った言葉を思い出していた。大きく被弾した621に、笑えるぜと嘲ったイグアスを、チャティはどうしても理解出来なかった。
 俺は笑えない。それは自分がビジターを大切に思っているからだろうか。だが、弱かったり怪我をしたりした誰かを見ても、笑えると思ったことはなかった。イグアスにとっては、弱さは嘲笑されるものという認識なのかも知れない。だが、イグアスは弱くはないはずだ。レッドガンの一桁ナンバー、G5のコールサインを与えられている……
……お前は弱くない。むしろ俺よりずっと強いはずだ、G5イグアス」
「うるせえ……ッ! 負けた今、てめえに言われても惨めになるだけだ……
 そういうものか。そうかも知れない。チャティは本心から口にしたつもりだったが、やはり人の心というものは難しい。しかし、チャティにはもう一つの言い分があった。
「聞け。俺は……自分自身だけの力で勝った訳じゃない。この場所でなければ、お前に負けていたかも知れない。ここにある兵器も設備も、仲間たちと作り上げたものだ」
……
 この区画に集められた兵器を操ったのはチャティだが、それを設計したのはカーラであり、組み上げたのはRaDの技術者たちだ。この罠だらけの区画を作り出したのもそうだ。有能なAIであるチャティであっても、一人で出来ることはたかが知れている。レッドガンの一員であるイグアスは確かに優秀なAC乗りだ。だからこそ、誰かと協力したなら――
「お前にもいるはずだ、G5。背中を預けられる仲間が」
……うるせえッ! てめえに……てめえに何がわかるッ……!」
 チャティの言葉に、イグアスは頭にカッと血が上るのを感じた。
 ああそうだ、俺には確かに信頼出来る仲間が〝いた〟。そいつを失ってから俺は――
 イグアスはコックピットのハッチを開けて勢いよく飛び出すと、側で語りかけてきていたチャティに向かってぐっと足を踏み込んだ。チャティの目が驚きに見開かれる。この場で抵抗しても意味はない。敵地で生身のままたった一人。仮にチャティを破壊出来たとして、生きて帰れるはずはない。それなのに。
「おああ゙ッ!」
……ッ、ぐっ、あ……
 イグアスの身体強化された拳がチャティの頬に叩き込まれる。人工皮膚を引き裂き、金属の骨格が露わになる。パチパチと電子回路が火花を散らし、砕けた金属片がぱらぱら床に散っていく。視界にノイズが走り、しかし、致命的なダメージではない。チャティの目は次の一撃を放とうとするイグアスを捉え、その軌道の予測を開始した。速さはさっき記録した。それを元に計算すれば、十分回避は可能なはず――だったが。
「ぐっ、っは……!」
 腹に喰らった一撃は、先程よりも重く、鋭い。腹部装甲は頑丈に出来ている。破損はしなくとも、与えられた衝撃であちこちの部品がエラーを吐いていた。膝をつきかけ、しかしすんでのところで踏みとどまる。突然の生身での争いに気付いたドーザーたちが集まってきて、各々が手にした武器を構えた。無数の銃口が向けられ、流石のイグアスも一歩下がる。
「待て、手を出すな」
「チャティ、けどよ……
「下がっていろ。横槍は〝笑えない〟」
 ドーザーたちを制止して、チャティが一歩前に出る。
「けっ、お仲間に泣きついたりしねえのかよ」
……お前が望むのは、一対一の決闘なんだろう、イグアス」
――!」
 ああそうだ。こいつはやっと、俺にも納得出来ることを言った。俺が望んだのは、まさしくこれだ。拳と拳でやりあう、シンプルなわかりやすい対話。これで負けたら、一切合切諦めがつく。機械の体にどんな仕掛けを仕込んでいるかは知らない。だが、体を金属で弄られているのはこちらも同じだ。人形なんかに負けてたまるか。俺は、証明しなければならない。自分の強さを。惨めな弱者ではないことを。
 目の前の機械人形を睨みつけながら、イグアスが構える。チャティに生身での喧嘩の経験はほとんどない。高性能レンズやスキャナ、処理能力を有していても、レッドガン仕込みの体術に敵うのかは五分五分、いや、むしろ分が悪いかも知れなかった。しかし、負けられないのはチャティも同じ。ルビコンで名を知らぬ者はいないほどの強さを誇る独立傭兵レイヴン、その隣に立つ者として、強く、そして、彼のように優しくあらねばならない。
 破損した顔面部分は内部パーツが剥き出しになっている。そこにもう一度喰らえば、致命的なダメージになりかねない。チャティは頭部を庇いつつ、イグアスに向けて一歩踏み込んだ。ただ殴られてはいられない。いくら肉体を鍛え、改造手術で強化しても、人間の体には限界がある。速さと力ではチャティが一歩勝るはずだ。チャティは素早くイグアスの側面に回り込み、身を屈めて腹に向けて掌底を放った。それは受け流されて届かず、イグアスは見定めるように一歩距離をとった。
「はっ、そんなもんか」
 そう笑ってチャティを挑発するイグアスは、明らかに楽しそうだ。蔑みでも嘲りでもなく、ただこの瞬間を楽しんでいる、そんな顔。
「ふん……
 今の速さは、まだ六割程度といったところだ。全力を出せば小回りがきかない。とはいえ、この速さはまだイグアスには届かないらしい。チャティは先程よりも出力を上げ、イグアスに向けて踏み込んだ。手加減をするつもりはないが、大怪我をさせたい訳でもない。動きを封じ、制圧するには自身の経験は明らかに不足している。それでも――
「くっ……!」
 チャティは先程よりも速度を上げて距離を詰め、もう一度、腹部へ向けて掌底を繰り出した。明らかに速くなったはずが、気配を先読みしているのか、イグアスはそれでも対応してきた。ただ受け流すだけでなく、チャティの右腕を掴みあげ、関節とは逆方向に捻じ曲げる。
「ぐうっ!」
 掴まれた腕を背に回され、足を払われ、チャティはがくりと膝をつく。体勢を崩したチャティの体の上に、腕を捕らえたままのイグアスが馬乗りになった。チャティの体は、関節の動きも作りも、人間そっくりに出来ている。このまま力を込められれば――
「‼」
 ごきん、全身に響く衝撃と音。痛覚はないが、未知の感覚にチャティの表情が困惑に歪む。このままの体勢では良いようにされ、更に他の部位まで破壊されてしまう。チャティは出力を全開にして勢いよく立ち上がり、イグアスを振りほどくと、大きく距離を取った。チャティに跳ね除けられたイグアスは、一瞬体勢を崩したものの、すぐに受け身を取って立ち上がった。
「へっ、良い様だな」
……ああ、まったくだ」
 イグアスが得意げに笑う。チャティの右腕はもう使えそうにない。ケーブルがいくつも断線し、制御を失って垂れ下がるばかり。攻めれば反撃されてしまう。ならば、相手の出方を伺うのが先か。だが、向こうもまだ全力を出してはいない――
「真っ直ぐ来るしか脳がねえのかよ。大口叩いといて、これじゃあ拍子抜けだな」
……
 チャティは返す言葉もなかった。性能としては十分すぎる規格を持つ体だが、チャティ自身は対人戦闘を想定された存在ではない。ドーザー相手の喧嘩の経験や、アクション映画程度の知識で戦うのは、あまりにも荷が重かった。
 中央制御室のシンダー・カーラは、複雑な表情で二人の決闘の様子を監視カメラ越しに見つめていた。こうして自分の意思で生身での決闘をする参謀の熱さが素直に嬉しい。だが同時に、分の悪さに焦ってもいた。あのミシガンが鍛えた秘蔵っ子。不安定さはあっても、その実力は本物だ。愛しい我が子を壊されるのは御免だ。横槍は〝笑えない〟、そうチャティが口にしたことは感慨深いことだが、いざとなったら――
……いや、それでも……手を出す訳にはいかない、か」
 決闘に手出しは無用。それをわかっているから、周囲のドーザーたちも固唾をのんで二人の動向を見守っているのだ。ボスである自分が、それを破る訳にはいかない。
……よろしいのですか? カーラ。見たところ、勝ち目は薄そうですが」
 ブルートゥはカーラに尋ねた。かつて雇ったことのあるイグアスと鉢合わせたくないからと、彼は前線には出ず、チャティと入れ替わりにカーラの元にやって来たのだった。
 ブルートゥの問いかけに、彼女は切なげに眉を下げ、しかしきっぱりと言い切った。
「ああ。でも、あの子が決めたことだ。信じるしかないよ」
……チャティはバックアップもとっていないのでしょう? 本当によろしいのですか?」
 そのもっともな発言に、カーラは椅子にもたれ、小さくため息を吐いた。そんなこと、言われるまでもなくわかっている。それでも。
「そりゃあ、あの子を失うのは……考えたくもないくらい、悲しいさ。でも、生きていれば、死ぬこともある。そうなるかも知れない選択をしたなら、尊重するのが親心ってもんさ。でも、もしチャティがやられちまったら……盛大なお礼参りと、お葬式をすることになるだろうね」
 カーラの発言に、ブルートゥは深い笑みを浮かべた。彼女は優しく慈悲深い。しかし同時に、厳しさ冷酷さも持ち合わせている。ブルートゥはカーラのそういうところが好きだった。
 葬式なんて風習はルビコンから失われて久しい。大体は、墓石を乗せられたら上等な程度の墓を作り、死体を埋めて、あとは祈って終わりだ。墓を作られることもなく、遺体さえ上がらない人間だって数多い。だというのに。
……私が死んだ時も、貴女は弔ってくれるのでしょうか」
……冗談は顔だけにしときな」
 冷ややかなカーラの返事に、ブルートゥは楽しげにころころと笑った。
 監視カメラの向こうでは、イグアスの打撃をギリギリで回避し続けるチャティの姿が映っている。回避に専念しているうちは、身体能力の高さもあり、そう簡単にはやられないだろう。
……逃げてばかりでは勝てませんよ、チャティ」
「あの子、近接武器もほとんど使わないからねえ……
 今度、あんたからチェーンソーの使い方を教わった方が良いかもね、そう話すカーラの言葉を聞いたブルートゥは、結局チャティが負けるなんて一%も思っていないではありませんか、と肩を竦めた。
 中央制御室でそんなやり取りがされていることなどつゆ知らず、チャティはイグアスの鋭い打撃を懸命に避けながら、イグアスの動きの癖を可能な限り詳細に分析しようとしていた。
 相手にはAC戦での被弾や疲労がある。事実、スピードは少しずつ落ちていっていた。だが人間には火事場の馬鹿力というものがある。息が切れるのを待つより、AIらしく動きを分析し、対応すべきだと判断したのだ。
「ンだよ、ビビってんのかァ⁈」
「なんとでも言え」
 イグアスの右拳が空を切る。煽る時、動きの精度が落ちる。会話にリソースを割かせた方が良さそうだ。チャティは回避を続けながら、イグアスに声をかけた。
……お前、それだけ強くて、どうして、周りを拒絶する」
「うるせえッ!」
「レッドガンは、そんなに居心地が悪いのか」
……うるせえって言ってんだッ!」
 空を切るイグアスの拳は、さっきよりも明らかに精度が悪い。怒りもまた動作を鈍らせる。実のところ、チャティはイグアスを怒らせたい訳ではなかった。しかし、どうやらチャティの素直な質問は尽くイグアスを逆撫でしてしまうらしい。
 チャティは質問を続ける。それがイグアスにとって、一番聞かれたくないこととも知らずに。
「アイスワームとの戦いの時、ミシガンは立派な指揮官に見えた。お前は何が不満なんだ?」
……ッ!」
 アイスワームの時の話は、ミシガンの話はされたくなかった。早々に離脱して、良いところなんて何も見せられなかったから。戦闘後は頭痛に襲われて、意識を取り戻した時にはすでにレッドガンの拠点だった。ミシガンから体調はどうだと聞かれたが、それだけだ。もう平気だと答えたイグアスに、作戦で碌に動けていなかったことを責めるでもなく、ミシガンはこつりと額に優しくゲンコツを落とすと、これからまた忙しくなる、体調を整えておけと言って出て行った。
 ……いっそのこと、ぶん殴られて、この役立たずめと罵られた方がマシだった。ただ恨んで、裏切れたら楽だったのに!
――黙れッ‼ てめえに……何がわかるッ‼」
 放たれた拳は、力とスピードだけは今までで一番のものだった。ただ、その動き自体は雑で、見切るのは容易い。チャティはイグアスの拳を躱すと、がら空きになった腹部に今度こそ掌底を打ち込んだ。
「がはっ……!」
 自由のきかない右腕では、うまくバランスを取り切れない。打ち込んだ一撃は全力とはいかなかった。だが、機械仕掛けの体から放たれる一撃は、それでも十分な威力がある。
 やっと通った反撃に、周囲のドーザーたちは歓声を上げた。監視カメラの向こうで、カーラもほっと胸を撫で下ろす。
「ぐっ……クソッ……!」
 イグアスは腹を押さえながら、それでもチャティを睨みつけていた。痛みを感じない機械の体とは違い、生身のイグアスは一撃喰らっただけでもかなりのダメージになる。まだ動けなくはない。だが、反撃し、相手を倒せるかといえば……
――!」
 二人が膠着状態に入りかけたその時。再び侵入者を告げる警報が鳴り響いた。あらゆる防衛設備を破壊されたことと、大半のドーザーたちがチャティとイグアスの決闘に釘付けになっているせいで、反応が遅れたらしい。
 ほどなくして、新たな侵入者――ACハーミットが、溶鉱炉前の区画に姿を現した。
「イグアス先輩! 無事ですか⁉」
「レッド……てめえ、なんでここに」
 ACに備え付けられた広域スピーカーから、G6レッドの大声が響く。びりびりと区画中が振動し、何人かのドーザーが耳を塞いだ。まさか仲間がいる中で武器を放つことはないだろうが、無防備なままのドーザーたちは突然の事態に慌て、何人かはその場から逃げ出している。ただチャティだけがじっとACハーミットを見つめ、口を開いた。
……G6レッドか。話は聞いたことがある。俺はRaDのチャティ・スティックだ。こいつを迎えに来たのか? それとも、加勢に来たのか」
 チャティの近くのスピーカーにアクセスしての問いかけに、レッドは一瞬たじろいだ。
 チャティ・スティック。RaDの参謀、アイスワーム討伐のメンバーの一人。レイヴンと共にミッションに出ることもあるから、その噂はレッドも聞いていた。AIであることも、腕が立つことも。しかし、こうして話をするのは当然、初めてのことだ。
 AIだとわかっていても、その淡々とした落ち着きのある話ぶりには、参謀らしい威圧感がある。加勢に来たのなら容赦はしない――そう暗に告げていることはレッドにも理解出来た。
 これがイグアスの単独行動なら、賠償請求はされるだろうが、あくまでも個人の暴走として扱う。だが加勢するなら――ベイラムと全面戦争も辞さない、そういう意味であろう、と。
 ベイラムが不利とは思わないが、ウォッチポイント・アルファの探索に苦戦している状況でRaDと争うのは得策ではない。レッドとしても、元々はイグアスを止めるために追って来ただけなのだ。レッドは〝G6〟として、チャティに返事をした。
……レッドガンは、RaDに攻め込むつもりはない。この件はG5の独断だ。始末は総長がつけるだろう。俺はG5を連れ戻しに来ただけだ」
「そうか。だ、そうだが……どうする、イグアス」
……
 イグアスは黙ったまま、ACハーミットとチャティを交互に見つめている。
 レッドが迎えに来るとは思わなかった。だが、戻ってどうなる? ミシガンにぶん殴られ、いよいよ懲戒処分を受け、独房送りになるのか? その後は? やり直す機会が与えられるのかもわからない。レッドを帰らせ、ここで死んだ方が楽かも知れない。惨めだが、喧嘩の果てに死ぬのも悪くない。ムカつく相手だが、このスカした自動人形をもう一発くらい殴って死ぬなら、それも良い気がする。だが、野良犬は? 野良犬の鼻を明かさないまま死ぬのは――
 ぐるぐると考えているイグアスに、レッドの声が響いた。
「イグアス先輩、帰りましょう。俺は……もう、仲間が死ぬところを見たくありません」
……!」
 ここまで落ちぶれた俺を、まだ先輩と言って慕ってくるのか、こいつは。
 イグアスは、レッドの言葉にがっくりと項垂れると、静かに頷いた。


 RaDの技術者により、破損したACヘッドブリンガーと射出されたコックピットは運搬用コンテナに格納され、ACハーミットに引き渡された。イグアスも大人しくACハーミットのコックピットに乗せられ、少しだけバツが悪そうに去っていった。
 侵入者は去ったものの、諸々の後始末が山積みだった。破壊された設備、散らばった瓦礫、負傷者の治療。中央制御室ではカーラも頭を抱えている。そして、かなりの被害を受けておきながら、その元凶を黙って帰らせたことに不満を持つドーザーも少なくなかった。
「チャティ! いいのかよ、これで」
 荒れ放題になった溶鉱炉前の区画で、何か言いたげなドーザーたちを代表して、一人の男がチャティに尋ねた。殺されても文句は言えないようなことをイグアスはした。それはチャティも良くわかっている。甘い処置だとも思うし、以前の――621と出会う前の自分だったなら、容赦なく捕らえて拷問なりなんなりにかけ、更には賠償を求めて多額の金や物資をふっかけるべきだと提案していたに違いない。だが幸いにも死者はなく、賠償についてはおそらくカーラが手を回すだろう。となれば。
「ボスからも文句は出なかった。なら、これでいい。……あいつを殺したとなれば、ビジターも悲しむだろうしな」
「はあ……そうかよ……
 ボスがどうの、というのは建前に近い。おそらく、カーラはチャティがイグアスを殺しても何も言わなかっただろう。イグアスを生かして帰したのはチャティの判断で、それは621のことを思ってのことだ。ドーザーの男はやれやれと肩を竦め、呆れたようにため息を吐いた。こんな時にまで621のことを考えているとは、ドーザーの男も思わなかったらしい。
 他の不満げなドーザーたちも、チャティの返事を聞いてめいめいの作業にとりかかることにしたようだ。
……
 チャティは、別れ際のイグアスの姿を思い出していた。あの、獰猛な獣のようなイグアスが、後輩の一言で大人しくなった理由を思うと、掛ける言葉が思いつかなかった。
 誰かの――特に親しい誰かの死は、悲しい。チャティだってそれは理解出来る。だが〝自分も誰かにとっての親しい誰か〟だということには、なかなか気付けないものなのかも知れない。きっと、あのレッドの言葉がイグアスに届いたのだ。だから、次に会うことがあれば……
――チャティ、そろそろ戻ってきな!」
……了解、ボス。今戻る」
 イグアスの対処に集中していたせいか、チャティはカーラへの連絡をすっかり忘れていた。この場はドーザーたちに任せて、今後の話をしに戻るべきだろう。イグアスの件もそうだが、何か、思いも寄らない事態が動き出しているような気がする。どの勢力も目をつけていないと思っていたが、実際にRaDは狙われた。621の悪い予感は当たったのだ。イグアスの強襲だけで終われば良いが、そうでないとしたら――
「ビジター……無事でいてくれ……
 つい漏れた呟きを聞いていたドーザーが、つんとチャティの左腕を小突いた。
「ったく、ビジターさんの心配より自分の心配が先だろ。そんな見た目じゃ、ビジターさんが泣いちまうぞ」
……
 そいつの言う通り、チャティの見た目は酷いことになっていた。右腕は断線したケーブルを繋げなければ動かせないし、何よりも最初にぶん殴られた顔は、中身が丸見えになっている。621が帰還するまでに修理が完了すれば良いが、精巧なパーツや人工皮膚が使われている分、修理には時間がかかるだろう。
 これもまた、ボスに相談しなければ。チャティはそう考えながら、カーラが待つ中央制御室へ戻ることにした。


 同時刻。621はウォッチポイント・アルファ深度2へと足を踏み入れていた。深度2ではネペンテスの砲撃をかいくぐったベイラム部隊が先行して探査に当たっており、突然侵入してきた621に銃口を向けてきた。
「来たな……! 独立傭兵レイヴン! アーキバスに付くなら、死んでもらう……!」
……ベイラムMT部隊のようだな。排除しろ、621」
……はい」
 どちらに是があり否がある訳でもない。きっと、どちらに付いても良かった。ただ、勝ちの目のある方がアーキバスというだけ。主がそう判断したから、621は今、ここで彼らに銃口を向けられ、そして向けている。
 つい最近まで協働していたのに、終わればこうして敵対しあう。戦場とはそういうものだとわかってはいても、621はやりきれない気持ちになった。だからせめて、彼らの命が助かるように戦うだけだ。621は、MTの脚部を、腕部を狙い、引鉄を引いた。
「アーキバスめ……
 アーキバスもベイラムも、何度も仕事を請けた企業だ。解放戦線だって同じ。どれが正しいのかなんてわからない。だが、わからないまま殺すのは嫌だ。
 通電盤を復旧させ、閉ざされた扉を解錠する。目の前の通路に、人やMTの気配はない。
「この先は熱交換室です。先行したベイラム部隊の通信ログは、この付近で途切れています」
 この付近、という言い方は少しばかり引っかかる。先に侵入した誰かがいて、何らかの理由で扉が閉められているという可能性もなくはない。621は周囲を警戒しつつ、熱交換室へと足を踏み入れた。
「誰もいない……ようですね」
 スキャナを起動しても、検知出来る範囲に反応はない。考えすぎか。しかし、何か嫌な予感がする。621は左右と天井を確認しつつ中央の通路をゆっくりと進んでいった。そして通路の中頃に差し掛かった頃、ぞわりとした殺気が背筋を駆け抜けた。後ろだ。
 一歩身を翻すと、青いレーザー光が空を奔っていった。
「レイヴン! 奇襲です‼」
 エアの言う通り、背後からの奇襲らしい。そして熱交換室に現れたのは、黒い逆関節のAC。
「なるほど、お前がレイヴンか。確かに風格が滲んでいるようだ」
 各社パーツが入り混じった機体からして、独立傭兵らしいのは見て取れた。彼も企業からの依頼を請けた同業なのか。だが、奇襲をかけてくる理由はわからない。
……独立傭兵コールドコール、ACデッドスレッド。裏社会の暗殺請負人として恐れられているようです」
「暗殺……!」
 誰を、なんてとぼけた疑問は浮かばなかった。その対象は自分だということは状況から見て明らかだ。しかし、一体誰が。
「恨みはないが、依頼なんでな。ここで果ててもらおう」
 この部屋の構造は隠れ潜むのにももってこいだ。だが、コールドコールは待ち伏せではなく、奇襲を選んだ。用心深い者なら周囲をスキャナで探りながら進む。そうされることを見越して、サーチ範囲外から狙ってきたのだろう。
 入ってきた扉が閉まり、逃げ場はなくなった。やるしかない。
「くっ……
 死角に入りこまれると厄介だ。距離を詰めて戦った方がいいだろう。621はショットガンを構え、ACデッドスレッドに向かってブースターをふかした。相手の出方を探ることもなく、果敢に攻めてくるつもりらしい。それがただの無鉄砲や自棄ではないことは漂う気配からよくわかる。コールドコールは楽しげに喉を鳴らした。
「なるほど、イグアス坊やでは敵わんわけだ……。レッドガンの矜持も砕かれ、憤懣やるかたないといったところか……可哀想に」
「イグアス……?」
 その名を聞いた621の微かな動揺をコールドコールは見逃さなかった。自身に向けられた銃口が火を噴く直前、突撃してきた621を斜め上に躱したコールドコールは、先にレーザーショットガンの引鉄を引いた。
「ぐっ……!」
「レイヴン!」
 チャージされていなければ大したダメージにはならない。しかし思いも寄らない名前の衝撃は大きかった。コールドコールの口ぶりからして、依頼主はイグアス。地中探査はベイラムが先行していたはず。なのに、イグアスはここにいない。ということは、任務を放りだしてまで、621の暗殺を依頼したということになる。
……そこまで、嫌われてた、のか……
 621は、誰かに好かれたいと思って動いたことはない。だが、大体の人間は自分を嫌っている。嫌われるだけの成果をこのルビコンで挙げてきた。なるべく殺さないように戦っても、生き延びた相手は大抵、敵対していた相手を恨む。イグアスもそうだったらしい。先日、一緒に戦ったばかりだというのに。イグアスと話をさせて欲しかったが、まずはコールドコールを退け、無事に地上に帰らなければ。手加減できる相手では無いのはわかる。コールドコールが言った機体から滲む風格という概念は、621にもなんとなく理解できた。何人も殺してきた、それだけの強さと容赦のなさが、目の前の相手にはある。離れても近づいても、相手を殺せる武装、状況に応じてどちらが有効かを的確に判断できるだけの経験を持っている。もちろん、自分に対する殺意も。こいつは、危険だ。
「レイヴン、気を付けて……!」
 エアも気付いている。今対峙している相手は、今までとは別種の怖さがあることを。
 今まで、621は何度もAC乗りと戦ってきた。それぞれと戦う理由は様々だったけれど、大抵は何かしらの敵対する理由があった。明確に自分自身を殺すためだけにやって来た相手は、コールドコールが初めてのように思う。やらなければ、殺される。そういう相手だ。
 621はグレネードを放ち、爆風から逃れるように跳ねたコールドコールを追った。いつもの四脚なら、相手のスピードにも容易に追いつけたはずだ。でも、今は速さが足りない。
 ならば死角の多い地形を利用して誘導し、逃げ場を無くしてやる。しかし、速さと小回りで上回るコールドコールが、どこまで思い通りに動いてくれるかはわからなかった。
「なるほどそうくるか……なるほどな」
 おそらくコールドコールもこちらの狙いに気付いている。さっきのグレネードは、直撃してもしなくても構わない、相手を誘導しようとする一撃だった。それもすでに読まれていたのだ。
「お前の死体を持ち帰って坊やに見せてやるつもりだったが……加減する余裕はなさそうだ」
……!」
 コールドコールは621に銃口を向けながら、素早い動きで周囲を跳ねる。その動きは読みづらく、撹乱され続けていては少しずつ装甲を削られて終わりだ。
 自分の無惨な死体を見たら、イグアスはどう思うのだろう。いい気味だと笑い、少しは気が晴れるのだろうか。アイスワームとの戦いの最中、621を嘲った時のように。けれど。
「わたしは……死ぬ、訳には、いかない……!」
 地上には、自分の帰りを待つ人がいる。ウォルターの仕事だって、まだ終わっていない。
 逃げられようが距離を取られようが構わない。621はコールドコールに向かって跳び上がると、放たれるライフルもショットガンも何もかもを無視して、距離を取ろうとするコールドコールを追った。
「ちっ……何を考えている……!」
 こうも接近されてはミサイルは効果が薄い。応戦はしているものの、背後と上下左右にしか避けられないまま、コールドコールは焦っていた。この距離ではショットガンを躱せないうえ、相手のもう片方の手にはパイルバンカーが握られている。距離を取り続けなければ危険だった。
……大胆なことだ、だが……
 無謀に思える突撃が、動揺を誘うだけとは思えない。速さはこちらが上、パイルバンカーは一度打てば冷却が必要だ。チャージをする暇はまだなく、一撃喰らっただけでは致命的な損傷にはならない。ならば一撃を受けてでも背後に回りこみ、隙を突く。背後には壁が迫っている。追い詰められるよりは、身を切ってでも攻勢に回るべきだ。
 コールドコールは後退していた機体を突如前方へ向けて加速させた。急接近されれば取れる手段は限られる。パイルバンカーを放つのは間に合わない。であれば追突は避ける。そのはずだった。しかし621はコールドコールの背後に向けてグレネードを放った。機体のすぐ側を掠め、それは背後で炸裂した。その間、621も突進を続ける。爆風を背に受けて、コールドコールの機体は更に加速していく。この速度でぶつかるのはまずい。だが、そう理解していても、回避するにはスピードが出過ぎていた。
「ああッ!」
「ぐっ……
 どうせぶつかるなら、と互いが放った蹴りは、互いの両足に少なくない衝撃を与えた。その造りから、ダメージはコールドコールの方が大きい。ぐらり、揺らいだ機体に向けて、621はショットガンを放った。正面から浴びせられた銃弾に体勢が崩れ、コールドコールは静かに口を開いた。
……お前もたまには、弱者の気持ちを慮ってやるんだな……
「イグアスは……弱く、ない……! お前は、どうして……!」
 621は体勢を崩したACデッドスレッドの脚部に向けて、パイルバンカーを放った。片脚は完全に破壊され、ブースターも破損している。これでは跳ぶことも、戦闘を継続することも叶わない。破損の衝撃は機体とパイロットを繋ぐ接続系統を破壊して、機体を動かすことさえできなくなってしまった。コールドコールは負けた。決着がついたのだ。
……なるほど、な……。こういうことも、ある……
 通信で届いたのは、諦めが滲んだコールドコールの声。死を受け入れようとする男の声だ。離脱する様子はない。となれば、逃げられない状況なのは、621にも理解できた。エアはほっとした様子で、状況を告げる。
……ACデッドスレッド、独立傭兵コールドコールの撃破を確認。殺害代行まで差し向けるなんて……。レイヴン⁉」
「死なせ、ない……! イグアスの、知り合い、なら……なおさら……
 ベイルアウトしようとしても、機体の破損状況によっては叶わないこともある。今回はまさにそれだった。その場合、中のパイロットは機体の爆発に巻き込まれて死ぬか、運が良ければ誰かの助けを待つか、いずれかになる。
 状況からして、コールドコールはベイラム部隊とは別に紛れ込んでいる。となれば、誰かの助けには期待出来ない。放っておけば、この男は死ぬ。
「レイヴン、貴方は……
 自分を殺すために雇われた相手を、わざわざ助けると言うのですか。エアは絶句して、ACデッドスレッドのコアパーツを引き剥がしにかかる621を呆然と見つめた。彼女にはそれを止める術はない。ただ、621の行為が理解出来なかった。
 いつか、オーネスト・ブルートゥを助けた時もそうだったが、殺しても誰も責めないような相手でさえも、彼は助けてしまう。理由はどうあれ、戦場では誰もが621を殺そうとする。それなのに、621は殺さないように立ち回っている。それが彼の強さの証明といえばそうだ。だが、それを徹底する理由は何なのか、エアにはどうしてもわからない。
 621はコアから引き剥がしたコックピットを、そっと地面に下ろした。見た目上に損傷はない。多少揺れはしただろうが、中の人間が死ぬような衝撃は無かったはずだ。
……わからないな。どうして私を助けた?」
 コックピットに残った通信機器を通じて、コールドコールは621へ尋ねた。621の頭の中には、ガリア多重ダムで倒した、G4ヴォルタのことが浮かんでいた。
 ダムで対峙した時は死なせずに済んだはずなのに、壁で死んだことをブリーフィングで知り、どうしようもない虚しさを感じたことはよく覚えている。いくら自分ひとりが手を尽くしても、救えない命があるのだ、と。あれほど仲が良かった相手を失ったなら、イグアスはきっと深く傷ついている。
……イグアスの、知り合い、を……これ以上、死なせ、たく、ない……から」
「は……?」
 621のイグアスを気遣う言葉に、コールドコールは思わず絶句した。どんな知り合いかも知らない癖に、イグアスの知り合いだからという理由で助けた? しかも、自分を殺しに来た相手を? 独立傭兵らしく、恨みを残さぬようきっちり殺せばいいものを。
 コールドコールは大笑いした。ルビコンにだって、ここまで平和ボケした一般人はいない。器が大きい、というよりは、底抜けに暢気というのが正しいのだろう。だが、そこも含めて、これがこいつの強さなのかも知れなかった。そしてそれは、イグアスには決して手の届かない類のもの。
……そういうところだ、独立傭兵レイヴン。そういう強さが、坊やには苦しいのさ」
 コールドコールの言葉に、621は悲しげに目を伏せた。嫌われているのは、恨まれているのはわかっている。それでも――
「それでも……わたしは……
 イグアスには、一人になって欲しくない。その呟きを聞いたコールドコールは、苦笑混じりのため息をついた。
「坊やがもう少し素直だったら、お前といい友達になったかも知れないな」
 いい友達。621に、純粋な友達と呼べる相手は多くない。ラスティは戦友と言ってくれるが、普段から遊んだりする関係ではないし、そう呼べるのはRaDの皆くらいだ。今は殺しの依頼をされるほど嫌われているけれど、もし、イグアスとも友達になれたなら。
……それ、は……嬉しい、な」
 621の暢気な言葉に、コールドコールは耐えきれず、いよいよ笑ってしまった。
「くっくっ……そうか、そうか。次に坊やに会えたら伝えておくさ。さあ、お前は先に進むがいい。負けた老兵は、黙って去るだけだ」
……わかった。気を、付けて……
 あんたもな、そう話すコールドコールの声は、殺し屋というよりは息子や孫を心配する老人のようだった。ほんの少しだけ、ウォルターにも似ていた気がする。
 コールドコールを一人残し、621は熱交換室の先へ続く扉へアクセスを開始した。
……悪い人、ではない……のでしょうか」
「たぶん、ね」
 扉の解錠キーを探りながら、エアは困惑気味に621に尋ねた。殺し屋という割には、その声も言葉も、なんだか優しすぎたように思う。まさか、それを見越して助け出した? しかし、エアの知る621は、そこまで鋭く頭の切れる人間ではない。本当に純粋な気持ちで助けたに違いなかった。
(レイヴン……貴方は、どうして……
 誰かの命を尊重し、優しく接することは、このルビコンにおいてとても難しいことだ。その行動の源泉はなんなのだろう。
 長い間一人ぼっちで、やっと話すことができた友達。彼が〝普通〟の人間ではないことは、すぐにわかった。彼のコーラルで灼かれた脳内を覗けば、どれくらい壊れているのか理解するのは、彼女にとって容易いことだったから。
 少しずつ感情や情緒を取り戻していく彼のことを、エアはいつだって一番近くで見てきた。子どものような彼を姉のように見守り、聞きかじった知識でアドバイスしたりもした。けれど、彼の理解者になれた気はとてもしなかった。彼自身もわからない、底知れない何かが心の奥に潜んでいる――そんな気がするのだ。
(それが貴方の強さなのはわかります。でも、貴方の優しさを利用したり、踏み躙ったりする人がいないか……。そして、それで貴方が傷つかないか、私は心配なのです……
 例えばイグアスのように、誰かの優しさを素直に受け取れない者もいる。621はイグアスのことを気遣っているけれど、それが本人に届くことはほとんど考えられないようにエアには思えた。
……イグアスは今、どうしているんでしょう」
「わからない、けど……早く、地上に、戻りたい、な……胸騒ぎが、する……
 イグアスの代わりにコールドコールがいたということは、イグアスは本来の仕事を放棄して、どこかに行ってしまったということになる。全く見当がつかないが、まさかRaDが狙われるようなことは無いだろう。狙う理由も無いはずだ。だとしたら、どこに……
 熱交換室の扉が開き、長い通路が見えてきた。この先は全くの未知の領域。621は周囲を警戒しながら、奥へ向けてゆっくりと進んでいった。