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水樹咲夜
2022-03-07 18:13:05
13598文字
Public
笙主短編
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心に咲いた愛の花(笙主短編)
バレンタインネタの笙主。
笙悟キャラエピ、本編にはないけど部長のキャラエピどちらも完了後のイメージ。
二人で話したり、部長が笙悟にチョコあげたりする話。
2025.10 加筆修正
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メビウス内であっても時が過ぎれば春夏秋冬季節は移り変わり、現実と同じように季節毎のイベントもある。そういったものにはあまり興味がなくても、駅前やコンビニでも目にするのでそのたび季節の巡りを知らされた。
それでも、帰宅部を結成して何の手立てもなく、帰る方法も見つからずただ時が過ぎていた頃より気持ち的にはかなりマシだ。何より、現部長の奏に部長の役目を引き継いだ時点で、笙悟の精神的負担はかなり減っていた。そんな部長はいつも帰宅部メンバーの相談に乗って、精神的支柱の役割までずっとしてくれている。
奏もメビウスにいる以上は現実で苦しんでいる者だろうと思っていたが、笙悟が考えていた以上に彼の心と体についた傷は深く闇も深く、ただ奏は全てを諦めかけていた。そんな状態だというのに
……
あるいは、自分が助けてもらえなかったから皆の事は助けたかったのか、彼はメンバー全員に手を差し伸べていた。
それを笙悟が知ったのは本当に最近の事で、今は少しは彼を支えられていると思いたいが、支えられてばかりな気もしている。一緒にいるだけで助かっていると言われてはいるものの
……
正直自分では助けになっているのかもわからない。
「色々負担をかけて申し訳ないとは思ってるんだけどな
……
せめて今度何か菓子でも渡すか。しかし好みがよくわかんねぇな、甘い物が好きって事だけはわかってるんだが。甘い物なら何でもいいのか?」
そんな事を考えながら笙悟が駅前を歩いていると、いつの間にやら季節の催事場のようなものが出来ていた。どうやらそれはバレンタインのチョコレートのコーナーらしく、女子が多く集まっている。そういえば、そろそろそんな時期だったような気もする。
いかにも近くにいるだけで疲れてしまいそうな雰囲気に、笙悟がついげんなりしてその周辺から離れようとした時、ふとその中に見覚えのありすぎる男子生徒がいる事に気付く。今考えていた帰宅部の部長である奏が、何故か女子の群れに混ざってバレンタインチョコを興味津々にじっと眺めていた。
「
……
あんなとこで何やってんだ奏は。いや、チョコ見てる以外になさそうだけど。バレンタインとか関係なく、甘い物好きだから見てんのか?」
いくら彼が中性的で綺麗めな顔や、戦闘以外では柔らかな雰囲気をしてるとはいえ、女子だらけの中に男子生徒の姿が一人紛れ込んでいると流石に少し目立つ。その顔と雰囲気のおかげか、それともどう見ても明らかに彼がチョコレートの事しか見てないからか、場違いとまではいかないが。
周りの女子にチラチラ見られたり、何事かひそひそされているが、本人は多分気付いてないか、気付いていても気にしない事にしてるかだろう。耳がいいはずだから、聴こえていても気にしない事にしているという可能性の方が高いか。
つい離れた所からそんな奏の様子を見つめていると、誰かに見られている視線を感じたのか、彼は警戒するように周囲を見回して笙悟に気付き、驚いた顔で一瞬だけ固まってからすぐに微笑んでこちらへと近付いてきた。
「笙悟、こんな所でぼんやり突っ立って何してるんだ?誰かと待ち合わせ?」
「いや、ぼんやりはしてねぇ。たまたま通りがかったらお前がいたから、何してるのかとつい見てただけだよ。というかお前こそ、あんな所でバレンタインチョコなんてじっくり見てどうした?」
「バレンタイン
……
チョコ?」
彼は不思議そうに首を傾げた後、先程まで見ていたチョコレート売り場の方を改めて確認するように見て、ようやく納得したように頷いた。
「ああ、そうか。あれってバレンタインデーのやつだったのか。だからハート型のチョコがやたら多かったり、何故か女子が周囲にいっぱいいたんだね。全然気付かなかったよ」
「あの売り場は一体何だと思ってたんだよ、ただのチョコ売り場か?」
「うん、何か美味しそうな新作チョコレート売り場かなって。いつの間にか出来てたから何かなと思ったんだけど。折角だしどれか買おうかなと色々見てた」
「本当に清々しい程、チョコの事しか見てなかったんだな、お前」
「だって色んなチョコがあって美味しそうだし。ハート型だけじゃなく綺麗な形のとか、あとあんまり売ってないような高級チョコもあったよ」
「それはよかったな
……
しかし周りの女子に何かひそひそされてなかったか?」
そう問いかけてみると、奏にはやはり周りからチラチラ見られていたのも周囲の声も気付いていたようだ。首を傾げて思い出すように少し考えてから頷く。
「友チョコ買うのかなとか、自分用かもとか、あの人もしかして誰かにあげるのかな、男子にだったりして、とか楽しそうに話してるのは聞こえてきたよ。何か少しざわついてるなとは思ってたんだけど」
「それが聞こえてて全く動じた様子がなかったとか、ある意味スゲーなお前」
「あれって俺の事だったんだと、今気付いたよ。妙に見られてるような、周囲からの視線は感じたんだけど、どれも敵意はなさそうだったから気にしなかった」
「そういや俺の視線にもすぐ気付いてたな。耳だけでなく見られてる気配にも強くなったのか?」
「うん、そうだね
……
多分ここで戦ううちに、視線も感じるようになったみたいだ。それで、何かすごく強い視線感じたから、デジヘッドに見つかったのかと思って一瞬身構えてしまった。よく考えたら敵意はなかったし、実際は笙悟の視線だったけど」
「俺をデジヘッド扱いすんなよ。大体、デジヘッドなら視界に入ったらすぐ襲いかかってくるだろ」
「言われてみると確かにそうなんだけど」
それにしても、道を歩いている生徒がいつの間にかデジヘッドになって襲ってくるような世界だから仕方ないが、見てるだけで気付くとは。彼は元から耳がよく、誰かの気配や敵意悪意にも結構敏感なようだが、ここで戦っているからかその精度も上がっていそうだ。
笙悟がつい少し呆れて奏を見ても、彼は先程まで見ていたチョコの方に気が行っているらしく、あまり気にしていないようだ。まぁ、じっと見られていてもそれが笙悟の視線だとわかったから、警戒する必要ないと気を抜いているのかも知れないが。
「あんなに種類が色々あると、何か楽しいね。あんまり買えない高級チョコとか、ちょっと自分用に買ってしまおうかなぁ」
「一応言っておくが、チョコを飯の代わりにするなよ?」
「わ、わかってますよ?
……
もし買ったとしてもおやつにします」
「そうしとけ」
一応そう言って釘をさしておく。ただでさえ彼は少食なのに、一人だと食べるのも面倒になるようだ。まぁ、正直食事を作ったり食べたりするのが面倒なのは、笙悟にも少しわかるけれど。面倒だよなと同意する訳にもいかない。
そんな事を考えていると、奏が控えめに笙悟の袖を引いて微笑んで見上げてくる。
「笙悟とここで偶然出逢えたのも縁があるって事で、よかったら一緒にお茶でもどうかな。行くならカフェと喫茶店どっちがいい?」
「いきなりだな。そりゃ付き合ってもいいけど
……
お前の言うカフェと喫茶店の違いは一体何なんだ」
「カフェは駅前にある、駅に近くて割とみんながよく行くお店。喫茶店は少し歩くけど裏通りにあって、ケーキが美味しくて雰囲気が少し落ち着いたお店」
「あー
……
まぁ、そうだな。近い方で」
「うん、そんな気はした。じゃあ駅前のカフェだね」
嬉しそうに微笑んで、痛くない程度にそっと笙悟の腕を引っ張る奏と一緒に、駅前のカフェへと向かう。彼は誰かと一緒の場合は相手の行きたい場所を優先させる事が多い。今回の場合なら、恐らくこっちを選ぶと予想していたんだろう。
基本的に自分を抑え他人を優先し、よくも悪くも相手の求める姿に合わせて自分を装ってしまうし、重ねられる面影や理想の姿に真面目に応えようとしてやがて自分を見失ってしまう、という彼の性格を知ってしまうと、つい大丈夫なのかと思ってしまう。
「お前が落ち着けるなら、喫茶店の方がよかったんじゃねぇか?」
「ん?俺はどちらでも。駅前のカフェも、何だかんだみんなの話を聞く時にはよく利用してるから時々行くし」
「皆の話を聞く時、って辺りがお前らしいっちゃらしいんだけどな」
「そう?まぁ笙悟とならきっとどこでも、俺は楽しいよ」
「何で俺とならどこでもいいんだ?」
「
……
特別に好きな人と一緒にいられるって、嬉しいし楽しいし、一緒にいられる事が幸せだから」
「そ、そうか」
さらっと言っているようで顔が赤いし、視線を合わせようとせず定まらない。つまり奏も照れているという事だ。そんな事を言われたら嬉しく思うけれど、こちらまで何か妙に照れくさくなってしまう。
大切な事は伝えておかないと後悔する、と思っている奏は好意もしっかり伝えてくる。それ自体はいい事だろうけれど、真っ直ぐにその想いを伝えてくるので、どうにも気恥ずかしさはあった。
二人して何となく照れくさくなりつつ、とりあえずカフェで適当に飲み物を買って席につく。笙悟はコーヒーを、奏は甘ったるそうな期間限定の飲み物と迷っていたが、結局シンプルなカフェラテにしたようだ。
「迷ってた方のじゃなくてよかったのか?」
「うーん、まだメビウスにいるうちに、少しずつ慣らしていこうと思って」
「慣らすって何をだ?」
「味覚とか色々
……
メビウスへ来る前はほぼ甘さしか感じなかったけど、ここではちゃんと味を感じるから。甘い物でお腹いっぱいにしてしまわないように、少し控えたり慣らしていこうと思って」
「それはいい事かもな。もう少し食事の方をちゃんと食える方がいいだろうし。でもあまり頑張りすぎないようにな」
「うん、気を付けるよ」
奏の味覚障害のような状態は、過去のトラウマと孤独と精神的なストレスが主な原因だろう。もちろん、そのせいで栄養失調になり肉体的にも味を感じなくなってしまってもいるかも知れないが。メビウスではμのおかげか、または精神的なものが多少は緩和されているのか、ちゃんと味覚が働いているようだし、少しずつまずはここで食べる努力をして改善しようとしているのだろう。
現実へ帰る前に改善しようと努力するのは、真面目な彼らしい。だからこそ適度に気を抜いてほしいとも思う。ここですらこんな調子なら、現実では彼がどれだけ頑張っていたのかわからない。まぁ、ここでも現実でも彼が適度に気を抜くように、そこは正反対な自分が時々言ったらいいのかも知れない。
笙悟はそう思ってから、ごく自然に現実でも奏と一緒にいる事を前提に考えている自分に気付いて、何となく気恥ずかしくなった。本当に現実でも再会出来るのか、という心配は今はしないでおく。
「それにしても、バレンタインかー。メビウスでもこういうのがあるって、何だか不思議だね」
「まぁ、多くの人間が望んでるからだろうな、そういうイベントがあるのは」
「μはみんなにメビウスの中で幸せでいてほしいんだろうから、楽しい事は積極的に取り入れそうだもんね」
「それでも、全員が楽しい訳じゃないだろうけどな。帰宅部みたいに帰りたい奴が出られないのもあるけど。例えばバレンタインで言えば、告白しても振られる奴もいるだろうし、チョコ貰いたくても貰えない奴だっているだろ」
「それはそうなんだけどね。上手くいく人もいれば上手くいかない人もいて、全員が満たされる訳じゃない
……
この理想郷として作られてるはずのメビウスの中でも、それは変わらないから」
「μは頑張ってるのかも知れねぇが、万能の神ではないしな」
「うん
……
人の願いや想いはそれぞれ違うから仕方ないけど、μの事を思うと何だか切ない気もするな」
そう呟いて、奏は悲しそうに俯く。帰宅部の部長でもμに心から感謝し、その行く末を心配もしているからだろう。けれどすぐに彼は首を振り、微笑んで言う。
「全員が楽しめる訳じゃないけど
……
俺は現実より、ここでの方がそういう季節のイベントとかを楽しめてるから、こうして色々やってくれて嬉しいけどね」
「それなら、ここだけじゃなく、現実へ帰ってからも楽しめばいいだろ」
「
……
そう、だね。無事に現実へ戻れたとして、楽しめるのかちょっとまだわからないというか、その、あまり自信ないんだけど」
「それは俺も同じだよ。だから、その、なんだ
……
俺も帰宅部のメンバーもいるし、メビウスと同じではなくても、一緒にいれば現実でも楽しめるかも知れねぇだろ」
笙悟の言葉に、奏はどう言ったらいいか迷っているようで、すぐには答えられずに飲み物を飲みながら少し考え込む。現実を強く意識するたびに恐れ迷い躊躇し、それでも帰りたくない自分を抑えて、なるべく前向きに考えようとしているようだ。
笙悟を、みんなを帰したいから、夢から覚めてしまったから帰らなければならない、彼が帰宅部に入ったのはそういう理由でしかなく、ずっと本当は帰りたくないと思い続けながら諦めてきた。それでも、諦めではなく、今の奏は震えながら、怯えながらも、みんなと一緒に生きたいと、必死に前を向いて生きようとしている。
幼い頃から絶望してきて、死に囚われ続け、メビウスに来る直前には死のうとしていたという彼の心の深い傷を、笙悟が完全に癒す事は出来ないだろう。笙悟自身の心の傷も、奏が痛みを和らげ癒してくれても、全てをなかった事には出来ないのと同じように。
それでも、お互いに寄り添い合う事を、一緒にいる事を選んだ。心に深い傷があるからこそ出逢い、崩れ落ちそうになって支え合い、そうして共にここから現実へ一歩踏み出そうとしている。
「
……
うん。きっと、笙悟や帰宅部のみんなと一緒なら。そう思う
……
思いたい」
ぽつりとそう言って、奏は淡い微笑みを浮かべる。部長としての表情は消え失せ、彼自身の装っていないどこか弱さを感じる本来の微笑みを見せた。少し前なら、そうだねと自分の心を隠して頼もしい部長として装っていただろうから、弱さを見せるようになったのはきっと成長でもある。
それでも、本人はそんな自分を弱く情けないとでも思っているのか、申し訳なさそうに俯いて呟く。
「一緒にいたいのに、ちゃんと言い切るのが怖いんだ
……
自信なくて情けないね」
「お前の場合、弱さや情けなさを一切出さない方が怖い。それだけ完璧に心を隠しちまってるって事だしな。ボロを出せ、情けない姿をさらせ。俺だってカッコ悪いんだ、お前だってもっと素の自分の弱くてカッコ悪い姿見せろよ」
「そういう風に言われると何かこう、複雑な気持ちになるんだけどなぁ」
「お前は何と言うか、それが他人の望む姿でもあるんだろうけど、自分でも自分を強くカッコよく見せたいみたいなのあるっぽいからなぁ」
「うぐ
……
そ、それは
……
誰だってそういうとこあるだろ。まぁ、俺は自分を抑えてそんな風にしすぎるというのはわかってるけど」
自分をよく見せたい、素の自分を受け入れてもらえるかわからず不安になる、そんな気持ちは誰もが持っているものだ。けれど奏のそれは強迫観念でもある。装わなければならない、誰かの望む姿でいなければならない、自分自身なんて誰にも求められていないから、ちゃんとひとの望む姿でいなければ。そうして、自分を追い詰めてしまった末に自分を見失っていたのが奏だった。
本当にギリギリまで追い詰められてこの箱庭に連れてこられたんだろうに、ここでも皆に無意識に求められた『頼れる帰宅部の部長』という仮面を自らつけて、自分の心を抑えて、また自分を見失いそうになってしまったのだから、奏のそれは筋金入りだ。
まぁ、長年培ってきたそれがすぐに変えられる訳でもないのは、笙悟自身がそうだからわかる。お互いに支え合っていけたらいいと思いながら、自分なんかが支えになれるのかとも思ってしまう。そんな風に笙悟が考え込みそうになっていると、それを遮るようにふと奏が問いかけてきた。
「ねぇ、笙悟ってチョコ食べられる?」
「まぁ、あまり自分では買わないけど食えるよ」
「そっか
……
じゃあ、俺もバレンタインのチョコ買おうかな。自分用と帰宅部のメンバー用と笙悟用に」
「
……
あの女子だらけの中に、単身で突撃しようってのはすごいな、素直に」
「変な所で感心された。別にすごくないだろ、バレンタインって日本では女子が主に男子にチョコをあげる日になっているみたいだけど、元は大切な人に贈り物をあげる日だったはずだし」
「そうだとしても、売り場の雰囲気がなぁ」
正直、笙悟にはあんな雰囲気の場所へ入り込む勇気はない。さっきも少し目立つ程度ですんでいた奏なら、妙な所で発揮される度胸もあって普通にあの中にいられるだろうし、上手く溶け込めそうではあるが。
「まぁ女性ばかりで気になるなら、その時だけ自分を女性だと思うとか。ここでは性別なんて、μに願えば変えられるくらいの飾りみたいなものだし。ゆめかわいいを装うとかじゃなければ笙悟でもきっといけるよ」
「それ多分普通出来ねぇし、俺でもいけるとか雑に言ってるのわかるし、少なくとも俺は無理だからな?」
天然と妙なノリのよさと雑な部分が合わさって、時々妙な事を言い出す奏に苦笑しつつ、髪をぐしゃぐしゃにするように撫でてやる。しかし、彼はそんな撫で方でも嫌ではないようで、楽しそうにくすくす笑っている。
「俺、大切だって思える人たちが出来たのって、両親以外だと今まで生きてきて初めてなんだ。いつもお世話になってる笙悟や帰宅部のみんなに、感謝の気持ちを贈りたい」
「
……
どっちかと言えば、部長に世話されてるのは俺たちの方なんだけどな。色々手間がかかるだろ、俺も含め」
「そんな事ないよ、一緒にいてくれる
……
それだけで、俺の心はかなり救われてる。今も、こうして笙悟と話してると嬉しいし、気持ちが安らいでいるから」
「それは俺もだな。お前には情けない部分も相当見られてるから気を張らなくていいし、安心感もある」
「そうか、なら嬉しいな。お互いに安らげるってすごく嬉しいし幸せな事だ」
照れながらも幸せそうに笑って、彼は頭を撫でる手にそっと触れて寄り添う。その表情は確かに安らいでいて、笙悟もホッとして嬉しい気持ちになった。
「そんな訳で、俺もチョコ贈っていい?」
「
……
そういやチョコの話してたんだったか。いいけど、確認されると何か照れくさくなるな」
「確認しないで贈って、嫌がられたら切ないし。だから、嫌なら今のうちに断ってくれていい」
「嫌じゃねぇよ、というか嫌がるのを前提にすんな。こっちが悲しくなる」
「う
……
ごめんなさい。どうも不安というか、き、嫌われてないのはちゃんとわかってるんだけど、贈ったりしてもいいのかなって思うと」
「まぁ、嫌われるとか自分の事を見てもらえないとかがお前の現実でのトラウマだろうし、不安になる気持ちもわかるんだけどよ
……
俺も含め帰宅部のメンバーは、部長に何か贈られて嫌がる奴はいねぇよ、多分な。むしろ、喜ぶやつばっかりだと思うぞ」
「う、うん、むしろそんな風に不安になる方がきっと失礼だよね。気を付ける」
「お前が現実で嫌な目にあって、他人からの好意を信じるのが難しいのはわかってる。慣れてないのもな。でも、お前が俺たちに感謝してるように、俺たちだっていつも支えてくれるお前に感謝してるんだよ、奏。それは忘れないでくれ」
笙悟の言葉に、奏は一瞬驚いたような顔をして、その後泣きそうに微笑んで、そんな事言われて忘れられる訳ないだろ、と小さな声で呟いた。
そうして彼は急に気合いを入れるように、キリッと表情を引き締める。
「よし、バレンタインデーまで少し時間あるし、気合い入れて選んじゃおうかな。アリアにも内緒で」
「俺には聞かれたし、知ってるけどいいのか?」
「うーん
……
じゃあ、笙悟をカタルシスエフェクトで軽く殴って、アリアに頼んでちょちょいと忘れてもらう?」
「やめろ、お前が真顔で言うと冗談に聞こえねぇんだよ」
「冗談に決まってるよ。大体そんな事をしても、アリアに今度は知られるじゃないか。やる意味ないし」
「意味があったらやるのか
……
お前、思考が時々バーサーカーだよな。理性あるし頭はいいはずなのに、行動が脳筋というか、割と突進していくタイプというか」
「猪突猛進な脳筋バーサーカーじゃないです」
奏が自分のダメージをあまり気にしない所は、初期から今まで殆ど変わっていない。恐らく、色々知った後では自傷行為や自滅行為に近いというか、自分が生きている実感をそこで得ている部分もあるようだが。それだけではなく、素で自分の防御を気にしてないような気もする。
自分を守る事も気にしてほしいなと、実は笙悟だけでなく帰宅部のメンバーは全員思っていたりする。言われて多少防御するようになっても基本は変わらないから、実はこいつ素で猪突猛進なバーサーカーなんじゃないかと笙悟は少しだけ疑っていた。
「そういや、帰宅部のメンバー用と、俺用は別なのか?」
「そこ後からツッコんで来るの?まぁ、うん、別ですよ?」
「俺用が少ねぇとか?」
「わざと言ってるなら怒るからね。その、笙悟にあげるのが、よくいう本命チョコってやつだからです。嫌なら断るの今のうちしかないからな!渡してからいらないって言っても遅いからね!」
「だから嫌じゃねぇって。何か照れるが、期待しとくよ」
「え、う、うん、頑張ります」
何でお前はそんなに断られる前提で言うんだ、と笙悟はつい苦笑してしまう。期待しとくと伝えた途端に奏は動揺しながら赤くなり、何やら改めて気合いを入れ直している。
彼が時々くれる菓子は美味しいから、そういう面でも期待出来る。しかし、何よりもそんな風に大切だから贈りたいと、そう思ってくれるのが微笑ましくも嬉しかった。
それから数日後、その日は何となくどこか静かな所でサボろうと思い、笙悟が中庭で一人適当に時間を潰しているとWIREの通知が来た。
『今どこにいる?』
そんなシンプルすぎる問いかけを見るだけで、送ってきた相手が誰なのかわかる。WIREをよく自分から送ってくるし、スマホを使い慣れていない訳でもないのに、簡潔な一言での問いかけが多いのが奏の特徴だった。
どうして基本的に一言なのか直接聞いてみたら、こういうの使った事がないからどう話しかけようか迷って、自然と一言になってしまう、と彼は困った表情で言っていた。
『中庭だ、お前も来るか?』
『わかった、これから向かう。移動せずそこにいてくれ』
その返信の後しばらくすると、奏が笙悟の所までやってきた。微笑んで駆け寄ってくるその手には、何やら小さめの紙の手提げ袋を持っている。
「こんな所にいるなんて珍しいね。笙悟だけ部室にいないから探しちゃったよ」
「ああ、ちょっとサボってたというか。適当に飯食った後、ここでだらけてた」
「だらけてたって、そんな家のソファで過ごすみたいな
……
じゃなくて、はい、コレ」
「ん、何だ?」
「何って、えーと、バレンタインチョコです。帰宅部のみんなの分は部室で渡したけど、笙悟だけ姿が見当たらないから探してた。まぁ、みんなの前で渡すのはちょっと恥ずかしいから、笙悟がここにいてくれて助かったけど」
「そういや、今日がバレンタインか。本当に用意したんだな」
手提げ袋を手渡されその中身を見れば、一つは笙悟でもわかる程度には有名な高級チョコレート店の名前が入った箱が。もう一つは丁寧に綺麗に包装紙と赤いリボンでラッピングされている、店の名前などは何も書かれていないシンプルな箱が入っていた。
「その、店で買った美味しそうなチョコと
……
いらないかも知れないけど俺が一応手作りしたチョコ、です」
「二つも用意してくれたのか?」
「買った物の方が絶対美味しいと思うし。でも、俺なりに心はこめたくて、自己満足ではあるけど作った方も用意しました。あと、これも追加であげる」
そう言いながら、奏はもう一つ手に持っていた、何やら液体の入った瓶も追加する。そちらもリボンを結んではあるが、ラッピングというより余ったリボンを結んで辛うじてプレゼントっぽくした物に見えた。
「チョコ作る時に少し使ったのが余っただけだから、そんなに量はないかも知れないけど。俺が持ってても仕方ないからそれもあげる」
「あげるって、これってまさか」
「お酒。アリアに聞いたら出せるっていうから、お願いして少しだけウイスキーを出してもらったんだ。おかげで何に使うか結局バレちゃって、ニヤニヤされて大変だったけど」
瓶に入ったその液体は、この偽物の世界から排除されているはずの酒だった。彼は笙悟の実年齢を知っているし、以前に酒やタバコがない事を言ったからか、余った酒もくれるようだ。ちゃんとラッピングをしていないのは、プレゼント用ではなかったからだろう。
「やっぱりアリアなら酒も何とか出来るのか。しかしお前、現実でも未成年だよな」
「飲んでない、お菓子の材料として用意したんだよ。笙悟はお酒飲めるからチョコのウイスキーボンボンを作っただけ」
「確かにメビウス内にはそういうのもなさそうだしな」
ここには基本的に酒類はないから、酒を使った食べ物も基本的にはなさそうだ。自分は飲めないのに、アリアにお願いしてまで奏がそれを作ろうと思った理由はわからない。この世界にはない物だからなのか、酒がない事を笙悟が軽く愚痴ったからか。
何にしても、彼が本当に心をこめて用意したかった事はわかる。もう片方の高級チョコレートだけで、既に充分すぎるほどの贈り物だというのに。
「レシピ通り作ったし一応味見もしたから、味は大丈夫だと思う
……
初めて作ったし、イマイチ俺には美味しさがわからなかったから、あまり自信はないけど」
「味見したなら、飲んだのと似たようなものじゃないか?」
「確かにチョコの試作品でちょっと酔っ払いそうにはなったけど
……
現実じゃないし、飲んでないから多分ノーカン、かな?」
「まぁいいけどな、俺は。しかし酒か
……
優等生の仮面はもうボロボロだな」
「笙悟の前なら、優等生じゃなくてもいいだろ」
「そうだな、優等生じゃなくても頼れる部長じゃなくてもいいよ。無理しなくても、お前はお前だしな」
「うん
……
ありがとう」
本来の彼は弱さも痛みも子供っぽさもある、ただの少年、ただの人間だ。優等生として頑張る必要も、頼れる部長として無理に背伸びをする必要もない。そう思い微笑んで、ぽんぽんと奏の頭を撫でる。
その後、彼が作ったらしい方を取り出そうとすると、何故か慌てたように止められ、袋を奏の両手で閉じられてしまった。
「あ、ま、待って、そっちは俺がいる時には開けないでくれ!」
「何でだよ、開けなきゃ食えねぇだろ」
「お酒入ってるって言ったのに今食べる気なの、ここ一応学校だよ?というかまだ開けるな、特に俺が作った方は絶対に!」
「お、何だ、それは今開けてくれって事か?」
「違う違う、俺の前で開けろってフリじゃないから!その、気合いを入れて作りはしたけど、正直本当に、自信はあまりないんだ」
そんなに真っ赤になって大慌てで必死に止められると、逆にどんな物なのか気になるし目の前で開けたくなる。禁じられるとやりたくなるというアレで、逆効果なんだけどな
……
と笙悟は思いながらも、とりあえず言われた通りに今すぐ開けようとするのはやめておく。
「気合い入れたのか」
「当然だろ
……
笙悟に渡す分は、本命なんだから。大好きな人に渡すんだから、気合いも心も愛情も俺の全力でこめました!」
「
……
キッパリ言われると何かこう、照れるな流石に」
「照れろ照れろ!俺だって今ものすごく照れるというか、恥ずかしくていっそ死にそうなんだ。ああもう、本当何言ってんだろ俺」
笙悟が照れる以上に照れて真っ赤になっている奏を見ていると、逆に少し心に余裕が戻ってくる。自分以上に心を乱している人間がいると、自分は少し冷静になれるという状態に近いかも知れない。
恥ずかしさで赤くなったまま、しばらく頭を抱えていた奏は、それに耐えられなくなったのかくるりと方向転換して笙悟に背を向ける。
「もしチョコの感想や文句などあればWIREでお願いします、それじゃあ俺はこれで!」
それだけ早口で言って、奏は来た時以上のスピードで素早く走り去っていった。赤面どころか耳まで一気に赤くなっていたから、きっと恥ずかしさの限界が来たんだろう。
それを苦笑しながら見送り、改めて笙悟は何も書かれていないシンプルな箱の方を袋から取り出す。その時にメッセージカードが添えられている事にも気付いた。
ひとまずカードは後にして箱を開けてみると、中にはハート型と花の形をした物、二種類の形のチョコレートがいくつか入っていた。大きさは一口大くらいで食べやすそうだが、笙悟はつい花の形をした方のチョコを見つめてしまう。
「これは
……
どれだけ気合い入れて作ったんだよ」
花の形のチョコレートは、奏の胸にいつも咲くあの紅く燃えるような花の形をしていた。花の色は赤ではなくピンク色だが。土台になっているチョコは、よく見ればもう一方と同じハート型の物のようで、その上に花の形になるようチョコを組み立てて乗せてある。
どうやってその花の形を作ったのかはよくわからないけれど、多少歪んでいるが素人が作ったにしてはかなり綺麗に見えた。
わざわざこの花の形にしたのはどういう意味なのか。本命なんだから気合いも心も愛情もこめた、という言葉通りかなり手間隙かかっていそうだった。
『笙悟に感謝と愛をこめて。ありがとう』
次にメッセージカードの方を見てみると、大きめの文字でシンプルにそう書かれている。しかし、ふとそのカードの裏を何気なく見ると、それだけではなく小さな文字で祈るような言葉が書いてある事に笙悟は気付いた。
『どうか、ここでも現実でも、大好きな君と一緒に生きていけますように』
そんな真摯でささやかな、奏にとって言葉にするには重すぎるくらいだろうその祈りは、笙悟にとっては現実への希望になる。現実での苦しみから死に囚われ死を望んでいた彼が、悩み怯え震えながら、それでも自分と同じように現実へ帰って一緒に生きたいと望んでいるという事だから。
「
……
照れ屋なのか素直なのかわかんねぇな、本当に。照れてるかと思えば、さらっと素直に好意を伝えてくるしな」
ハートの形の方を試しに一つ食べてみると、甘さを少し抑えたチョコレートの中からとろりと舌に溢れる、数年振りに感じる酒の味。試作品で酔っ払いそうになったと言ってたから、色々試行錯誤したのだろうか。そうだったら嬉しいような、照れくさくも愛しいような気持ちになる。
ちゃんと美味しいのに初めて作ったからと自信なさそうにしていたのは、奏が甘い物好きな上にまだ未成年で、酒の味が彼の口にはイマイチ合わなかったのかも知れない。
感想や文句はWIREで、なんて言ってたが、こんなに照れくさくも嬉しくなる程に気合いと心と愛をこめられているものに、文字でどうこの心を表していいのかなんて正直わからない。感想なんて言葉にして言うのすら難しい事を、WIREの文字だけで上手く伝えられる気がしない。
「どうせならこの花の形の意味も聞きたくなったし。あんなに恥ずかしがられると、むしろ目の前でコレを食ってやりたくなるしな」
カタルシスエフェクトを発動した時、胸に咲く花はそれぞれの心を糧に咲いているとアリアが言っていた事がある。花言葉がその心を表しているのかも知れないとも。それが本当なら、このチョコレートで出来た花も、ある意味彼の心を食べるようなものか。
奏の目の前で、彼に咲く花の形をしたこのチョコを食べたら、一体どんな表情をするだろう。
「やっぱり屋上にいる確率が一番高い気がするな、よくあの場所にいるし」
奏は心を落ち着ける為に、よく一人で空を見上げている屋上に行っているかも知れない。そこにいなければWIREでどこにいるか聞くしかないが、何となくそこにいる気がした。彼は妙に素直な所があるから。
そう思いながら、笙悟は渡された手提げ袋にもらった物を一度しまって立ち上がり、照れ屋な奏を探しに行く事にした。
その後笙悟は屋上で無事に奏を発見し、彼からもらったチョコレートを目の前で食べて見せて、盛大に慌て照れるその姿を見る事になるが、それは二人だけの心に残る、二人だけの秘密の話。
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