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水樹咲夜
2021-07-22 16:33:47
25027文字
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楽士エンド後やり直し
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絶望からもう一度2
Lucidとして現実を壊したはずが、何故か気付けば『卒業』した時に戻っていた部長の話。男主人公で、笙主です。
完結出来たら支部にも上げるかもですが、今の所べったーとべったープラスのみです。
2025.11 加筆修正
1
2
終焉の夢を見た。帰宅部の部長を任せたはずの少年が、楽士Lucidとして最後の最後で仲間を裏切り敵対した夢。彼一人で帰宅部のメンバー全員を倒し、現実を壊して終わらせた悪夢
……
いや、それは確かにあった、こことは違う世界の記憶だった。
突然現れたμにより、断りもなくいきなり訳のわからない記憶を思い出させられた。何かの映像でも見ているように脳内へと一気に流れ込む、自分のものではない自分の記憶に笙悟は混乱する。
「いきなり、何を
……
何なんだよ、この記憶は!?」
『ごめんね、突然で驚いたよね。でも、これがどこかの世界、どこかの時間のわたしや君から届いた最期の願いだったから』
「いや、訳わかんねぇよ
…
」
『えっと、上手く言えないんだけど、ここではない近くて遠い世界の想いの欠片、願いだけが強すぎてわたしまで届いたみたい?』
一気に溢れた知らないはずの記憶のせいかズキズキと頭が痛み、それに耐えつつ目の前で心配そうな顔をする白い歌姫を見る。
「その願いとやらで、何で俺の知らねぇ記憶が?」
『無意識に君もそれを受け取っていたみたいだけど、その記憶があるとわからないような状態になってたから。今、ちゃんと思い出せるようにしたの』
「
……
あれは、何なんだ」
『この世界じゃない並行世界、なのかな。想いだけが時間や空間を超えて届いたのかも。わたしにもハッキリとはわからないんだけど、ひとつわかるのは、彼が
……
その記憶の中心だった、東雲奏って人が今日メビウスに来た、って事だけ』
「そいつは、俺たちを裏切ってたアイツの事か」
『そうだけど違うよ、楽士どころかまだ彼は何も知らないし、苦しい事や悲しい事は何も見えない、ただ深く傷付いてここに来ただけの人だから。お願い、いじめないであげて!』
慌てたように必死でそう言うμに、つい溜息を吐いてしまう。思い出したのが記憶と、どちらかといえばプラス方向の感情だったせいか、ただ長くて心の痛みを伴う夢か映画でも見た、くらいの感覚だった。大切な存在に裏切られたという心の痛みや悲しみはあっても、憎しみや怒りなどはあまりない。
自分は知らないはずのその記憶が、自分のもののように馴染んでいく。心へ少しずつ染み込むように、自分が体験したような感覚になっていく。並行世界とはいえ、自分の記憶だからだろうか。その記憶に対して、拒絶反応すらないのも不思議な感じだった。
嫌な夢を見たような感覚だけれど、流石に何も知らない相手を殴るほどの怒りなんてわいてこない。どうしてあんな事を、という気持ちはあるが。思い出してしまったせいか本来顔も知らない相手のはずなのに、妙に強い思い入れは出来てしまった。
「別にいじめねぇよ
……
というか、並行世界の記憶なんてモンをわざわざ思い出させたのは、俺に何かしろって事なのか?」
『彼は、ここに来た時には現実で傷付きすぎて、引き寄せた並行世界の残骸の魂と融合させるしかなくて。しばらくは記憶が戻らないだろうけどちゃんと融合出来てるかわからないから、出来れば彼を近くで見守ってあげてほしいの』
「
……
記憶はいつ戻るんだ」
『もしもホコロビが見えるようになったら、ショックで同時に思い出すんじゃないかな。彼は多分、どうしても矛盾が強くて見えるようになりやすい人だから
……
何とかしてあげたいけど、思い出さないようには出来ないからいつかは見えてしまうと思う』
「まぁ、心に強い衝撃を受けるようなもんだろうし、その可能性は高そうだな。しかし、何で俺なんだ。そいつを見守るにしても、他にもっとしっかりしてる奴だっているはずだろ」
『初めて彼を助けた人で
……
彼が一番頼って、信じたかった人だから。お互いに心残りや、何か強い想いが残ってたんじゃないかな』
「頼って、信じたかった
…
ねぇ」
思い出した記憶の中では、むしろこちらが頼ってばかりだった。そうして頼り続けてわかりあったつもりになって、本当に彼と向き合っていたのかというと疑問が残る。遠くから見ているような感じで、ある程度冷静に自分や彼の事を見られるからそう思えるのだろうか。
奏は結局、聞かれなければ自分の事を言わなかったし、誰の事も頼らず弱音なども殆ど吐かず、誰にも甘える事はなかった。帰宅部の恐らく全員が彼の表面だけを見て安心していて、その本音も現実の事も聞こうとはしなかったのだろう。
皆が奏に好き勝手色々吐き出して、頼って甘えて勝手に立ち直っていった。その中で奏だけが誰かを頼る事も出来ず、信じる事も向き合う事も諦めて、最終的に裏切って現実から逃げてしまったのだとしたら。
「わかった、面倒事なんて正直他の奴に任せたいくらいだけどな。俺の所に来たって事は他の奴は知らねぇって事だろ」
『うん、影響があったのは君と、わたしが引き寄せる事が出来た彼の魂の残骸だけ』
「なら、仕方ねぇか
……
放っておいて、同じような事があっても困るしな」
『ありがとう!まだ彼は融合の影響で目を覚ましてないから、学校にも来てないんだけど、もし来たら見守ってあげてね!』
嬉しそうにそう言って、μはふわりと飛んで去っていった。相手がこの世界から出たがっている帰宅部の人間だろうと、並行世界を壊したかも知れない者だろうと、μは分け隔てなく心配する。優しく純粋なそういう部分はすごいとは思う、やり方が間違っていて、信じた者に問題があっただけで。
それにしても、面倒な事になった。並行世界の終焉の記憶なんてもののおかげで、本来は知り得ない色々な事もわかってしまった。笙悟は思わず頭を抱えて、そっと溜息をつく。
「俺には、荷が重すぎるぜ
…
」
自分の事だけで手一杯だというのに、きっとそれを見過ごす訳にはいかないんだろう。
「これは、何としてでもそいつが思い出したら『部長』をやってもらうしかねぇな」
負担を押し付けるだけではなく、今度はちゃんと彼の事も理解出来るように交流しなくては
……
自分にそれが出来るのかわからないが。それでも、記憶の中では出来なかった事を、せめて記憶の中の自分よりはもう少しでも出来るように。
東雲奏という生徒が一年生として登校してきたのは、その数日後だった。見守る、とは言っても笙悟と彼は学年も違うので正直簡単にはいかない。通り過ぎるフリをして何とか存在を確認する程度だった。
それでも、彼はまだホコロビが見えないまでも既に何らかの違和感はあるようだ。そのせいか時々疲れたように人のいない場所でぼんやりしていたり本を読んで過ごしている事も多いおかげで、何とかそういう時に物陰からそっと見守る事は出来ていた。
記憶の中の彼と違って、ここでの奏はあまり他者と交流する事なく一人で静かに過ごしている事が多い。物静かでとても大人しい優等生という感じで、話しかけられれば普通に受け答えもするし、微笑むと記憶の通りに雰囲気も柔らかくなる。しかし、自分からはあまり他人に関わらないタイプのようだ。これが『卒業』する前の奏だったのか、それとも残骸の記憶が無意識に作用しているせいなのかは、中庭で静かに本を読んでいる姿からはわからない。
終焉の記憶の中での彼は、いつも穏やかに微笑み、部長として皆を支え続けていた。その記憶の中で笙悟は何度か彼の内面に踏み込みそうになっては、何も聞かず見なかった事にした。無防備だったのか自傷行為だったのか、奏は聞かれれば隠す事もなく、両親を亡くした事や死のうと思った時にメビウスへ来た事などを雑談の中で話していた。
その時、奏ともっとちゃんと話していたら、もう少し何かが変わっていたんだろうか。そんな事を考えてみてもわからない。
『笙悟が後ろで見ててくれると思うと、何となく安心するんだ』
彼はよく笙悟をメンバーに入れて戦っていた。どうしてなのか聞けば、綺麗な微笑みと共にそんな答えが返ってきた。その言葉と笑顔までは、嘘ではなかったと思いたい。
記憶と共に伝わってくる『自分』の感情は、温かく穏やかな親愛と、少しずつ彼に惹かれ募っていくのに目をそらしていた強い恋愛感情。そして彼に裏切られた事を理解した時の衝撃と、何故自分ではなくそいつに味方するんだという身勝手な独占欲のような気持ちだった。
もしも裏切られた時の殺意や憎しみ、怒りや悲しみや苦しみなどの感情が記憶と共に伝わっていたら、こんな風に静かに見ていられなかったかも知れない。好意や独占欲だけでも妙に気持ちがざわつくというのに。
「
……
あの、俺に何か?」
相手が本を読んでいたからあまり隠れもせず、考え事をしながらついじっと見ていたせいだろう。流石に気付かれてしまったようだ。笙悟は内心で慌てながらもバレてしまったならと近くに歩み寄って、何とか怪しまれないよう言葉を探す。
「あ、ああ、いや、何かこんな所でずっと一人で本読んでる奴がいるなと思って。本好きなのか?」
「本を読んでると、その間は色々忘れられるので気持ちが落ち着くんです。本に逃避してるようなものかも知れないけど」
「その、嫌だったら言わなくていいんだが、何か忘れたい嫌な事でもあったのか?」
「
……
夢を見るんです。両親を喪う夢と、俺が
……
誰かを裏切って、撃って、世界を終わらせる夢。夢なんだけど、妙にリアルで辛いというか、そのせいであまり眠れていなくて」
両親を喪う夢は、恐らく奏の現実で本当にあった事だろう。しかし、世界を終わらせる夢、というのは融合されたという残骸の、現実を終わらせた時の記憶だろうか。確かに眠れていないのか、こうして近くで見ると顔色が悪い。
奏の魂はメビウスへ来た時には傷付きすぎて、残骸の魂と融合させるしかなかったとμは言っていた。それなら今の『東雲奏』はどちらなのか。融合しているという事は、区別もなく完全に混ざり合っているという事なのか。
「夢見が悪いのは辛いだろうな」
「あ、ごめんなさい、変な話をしてしまって」
「いや、こっちこそついじろじろ見て悪かった。別に驚かせる気はなかったんだが」
「大丈夫です。それに、話したら少し気持ちが楽になりました。ありがとう、しょう、ご
……
?」
奏の唇から彼が知らないはずの自分の名が零れ落ちて、思わず笙悟は驚いて彼を見る。しかし、奏の方も驚き戸惑ったように自分の手で口を押さえ、虚ろな瞳で怯えたように顔色を失っていた。
「これは、誰の名前
……
違う、知っている名前だ。笙悟は、みんなは、俺が
……
なのに、何で」
「おい、大丈夫か?」
「どう、して
……
俺は、ここに」
「しっかりしろ、って、おい!」
がくりと急に力を失い座っていたベンチから落ちかけた奏に駆け寄り、倒れ込む前に何とか支えて顔を覗き込む。ぼんやりと虚ろな銀灰色が一度笙悟の顔を見上げてきて、その表情が泣きそうに歪む。
「ごめんなさい
……
」
何に対しての謝罪なのか。そのまま彼は笙悟の腕の中で意識を失ってしまったので正確にはわからない。けれどそれは、仲間を裏切って現実を壊した者としての言葉に聞こえた。
「そんなに泣きそうに、血を吐くような声で謝罪するくらいなら
……
どうしてお前はそんな事をしたんだよ」
問いかけても、意識を失った奏は何も答えない。それでも、そう問いかけずにはいられなかった。終焉の記憶の中で、奏が狂ったのでも洗脳されたのでもなく、正気で仲間を裏切り現実を壊したのはわかっていた。それなのに罪の意識がそこまであったなら、何故そんな事を。
「とにかく、ここで寝かせとく訳にもいかねぇな」
意識を失った奏をそのままここに放置する訳にもいかず、笙悟は彼を背負って保健室へと向かう。幸い誰もいなかったので、そっと奏を保健室のベッドに下ろし靴を脱がせて横たえた。顔色は相変わらずよくないが、先程までよりはマシに見える。夢のせいであまり眠れないと言っていたし、倒れたのも体調が悪かったせいもあるかも知れない。
そのまま置いて去るのも何となく気がひけたし、いつの間にかそっと上着を掴まれていたので、結局近くにあった椅子に座りもう少し様子を見る事にする。
「
……
ごめん」
ぽつりと奏がまた何かに向けて、眠りながら謝罪する。背負った体は見た目から考えていた以上に軽かった。マトモに食事をしてるのかわからないし、顔色もマシになったとはいえまだ悪いままだ。いくらここがメビウス内とはいえ、こんな状態で体がもつとは思えない。眠りながらうなされ、誰かに助けを求めるように彷徨うもう片方の手を、笙悟はしっかり握ってやる。
許すとは言えない、記憶にあるように並行世界でお互い傷付け合ったのは確かなのだろうから。そして多分、彼はこんな風に何度も謝罪しながらも自分が許される事を望んではいない、そんな気がする。
「いいから、今は何も気にせず、ゆっくり眠っとけ」
奏の手を握っていない方の手でそっと頭を撫でて、夢の中まで届くよう優しく言い聞かせるように耳元で囁く。それで少しは安心出来たのか、彼の体から力が抜け、表情も穏やかになった。やがて呼吸が安らいだ寝息に変わっていくのを見て、笙悟はホッとする。
この不安定さと弱々しさは、罪を無意識に感じているからなのか、それとも出逢う前の本来の彼はこうだったのか。ホコロビが見えるようになった後の奏の記憶しかない笙悟にはわからないが、断片的に聞いた生い立ちや現実で死のうとするほどに追い詰められた精神状態なら、弱々しくもなるかも知れない。
「どれがお前の、本当の姿なんだ」
いつも穏やかに優しく微笑んで皆を支えていた部長の姿か、仲間を裏切り現実を壊した楽士の姿か、優しいが大人しく弱々しい今の姿か。終焉の記憶からだけでは、きっと奏の本質は見えないのだろう。
記憶の中の『自分』は、奏の心に踏み込まなかった
……
いや、踏み込めなかった。知る機会は何度もあったのに目をそらした。自分にはそんな勇気はなかったし、奏の本当の気持ちや闇、その深層にあるものを受け止める度胸もなかった。それどころか自分の事に手一杯で、傍らで優しく微笑む少年が、一体何を思い何を考え何に苦悩しながら帰宅部にいたのかすら知ろうとしなかった。
今の自分にもそれはよくわかる。自分に余裕がないのに、誰かに手を差し伸べてそれを受け止められるような奴なんてそういないし、少なくとも自分には無理だろう。
けれど、奏はずっと皆に対してそうしていた。もし彼もまた自分に余裕がないのに、皆に頼られ手を差し伸べて受け止めていたのだとするなら、それはどれほどの負担だったんだろうか。
自分の事は誰にも言わず、聞かれず、知られる事もなく、弱音も吐かず
……
ただ人を支え続ける。もしかすると、そのまま彼の心に限界が来てしまったのではないのか。
『俺は、帰らない』
記憶を探って、笙悟は改めてもう一度夢を思い出すように、裏切られたあの時の記憶を思い起こす。今度は奏の行動と言動だけを思い出すように意識しながら。
『私は楽士としての役割を果たさなくてはならない。君たちに、μとソーンを止めさせはしないよ。さぁ、最後の仕事をしようか
……
止めたいなら殺す気で来い、帰宅部』
楽士として立ち塞がった彼はあえて悪役を演じるように、自分へと皆の怒りと憎しみを集めるよう嗤いながら正体を明かし、仲間だった者たちへとその両手の銃を向けた。
もしかしたら、彼は自分たちを止めてほしかったのだろうか。夢を見るようにその記憶を思い出しているだけの笙悟だからこそ、そう思うのか。
『残念だよ、君たちの帰りたいって気持ちは、もっと強いと思っていたのに。これではもう止まらない
……
止まれないんだ』
『
……
おやすみ。もう頑張らなくていい、起きた時には全て忘れているのだから』
仲間だった者たちを冷静に一人一人、回復が使える者や厄介な技を持つ者から倒していき、倒れた者たちへと慈しむように優しく言う。その時には煽っているように聞こえた言葉は、仲間たちへの歪な慈悲だったのか。
『みんなが見ていた俺なんて、ただみんなが俺に重ねていた理想の姿なんだ。俺には、無理だ
……
帰りたくない、あんな、現実なんかに』
そうして最後に笙悟と向き合った時、全て装うのをやめた彼がぽつりと呟いた言葉は、どこか空虚で絶望感に溢れていた。
『どうしてみんなは俺なんかを信じてしまったんだ。疑わしいと思っていなかったのか?楽士だとほんの一欠片すら疑わなかった?俺の現実すら知らないのに、知ろうとしなかったのに、俺の何を信じていたんだ』
『ここでも現実でも、結局
……
俺は、誰かの身代わりになるか、誰かの理想を重ねられるしかないんだ』
顔を隠す髑髏に透明な姿、それを更に覆い隠すように黒い衣装で身を包んだ楽士Lucid。帰宅部の部長だった奏が楽士として過ごしていた姿は、顔どころか見た目や性別など全てを完全に隠していた。
だから、その時彼がどんな表情をしていたのかはわからない。けれど、銃を向け怨嗟を吐き出す笙悟に双銃を向けながら、同じように奏も心を吐き出していた。笙悟とは正反対に叫びもせず、嘆きと諦めを滲ませながらもただひたすらに、凪いだ海のような静かな声で。
『もう俺なんていらない、現実なんていらない。誰も、何もいらない。μの見せる優しい夢の中で終わりたい』
『現実なんて壊れてしまえばいい
……
あんな地獄なんて、どうなろうが知った事か』
『俺はここに来ないで、独りで死んでおくべきだったんだ。そうすれば
……
こんな事には』
『わかってる
……
現実を壊したって意味はない。これはみんなを巻き込んだ心中みたいなものだって。それでも、俺は』
『
……
ごめんなさい』
そこで記憶は途切れている。多分、奏の謝罪の言葉と共に倒されて意識を失い、その後は殺されたか洗脳されたかまではわからないが、何にしろそこでその世界の笙悟は終わったのだろう。何とも苦い気持ちになるが、とにかくそこで吐き出していた言葉が、奏の本当の心の一部だったのかも知れない。
「皆が見ていたのは理想の姿、か」
彼の優しさや穏やかさなど、全てが理想を演じていたとは思えない。むしろ、優しくて真面目だからこそ、他人からの期待と理想を無理にでも背負い続けていたんじゃないのか。そのまま自分の弱さすらどこにも吐き出せないまま、最終的に諦め潰れてしまったのではないか、と笙悟は思う。もしかしたらこう思うのも、ただ彼に理想を押し付けているだけなのかも知れないけれど。
そうして、奏は思い出していない今ですら、裏切った仲間たちと壊した世界へ向けて、自分を許せないまま謝り続けている。思い出さない方が、きっとまだマシだろう。ただの悪夢なら起きれば逃れられる。けれど、奏の見る悪夢はどちらも彼が体験した事、目を醒ましてもただ地獄が続くだけだ。
「
……
俺には、何が出来るんだろうな」
現実という地獄から逃げて、ここも地獄になったから、ただここよりは安全な現実へ逃げたかっただけ。思い出してしまった記憶によって、本来なら知らなかった色々な事がわかってしまったけれど、やはり自分には荷が重いとしか思えない。記憶の中の自分が前を向けたのは、ただ傍らでそっと支え続けてくれた部長である奏がいたからだ。そんな自分に、一体何が出来るというのか。
「
…
う、ぅ」
そんな風に考え込んでいるうちに、小さくうめいて奏がうっすら目を開ける。まだぼんやりしているその銀灰色の瞳が笙悟を見て、次に部屋を確認するように見る。
「ここ、は
…
」
「目が覚めたか、話してたらいきなり倒れるから驚いたぜ。ここは保健室だよ」
「
……
倒れた?」
「覚えてねぇか?」
「えっと
…
たしか、本読んでた時に話してて
…
何故か、意識が」
「そうだ。夢のせいで眠れないって言ってたし、多分寝不足で倒れたのかもな」
「どうして、その、ここにいてくれたんですか?」
「ああ、服を掴まれてたし、何かうなされてたみたいだったからな。ほっとくのも何となく後味悪いだろ」
「服
……
あ、ご、ごめんなさい。しかも俺、手まで握って」
ようやく自覚したのか、慌てて服を掴んでいた手を離して、気まずそうにしながら起き上がる。手の方は笙悟が握ったままだからか、離していいのかどうしたらいいのか、握ったり開いたりしている。嫌という訳ではなさそうだが、自分から助けを求めて手を掴んでしまったと思って混乱しているらしい。
「も、もう大丈夫、です。その、お恥ずかしい所を、というか
…
あ、授業まで始まっちゃってる。もしかして、俺のせいでサボらせてしまいましたか
…
?」
「そんな恐縮しなくてもいい、授業はどうせどっかでサボるつもりだったしな」
「この学校、何故かそういう人多いらしいし、いいのかな
…
μのライブある時とか人が一気にいなくなったりするし。あれは、どうしてだったっけ
…
」
笙悟の言葉に、奏は不思議そうに呟いて首を傾げる。違和感が大きければ大きいほど、疑問を持てば持つほど、『卒業』しやすくなるだろう。どうせいずれは夢から醒めるとしても、わざわざそれを早くする必要はない。
「体調よくないんだろ、あんまり考え込むなよ。それじゃ、俺はもう行くけど、お前はもう少し休んどけ」
そっと彼の手を離してぽんと肩を叩いて椅子から立ち上がり、これ以上奏が色々思い出してしまわないよう退室する事にした。
「あ、あの、ありがとうございましたっ!」
慌ててそう言って頭を下げる奏に軽く手を振り、保健室から出て一応帰宅部の部室の方へと向かう。本当はまだ何も知らない彼ともう少し話してみたかったし、体調のよくない奏をあのまま一人にするのも心配ではあったけれど。恐らく彼の記憶を強く刺激したのは笙悟の存在だろうから、あまり長く傍にいるのも悪いと思った。
しかし、顔を知られてしまったから、今後は見守るにしてもどうするべきか。変に隠れても見つかりそうだし、堂々と見ていてもまたバレるだろう。前の記憶と違ってそこまで積極的に関わってくるかはわからないが、見つけたら話しかけてくるくらいはするだろう。
「まぁ、なるようにしかならねぇか」
結局、その後奏に話しかけられ改めてお礼を言われお互いに自己紹介をしたり、時々見つかったりたまに堂々と話したりしながら、しばらくは平穏に時が過ぎていく。初対面の時以降も奏は思い出しかけたり、そのせいで体調を崩したりはしたものの、完全に思い出すという事もなかった。やはり『卒業』する程の強いショックがなければ思い出せないのかも知れないと、笙悟は少し安心していた。
そうして、奏が来てから約半年
……
また卒業式と入学式がやってくる。学年が変わり、繰り返す高校生活の中で、笙悟は三年生になった
……
終焉の記憶の中と同じように。
「
……
あ、あぁ、そんな、どうして」
入学式で祝辞を担当していた二年生の少年
……
奏が、壇上に来た『新入生』を見て、周りを見回して、驚いたような絶望したような表情で頭を押さえて震える。記憶にあるのと同じように見えて、違う。視線は確かに帰宅部の者の顔を正確に捉え、そうして泣きそうな顔で怯えたように首を振る。
「
…
っ、あ、俺は
…
うあぁっ!」
彼の表情にあるのは強い罪悪感と混乱。そのまま奏はその場から逃げるように駆け出した。笙悟は何事かとざわつくその場からこっそり抜け出し、『卒業』しただけではなく思い出してしまった記憶で混乱しているだろう彼の後を追う。もしも無意識に、または意識的に記憶を辿っているなら、記憶と同じ場所にいれば出逢えるかも知れない。
やがて記憶と同じように笙悟がいる場所へ走って逃げてきた奏はまだ混乱したままだったようで、笙悟を見て怯えたように後退り、罪悪感に満ちた表情で小さく震える。仕方なく咄嗟にその胸倉を掴み、記憶のままに頭突きをくらわせた。それが思っていた以上に痛くて双方ダメージを受けたものの、とりあえず奏はそれで少しは冷静になれたようだ、頭を押さえて涙目ではあるが。
「痛かったけど、おかげで混乱はおさまった、かも知れない。ありがとう」
「予想以上に痛ぇのはこっちもだったが、まぁ落ち着いたならよかった」
「色々と
……
驚く事ばかりで。えっと、初めまして、かな、多分。ちょっと、色々あって記憶が混乱してて。俺は、東雲奏です」
「ああ、まぁそうだろうな。俺は佐竹笙悟だ。詳しい話は、ここだと奴らが」
実際には初めましてではないが、残骸の記憶とこちら側の記憶、双方の現実とメビウスでの記憶が入り混じってしまってよくわからなくなっているんだろう。しかも思い出してしまった記憶だけではなく感情など色々入り混じっているのだとすれば、そうなるのも仕方ない。そう思いながらお互いに軽く自己紹介をしていると、不意に割り込んでくる意外と大きな声。力を失い小さくなった歌姫、記憶で見た通りの元気な声に、小さな体でよくそんな声が出るものだと思うが、奏を探してる奴らが周辺にいる今は困る。
そう思って止めたものの、案の定アリアの大きな声により奏を追っていたデジヘッドがやってきて、記憶にあるのと同じようにアリアが奏の心に触れて『調律』を始めた。
「これ、は
……
」
アリアの調律により発現したカタルシスエフェクトは、身体を貫く黒い杭のようなものと両手にある二丁の拳銃の形以外は、記憶の中の彼とはかなり違うものへと変化していた。
二丁拳銃についた鎖が手首や腕、首へと巻き付き、そこから更に全身へと二匹の蛇のように絡みつく。一部が透明化した手足、制服は楽士の時のような黒い衣装へと変わり、胸に咲く花も種類が増えている。楽士としての姿と、彼の罪悪感を鎖として戒めたようなその姿は、以前の彼との違いを体現しているようで哀しく見えた。
笙悟も驚いたが、奏自身も発現した自分の姿を見て僅かに驚き、そうして自嘲するように微笑む。
「
……
そうか、コレが今の俺の貌なんだ」
前と違う姿でも問題なく動けるらしく、手早くデジヘッドを倒した奏を連れて、帰宅部で勝手に使っている音楽準備室へ向かう事にした。
そこで帰宅部のメンバーを紹介すると、奏はまた罪悪感から混乱してしまうかと思っていた。けれど彼もしっかり覚悟していたのか、一瞬だけ俯き申し訳なさそうな表情を浮かべたものの、それ以上は取り乱さないよう静かに微笑んで耐えているように見える。
そうしてそのまま記憶と同じく皆で楽士を探しに行く事になりそうだったが、部室を出ようとした所で控えめに奏が笙悟に声をかけてきた。
「あ、あの、その前に笙悟
…
先輩に、少し教えてもらいたい事があって」
「ん、俺にか?あー、じゃあ、皆はちょっと先に行っててくれ」
「
……
俺はいざって時には戦えるし、一応一人くらいなら守れるから。アリアはみんなについてって、危険な事がもしもあったら俺の時みたいに力を貸してあげて?」
『わかった。YOUも行動する時は気を付けてね』
「うん、ありがとう、アリア。後で合流するから」
そうして二人だけになって、奏は少し迷った後、緊張した表情で笙悟を見つめてくる。
「笙悟
……
俺、ここでの記憶をちゃんと思い出したんだけど。その、俺と笙悟って本当は、さっきが初対面じゃないよね」
「ああ、お前が『卒業』する以前から時々会ってるな」
「
……
どうして?俺は、その時はまだホコロビとか見えたりはしてなかった。帰宅部のメンバーを集めているにしても、その頃には笙悟に注目されるような存在じゃなかったはずだよね。なのに、どうして俺をいつも見ていたんだ」
笙悟もまた迷いながら、少しの間言葉を探す。誤魔化す事も出来なくはないだろう、けれどそれではきっと彼の本当の信頼は得られない。酷く奏の心を傷付ける事になるかも知れないし、余計にその罪悪感を増やす事になってしまうだろう。それでも、終焉の記憶と同じようになっては、思い出させられた意味がなくなる。
記憶の中の笙悟が最期に願っていたのは、出来るなら奏との出逢いを最初からやり直し、こんな選択をさせないようにしたい。もしも同じような選択をするなら、裏切る前に今度こそ殺してでも止めてやりたい。いや、そうなる前にもっと彼の事をちゃんと知って、向き合っていたら。そんな想いだった。
「俺には、記憶がある。まぁ、記憶といっても夢の中で見たような感じではあるんだが」
「
……
記憶って、一体何の」
震える声で聞きながらも、何となく言われる事の予感はするのか、奏の身体は聞きたくないと言うように無意識に逃げたがって後退る。その腕をしっかり掴んでそれを阻止しながら、笙悟はあえて奏のその心に深く傷を付けるように言う。
「お前に裏切られた、お前が壊した世界の記憶だよ」
びくりとして青くなり怯え震えながらも、罪を自覚し罰を受け入れる者のような表情で目を伏せ、その身体から力が抜け抵抗が消える。ここでもし笙悟に殴られたり、何らかの断罪をされる事になってもいい、反撃する気はない。むしろ断罪される事を望んでいる、奏はそんな表情をしていた。
「勘違いされると困るから先に言っておくけどな、別に俺はお前を断罪する気はないし、攻撃する気も責める気もない」
「どう、して」
「思い出したのは記憶だけだからな。まぁ、記憶でも多少気分は悪かったが、恐らく色んなものを引き継いだお前よりはマシだろう」
本当は一部の感情も同時に思い出しているけれど、それを言う必要はないだろう。アレは、笙悟の個人的な想いなのだから。
「笙悟は、俺が何故ここにいるのか、知ってるの?」
「お前、μに説明されてないのか」
「気が付いたらここにいて、俺としてハッキリ自覚したのは何故かホコロビが見えるようになった時の入学式で
……
お願いだ、何か知ってるなら教えてくれ!」
必死に、縋るようにそう言って見つめてくる。それはそうだろう、μに説明もされてなければ、記憶の混乱が起きて訳がわからず心細くもなる。笙悟が終焉の記憶を思い出させられた時は、μが一応は説明をしてくれたから何とかなった。しかし、いきなり記憶が戻って、しかも並行世界の記憶と入り混じっていて、その状態に何の説明もされなければ不安でおかしくなりそうな精神状態にもなるだろう。
「俺にも詳しくはわかんねぇよ。でもμが、この世界のお前が傷付きすぎてたから、残骸のお前と融合させるしかなかったとか何とか言ってたぜ」
「
……
じゃあ俺が、この世界の俺を、乗っ取ったって事なのか」
「違うんじゃねぇか、どっちの魂も壊れかけてたなら、そうする事で助けようとしたんだろ。こう、臓器移植とかみたいな感じか?わからねぇけど」
「μにちょっと会えた時言ってた、安定してるって、そういう事だったのか」
「それで、お前はどっちなんだ。帰宅部を裏切ったお前なのか、それとも来た時には壊れかけてたって方のお前か」
「殆ど境目もなく入り混じってるみたいだけど、笙悟たちを裏切った記憶がとても強いし、自我もそうだから、大半は
……
楽士として、終わらせた方の俺だと思う」
「記憶とカタルシスエフェクトが違う姿なのも、そういう事か」
記憶の中の彼のカタルシスエフェクトは、もっとシンプルなものだった。全身に絡み付く鎖も、楽士の時を思い出すような姿も、今の彼の強い罪の意識から出て来たものなんだろう。
「
……
本当は、記憶がある笙悟に俺を断罪してほしかったのかも知れない。でも、逃げずにちゃんと向き合って、償わなきゃ。俺が本来いた世界が戻せる訳じゃないけど、ここはまだ変えられるはずだから」
「そんな事じゃ潰れるぞ、今度こそ帰るんだろ」
「そう、だね。今度こそみんなを帰さなきゃ」
「お前も帰るんだよ、そうだろ」
「俺
……
帰れるのかな」
彼は俯いてぽつりとそう呟く。その言葉に、笙悟も不安になってくる。今の奏の魂が、壊れかけたもの同士を融合させて修復させたのだとして、ちゃんと現実に帰す事が出来るのか。μなら帰す事が出来ると思いたいけれど。
「ううん、今は考えないでおくよ。もう既に前と同じではないから、どう進むべきなのか考えなきゃいけないし。色々考えなければならない事だらけだ」
「またお前は、楽士になるつもりなのか?」
「それ、は
……
難しい、と思う。楽士やμ相手だと、帰宅部のメンバー相手以上に装うのが難しい。μには伝わってしまうだろうし、鋭い者もいるだろうから」
「
……
なぁ、お前はどうして、あんな道を選択したんだよ。今のお前を見ていると、とても心の底から現実を壊す事を望んだような奴とは思えねぇんだが」
問いかけてみると、彼は困ったように微笑んで小さく首を振る。
「壊す事を望んだよ。みんなから俺はどう見えていたのかわからないけど、俺は両親を奪った現実が大嫌いで、苦しい事や悲しい事ばかりの世界が大嫌いで、傷と痛みと孤独しかない現実には帰りたくなかったから」
「俺たちが見ていたお前は理想の姿、だから俺たちが信じられなかったのか?」
「
……
信じたかった、でも、理想の姿を重ねられているとわかっているのに、現実に帰るのは怖かった。本当の俺なんてきっと誰もいらないだろう、俺もいらない。だから、全部壊して俺も終わって、早く楽になりたかった。ただ、それだけだ。それだけで、そんな理由で選んだ
……
酷い人間なんだ、俺は」
終われなかったのは自業自得かも知れないな、奏はそう自嘲するように呟いて、苦笑しながら笙悟を見上げる。
「そんな記憶がある状態で、俺と行動するのは嫌だろう。今後俺は単独行動して、楽士たちを全員倒して、μが暴走する前に何とか話をつけて帰宅部のみんなを帰せるようにするから
……
だから、この手を離してくれ、笙悟」
「お前は冷静そうに見えて、精神的に追い詰められると一人で極端へ走るタイプみたいだよな。元から自分が嫌いなようだが、罪悪感で余計にそうなってるのか」
「そう、だよ。俺は自分が誰よりも何よりも一番大嫌いだ。いつも一人で生き残って遺されて、置き去りにされて
……
みんなを裏切って全部壊してしまったのに、これじゃ、俺が生きてちゃ駄目なんだ。だから俺は、贖罪しなきゃいけない、せめてこの世界はどうにかしなきゃ」
その表情も銀灰色の瞳も虚ろで、罪悪感と責任感で縛り付けられ、冷静さを失っているようにしか見えない。きっと今この手を離したら、今後誰にも関わろうとせず一人で何とかしようとするだろう。
そんなのはダメだ、許さない、もう逃さない、裏切った癖にここでも更に離れようとするなんてそんな事はさせない。離れさせはしない。今度こそ一緒にいなければ。
笙悟の心の中で何かがそうわめく。裏切られた記憶と感情から伝わった独占欲なのか、それとも記憶を見た事で彼への思い入れが深くなった自分の感情なのかわからない。ただ、離れたくないと思う。自分にはそんな資格はないと思いながら、それでも離したくない。その感情のままに引き寄せ、しっかりと逃さないように、離れないよう抱き締める。
「え、な、何で
……
離してって」
「お前なぁ、これから一人で無茶しますって言われてはいそうですかと離す訳ねぇだろ。それと、俺の気持ちをお前が勝手に決めるんじゃねぇよ、一緒に行動するのが嫌だなんて俺がいつ言った」
「でも、記憶あるんだろ、そうしたら嫌だと思うんじゃないのか。俺はみんなを、笙悟を裏切ったんだよ?」
「それを一番気にしてんのは、俺じゃなくお前自身だろうが。許されないと思ってる癖に謝り続けながら、単独行動して無茶をしてでも何とか俺たちを現実に帰して、そうして贖罪の最後に自殺でもする気かよ、この死にたがりが」
そう指摘してやると、奏は驚いたように目をみはり、視線を彷徨わせた後表情を隠そうとしているのか俯いた。
「図星か。じゃあ余計に離してやれねぇな」
「どうして
……
前は、深く関わろうとしなかったのに、何でそんなに」
「確かにそうだな、本当に俺はどうしようもねぇ。記憶の中の俺はいつも、お前の心に踏み込む勇気もなく目をそらして、都合のいい理想だけ押し付けてた。そうして記憶のある今は強引に関わろうとしてる。本当にどこまでも自分本位でしかねぇよな、こんな俺じゃ、お前が戸惑うのもわかるよ」
「自分本位とは思わない
……
むしろそれは俺の方だろうし。ただ、戸惑ってはいる、嫌って関わらないならわかるんだけど、笙悟はそうじゃないみたいだし」
「俺にあるのは記憶だけだが、でもな、『今度』は間違えないように、ちゃんとお前と関わりたい。俺は頼りねぇし、すぐに精神がぐらつくような情けねぇ奴だ、お前が信じられなかったのも仕方ねぇよな。だけど今度こそ、都合のいい理想でもなく、上辺だけでもねぇお前と、奏と向き合いたいんだよ」
「お、俺の本当なんて、誰も」
「お前は俺が心中から逃げた三十代の引きこもりニートだって知ってるだろうが。俺の本当だって誰もいらねぇだろ。でもお前は受け止めてくれた」
恥も外聞もなく必死にそう言い募る。どうしてこんなに必死になるのか、自分でもわからない。記憶だけとはいえ裏切られたのだから、彼の言うように嫌って関わらない方が普通なのかも知れない。裏切られたという気持ちが、執着に変わっているだけという可能性もある。
それでも、終焉の記憶で彼の嘆きと諦めと空虚を知ってしまった。この世界でその弱さを僅かでも見てしまったから、そんな顔で離れていくのは嫌だった。それに、『自分』に見せたあの綺麗な微笑みが見たいとも思う。
「独りで行くなよ、俺に今度こそ本当の奏と向き合うチャンスをくれ」
「
……
っ、ああもう、何でそんなに。わかりました、もうこれ以上続けられると何かもう照れくさいしどうしていいのかわからないし、俺がダメになりますから!」
脱力して溜息をつく奏の顔はすっかり真っ赤になっていて、そんな顔を見るのは珍しくてつい見つめてしまう。
「な、何でそんなに見るの」
「いや、お前のそんな顔珍しくてな」
「
……
俺と向き合いたいなんて言ってくれる人は、笙悟が初めてなんだから。そりゃ照れるくらいするでしょ」
「え、帰宅部と
……
あと楽士か?それにあちこちで話してる人間が山ほどいたはずなのに、お前と向き合おうって奴が、初めてだと?」
思わずそう言ってしまうと、彼は困ったように微笑むだけで肯定も否定もしない。けれどそれは肯定と同じだろう。帰宅部と楽士、ついでに数多くの生徒と関わっていただろう奏が、全員からただ理想の姿を無意識に求められ、それに応えようとしていたとしたら。
手を差し伸べたのも、理想に応えようとしたのも奏の選択だったとしても、それが積もり積もれば潰れもするだろう。人の願いを叶えたいと頑張っていたμならそれでもよかったかも知れないが、彼はただの人間だ。強い訳ではないのに弱くもいられなかったから、最後の最後まで壊れきる事も出来ずに心をすり減らした人間の末路が、あの選択だったのか。
「
……
笙悟、あんまり俺に優しくしちゃダメだからね」
「なるほど、お前Mだったのか?」
「真面目に言ってるんですが!?」
「俺も真面目に言ってるんだけどなぁ。俺に断罪されたいとか言ってたし、断罪されたい死にたがりのドMか?」
「そ、それは、そういう意味じゃなくて!いや、今はそんな話でもなくて!」
どうやら本来の奏は、つつくと動揺も混乱もすぐに表情に出てしまうらしい。慌てて何とか平静を装おうとしているが、仮面を被るのに失敗しているようだ。
「俺は弱いし、他人への恋も愛も信じ方も知らない。今まで殆ど誰かに手を差し伸べられたりしなかったし、本当の俺と向き合おうとするような人だって、現実にもメビウスにもいなかった。だから、その、もしも優しくされたら、きっとダメだ」
「じゃあ、優しくしたらどうなるんだ?」
「わ、わからない、けど
……
心が簡単にぐらつくだろうし。それにきっと、今よりも笙悟を好きになっちゃう、のかな」
「
……
それは別にいいと思うが」
「そう?心がぐらついても、今より好きになってもいいものなのかな」
恋も愛も信じる事も知らないけど、好きはわかるし照れずに言うんだな、と思いながらも頭を抱えたくなる。そうしてどう答えようかなと笙悟が考えながら、ふと視線を感じた気がして扉の方を見ると、妖精のような歌姫が開けたままの扉に半分隠れるようにしながらこちらを見ていた。
「なっ、あ、アリア!?」
『
……
YOUたちは何をしているのかね?』
「え?お、おはなし
…
かな?」
『WIREに返事もせずに、何を二人きりでイチャついとるんじゃーい!』
「い、イチャついてる訳じゃねぇ!」
『じゃあ何で抱き締めてんの?』
「それは
……
こいつが、一人で楽士探しに行こうとしてたからで」
「WIRE
……
そうだ。俺まだみんなのWIRE知らない。多分笙悟の方じゃない?」
「
……
あ、本当だ。全然気付かなかった」
慌てて確認してみると、WIREの通知がいくつも表示されていた。
『全然返事がないから、とりあえずアタシが先行して戻ってきたら、何か密着して親しげに話してるしー!』
「だから、それは奏が一人で行こうとしてたからであって
……
もう無茶な事考えんなよ、いいな、離すぞ?」
「う、うん、わかった」
一応念を押してから、奏が頷いたのを見て解放する。
『YOUたち、何か親しいみたいだけど、実は知り合いだったりする?』
「あ、うん。落ち着いて考えてみたら、ホコロビが見える前から笙悟と会ってたのを思い出したんだ」
「こいつが倒れた時、近くにいてな。保健室に連れてった縁で、時々話したりしてたからな。さっきはどうも『卒業』したせいか奏の記憶がややこしく混乱してそうだったから、初対面という事にしといたが」
『倒れたって
……
さっきも顔色悪くなったりしてたし、もしかしてYOUは病弱な子だったりする?』
「病弱という程ではないけど、まぁ体強くはないしどちらかというと弱い方かな
……
不健康とかの方だと思うけど」
『ふーむ
……
一人で無茶しようとしてたらしいし、YOUはその落ち着いた外見や雰囲気の割に、もしやなかなか危なっかしい子だね?』
「危なっかしくないです」
「孤独だったり精神的に追い詰められたり煮詰まったりすると、ぐるぐる悩んで考え込んで更に自分を追い詰めて、極端から極端へと突っ走って、最終的にとんでもない方向に行って自滅するタイプの、この見た目と武器のクセに猪突猛進で危なっかしいバーサーカーだな」
「笙悟先輩、俺の事そんな風に見てたんですか」
「色々と見て客観的にそう思ったんだが」
不服そうな顔をしつつも、どうやら多少は自覚があるようで反論はしてこない。まぁ記憶の中の出来事だけでなく、さっきも笙悟が止めていなければそのまま極端から極端へと突っ走って自滅しようとしていたから、文句があっても何も言えないんだろう。
何も言えない上に不利だからか、話を変える事にしたらしい。奏はアリアの方を見て問いかける。
「えーと、先行して戻ってきたって事は、みんなも戻ってくるの?」
『楽士らしい情報もないし、YOUたちは動いてんのか動いてないのかもわからないし、とりあえず一回戻ろうってなったんだけど。動いてなかったねぇ』
「ご、ごめん、つい話し込んじゃって。
……
そう言えば、楽士の曲も流れてないね」
それは多分、鍵介
……
カギPの標的が奏だからだろう。目の前で逃げ出したからなのか、それとも奏の心にあった迷いや現実へ帰りたくない気持ちを何となく察していたのか、カギPは特に奏を標的に定めていたようだったから。
「笙悟、WIREに返事しなくて大丈夫?」
「まぁいいだろ、戻ってくるらしいし。あ、忘れないうちにWIRE教えとかないとだな」
WIREを使えるようにした途端、奏は笙悟先輩と話し込んでしまったとグループのWIREで謝罪し、ごく普通に笙悟のフォローをし始めた。やはり『部長』として皆の理想を装ってたというよりは、元から真面目なお人好しで他人を放っておけない、色々自分で背負い込んでしまう性分なんだろうとしか思えない。
そうこうしているうちに皆戻ってきて、二人して呆れられたり文句を言われたりしたのは、まぁ忘れていたし気付かなかったこちらが悪いから仕方ない。
「笙悟たちがサボってる間にあちこちで聞いてみたけど、情報出てこないし、これからどうする?」
「サボってたとかじゃないんだけどな。まぁいい、奏はどう思う?」
「うーん。俺たちがいない状態で帰宅部のみんなが動いてても特に反応がなかった辺り、やっぱり俺がターゲットなのかな。俺だけは確実に顔バレてるし」
「だろうな。確実に誰よりも目立ってたし」
「目立ちたかった訳じゃないんだけど。とにかく、本当に楽士のターゲットが俺なら、俺一人で行動してみて囮になればいいんじゃないかと思うんだ
…
」
「だから、お前一人に無理させるような事、許可しないってさっきから言ってるだろうが」
『あー、そういう事言ってたから笙悟があんな風に捕まえて止めてたんだねぇ。いくらカタルシスエフェクトを使えるのが今の所はYOUだけだからって、一人で無理するのはダメだよ』
「その方がみんなは危ない目にあわないからいいと思ったんだけど
…
」
アリアにもそう言われ、困ったように首を傾げる奏を見つめ、笙悟は更に一応釘を刺しておく。
「どうしても一人で囮役をやりたいって言い張るなら、今度からお前の事を死にたがりのドMと呼ぶからな」
「流石に酷くないかなそれは!?」
『ドMかぁ
……
そういう趣味嗜好をザックリ否定はしないでおくけど。戦闘では危ないからやめといた方がいいよ?』
「ドMでも趣味でも嗜好でもないです!さっき会ったばっかりの帰宅部のみんなに、変な誤解されたくないんだけど」
拗ねたような表情でムスっとする奏が、この世界ではほぼ初対面の帰宅部メンバーがいても表情を作らず、理想を演じる事なくそうしている事に笙悟は少しホッとして、そろそろ話を戻す事にする。
「まぁ、とにかく単身囮になるのは却下だ。それ以外に何か案はあるか?」
「
……
えーと、さっき笙悟、先輩と話してる間に思い出したんだけど、ちょっとした噂で聞いた事があるのは、楽士の一人のカギPが、三年生にいたって事かな。少し前に聞いた事だから、本当だとしたら、今は多分一年生になってると思う。行ってみる?」
嘘ではないが本当でもない、終焉の記憶で知っている事を知らないフリしながら、知っていてもおかしくはないくらいの情報にして奏はそう言う。彼が『部長』だった時のように、微笑みでその内心の緊張を隠そうとしているようではあったが、困ったような微笑みになっている辺り、あちら側より装えていない。まぁ、そんなもの上手くなくてもいい。
「そうだな、他に情報もないし一年の教室で聞いてみるか」
「なぁ、笙悟と新入りって友達だったのか?」
「半年ほど前からだけどな。こいつが俺の目の前で倒れて、保健室に運んだのが縁でその後時々話すようになった」
「笙悟に
……
笙悟先輩に助けてもらいました」
「奏、さっきから先輩とか言い直してるが、皆の前でも別に呼び捨てでいい」
「いいの?」
「今更だろ」
「うん、ありがとう。もう笙悟で慣れちゃってるから
…
」
まぁ、あちら側では大体いつも奏は笙悟を名前で呼んでいたんだから、その方が慣れているだろう。笙悟の方としても、呼ばれていたのは記憶の中であって今の自分ではないけれど、やはりそう呼ばれる方がしっくりくる。
「じゃあ行くか
……
奏、今は戦えるのお前だけだから、頼めるか」
「うん。新入りですまないけど俺が先に立つから、みんなはデジヘッドとの戦いになったら、一応巻き込まれないよう離れてて」
とりあえず、鍵介のクラスである一年一組を目的に動くのだろう。本校舎へと向かいながら、笙悟が先頭にいる奏の背中を見つつその後ろをついていってると、奏から個人のWIREが飛んできた。
『鍵介は放送室にいるかも知れないけど、一応鍵介のクラスを先に確認してみる』
『放送室への扉は確か閉じられてたんだったか?』
『うん。あとは鳴子をどうするか考えてたんだけど』
『あー、撮りまくるせいで、現時点の帰宅部のメンバー全員の顔がバレたんだったな。どうするんだ?』
『帰宅部を探しているなら、そのうち会う事になるだろうし、回避は出来ないだろうしするつもりもない』
『バレるのは仕方ないって事か』
『そうしないと、帰宅部も楽士も動き出せないから』
撮られてバレる事で楽士たちが動くから、帰宅部も動き出せるという事か。それとも、衝突する事で、双方の心にも変化がある者もいるからか。
『ごめん。どう動けばいいのか、どうすれば上手くいくのかばっかり考えてしまって、相手は人間なのにこれじゃダメだね』
『あんまり悩みすぎるな。気持ちばかり焦ってもどうにもなんねぇ。お前だってただの人間なんだ、全部救おうなんて考えるなよ?それは傲慢ってもんだろう』
そう送ってみると、前を行く奏の足がピタッと止まった。少し離れていたからよかったものの、目の前で止まっていたらぶつかっていたかも知れない。
「どうした、急に止まると危ねぇだろ」
「え、あ、ご、ごめん。いや、うん、そうか、そうだよね」
「この辺にはデジヘッドがいないとはいえ、ちゃんと前見とけ」
「うん、わかった
……
あ、本校舎に出たから見つかったのかな」
それまでは流れていなかった楽士の曲
……
カギPの作った歌が、本校舎に来た途端に流れ始めた。監視カメラか何かで奏の姿を見つけたか、または本気で探し始めたのか。何にしろ、ここからはデジヘッドが活発化して、戦いを避けられなくなるだろう。
『後で話をしよう』
一言それだけWIREで送ってくると、奏はスマホをしまって、先程までよりもしっかり周囲を警戒しながら移動し始める。さり気なく鋭くその瞳は辺りを流し見てデジヘッドの姿がないか確認している。本当に慣れているから仕方ないが、そんな様子はどうにも『新入り』とは思えず、笙悟はつい苦笑してしまう。
「
……
階段、あっちだったよね」
「ああ。しかし三体で道塞いでやがるな」
記憶ではいなかった場所に、デジヘッドが三体動かずに道を塞いでいた。先へ進むには、そいつらを倒すしかないだろう。
『YOU、数多めだけど大丈夫?』
「ああ、大丈夫。何とかする」
確かに、一人でも何とか出来るだろう。けれど、もどかしい。記憶の中の『自分』は戦えていたのに。笙悟が後ろで見ててくれると思うと、何となく安心するんだ、そんな風に言われていたのに。
「俺はまた
……
一人で戦わせるのか」
色んなものを押し付けて、わかった気になって、そうして彼の現実から、心の闇から目をそらし見てみぬフリしていた。独りにしたから、見てみぬフリをしたから、お前は俺の傍から去っていったのか。心の中でそう問いかけても届きはしない。自分は結局、あちら側でもここでも、いつだって勇気もなく見送り、また見捨てる事しか出来ないのか。
いいや、そんなのはもう嫌だ。死なせない、もう裏切らせない、独りにはしない。帰るんだ、今度こそ生きて、お前と共に。
『え、あ、笙悟の殻が
……
もしかしていける?いけそう!』
「え?え、今なの!?」
笙悟の様子に気付き、調律の為飛んでくるアリアに、敵へと向かおうとしていた奏が驚いて止まり振り返る。二人の声にデジヘッドが気付いたのか、一番近くにいる奏へと向かっていく。それを見ながら、アリアの調律により溢れた力を手にして銃口を向け、敵の一体に向けて放ち、その動きを牽制する。
「俺たちは一緒に帰るんだよ、邪魔するんじゃねぇ!」
一瞬だけポカンとして笙悟を見た後、すぐに奏も敵へと振り返りながらカタルシスエフェクトを発動して双銃を構え、強く鋭い視線を敵に向ける。
「
……
笙悟、準備はいいな」
彼はこちらを見ないまま、問いかけではなく、静かな確認をしてくる。
「ああ、お前と一緒なら負けねぇよ」
「うん、俺も信じる
……
今度こそ」
笙悟にだけ聞こえる程度の抑えた声でそう言い、奏は敵をひきつけるように前へ出ていく。見た目や武器に似合わず、彼は他に前衛がいてもいなくても、いつも前へと出ていく。それは仲間を守る為と、もしかしたら無意識の自傷行為なのかも知れない。そう思いながら、笙悟は奏の横や背後から攻撃しようとしている敵を彼に向かわせないように撃っていく。
三体いたもののそこまで強いデジヘッドではなかったおかげで、すんなりと倒す事が出来た。これなら奏一人でも、かすり傷程度のダメージで済んだかもしれない。笙悟はそう思い、カタルシスエフェクトを解きながら苦笑する。
「この程度の奴らなら、お前だけでも何とかなりそうだったな」
「うん、でも、笙悟が見ててくれると、何だか安心するよ。ありがとう」
そう言って、奏は綺麗な微笑みを浮かべる。どこか儚くも見える、けれど暗さや影はなく作ったものでもない、淡い木漏れ日のような柔らかなその微笑みは、同じ言葉を言われた記憶の中の自分が見ていたもの。それをつい見つめていると、その間に他のメンバーが傍に来ていた。
「何だよ、その変身みたいなの、カッコイイな!」
「変身?
……
うん、まぁ今のコレだと確かに否定は出来ないんだけど。服まで変わるし」
「新入りの姿、ダークヒーローとか、闇落ちするヤツとか、敵から味方になるタイプのヤツっぽいよな!」
「うぐ
…
っ」
鼓太郎が何も知らずに、無邪気な言葉で奏に対してクリティカルを出している。まぁ確かに闇落ちといえば闇落ちともいえるし、味方から敵になり、また味方になったともいえるから、それはもう罪悪感でいっぱいの今の奏の心にはグッサリと刺さるだろう。
小さく震えながらもカタルシスエフェクトを解いた奏に、さてどう声をかけようかと悩んでいると、別の者が声をかけてきた。奏の隣のクラスの少女、鳴子はやはり帰宅部という存在を探しているらしく、奏に声をかけてきた。
「わかる事なら答えるけど
……
君もこの今かかってる曲作った人、カギPの事知ってたら教えて。俺たちカギPのファンで、顔とか本名とか知ってる人探してるんだ」
「うーん、教えてもいいけど
……
じゃあ、帰宅部の事知ってたら教えて!」
「
……
帰宅部かー、俺もそれは、よくわからないけど」
困ったように微笑んで、奏はわざと誘導しているのか、やんわりと受け流す。そこから記憶にあるのと似たような感じで鼓太郎が帰宅部の事をバラしていて、思わず軽く頭を抱えた。奏の方は、ごめんと誰にも聞こえないくらいの小声で言っていた辺り、やはり誘導してたのだろう。その後は大体記憶と似たような状態で帰宅部の顔が知られ、デジヘッドに一年一組で襲撃される事になった。
「琴乃さんと鼓太郎が戦えるようになってくれて助かりました。流石に笙悟と二人だと今の人数はキツかったから」
『あーあ、全部倒しちゃいましたか。無駄に足掻いても大変な思いをするだけですよ、先輩』
放送室から煽ってくるカギPに苦笑し、奏は小さく首を振る。
「それでも、足掻くしかないんだよ、俺は。
……
これから君の所へ行くから、ちゃんと顔を見て話そう、カギP」
『ま、いいですけどね。それなら、先輩と帰宅部御一行さまをお待ちしてますよ』
曲は流れ続けているものの、カギPからの言葉はそれ以上流れて来なくなる。カギPのいるだろう放送室へ向かう前に、鼓太郎を説得して鳴子を安全な所へ連れていくよう頼んでから放送室の方へと向かう。その間、何となく不安そうな顔をしている奏に呼びかけた。
「大丈夫か」
「え?あ、ああ、大丈夫。鍵介
……
カギPって、やっぱり俺を狙ってたんだな」
「まぁ、予想通りではあったけどな。不安か?」
「不安はあるよ、いつだって。でも、そうだな。説得出来なかったら、とはどうしても思ってしまってる」
他の仲間に怪しまれない程度に、声をひそめて具体的には言わないように話す。恐らく鍵介と戦いにはなるとして、記憶と同じようになるかわからないからだろう。鍵介を味方に出来るのか、それとも敵のままなのか、奏としては不安なのかも知れない。
「あまり気負わず考えすぎずにいた方が、お前の場合はいいと思うけどな。考えすぎてぐるぐる独りで悩んだ結果がアレなら余計にな」
「
……
そう言われると、返す言葉もない」
「俺としてはあまり心配してないけどな、今もカギPの狙いがお前だし」
「それは俺の顔がわかってたからじゃないのかな」
「全員顔バレしても、お前の事しか気にしてねぇけどな」
「まぁ、確かにそうなんだけど。にしても、何で俺なんだか」
「それは本人に聞くしかなさそうだが」
「聞いても素直に言わないだろうなぁ、鍵介の性格的に」
多分、似た部分を感じたとか、優等生な奏に何となく対抗心を燃やしたとか。何なら顔が好みだったとかの可能性もなくはない、部長の顔は妙に綺麗な顔だし。そんな事を口には出さずに笙悟が思ってる間に、放送室のある階に向かう階段の前まで来た。そこで遅れて来た鼓太郎と合流し、放送室の扉を封じるデジヘッドを倒す作業をして放送室へ向かう。
緊張したような表情をしていたものの、深呼吸をすると奏は表情を引き締める。覚悟を決めたのか、凛とした顔をしていた。仲間に出来るかどうかも不安なのかも知れないが、また自分の罪と向き合う事になるから、というのもあるだろう。
彼がその罪に苦しんでいる姿を見るたびに、もういいと許したくなる自分と、裏切った罪をもっと感じてほしいと思う自分がいる。終焉の記憶に侵食されたのか、それともその記憶を自分の物にしたのかわからないが、もはやどちらの気持ちも自分の気持ちだった。
「
……
笙悟、どうかした?」
「いや、何でもねぇよ」
放送室には、記憶の通りに鍵介
……
カギPがいた。その姿を見て、一瞬だけ奏が苦しそうな表情をしたものの、覚悟していたのかすぐに表面的には抑え込む。その彼の表情に気付いたのは恐らく傍で奏を見ていた笙悟と、正面で見ていた鍵介だけだったのかも知れない。怪訝そうな顔をしながらも彼に話しかけていたから、きっとその一瞬の表情も見ていたのだろう。
それからは大体記憶と同じだった。奏と鍵介が話し、結局戦いになり、その後鍵介が楽士をやめて帰宅部へ加入した。あっさりと、笙悟にとっては予想通りに。奏はその状況にきょとんとしていたけれど。
カタルシスエフェクトやその罪の意識が『前』と変わっていたとしても、弱々しさや自己犠牲的な部分が出ていても、奏の本質は変わっていない。だから鍵介が彼に興味を持って、帰宅部に入るのも変わらないだろう、そう笙悟は思っていた。どういう感情だったのかはわからないが、鍵介はいつも奏を見て、その後を追っていたのだから。
「
……
どうして、『今の俺』でも入ってくれたんだろう」
「さぁな、お前がどういう道を行くか見てるのかもな」
「ボロ出さないようにしなきゃ」
その後は、今日は皆色々あって疲れただろうという事で、ひとまず解散という事になった。まぁ、実際に疲れてはいるだろうけれど、理由は別にあった。
「アリアはどうした」
「女性陣に任せた。今の俺は、ボロが出てしまうのも怖いし
…
あと、笙悟とは、ちゃんと話しておかなきゃいけないと思って」
「そうか。まぁ、俺もお前とちゃんと話しておきたかったからな」
「でも、どこで話そう?あまり誰かに聞かれたい話でもないし」
「家で話せばいいんじゃねぇか?お前の所か、俺の所か」
「俺の家はちょっと、NPCの両親がいるから
……
笙悟の家は、いる?」
「いや、いないな。俺の家にするか」
そうして、奏を伴って家へ向かい、彼と話をする事になった。軽くは聞いていたけれど、今度こそしっかりと話を聞かせてもらおう。もしも逃げようとしても逃がしはしない、そう思いながら。
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