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水樹咲夜
2021-07-19 23:40:17
12343文字
Public
鐘主
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温かな人(鐘主♂)
ギュラ2、鐘主♂です。自分の所の部長設定、男部長固定です。
1
2
彼の事は、少し前から知っていた。時々遅刻しそうなギリギリの時間に来たり、たまに間に合わず遅刻をして、ごめんなさいと素直に謝って申し訳なさそうにしていた少年だ。桜響矢という名の二年の男子生徒だと、自己紹介してくれたので覚えている。
彼本人はとても善良な性質をしている。ただ、どうもほんわかのんびりとしたその性格のせいか、ぼんやり過ごしていつの間にか登校時間がギリギリになったり遅刻をしてしまうらしい。更に、彼は自身に無頓着な所があるようで、時々制服の着こなしが雑になってしまい、つい何度か注意をしていた少年だった。
そして、彼は鐘太がうるさく注意をしても、嫌な顔ひとつしない珍しいタイプの生徒の一人でもあった。心が広いのか、注意している鐘太の方が何だかやんわり受け止められているような気分になる、そんな相手だ。
「ごめんなさい、先輩。今日は朝ご飯を食べてたら、何故か遅刻しそうになりました。時計見たらギリギリの時間でびっくりした」
「朝食をしっかり食べるのは、まぁ、健康的でいい事だと思いますよ。それはそれとして
……
朝食を食べてただけで、何で遅刻しそうになるんですか」
「いっぱい食べました」
「そ、そう、ですか。それはよかった
……
いや、そうではなくて。それなら早起きするとかして、遅刻ギリギリにならないようにしなければダメですよ」
何故かドヤ顔で、キラキラした目をして素でそんな事を言われたりもした。その表情に、こちらの気が抜けてつい許してしまいそうになる、そんな生徒でもある。そういう事を狙って言ってくるとかなら、叱ったりたしなめる事も出来ただろう。しかし、どうやらそうではなく本人は本当にそう思っている様子なのが、余計に脱力させてくる。
彼は別に問題児と言う訳ではない。ただ制服の着こなしや身だしなみが時々雑な事と、たまに遅刻をしたりギリギリで登校する事が問題といえば問題な以外は、とても善良で優しくお人好しな少年だ。まぁ、問題な部分は改善出来たらいいとは思うが。
何と言うか、彼は周りと少し時間の流れ方が違うようだ。そのどこかのんびりふんわりした雰囲気的に、恐らく編木ささらと近いタイプなのだろうと鐘太は結論づけていた。あれが多分天然ボケというものなのだろう。
響矢はかなりのお人好しらしく、困っている様子の人がいるとつい話しかけてしまうらしい。鐘太自身も、色々と決められなくて困っている時に、不思議そうに話しかけてきた彼に助けてもらったりしていた。そんな風に些細な事すら自分で決められず悩む姿を見られたら、普通なら馬鹿にされかねないし、そこまでいかなくても呆れるだろう。情けないと自分自身ですら思う。
しかし彼は不思議そうにきょとんとしたり、よくわからないけど大変そうだなぁという顔をするだけだった。馬鹿にしたり嫌な顔をしたりする事はない。情けなく頼ってしまう鐘太をただ不思議そうに見て、それから安心させるように柔らかな笑みを浮かべ付き合ってくれていた。
そんな彼と鐘太がもっと関わるようになったのは、この世界がリドゥという偽物の世界で、見ていた悪夢の方が現実なのだと鐘太が知ってしまったからだ。偽物のその世界から、現実へと帰還する事を目的として結成されたという帰宅部。より正確に言うなら、二代目帰宅部らしいけれど。その帰宅部をまとめる部長をしていた者、それが響矢だった。
彼はたまたま幼い歌姫の半身にされてしまい、そのまま二代目帰宅部の部長も任されたという。話を聞く限り、完全に巻き込まれ事故のような状態で偶然とんでもない事に飛び込まされ、その命まで危険にさらすような状況だったとしか思えない。けれど響矢はただのんびりと優しく微笑んで、キィが困っていたし部長を任されたから、俺に出来る事なら頑張るよー、などと言っていた。
何と言うか、そういう所はお人好しな彼らしいとは思うし、そんな状況に巻き込まれても受け入れられる懐の深さもすごいと鐘太は思う。もしも自分がそんな事になっていたら、きっと耐えられなかっただろう。恐らくは彼の方が年下だと思うのに、比べてしまうと自分が余計に情けなく感じて、思わず大きな溜息をついてしまった。
「
……
鐘太先輩?」
すると、不思議そうに話しかけてくる声がして、振り向くと今考えていた相手である響矢がそこに立っていた。学園のエントランスで、しかも今は放課後だから、そこにいてもおかしくはない。しかし最近は色んな人に頼み事をされ、帰宅部のメンバーともよく交流している彼とこんな風に偶然会うのは珍しい。
「ああ、部長くん、どうかしましたか。これからどこか行く所でしたか?」
「とりあえず、これからキィトレインに向かう所でしたけど。
……
んー、何かこう、鐘太先輩が何となく元気ないような、悩んでるような気がしてちょっと気になって。溜息もついてたし、何かありました?」
『どうした、また何かを選べなくて悩んでるとかなのか?』
「あ、いや、今は選べなくて悩んでた訳ではなくて
……
その、自分が不甲斐なく、情けなく感じて少々落ち込んでいただけです。俺より恐らく年下だろうに、部長くんはしっかりしていますよね」
『確かに我がハンシンは、基本的にはしっかりしているな。戦闘の時とか何か決めなきゃならない時とかは特に。しかし、普段がのんびりほわほわしてもいるから、結局プラマイゼロという感じだけど』
響矢の内側から、姿を現さないままでキィが言う。こうして彼の中から響いてくる声も含めて、彼女の声や姿は現実の夢を見た者や楽士などにしか聴こえないし見えないらしい。これも最初は慣れなかったが、今は何とか慣れてきた。というより、最初に見たような部長の腹からキィがひょこっと中途半端に顔を覗かせている時よりは幾分マシだった。
キィの声が聴こえてくる辺りをつい見ながら鐘太がそんな事を思っていると、少しの間考え込んでいた響矢があっさりした様子で言う。
「うーん、どうして鐘太先輩がそんな事を思ってたのかよくわかんないけど。一応言っておくと、俺の年齢は十七歳です。ここでも現実でも高校生。やっぱり年下?」
「そうですね、やっぱり余裕で年下だ
……
というか部長くん、それ教えていいんですか?」
「うん、いいよ。だってこれは別に言いたくない事じゃないし、知られて困る事でもないから。でも俺は、帰宅部の皆に対しては、年上とか年下とかあんまり気にしなくていいかなーと思ってる」
「気にしなくてもいい?」
「だって、皆が現実で年上なのか年下なのかはよくわかんないけど。年齢とかそういう色々関係なく、皆の事が大切だと思ってるから。守りたいし、守られてるし、頼ってるし、頼られてる。だから、俺はそういうのあまり気にしない事にしたんだ」
「
……
部長くんは、そう思ってくれてるんですね」
「うん。まぁ、これは俺が勝手に思ってる事だから。鐘太先輩が色々気にしちゃうのも仕方ないと思う。俺は言葉で伝えるの下手だけど、でもこれだけはちゃんと言っておかなきゃ」
そう言って、彼はふと表情を改めて真剣な表情をする。戦う時や緊迫した時に見るような、真っ直ぐ相手を貫くような響矢の凛としたその黒茶の瞳と表情に、思わず鐘太も姿勢を正す。
「ど、どうしました、部長くん。そんな改まって」
「俺は鐘太先輩にいつも助けてもらってるし頼りにもしてるよ。不甲斐ないなんて、そんなの思わない。だから、俺と比べて自分の事そんな風に情けないなーとか思わなくていいんじゃないかな」
「しかし、部長くんはいつも先陣を切るように、皆を守るように一番強い敵や厄介な敵へと向かって動いているでしょう。果たして俺が本当に、部長くんの助けになるような事が出来ているのかどうか
…
」
「俺が皆を守ろうとするように、皆も俺や皆を守ってくれてる。皆それぞれやれる事が違うから、お互いに守り合える。だから俺は前を向いて先陣を切れるんだ。
……
鐘太先輩も、守ってくれてるでしょ?」
「それは当然でしょう。俺も俺に出来る全力で、君や仲間を守りたいといつだって思っています」
「うん、迷いなく答えてくれた。だから俺は、安心して前へと走れる。きっと俺とキィだけだったらここまで生き残れてないし、鐘太先輩や皆がいるから、俺は帰宅部の部長として前を向いて頑張れるんだよ」
また雰囲気を和らげ、嬉しそうに明るく彼は微笑む。確かに、迷うばかりの自分でも、部長を、仲間を守る事に迷いはない。きっとそんな風に響矢が頼ってくれるから、こんな迷いばかりの自分でも何とか前を向けるのだろう。
「
……
鐘太先輩は、確かに迷ってしまう事もあるし、そういう時に俺が鐘太先輩から頼られる側にもなったりするけど。でも、俺にとっては頼れる先輩です。俺に出来る事と、先輩に出来る事は違っていて、だからこそお互いに支え合えると思うんだ」
柔らかく笑って、じっと見上げながら響矢はそう言う。いつも通りに素直で優しく、その気持ちを伝えてくれようと一生懸命な、心が温かくなるような言葉で。彼はそうして、帰宅部の仲間たちの心に温かなものを与え、そっと寄り添いながら、皆の言葉や心をしっかりと受け止めてくれる。
「君はこんな俺にも優しいですね」
「そうかなぁ。俺よりも鐘太先輩のがずっと優しく感じるんだけどな。俺、鐘太先輩はあったかくてとても優しい人だと思います」
「俺は君のように、あちこちで人助けをしたりなんてしてませんよ。部長くんはこの校内に留まらず、色んな場所で人助けしてるでしょう。頑張りすぎじゃないかと、こっちが心配になるくらいです」
「えーと、それは、何というか
……
俺はただあちこちでいつの間にか巻き込まれたり、何か困ってるみたいだからつい話を聞いてみたりしてるだけだから。そういうのって、人助けって言えるのかどうか」
「いや、君のやってる事はどう考えても人助けだと思いますよ
……
もしかして、その自覚ないんですか?」
「せいぜい、お手軽お悩み相談とか。あとは雑用とか、お手伝いって感じかなぁと思うんですが」
「自覚なさそうですね、これは」
きょとんとしている響矢を見て、思わず鐘太は軽く頭を抱えてしまう。彼の言うお悩み相談や雑用、お手伝い
……
つまり人助けをしてもらった人たちの顔を見ていればわかる。何せ人数が多いから、どんな事をそれぞれ解決してもらったのかは流石によくわからないが。
きっと大なり小なり、響矢のお人好しな行動や言葉に救われたのだろう。彼に明るく親しげに話しかけている人たちを何度も見ている。その表情には、彼に対する感謝と親愛がこもっていた。それを人助けと言わないなら、何を人助けと言うのだろうか。
「えーと。とにかく、それは置いといて。俺は鐘太先輩はとても優しいなと思っていて」
「割と強引に話を持っていきましたね、部長くん
……
」
「うん、今は俺の話じゃなく、先輩の話をしたいんだ。風紀委員だからって、毎朝のようにエントランスに立って、注意とかしてて。すごいなぁって」
「それは当然の事ですよ」
「鐘太先輩にとっては当然でも、俺にとってはすごいんですよ。まず毎朝のように早起きとか、なるべく寝てたいしゆっくりご飯食べたいから、俺にはそんなのきっと無理だろうし。難しくて真似出来ないよ」
「部長くん、そこはちゃんと遅刻しない程度にお願いします。たまにはもう少し早く登校しましょう」
「はーい、頑張ってみます
……
なかなか難しいそうだけど。それと、皆に色々注意するのだって、優しいからでしょ?」
「どう、でしょうね
……
多分殆どの生徒には、そんな風には思われないんじゃないでしょうか」
「俺は、ただ怒るんじゃなく誰かを叱れる人って、優しい人だなって思うんです。怒るのは大体の人には出来るだろうし、苛立ちをぶつけるように、怒ってストレスを解消したいだけの人はきっといっぱいいる。でも、鐘太先輩のはちゃんと叱る事だと思うから」
そう言いながら、響矢の優しい黒茶の瞳が真っ直ぐに鐘太を見上げてくる。落ち着いた穏やかさと、他人への尊敬がその瞳には浮かんでいた。
「俺のおばあちゃんが言ってたんだ、怒るのは簡単だけど、叱るのは難しいって。しかもちゃんと叱る事が出来たとしても、相手に伝わるかわからない。疎まれる確率の方が高いから、ちゃんと叱る事が出来ても、報われない事の方がきっと多いって」
「そう、ですね。そうかも知れません」
「それでも、もしも報われないとしても、一生懸命叱ってくれる人はすごい。そういう人って、不器用だけど優しいなと俺は思うから。だから鐘太先輩はすごいと思うんだ」
彼の純粋に見上げてくる優しい微笑みに、真っ直ぐ見つめる黒茶の瞳に、ズキリと胸が痛んだ。自分はそんなすごい人間じゃない。そんな優しい人間じゃない。そう叫びたくなる気持ちを無理矢理飲み込んで、鐘太はその瞳が見えないように目をそらす。
そんな風に思ってもらえる事自体は嬉しくもある。でも、自分は彼にそんな目で見てもらえるような存在ではない。響矢のその真っ直ぐな瞳は、純粋な尊敬は、心に罪を抱えている自分には眩しすぎた。
「俺は君に、そんな風に思ってもらえるような人間じゃない」
「
……
鐘太先輩?」
「いえ
……
何でもありません」
俯いて、彼から視線を外しながら、鐘太は何とかそれだけ言う。響矢は何も悪くないというのに。むしろ仲間として、部長として、励ましながら素直な好感を伝えてくれようとしただけだというのに。申し訳ないと思いながらも、今はその顔を見る事が出来なかった。
ふと沈黙が落ちた。そんな風に突然黙っては不自然すぎるだろうし、何か言うべきだろうと思うけれど、言葉が何も思い浮かばない。彼に何を言ったらいいのかわからない。響矢はただ何も言わず静かに鐘太の方を見ているようで、その視線を感じるものの、どうしてもその目を見れそうにない。彼は心配しているのか、急な沈黙に戸惑っているのか。それとも流石に呆れてしまっただろうか。
そんな事を考えていると、ふと背中に体温を感じた。ハッとして先程まで響矢がいた場所を見るとそこからいなくなっていた。どうやら彼はいつの間にか鐘太の後ろに回り込んで、そっと背中に寄り添っているらしい。
「部長くん、ですよね?後ろにいるのは。俺の背中に寄り添って、一体何を
……
」
「こうしたら、俺は見えないけど存在はちゃんと感じるかなーと」
「え、えぇ、確かにちゃんと存在は感じますが。その、何でそんな
……
?」
「間違ってたらごめんなさい。何か
……
俺にじっと見られるのが嫌だったのかなって思って。こうしたら、きっと俺の姿見えないし、嫌じゃないかなと」
「
……
君は時々、不思議な方向の発想をしますね」
「くっつかれるの嫌だったりしますか?」
「いえ、大丈夫です。君にくっつかれるのは何だかあたたかな気持ちになりますし、微笑ましい気持ちにもなりますから」
確かに、彼の瞳が
……
そこにある純粋な想いや、その優しい微笑みを眩しく感じて見るのが辛くなっていた。つい目をそらしてしまったけれど、まさかそれで見えないようそっと背中へと寄り添ってくるとは。流石にその発想はなかったし、そんな風にして、それでも彼が傍にいてくれようとするなんて思わなかった。
響矢のなかなか不思議な行動と優しさと、その心と体のあたたかさ。その存在にそっと心を支えられ癒されていくような感覚があった。鐘太は戸惑い自分を情けないと思いながらも、彼に呆れられたり嫌われたりしていなかった事でついホッとしてしまう。そんな事を思う資格などない、それはわかっているつもりなのに。
「あ、くっついてみたら、鐘太先輩の背中、何かすごく頼もしい。ちょっと抱きつく程度じゃびくともしないね」
「え、えぇ、まぁ、筋トレしてますからね」
「ガッシリしてる、すごいなぁ。俺も一応前衛なのに、何か違う
…
」
「部長くんは、スピードと手数の多さと身軽さが重要ですからね。どうしても筋肉の付き方も違うでしょう」
「まぁ、それはそうか。俺もこんな風に頼りがいのある背中になってみたい気はするけど、向き不向きがあるよね、きっと」
『うん、キィとハンシンが思いっきりどーんと乗っかってみても、何か大丈夫そうな感じの背中だな。ちょっとやってみるか?』
「それは流石に重いんじゃないかな?いや、人間な俺はともかく、キィは軽そうというかふわふわ飛んでるし、どーんとしても大丈夫なのかなぁ」
しかも寄り添うだけでなく、感心しながら背中に抱きついてきた。後ろにいるのでどんな顔をしているのかはわからないが、何だかその声は楽しそうだ。そんな人懐っこい子供か仔犬のような彼のそんな無邪気な行動に、鐘太はつい笑ってしまう。
「部長くんは何と言うか、とても人懐っこいですね」
「うん、よく言われます。あと、吟にはもうちょっと警戒しろとか、お菓子貰っても知らないおじさんについていくなよーとか。知ってる相手でも断る事を覚えろよ、とか言われたりするし。子供と思われてるのかなぁ」
「
……
まぁ、正直そう言いたくなる気持ちは俺もわかります。多分、帰宅部のメンバー全員が思ってるんじゃないかと」
「そこまで?うーん、俺だって高校生だし、子供じゃないんだけどなぁ」
「君の場合は人懐っこい上に優しいから、更に心配な所はありますよ。誰にでもついていってしまいそうな所が、何と言うか
……
下手すると誘拐とかされてしまいそうですから」
「そこまででは
……
ないよ、多分。きっと」
子供扱いに少し不服そうにしつつも、離れる気はないのか鐘太の背中に抱きついたままで、周囲の目はあまり気にしていないようだ。彼は帰宅部の仲間
……
特に男性陣とささらに対しての距離感があまりなく、年上に懐いているからかも知れないが。
話している場所が学園のエントランスなせいか、その隅の方とはいえ少々目立ってしまっているようだ。時々通りかかる生徒たちにチラチラ見られているような気がするものの、響矢が背中から離れない限りはどうしようもない。というか、それでも離れたいとまでは思わないので、周りからの視線はなるべく気にしないでおく事にする。
「
……
鐘太先輩の背中、何かこう、安心感あって、妙に眠くなるね。あったかいし、何かこのまま寝ちゃいそう」
「子供みたいですね」
「子供でもいいかなぁ
…
」
「もし寝たら、俺に背負われてそのままキィトレインに移動する事になりますよ」
「それもいいなぁ、でも先輩が大変か」
「俺はそんな大変じゃないですが、君はそれでいいんですか?」
「いいよー、俺はうれしいし
……
おんぶかぁ、そんなの、された事なかったな」
背中にくっついたままの眠そうな声に、ふと寂しそうな色が混ざる。それは、鐘太が彼を知ってから今まで聞いた事もないような、寂しげで悲しそうな、幼さと孤独が滲んだ声だった。
「どうして、おいてったんだろ
…
俺が、いなかったら、よかったのかな。そしたら、あんな風に
…
ならなかったのかな」
「置いてった、って、君は何を」
「おいてかないで
……
」
「部長くん?」
ぽつぽつと小さく聞こえていた響矢の声が聞こえなくなって、呼びかけてみても返事はない。耳をすますと、すやすや小さな寝息が聞こえてきた。どうやら本当に眠ってしまったらしい。背中に抱き着いてるとはいえ、立ったままだったというのに。
起こさないようにそっと体勢を変えて響矢を支え、顔を覗き込むと本当にすやすやと静かに寝ていた。
『ハンシン、よくそんな状態で寝れたなぁ。もしかして眠かったのか?』
「途中からかなり眠そうな声してましたから、そうかも知れません。とりあえず、本当にキィトレインへ運んだ方がよさそうですね」
どういう運び方にするべきなのか少し悩んだものの、彼が呟いた言葉を思い出して起こさないように気を付けながら背負い、駅の方へと歩き出す。先程の響矢の、おんぶをされた事がない、置いていった、置いてかないで、というどこか幼く寂しげな言葉。それは彼の後悔の一部なのかも知れない。
いつものんびりしていて優しいお人好しな響矢ではあるけれど、このリドゥに来ているという事は、彼にだって何かやり直したくなるような事があるのは確定している。
『
……
ハンシンは、誰に置いていかれたんだろう』
「きっとそれは部長くんの心に深く残っている傷でしょう。無理に聞き出そうとしてはダメですよ」
『わ、わかっているぞ。ちょっと気になってしまっただけだ。無理には聞かない、ニンゲンには色んな事情があって、軽々しく聞いてはダメなのだろう』
キィがそうして気になってしまう気持ちは、正直にいえばわかってしまうけれど。響矢は皆の事を受け止めようとしてくれるのに、彼自身の事は全然話してくれず、ただ一人で耐えようとしているように見える。もちろん、誰にも言いたくない後悔や、知られたくはない事があるのも痛いほどわかるから、それを言ってほしいなどと言う事も出来ないし、自分がそんな事を言う資格どころか思う資格すらないだろう。
それでも、先程聞いたあの寂しそうな声が頭に残っている。置いてかないで。誰かに向けてそう言っていた、寂しげな彼のどこか幼い子供のような声が。眠くなったからだったのか、ぽろっと響矢の心から溢れたような、そんな孤独を感じる幼気な声だった。
どうして、あんなに寂しそうな悲しそうな、幼さを感じる声だったのか。子供の頃に何かあったのか。その心の奥深くにある彼の痛みを、後悔を知りたいと
……
どうしても、そう思ってしまう。
「とりあえず、ハンシンは起きるまでキィトレインで寝かせておいてやるか?」
「そうですね、電車の座席で寝かせるのは本来ならルール違反でしょうけれど。まぁ、ここは大目に見ましょう」
「マジメだなー。これはキィトレインだから大丈夫だ。帰宅部しか乗らないし、キィがルールだ!という訳で気にするな!」
駅のホームに着いたからか、周りに人がいないからか、キィはいつの間にか半身である響矢の身体からスルッと出てきていた。そうして少し心配そうに彼の方を見上げつつキィトレインを呼び寄せると、ふわふわ響矢の傍を飛びながら一緒に乗り込んだ。
キィトレインに乗ると、鐘太は横長の座席へ歩いていき、そこへ眠ったままの響矢をそっと起こさないように下ろして寝かせてみる。しかし、今はまだ動いてないからいいが、電車が動いたら落ちてしまったりしないだろうか。それに、このまま寝かせて風邪をひいてしまったりはしないだろうか。つい、そんな事が気にかかってしまう。
とにかく、しばらくここで寝かせておこうと思いそこから離れようとすると、何かに軽く引っ張られるような感覚がして鐘太は動きを止める。よく見れば、無意識になのかいつの間にか眠る彼に服をそっと掴まれていた。
「ぶ、部長くん
……
これは、一体どうすればいいんでしょうか」
「うーむ、このくらいなら、もし嫌なら簡単に振り解けるとは思うけどな。あまり力入ってないし」
「嫌という訳ではないんですが、これではよく寝れないでしょうし、このままでは離れる訳にも」
「よし、振り解くなり、離れないなり、手を握ってやるなり、好きにするといいぞ!キィは決めてやらんので、頑張って悩め!自分で決める練習というやつだ」
「ちょ、そんな、選択肢を増やされたら余計に選びようが
…
いきなり難易度が高いのでは
…
!?」
「知らないぞー、キィはあっちにいるからな。それと、とりあえずハンシンはそこでしばらく寝かせといてやれ。何か眠いみたいだし、ちょっと疲れてるのかも知れないから」
そんな風に選択肢を与えておいて、キィは頼られないようになのかさっさとそこから離れていく。鐘太が思わず途方に暮れて後ろ姿を見送ると、同時にキィトレインが動き始め、慌てて響矢が落ちないように横たえた彼の体をそっと支える。
電車が動き出しても響矢は目を覚まさず、ただ静かに眠っていた。寝顔を見ながら、さてどうしようかと鐘太はまた悩んでしまう。そっと縋るような彼のその手は、確かに簡単に振り解ける程度の力ではある。それでも、そんな風に無意識に縋る手を、無理に振り解こうとも思えない。
いつものんびりふわふわしていて、色んな人の悩みを聞いてばかりの、お人好しで優しい少年。戦う時には凛とした鋭い表情で、皆を守ろうと先陣を切って二振りのナイフで舞うように戦う、誰より強い二代目帰宅部の部長。そんな響矢の寝顔は思っていた以上に幼く無防備で、どこか寂しげだった。置いてかないで、ぽつりとそう言っていた彼の声が、まだ残響のように耳に残っている。
「
……
君は、誰に置いていかれてしまったんですか」
ぽつりとそう問いかけても、眠る彼には当然届かないし、届かせようと思った訳でもない。その心に深く残っているだろう傷に触れる資格などない。人の命を奪ったこの手で彼の傷に触れるなど、許されない事だろう。それでも、眠るこの少年の眠りを守る為、その手に触れるのなら。それも身勝手だと心の中で思い自嘲しながらも、縋るように服を掴む響矢の手をそっと外して優しく握り、落ちないように支えながらその近くへ座る。
眠りを守るなどとそれを口実にして、きっと自分が彼に寄り添いたいのだろう。つい、頼ってしまっている、その傍らに寄り添いたいと思ってしまっている。優しく純粋で、まだ鐘太の過去の事なんて知らないこの綺麗な少年に。
手を握ると、寂しそうだった響矢の寝顔がふと安心したように緩み微笑む。それが何故か胸を衝いて、こんな手で安心してくれる響矢に、切ないような愛おしいような気持ちが溢れそうになった。彼の眠りを、微笑みを
……
あたたかなこの人を守りたい。鐘太はそう思い、祈るように響矢の手をそっと握り、優しく撫でる。
「ん
……
鐘太先輩?」
「ああ、部長くん、目が覚めましたか?」
どれ程の時間そうしていたのだろう。ふと響矢が目を開けて、ぼんやりとした表情で見上げ、眠そうな声で問いかけてくる。
「俺、寝ちゃってた
…
?」
「えぇ、どうやら俺の背中に寄り添っているうちに眠くなってしまったみたいで。とりあえず、言っていた通り君を背負ってキィトレインまで運んで、ここに寝かせておきました」
「キィトレイン
……
ほんとだ」
ぼーっとしながら車内を見回し、それから彼はふと鐘太が握ったままだった手に視線を向けた。ハッとして慌てて離そうとすると、今度は逆に響矢の方からしっかりと手を握られる。
「手、繋いでてくれたんですね」
「そ、その、君が俺の服を掴んでいたので、何か心細いのかと思ったんです。それで手を握っていたら少しは安心するかと
……
嫌でしたか?」
「ううん、嬉しいし何だか安心します」
その言葉通りに、本当に嬉しそうな表情で微笑んで、響矢はその両手で鐘太の手を包み込むように握る。きっと本人は無意識だろうし、そんなつもりはないのだろうけれど、そうして鐘太の心を癒すように、温めてくれようとするように。
「ありがとう、鐘太先輩。おかげで悪い夢とかも見なかった。きっとこの手が守ってくれたからだ」
「
……
俺は、そんな礼を言われるような事はしていませんよ」
「そんな事ないよ。だって、鐘太先輩にこうやって触れてると、何となく安心出来るし。それに、うっかり寝ちゃった俺をここまで運んでもくれたんだし。それはお礼を言うような事でしょ?」
「運ぶのは当然でしょう。眠っている君を放っておけませんから」
「だから、さっきも言ったけど、当然っていうのは、誰かにとっては当然じゃないんです。それに、誰かに助けられて当然で流して、助けてくれた人にお礼を言わないようなヤツになんて、俺はなりたくないから」
のんびりほわほわしている彼にしては、戦闘中のようなキリッとした表情でキッパリとそう言う。かと思えばまたすぐにのんびりとした雰囲気に戻って、鐘太の手に安心した表情でくっついてくる。
……
もしも、この優しい少年が、自分の過去を知ってしまったらどう思うのだろう。人を殺してしまった過去を。それでも彼はこんな風に、この手に触れてくれるのだろうか。鐘太はついそんな事を考え、その考えを打ち消すように首を振る。そんな事を彼に言える訳もないし、もしも話したら、流石の彼でもきっと離れていくだろう。
「
……
ん、鐘太先輩、また何か元気ない?」
「いえ、大丈夫ですよ。君は他人の事ばかり気にしすぎです。もっと自分を大切にするべきでしょう」
「うーん、自分も多分一応大切にはしてるとは思うけど」
「多分や一応がついてる時点でダメだと思うんですが」
「大丈夫、俺は意外と頑丈だから。多少大切にしなくても、きっと何とかなるよ」
「
……
大丈夫じゃありません、確かに部長くんは強いですが、そんな気持ちでいたら命がいくつあっても足りないでしょう。君の事が大切なんです。だから部長くんも、君自身を大切にしてください」
「う、はい
……
なるべく気を付けます。でも、鐘太先輩も、やっぱり何か元気なさそうに見えるから、もしも俺に出来る事があれば、いつでも言ってくださいね」
鐘太の手を握り寄り添ったままで、響矢は心配そうな表情で見上げながら、そんな事を言う。
「本当に、部長くんは他人の事ばかりで、少しは自分の心配をするべきです。
……
そんな君だからこそ」
大切で、守りたいと思う。人を殺したこの手で、そんな事を思うなんて罪深い事だとしても、そう思う事は止められない。もしも過去を知る時が来たら、彼も離れていくのかも知れないけれど。
それでも、今も繋いだままの彼のその手は、泣きたくなる程にあたたかくて、心を癒そうとするように優しかった。
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