コノチャ♀記憶喪失ネタ2(仮題)


 自宅キッチンでひとりきり。昼食後の後片付けをしていたコノエは無意識に胃の辺りをさすって呟いた。
「胃が痛い

 張り切って取った楽しい夏休みの最中というのに、コノエはストレスで胃を痛めている。
 発端は夏休み前半で行った旅先での記憶喪失事故だ。たまたま仕事で別行動をしている時に階段から転落、頭を打って昏倒し目覚めた折には最愛の妻子の存在を忘れていた。
 挙句に失礼な態度をとりチャンドラに怖い思いをさせ、たった半日で離婚を視野に入れさせてしまうくらい傷つけてしまった。
 幸いにも一晩寝て起きたらあっさりと記憶は戻り、優しい妻はコノエを許してくれたし体調や怪我の心配もしてくれた。
 のだが。帰国してからどうも様子がおかしい。ナタルやソーマにねだられてという体になっているが、娘を連れてハインライン家に二日も泊まりに行っているし、その間何の連絡も無い。どうも避けられている気がする。
 いや、現実から目を背けるのはやめにしよう。ハロはおそらく意図的に子ども達の子守りをするように言いつけてある様で、アプリで録音や録画を確認してもチャンドラの様子を伺えない。食事時など子ども達と一緒にいる時の会話や動画はある程度確認できるが、明らかに避けられている。
 そう、コノエは命よりも大切な最愛の妻に避けらるという事態に陥っているのである。

 言うまでもなく原因はコノエが記憶を失ったせいなので、チャンドラに素っ気なくされるもやむなしである。
 そもそも仕事でプラントに一週間ほど出張するチャンドラと離れがたく、コノエも無理矢理都合をつけて大学の仕事関連の案件を捩じ込み、自分も同時期にプラントへの出張があるというていにした。せっかくの夏休みなのだから娘も連れて行き出張の前後に休暇を取って家族旅行も兼ねたら良いと説得し、ついでにハインラインの子どもたちも誘えば楽しい時間が過ごせるはずだと外堀を埋めまくってチャンドラが断れないようにして行くことになった旅行だった。
 それなのに少し強めに頭を打ったくらいでチャンドラのことを忘れてしまうなんてあってはならない失態だった。なんて不甲斐ない。例え死んでも彼女のことだけは覚えていなくてはならなかったのに。
 これもあの取引先のクソ女が下心を隠さず擦り寄ってきたのが不快で適当にあしらったら逆ギレして怒って階段を駆け降りる際に足を踏み外したからだ。
 助けられるのに見捨てたのがチャンドラにバレたら軽蔑されるかもしれないという不安が頭をよぎって咄嗟に手を伸ばしたが、あんな女助ける価値はなかった。いっそ……………コノエの脳内は妻子に聞かれたら人格を疑われるような罵詈雑言で占められた。
 そのせいで胃がまたギリギリと痛んでハッと我に返り、これ以上益体の無いことを考えて苛立ちと胃痛を増幅させるのは悪手だと判断し、フーッと息を吐いて気持ちを切り替えるべく努力する。
 数度の深呼吸を経て、ある程度平静を取り戻すことに成功する。そして現在の最優先事項はチャンドラとの関係修復だと結論づける。
 チャンドラに距離を置かれるような生活は無理なのだ。何とかもう一度謝らせてもらい、和解したい。

 胃をさすりながらリビングに移動していたところでインターホンが鳴る。手元の端末で来客を確認するとハインラインがエントランスまで来ていたので解錠し、コノエ自身も玄関まで走った。チャンドラが帰ってきてくれたのかもしれないと期待して。
 しかしエントランスホールに居たのはTシャツにジーパンという休日スタイルのハインラインのみだった。
「先生、すみませんがチャンドラは居ません」
 さらりとした口調でとどめのようにチャンドラの不在を聞かされてずしりと身体が重たくなった。
 ハインラインの手にはチャンドラの護衛ロボである白いハロ。今度は胃のみならずギュウッと心臓まで痛んだ。
「アルバートなぜそれを?」
 チャンドラの白いハロは常に彼女のそばを離れない。二十四時間チャンドラを護り、その記録を取り、コノエに伝えてくれる。
 コノエになら全てを曝け出しても構わないという彼女の限りないおおらかさを以ってそばに侍ることを許されたコノエの重たい愛情の権化である。
 白ハロをハインラインが持ってきた意味とは。そこはかとなく嫌な予感がした。
「チャンドラに頼まれて持ってきました。これは先生のところに置いておいて欲しいと。安心してください。彼女はセキュリティー万全の我が家から出ませんからハロがついていなくても安全は保障します」
私には絶対に聞かれたくない話をするというわけか」
 ハインラインの話には全く安心できる要素がなかった。子守りを命じて遠ざけるだけでは不十分と判断し、ハロを完全に排除して親友と話す内容なんてよほどのことだ。やはり別れたいのだろうか。コノエの脳内には離婚という文字がデカデカと浮かぶ。胃が痛くて、また鳩尾のあたりを無意識にさすった。
「先生が不安に思っているようなことにはならないと思います。ちなみにこれは僕ではなくアーニーの意見なので」
「ノイマンの?」
「ええ、今朝も何やら二人で話していましたし、そろそろチャンドラもあなたの元に帰ってくる決心がついたのでは」
 チャンドラが帰ってきてくれる。コノエの頼れるクピードーが、今回も何とかしてくれるのだろうか。そう思うと少しだけ気が楽になったようないや、胃の痛みは大して軽減されていない。