一煎に健気に揺れて

MHRウ教×ハ♀。相思相愛。
ウ視点。

幸せの茶柱。



「──愛弟子!!」

俺が呼びかけながら駆け寄ると、キミはうさ団子と湯呑みの乗った盆を卓上に置きながら、にこやかに笑ってくれた。

「ただいま戻りました、ウツシ教官っ! えへへ、うさ団子タイム、ご一緒してもよろしいですか?」
「もちろんだよっ! 愛弟子、早かったね! 本当に強くなったんだねえ! キミが居てくれるなら百倍、ううん、百万倍素敵な時間になるよ!」

ああ──茶柱は幸せのきざしだという話は、本当なんだなと、俺は無意識に破顔はがんしていた。

先ほどと同じ席、今や愛しいキミが正面に居てくれる特等席に座りながら、俺は「ふふふっ」と幸せの吐息を溢す。

キミの視点が湯呑みに移った際、キミは驚いた様子で「あっ」と声をあげた。
そのまま英雄と呼ばれるに相応しい、強者ツワモノらしい反射神経で、流れるように素早く、まだ熱いであろう湯呑みを両手で持って、口元に運んでいく。

妙に急いだ様子の彼女の仕草に、俺はひっそりと湯呑みの中を見やった。

(──あ……!)

声が出そうになってしまって、必死に抑えたが、目だけは小さく見開いてしまった。

キミの湯気立つ湯呑みの中に、揺れても倒れぬ茶柱が、凛と立っていたから。

俺の湯呑みの中と同じ、それを見た時、何故かとても嬉しくて、愛おしくて、不思議とキミとの縁を感じずにいられなくて──思わず「ふふふっ」と、小さく笑ってしまった。

いけない、とぼけなくちゃ。可愛いキミが、せっかく幸せの兆しを呑み込んだのだから。

「愛弟子? ふふっ、慌てて飲んだりして、どうしたの?」
「っ、あちち……! ち、ちょうど温かいものが飲みたいなーって、思ってたんです!」
「ふふふ……そっか。慌てると火傷やけどをしてしまうからね、ゆっくりお飲み」
「は、はいっ! ありがとうございます」

キミが茶柱を飲み込んだであろう姿を見やりながら、俺も、湯呑みをゆっくりと両手で持ち上げる。俺の湯呑みの中にも幸せの兆しはまだ浮かんだままで、思わず笑みがあふれた──そんな時だった。キミが意を決したように、息を呑む音が聞こえた。

「あ、の……! ウツシ教官、ちょっと聞いてもいいですか」
「うん? 何だい、どうしたの?」
「あ、あの……あの……!」

先ほど一生懸命、熱々の幸せのお茶を飲んだキミの可愛い喉が、また息を飲んで、震える。その様子も愛しくて、何を聞いてくれるのかも楽しみで、俺は湯呑みを傾けることなく卓上に戻し置きながら、穏やかに言葉を待った。キミの瞳には、今は俺しか映っていない。

「こ、今夜とか、空いてますか?」
「え? うん! 今日は特に任務もないよ」
「そ、そうなんですね!?」

光を得たように表情が晴れ渡ったキミが、愛おしい。一生懸命、俺に言葉を紡いでくれるキミが、愛おしい。

「わ、わたしも、今夜はゆっくりできるんです! なので良かったら久しぶりに、わたしの家で一緒に晩ご飯とか、どうですか!? わたし、頑張って作りますので!」
「わあ、良いのかい!? キミから誘ってもらえる上に手料理だなんて、嬉しいなあ!」

思わずまた笑顔が溢れて、心がほわんと温まる。キミの言葉が何よりも嬉しい。キミと無事に、元気に言葉を交わせることは何よりの幸せ。

「ありがとう、愛弟子! じゃあ俺、仕事が終わったら水車小屋に行くね!」
「はいっ! えへへ、やったあ! お待ちしてますね!」

俺の視界の中で、キミも幸せそうに微笑む。その笑顔を見ながら、ようやく俺も湯呑みを両手で持ち上げ、適温になっていた煎茶を茶柱ごと、ゆっくりと飲み下していく。

幸せの兆しである茶柱。それを見つけた瞬間から次々と幸運は舞い降りて──キミと幸せな時間を共にできる約束までできた。

「ねえ教官、何が食べたいですか? 何かご希望はありませんか?」
「えっ! 俺はキミが作ってくれるものならいつでも何でも食べたいし、大好きだよ!?」
「っ!? も、もう……! そ、れは、ありがとうございますっ……!」

照れたように頬を赤らめたキミが見られたことも、俺にとっては類まれなる幸せのひとつ。いつまでも見つめていたい気持ちで目尻を下げていると、キミは「そうじゃなくて!」と、林檎色の頬を可愛く膨らませた。
 
「せ、せっかく来て下さるんですから! ウツシ教官の食べたいものを作りたいんです! 何かありませんか? 何でも大丈夫です!」
「ふふふっ……そうかい? 嬉しい、嬉しいな……ありがとう。そうだなあ、何だろう……何にしようかな、迷っちゃうなあ……!」
「やっぱり、お肉料理です?」
「うんっ! やっぱり俺、お肉大好きっ! そうしてくれたらとっても嬉しいなあ!」

微笑みながら俺がそう言うと、キミもとても嬉しそうに微笑みながら「了解です!」と頷いてくれた。その頬はますます可愛く、赤く、美味しそうに熟れている。

幸せが次々に重なって、欲深くなってしまいそうだ。理性を忘れてはならない。

「えへへ……幸せ。今夜、楽しみです。お待ちしてますね、ウツシ教官!」
「──うん……! 俺も楽しみにしているよ、愛弟子!」

キミと向き合って、視線を交わらせ、微笑み合って、ただこれだけで幸せを感じている──のに、今の俺の心は、もっと欲している。

俺はもう茶柱のない自身の湯呑みの水面を一瞥し、思わずそれをまた手に持って口元で傾けた。
先ほど茶柱ごと飲み下した時はあれほど甘くまろやかに感じたお茶の味。今は何となく、苦味が際立きわだっているように感じて、理性が引き締まる。

(──キミが傍にいてくれるなら、俺は……) 

安寧が花開く郷里の光風の中、己の疲労を労うように空腹を満たせることも、そんなささやかな時間の目の前に、最愛の人がいることも、きっと、何もかも奇跡のようなもの。

俺の傍に舞い降りてくれた幸せの数々に感謝しながら、目の前にいるキミへ笑いかけた。すると、キミも幸せそうに笑い返してくれる。俺を瞳に映すことを、とても嬉しそうにしながら──照れたように頬も染めて。

(さっき、キミは……『幸せ』と言ってくれたよね、愛弟子)

俺といることが、俺と過ごすことが幸せだと思ってくれるなら──もっともっと、愛するキミを幸せにしたい。

こうして一緒にお茶を飲んだりしながら、キミには笑っていてほしい、元気でいてほしい。

わがままを言ってしまえば、ずっと、俺の隣で。

……そろそろ、伝えたい、なあ……
「えっ? 何です?」
「んーん、何でもない」

きょとんと目を丸くして、ぱちぱちと瞬きをしながら俺を見つめるキミはあまりにも無垢で、愛おしくて、愛らしい。

「ねえ愛弟子、今夜はさ」
「はい」
「今夜は、俺がお茶を淹れるよ」
……えっ?」
「ふふふっ、キミのお料理に合う最高のお茶を淹れるからね!」

自分がやるから大丈夫、とキミが言うより早く俺が告げると、キミは不思議そうなまま、けれど嬉しそうにまた、微笑んでくれて。

「ありがとうございます、ウツシ教官。ふふふ、じゃあ、今夜のお茶担当は教官ってことで。よろしくお願いしますね」
「うんっ! ありがとう! あー、ますます今日の晩御飯が楽しみなぁ!」

自然と、ますます目尻が蕩けて口角が上がった。うさ団子をかじってからまたお茶を一口飲み下せば、先ほどとは正反対。不思議と、うさ団子よりも甘く感じた。

愛しいキミと呼び合いながら一緒に食事をして、今みたいに、お茶を飲んだら──今度は、俺からお誘いするんだ。

今度のお互いの休日、一緒に過ごさいないかいって。キミと一緒にいたいって。

(愛弟子、ずっと……キミと、一緒に……)

まだ伝えられていない、『恋人』同士である俺たちの、これからのこと。幸せが更に大きく咲くか、いさぎよく散るか──どんなに願っても二つに一つ。

こんな風に緊張できることも命あればこそ、愛するキミがいてくれるからこそ。俺はキミに、自分の幸せを確信できる未来を選んでほしい。俺が傍にいることを選んでくれるのなら、必ず幸せにしてみせる。

本音は──選んでほしくて仕方ないけれど。

全ての要素が重なって、緊張がもたらす不安が存在することまで、何となく心地良くて。

(俺って……幸せな奴だよな……)

俺は小さく笑いながら、湯呑みを口元で大きく傾け、もう茶柱のないお茶をあおる。
今夜、俺がキミと自分に淹れるお茶に、茶柱は立つだろうか。幸運と幸せに満ちた未来の兆しはあるのだろうか。

最後の一滴、お茶は少しだけ苦くて、けれどとても澄んだ香りがした。



@acadine