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零ミリ
2025-11-24 17:48:30
8957文字
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2027/2発行予定大静短編集試し読み
2027/2発行予定の大静短編集から二編の試し読みです。
前回公開時より発行予定イベントを延期しました。(2026/5)
1957年の大崎と静馬の昭和の一年と三つの結末の話。試し読みは2月6月の話。
6月の話にモブの親子が登場します。
実在の固有名詞が登場しますが、本作は実在の人物、団体、事件とは関係ありません。
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六月・プロ野球
「おーい、大崎君、こっちこっち!」
改札の外にいる、いつもの赤い服を着た静馬さんが帽子をひらひらと振り回してこちらを呼ぶ。「探している人の身長が高いと見つけやすくていいですね」と自分に対して言った新木場さんの言葉の意味がよく分かる。確かに便利でいい。駅員に切符を渡して改札を通り抜け、人混みをかき分けて青空のしたら太陽に照らされる静馬さんに近付く。
「平塚方面から大変だっただろ」
「それほどでは。静馬さんだって軽井沢でしょう。そちらの方が大変では」
「俺は昨日から都内のホテルにいたから一本だよ」
ホテル、という言葉に自分が目つきを尖らせたのを見て静馬さんは声を立てて笑う。
「連れ込み宿じゃないし、相手はいたって健全な関係の知人だ」
この人が本当のことを言っている保証はどこにもないのだが、なんとなく本当のような気がしたので追求はしなかった。自分が追求しないと分かって静馬さんは帽子を被って人波が向かう先を向く。
「さ、あれが後楽園球場だ。野球観戦、楽しもう」
今日は静馬さんに誘われて東京の後楽園球場に来ている。きっかけは新聞だ。新聞の野球の記事を見ていた静馬さんから球場に行ったことはあるか、と聞かれた。新木場さんに拾われてすぐの頃に一度連れて行ってもらったことはあったが、成人してからはなかった。そう答えると、じゃあ俺と行こうか、と静馬さんが言うので頷いたのだ。
「詳しく聞いてなかったけど、大崎君は野球好き? 贔屓の球団とかある?」
「探偵社で人がいない時にラジオで中継を聞くことはあります。なのでルールと人気の選手は大体分かりますが、こだわりはないです」
「俺と同じだ。俺も世間話についていく程度のことしか分かってない」
「では何故誘ったんですか」
「それは、着いてから説明した方が分かりやすいかな」
静馬さんは楽しそうに球場を見る。よく分からないが、静馬さんが楽しそうならちゃんと理由はあるんだろう。程なくして球場に着き客席に入る。休日の球場は試合が始まる前から既に大勢の人で盛り上がっており、空席はまばらだった。二人分空いている空席を見つけてどうにか並んで座る。記憶の中のグラウンドより、遠く見切れている。
「この席で試合の推移が分かるんでしょうか」
「さあ? 俺は球場に来る時いつも雰囲気で観戦してるから。応援する球団も座った席の周りでどっちが多いかで決めてるし。この辺の応援幕は巨人っぽいね。今日は巨人を応援しよう」
熱心なファンに聞かれたら怒られないだろうか。周りを軽く見渡すが、静馬さんの発言に気分を害した人間はいなさそうだった。案外こういう人も多いのかもしれない。安心して静馬さんに続けて尋ねる。
「詳しくはなくても球場に行く機会があるんですね」
「ああ。昔から野球好きな知人には事欠かないからさ。学生の頃にはプロ野球だけじゃなくて学生野球の応援に行ったこともあったし」
さして興味ないスポーツの観戦でも付き合いで着いて行く、というのが静馬さんの器用なところだな、と思う。自分であれば一度誘われても次はないだろう。
しかし、静馬さんの話を聞いてもあまり野球への興味が感じられず、自分を球場に誘った理由の見当がつかない。中に入ったのだからそろそろ教えてもらえるだろうか。
「静馬さん、自分を誘った理由をそろそろ教えてもらえますか」
「ああ、それは。とりあえず周りを見てみてよ」
意図が分からないまま言われた通りに周りを見回す。試合開始五分前の観戦席はみなこれから始まる試合への期待に興奮で顔を輝かしている。こんなにも多くの人が楽しそうにしているのは祭り以外では見たことがない。
「みなさん楽しそうですね」
「だろ? 祭りでもないのに、こんなにたくさんの人が楽しそうにしているところってそうそうない。この雰囲気が好きでさ。だから球場が好きだし、君にも見せたかったんだ」
目を細めて言う静馬さんに、胸が熱くなる。美味い酒だよ、と言って静馬さんのお気に入りの酒を勧められたことはあったが、好きなものを共有してもらえるような関係になっていることにどうしようもなく嬉しくなる。それだけではない。人が楽しそうにしているのが好き、というのは静馬さんが「台場静馬」として見せかけている上っ面ではなく、この人の本当に心から好きなものであると思う。何も言わなくても自分の顔が緩んでいたのだろう、静馬さんは声を上げて笑って自分の背中を叩く。
「そんなに嬉しいか! アハハ!」
「はい、嬉しいです」
自分が言葉にすると、静馬さんは更に大きな声で笑って背中を強く叩く。
そうこうしていると、試合が始まる。対戦カードは読売ジャイアンツと広島カープ。神奈川県民としては隣の東京の巨人軍の方がなんとなく親しみがあり、静馬さんも今日は巨人の方を応援すると言っているので、巨人の方を注視する。
先攻は広島、後攻が巨人だが一回戦はどちらも点が入らず終わる。試合が動いたのは二回戦の裏。巨人が二点を奪取し、お膝元の後楽園球場はわっと盛り上がる。今日は巨人の応援、という静馬さんも二人目のバックホームに大きく拍手を送る。正直、選手の顔は判別できないくらいの距離があるが、応援する球団があると一球一球に緊張感がある。それは静馬さんも同じで、巨人がヒットを打てば手を叩いて喜び、三振すれば声を出して悔しがる。ころころと表情の変わる静馬さんを見ていたかったが、自分もつい試合の推移を見守ってしまう。
「あ、ちょっとトイレ」
四回戦の表の途中で静馬さんが席を立つ。良い守備があったら帰ってきた時に知らせよう、と思いマウンドを再び見る。しばらくして、甲高い少年の声が自分の隣で響く。
「ほんまじゃ! 同じかお!」
自分に向かって投げられた言葉のような気がして声が聞こえた隣を向くと、小学校に上がるかどうかの年の見知らぬ少年と静馬さんがこちらを見ている。説明を求める自分の顔に静馬さんは苦笑する。
「トイレから帰る途中で一人で歩いているこの子を見つけて声かけたら迷子で。係員に案内しようとしたら『試合を見たい!』って言って聞かないから、ほっとくわけにもいかないし、連れてきた」
静馬さんの説明を聞いている間も少年の興味は既にマウンドに移っているようで、こちらを見ていない。
「親御さんも探しているでしょうし、係員に引き渡すのが最良では」
「俺もそう思う。でもこの子頑固でさあ」
「かっとばせー!」
試合は五回の表、広島の攻撃で、少年は打者に檄を飛ばしている。広島のファンらしい。
「一応、係員にはここの席を伝えてる。だから親が探しにきたら伝えに来てくれると思う」
目を輝かせ拳を握りしめ通路でマウンドを見つめる少年の姿を見て、邪魔できない気持ちは、分かる。
「静馬さん、自分がこの子の親御さんを探してきます。どのみち、二人分の席しかないですし、人探しは慣れています」
自分は立ち上がり、少年を座らせる。静馬さんは頷いて、自分に笑った。
「ああ、君ならそう言うと思った。じゃあ親御さんのこと聞き出さないとね。しょーねん、試合見ながらでいいからこの怖いお兄ちゃんの質問に答えてくれる?」
静馬さんは少年の隣に座り、親の特徴を聞き出す。試合に集中している少年からどうにか聞き出し、手帳に書いた人相書きに「似てる!」の言葉をもらい、二人が座る席を後にする。
静馬さんが少年を見つけたという地点に赴く。席番号こそは分からなかったが、どのようにマウンドが見えていたかは彼はよく覚えていた。その証言から少年が始め座っていただろう場所に見当をつける。客席の一番後ろの通路から客席を見渡す。なんという人の多さだろう。こんなにも多くの人が一つの娯楽のために集まっている。それは自分の知らない世界だった。
(人の多さに怯んでいてはいけない。彼の親を探さなくては)
厠から戻ってきて席を見失ったフリをして下の席へと降りていく。空席は、ある。しかしその空席の横に座っている人物は自分が書いた人相書きとは異なる。おそらく少年が座っていただろうあたりはひと通り見た。しかし、彼の親らしき人物は見つからなかった。彼の両親も少年を探しているのかもしれない。
こうなったら係員を片っ端から捕まえて少年を探している人間がいないか聞いていこう。そうして広い球場を総当たりする方針に切り替えた。
何も収穫のないまま、試合は終了に近付く。八回の表、今日一番の歓声が上がる。試合の流れは良く分かっていないが、スコアボードを見ると広島が逆転のホームランを入れたようだ。きっとあの少年も喜んでいるだろう。良い思い出として終わるよう、両親を探し出さねば、と通路の方を向き直ると三十前後の男女の二人組がキョロキョロとしながら歩いてくる。もしかして、と思い駆け寄り声をかける。
「もしかして、こういった少年を探していませんか」
やはり二人組はあの少年の両親で、自分の話を聞くと見るからに心配そうな表情が和らいだ。静馬さんたちが座っている席とはもう球場の反対側になっており今にも駆け出したい顔の二人を案内して静馬さん達の席へ向かう。
「もう! 探したのよ!」
自分の後ろに着いていた女性が少年の姿を認めると駆け寄って座ってる少年を抱きしめる。試合の応援に夢中だった少年も母親の泣きそうな顔を見るとバツが悪くなり、小さく「ごめんなさい」と呟く。
「こちらのお兄さんも面倒を見てもらってしまってすみません」
父親が静馬さんに頭を下げる。静馬さんは困ったような顔をして答えた。
「こちらこそ、すぐに係員に引き渡さず、こっちの席に連れてきてしまってすみません」
「いや、こいつが頑固に試合を見せろと言ったのでしょう。今日を楽しみにしていましたから」
「だってー!」
「ほら、お兄さんにありがとうは?」
母親に促され、少年は静馬さんにぺこりと頭を下げる。
「お兄ちゃん、ありがとお!」
「どういたしまして。次来る時はお父さんお母さんとはぐれないようにな」
「うん!」
「探しにきてくれたお兄さんも本当にありがとうございます」
自分の方にも母親と父親が頭を下げる。頭を上げた二人に自分は差し障りのない答えをする。
「自分は大人として当然のことをしたまでです。試合が終わって混雑する前に見つかって良かったです」
父親と母親は何度も自分に頭を下げながら少年を連れて自分たちの席へ向かう。随分久しぶりのような感じのする静馬さんの隣に座ると静馬さんはマウンドを眺めながら話し始める。
「あの子、今小学一年生なんだけど、四月に広島から東京に引っ越してきたんだって。で、今日初めて後楽園球場に来たって言ってた」
「それは楽しみだったでしょうね」
「広島でも球場に行ったのは一回だけって言ってたから今日は特別だったんだろうね」
「連れてきた時はそこまで聞いてなかったんだけど、それ聞いたら係員に引き渡さなくて良かったんじゃないかなって思ったんだよね」
「
……
」
「今日、大崎君と二人で良かったな」
静馬さんの横顔は穏やかだ。揶揄いではなくこの人の良心の言葉なのだろう。
「自分は静馬さんがそう思ってくれたのならそれで良いです」
三振の歓声の中、静馬さんはにこりと笑った。
「そういえば、あの子は広島のファンのようでしたが。静馬さんとは喧嘩しなかったんですか」
「あ、それ? あの子が広島の熱心なファンってことは分かってたから話合わせて俺も広島応援してたよ。いや、応援してる球団がホームラン打つと気持ちいいね! アハハ」
「静馬さん
……
」
八回で逆転した広島のリードは九回で覆されず、広島の勝利で終わった。
帰りの混雑に揉まれ、球場から出てようやく身動きが容易くなったところで静馬さんが小声で囁いてきた。
「ホテル、ダブルの部屋を二人で取っているんだよね。もちろん昨日は一人寝だ。明日休みの君は当然来るだろ?」
自分の中で下腹部に何かぐつぐつとした物が溜まるのを感じた。静馬さんの手首を掴んで同じく小声を返す。
「昨日が一人寝ということが嘘でないことを確認しに行きます」
街灯が静馬さんの目を細く照らした。
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