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零ミリ
2025-11-24 17:48:30
8957文字
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2027/2発行予定大静短編集試し読み
2027/2発行予定の大静短編集から二編の試し読みです。
前回公開時より発行予定イベントを延期しました。(2026/5)
1957年の大崎と静馬の昭和の一年と三つの結末の話。試し読みは2月6月の話。
6月の話にモブの親子が登場します。
実在の固有名詞が登場しますが、本作は実在の人物、団体、事件とは関係ありません。
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二月・雪
目が覚めると同時に、寒さに震える。静馬さんとの間に置いてある湯たんぽは夜の間に冷めてしまっている。
軽井沢の冬に、身を寄せ合うとしても裸で寝ることは自傷行為であるので、静馬さんと揃いの温かい寝巻きを着ている。静馬さんはまだ眠っている。お互い眠りが浅く、寝ている時はなるべくすぐに起こさないようにしている。起こさないように、そっと寝台から抜け出る。
部屋用の靴下を履いていても床の冷たさが足の裏から伝わる。そこまで着込まなくていい、と言ったにもかかわらず、静馬さんに靴下までもらった。過剰だ、とも思ったが使えばやはり冷たさをずいぶん和らげるものだ。
窓際に立ち、厚いカーテンを開く。起こさない、といってもカーテンを開けるくらいのことはしている。朝の光が差し込む、と同時にベッドへと駆け寄る。
「静馬さん、静馬さん」
「ん〜〜〜もう昼?」
「静馬さん、朝です。雪が降っています!」
「雪?」
静馬さんは寝ぼけ眼で上半身を起こし、目を開いてカーテンの開いた窓を見る。
「おー、雪積もってるね。昨日寒かったもんなあ」
「軽井沢ではよく雪が降るんでしょうか」
「よくではないな。でも積もると中々溶けないよ」
「そうなんですね」
「あーーーそっかそっか」
そうだよね、と静馬さんはくっくっと笑って自分の頭をぽんぽんと撫でる。
「雪積もったのを初めて見て俺に見せたくなったんだ? かわいいなあ」
「やめてください」
つい、雪を見て反射で静馬さんに声をかけてしまったが、随分子供っぽいことをしてしまったと今更理解した。静馬さんの手をやんわりと退けるが、静馬さんはまだ笑っている。
「平塚だと雪は一年に一回降るか降らないぐらいか? 積もるのを見るのは初めてだろ?」
「はい。静馬さんは見慣れているようですね」
「見慣れてるってほどじゃないよ。東京では平塚とさして変わらないし。ここに来た時に何回かってぐらい」
うーん、と静馬さんは伸びをしてベッドから降り窓際に歩いていく。窓の外の白く覆われた世界を見てから、こちらに振り向く。
「雪が積もったんだ。朝食を食べたら雪遊びしようか!」
防寒着を着込み、別荘の裏手に出る。人が立ち入らない場所の雪を踏み締めると、足跡が残される。いつもこんな風に足跡が分かりやすく残ってくれれば、探偵社の仕事は随分楽になるだろう、とつい仕事のことを考えてしまう。
「雪遊びも色々あるけど、よくやるのは雪うさぎや雪だるま作ったり、二人いるなら雪合戦したり。かまくら作るには雪が足りないかな」
「雪だるまなら本で見たことあります」
「じゃあお互いの雪だるまを作るってことで。速さと芸術点の両方で競争だ!」
そう言うと静馬さんはしゃがみ込み、雪で小さな玉を作り始める。なるほど、小さい玉を作ってからそこに大きさを足していくのか。自分も少し離れたところでしゃがみ込み、土台を作り始める。
「静馬さん」
「何?」
「雪やこんこ、という歌があるかと思いますが」
「ああ文部省唱歌の」
「犬が庭を駆け回り、猫はコタツで丸くなる、というのは本当なんでしょうか」
「俺は犬も猫も飼ってなかったからよく分からないけど、前にここで雪が降った時に他の人の別荘で犬がはしゃいでたのを見たことはある」
「本当にある光景なんですね」
「猫は分からないけどね」
「雪なんて遠い世界の話のように思っていたので、こうして現実のものになると不思議な気持ちです」
そう言うと静馬さんはこちらを向いて、にこーと笑う。その穏やかさにどこか新木場さんと重なる気持ちがした。
「そうだろ、体験するっていいことだろ」
「はい、静馬さんのおかげです」
「はは、それは嬉しいな」
静馬さんは笑って雪玉をぽんぽんと叩いた。
静馬さんが雑談を広げながら手を動かしていると、二体の雪だるまが出来上がった。手は枯れ枝で、顔は太めの鋭い枝を彫刻刀代わりにして彫り込む。
「昔作った時より上手く出来てるな。彫刻をやったおかげだ」
寒くなった頃から静馬さんは彫刻に凝り始めた。まるで秋に好きだったフィルムカメラと入れ替わりのように。彫刻のことはさっぱりだが、おそらくそれほど上達はしていない。でも、雪だるまに自分の顔の目つきを再現して刻むくらいのことには役立っているようだ。
「できたできた。大崎君はどう?」
「できました」
「どれどれ」
「
………………
」
「
………………
」
二人して沈黙する。これは、なんというか。
「大崎君が作った俺だるま、なんか妙に可愛くない? 女の子が笑ってるみたい」
「静馬さんの自分の雪だるまはどこか情けないですね。静馬さんから見た自分はこんな風に見えているんですか」
「それはこっちの台詞だよ。三十の六尺ある男をこんな風に見てるの
……
?」
「彫刻は慣れないんです」
静馬さんの表情をありのままに雪だるまにしたつもりだったが、本人が見ると「可愛い」という評になるらしい。そして、静馬さんが見る自分は頼りない子供のような表情だ。自分も六尺の男なのだが。
「うーん、まあ楽しかったからいいか。そろそろ昼の準備にしようか」
「はい」
お互いに釈然としない雪だるまを残して別荘の中へ戻る。昼食の準備といっても凝ったものは作らない。朝に炊いた白米に塩と胡椒の味付けの野菜炒め。自分は白米だけでも構わないのだが、静馬さんに「もっと食べな」と言われたので、野菜炒めを追加した。
「大崎君、手足冷えてない? 手袋してるから大丈夫だと思うけど、しもやけしてたら大変だ」
白米に箸を伸ばしながら静馬さんが確認してくる。箸を置き手袋を外して手を握り込んで開く、を繰り返す。
「大丈夫です。静馬さんは大丈夫ですか」
「俺も大丈夫」
静馬さんが先ほどまで手袋をしていた手のひらを見せる。大江島で負った傷跡が残り、彫刻でつけた傷がまだ癒えていない指先だが、しもやけをしているようには見えない。
「食べ終わったら雪合戦しようか。二人だから合戦じゃなくて一騎打ちだけど」
「雪合戦って雪玉を投げ合って遊ぶ遊びですよね。楽しいんですか」
「つまらないと思いながらしたらつまらないし、盛り上がろうと思ってしたら面白いよ」
特に何も答えていない答えだ。世の中の遊びは大概そうだろう。
昼食を食べ終わり、少し休憩してから再び裏手に出る。自分たちの雪だるまに見守られながら雪が積もっているあたりに静馬さんがしゃがみ込む。雪を集めて手のひらにちょこんと乗る大きさの雪玉を一個作り上げる。
「雪だるまを作る途中みたいに雪玉を作って投げる。ルールは複雑にしようと思えばいくらでも複雑にできるけど、シンプルに相手に三回雪玉を当てたら勝ちにしよう」
「雪玉を投げるのと作るのを同時にするんですか」
「そう。相手に見えるところで雪玉作っていたらボコボコにされるよ。だから木の陰に隠れて雪玉は補充する」
「それは合戦っぽいですね」
「よし、ルールが理解できたらちょっと離れたところでスタートだ」
静馬さんは立ち上がり、右手の木の方へと移動する。自分はそれと反対側の木の側へと近寄る。
「よし、スタート!」
静馬さんの合図とともに、座り込み、雪玉を作り始める。静馬さんが見本で作った雪玉は随分小さかったが、玉が大きい方が当たりやすいのではないだろうか。直径が自分の手のひらほどある雪玉をこしらえる。
「大崎君、隠れてばっかじゃつまらないよ!」
「、今行きます!」
木の陰から飛び出すと同時に静馬さんの雪玉がふわりと二個飛んでくる。遅い玉は難なく避けられる。二個とも避けた後に体勢を整えて、静馬さん目がけて手に持っている雪玉を静馬さん目がけて投擲する。
「うわ⁉︎ デカッ! デカいし豪速球すぎる! 大崎君、怪我人が出ない範囲で!」
自分の投げた雪玉は静馬さんの横を通り過ぎた。どうも静馬さんの想定していた雪合戦ではないらしい。お互い再び木の陰に隠れて二発目を作り始めた。
雪合戦は三対二で自分の勝利に終わった。静馬さんは最初は手加減をしていたように見えたが、途中から本気になったようで、終わる頃には肩で息をしていた。雪だるまの時はそれほど思わなかったが、きっとお子さんと雪合戦をしたのだろうな、と感じた。小さな雪玉も、緩やかな放物線も。自分は、本気の雪玉を引き出せたと思っていいのだろうか。
「そういえば、勝利の賞品何がいい? 特に考えてなかった」
「では、静馬さんが作った雪だるまを彫刻にしてもらえませんか。小さなものでいいので」
静馬さんは少し目を見開いて、返した。
「大崎君が思ってるような顔じゃないのに?」
「今日を思い出せる何かをもらえたらと思ったんです」
「そっか、それなら、作ろうかな」
静馬さんは踏みしめられていない雪のような柔らかさの笑みを浮かべた。
後日、静馬さんが自分の下宿にりんごほどの大きさの木の彫刻を持ってきた。相変わらず情けない顔をしていた。自分が知る限り、それが彼の最後の彫刻作品だ。
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