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彌夜
2025-11-24 15:51:42
4433文字
Public
景丹
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Shekar miyaan-e kalaametaan
景元×丹恒。ふたりでケーキを食べるお話。
去年?載せたお話を多少手直しした再掲です。実際の誕生日などわからないのもあり、相変わらず捏造妄想ばかりです。何でも大丈夫な方はどうぞ。
ケーキはもう涙でしょっぱくならない。
君という砂糖がいるのだから。
1
2
「丹恒。休憩にしないかい?」
疑問詞の形を取ってはいても、いそいそ迷いなくテーブル上へ置かれるのは檜の木目が作る光沢も滑らかな山茶盆だ。ついでそっと隣り合う二人分の茶器からはまだ温かな湯気が漂っている。揃いの滑らかに白い光沢を帯びて華奢な器は、独自の茶の文化が花開く仙舟では滅多に見られぬ流線麗しきボーンチャイナ。列車のオペレーターが嗜むのと同じ磁器だが、彼の存外大きな手へちょこんと収まる物珍しさに、ついつい呆けてしまった。
硬直する丹恒を他所に手慣れた仕草でティータイムの支度は整えられてゆく。貴人にさせるなど、と横槍を入れる隙もない。まるで己こそが茶の主人である威風堂々とした振る舞いで、鼻歌すら奏でて楽しげに、たっぷりの紅茶で満ちたティーポットを景元は卓に置いた。
端正な指先はこの為にあると言われても納得してしまう。
(いや、そうじゃない)
優美な所作に見惚れている場合ではないのだ。はっと現実逃避から戻り、急いで丹恒は所狭しと広げていた資料の山を隅に寄せる。慮外者でも閲覧が許される書架から引き出した本ばかりだが、万が一があれば責任問題以前に、本の虫として悔やんでも悔やみきれない。
茶会を断るという選択肢はなかった。
貴重な資料が保管されている書庫へ入り浸る許可を与えてくれた神策府の長直々の誘いだ。もう少し文字に耽っていたのに、と若干もどかしさはある。けれど礼を失するわけにはいかないので、大人しく丹恒は居住まいを正した。
だが、やはりどうしてだろう、と思わずにはいられない。首を傾げると同時に問いを漏らす。
「
…
何故だ」
「ん?」
「いつもより貴方は浮かれている気がする。慶事でもあったのか?ならば俺と祝うよりも、彦卿や部下達と分かち合うのが良いだろう。そうしないのが不思議でならないんだ」
証拠にと示すのは景元が開いた瀟洒な箱。如何にも老舗の店から取り寄せた品じみている。光や空気から完全に密封し、シックで重厚感がある中に鎮座するのは、一人か二人で食べ切れる大きさの小さめなシフォンケーキだ。年輪を幾つも抱えた切り株を思わせるフォルム。表皮へ苔生したと表現するには明るい緑色の洋菓子はしっとり落ち着いた風情で、忠犬のように食べられるのを待っていた。
景元はすぐには答えず、生地へナイフを入れる。
何の抵抗もなくすっと等分されるケーキ。宝物より恭しく切り分け、銀のフォークと共に丹恒の前へとその芸術的な菓子は饗された。
手渡される食器を握れど追求の手は緩めない。
「仙舟の暦でも祝日ではないな。それとも、俺が知らないだけで、変更があったのか?」
「いいや。暦法は滞りなく、全て世は事もなし。新たなハレも制定されていないとも」
「
…
ますます貴方の考えがわからない」
「単なる気まぐれだから、難しく捉えないでくれたまえ。これだって偶々目に留まったので購入しただけなのだから」
「
………
同席する人選を間違えている。申し訳ないが、俺は甘いものは」
「不得手なのだろう?でも騙されたと思って、一欠片食してくれないかな」
「
………
」
素っ気ない丹恒にも泰然とした笑みは崩れない。こうなると口達者にも自身の意見をあの手この手で呑ませ、結局通させる人物だと、短い今世の付き合いでもよくよく身に沁みていた。
はあ、と嘆息しても現実は変わらない。丹恒が口に運ばねば、銀の獅子は梃子でも動かぬであろう。ティータイムはいつかは終わらせなければならない。此処には三月ウサギも帽子屋も、眠りネズミもおらず、処理を待つ仕事ばかりが高く聳えるのだから。
丹恒は眉を顰めた。
だが覚悟を決め、無心で頬張ってみる。
途端口の中へ広がるのは、ほんの少しばかりほろ苦くも奥底で甘みが綻ぶ上質な茶の風味と、不自然さのない雲のようにふわふわとけゆく舌触り。伝統的な羅浮の茶とは異なる趣きである。
ぱちり、翡翠を丹恒は見開いた。
従来のわざとらしい甘ったるさを想像していたのだ。良い意味で裏切られたと言えよう。それほど景元の手土産は丹恒の舌にも受け入れやすかった。考えてみれば、この切れ者が客の好みを外すわけがない。
思わず素直な感想が漏れる。
「
…
おいしい」
「ふふ、それは重畳」
不可解なものを目にしたように恐る恐る二口、三口。食器を手繰る仕草は淡々としているが、止まらない。栄養価にしか関心を持たぬ丹恒が珍しく賞賛する程美味だったのだ。
そんな丹恒の反応に、してやったり、と策士は微笑んでいる。気に入ると事前にわかっていたが故の大人な余裕。カップの蔓へ伸ばす典雅な指の白さに、生来の負けん気の強さが丹恒に牙を剥けと命じてくる。
やられっぱなしのままではいられないのだ。
すっきりしたダージリンで喉を潤し、本能のまま反撃に出る。
「
………
ん」
「え」
ずい、と突きつけるのはケーキの欠片だ。
潤沢な水分を含んで練られた生地は軽くて崩れてしまいそう。けれど怯む事なく、食べろと丹恒はフォークの先を、男らしく薄い唇へ差し出す。ぽかんと虚を衝かれた将軍の御尊顔など滅多に御目見えできないが、目的を果たすまで退くつもりはなかった。頑なな意思表示に、暫しうろうろ迷っていた花唇が諦めて綻ぶ。慎ましく開く口。ちらりと奥から覗く舌の艶めかしい赤。自分の方こそ動揺せぬようきつく柄を持ち直し、慎重に、ゆっくりと景元がケーキを嚥下するまで丹恒はフォークを支える。
上品に啄まれるケーキ。
手にした勝利へ丹恒は口の端を上げた。
もくもく小動物のように頬張る男へ胸を張る。
「気まぐれと言ったが、最初から俺を想定し用意したのだろう?この嘘つき。全然貴方自身の好みとは違う癖に」
よく回る舌を物理的に噤まされた景元を尻目に、かたり、と席を立つ。なじる言葉を紡げど、丹恒の意趣返しなど、仔猫が甘咬みする程度にしか思われていないだろう。
結局男の目論見は暴けぬまま。何故景元が抹茶のケーキを持ってきたのかよくわからない。確かに馴染み薄い故郷の伝統的な食べ物を、列車の皆にとよく差し入れてくれはする。けれども、ケーキは点心が主な羅浮ではまだ珍しい部類。だとするとスターピースカンパニーか天舶司の交易経由で取り寄せたと考えるのが妥当であろう。
わざわざ手間を掛ける理由が丹恒には理解できない。下手すると、洋菓子は列車でのおやつとして見慣れてもいる。
本当に、よくわからない。
ケーキはあまりにも景元が丹恒へ食べさせたがるものとしては、不適格だ。
だが少なくとも、獅子がこの甘味を己へ与えたがっている事実自体に、他意は含まれていない。
だって。
そうでなければ。
鈍い丹恒の味蕾でも美味しく感じ、眦を和らげたのを見て。まるで自分こそが嬉しくて堪らないと、無防備な笑顔を咲かせはしないだろう。
胸の奥がくすぐったい。
シフォンケーキよりも心がふわふわしている。流石の朴念仁な丹恒でもこの感情の名前は知っていた。唯。素直に表すには恥ずかしさが先立つだけで。
だらしなく緩まりそうな頬を引き締め、立ち上がる。肩越しに投げるは逃げ口上。
「砂糖と蜂蜜を貰ってくる。紅茶に入れたら、貴方も口に運びやすいだろう」
後、あれば添える為の生クリームも。
ほろ苦い抹茶が特徴的なパウンドケーキは、丹恒にはちょうど良いが、ああ見えて結構甘党な景元にとって糖度が物足りないだろう。
返事を待たずに扉から出て、徐々に早足から、勢い良く回廊へと走り出す。行儀が悪いが構っていられない。
そうしなければ、いつもは冷え切っている体へ灯された熱に言い訳出来なさそうだった。
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