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ねぶくろ
2025-11-23 12:18:58
5668文字
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一口大のバウムクーヘンエンド 本文サンプル
「結ばれないふたり」限定短編集
『一口大のバウムクーヘンエンド』の本文サンプルです
1ページ目「一口大のバウムクーヘンエンド」
2ページ目「幻想の君へ」
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https://www.melonbooks.co.jp/fromagee/detail/detail.php?product_id=3228014
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一口大のバウムクーヘンエンド
* * *
「お前を見てると、相手の幸せを願えるって幸せなことなんだなって思うわ」
披露宴から二次会へと流れることなく入った居酒屋は、個室が充実していた。まさかそれを知ってこの店を選んだわけでもないだろうが、都合は良い。
アルバイトの大学生に促されるまま席につき、扉が閉められるのを横目にメニューを開く。
草間
くさま
は、人の目がなくなるなり、潮垂れた風にテーブルに突っ伏した。ろくろく返事もしない彼を放置し、呼び出しボタンを押す。適当なつまみと、ビールを二つ。ジョッキが運ばれてきたところで、お通しの枝豆を摘まみながら、
高野
こうや
はそう零した。
草間が顔も上げず、「お前まじで最悪」と呟く。テーブルに突っ伏してくぐもっていても、その声が涙でヘロヘロになっていることは明白だった。軽く息をついて、行儀悪くテーブルに頬杖をつく。高野は中ジョッキを置いて、どうしたものかと薄ぼんやりとした橙色の照明を見遣った。
木製の薄い扉で隔てられた個室は、密室であるにもかかわらず騒々しかった。
店内で交わされる賑やかな会話が、板を突き破るような勢いで鼓膜を震わせる。座敷の方では打ち上げでもしているのか、十数人が一斉に笑う声が空気を波立たせた。大きな笑い声と共に、グラスが打ち鳴らされるような高い音がして、その隙間を別室の女性が埋める。低く抑えた声は、隣の個室からだろうか。内容までは把握できないが、盛んに愚痴をまくし立てていることはわかる。どうやら、職場にそりの合わない同僚がいるらしい。
草間は何も言わなかった。視線の置き場もなく、まばらに明滅する電球を見つめる。目が白く痛んだところで視線を外し、高野はため息交じりに目の前の草間へ向き直った。コイツに気を使うことなく、素直に二次会に流れておけばよかった、などと微かな後悔が胸をよぎる。
自分で誘っておきながら、草間は悲しみを堪えようともせずにテーブルに突っ伏して、沈黙していた。気まずさと湿っぽさに目を細めて、どうしたものかと枝豆を摘まむ。
二回の爆笑が二人の頭上を通り過ぎてもなお、一向に顔を上げないつむじを眺めて、高野は頭を掻いた。メニューブックを手に取って、視線の拠り所を確保する。高野は草間を見ないようにしながら、「お前さぁ、」と無感動な聴衆の距離感で声をかけた。
「
相原
あいはら
に『好き』って言ったことあった?」
不躾な問いかけに、草間が首を横に振った。すん、と鼻をすする音がして、ようやく彼が顔を上げる。目元はもちろん、鼻先まで真っ赤に染まった顔は、哀れを通り越して滑稽ですらあった。よくもまぁ、いい年をしてそんなに泣けるな、などと他人事の温度感でメニューを閉じる。
草間は、涙でぐずぐずになった顔をおしぼりで拭いて、「ない」と口をへの字に曲げた。その宣言で悲しみが再来したのか、両の瞳が潤み始める。高野が何か言うより先に、ぼろ、と大粒の雫がテーブルを濡らした。目を逸らして、ビールの苦みで喉を湿らす。草間はおしぼりを目元にあてながら、震える声を机上に乗せた。
「相原、すげぇ、綺麗だった」
後悔するように吐き出す彼へは目を向けないまま、枝豆を口に放り込む。
「そうね。綺麗なドレスだった」
敢えて的外れな同意を返せば、彼は頭を振った。
「そっちも綺麗だったけど、」
嗚咽を飲み込む間をおいて、彼がおしぼりを握り締めて俯く。相変わらず真っ赤に染まった目元は痛々しく、高野は眉根を寄せてジョッキを傾けた。彼の悲しみとは無関係に、心地よい涼気が食道を滑り落ちていく。その感覚に、自分と彼とは別の人間なのだと、明確に境界線が引かれた。
一般的な視点から言えば、相原
佳代子
かよこ
は美人というほど綺麗ではない。
草間たちと共に過ごした高校時代には、剣道部で女子団体の主将を務めていた。無骨な紺の胴着を身に纏い、凛と伸ばした背筋が印象に残っている。体育会系、──それも武道を嗜んでいるとは思えないほどに穏やかな性格の持ち主で、クラスの中でも目立たないうちのひとりだった。
剣道部で男子の先鋒を務めていた高野でさえ、部活動中に軽く言葉を交わした以上の思い出はない。いつも自分の席で読書をしているタイプで、多くの生徒は彼女のことなど記憶していないのではないだろうかと思う。竹刀を入れたケースに可愛いらしいウサギのチャームをつけて、いつも控えめに部員たちの様子を見ていた。
そんな目立たない彼女のどこに恋をしたのか、と目元を拭う草間を見遣る。高野はジョッキを手にしたまま、天井を見上げた。木製の梁を眺めながら、「まぁ、久々に見て綺麗になったなとは思ったけどさ」と遅ればせながら同意する。
「
……
お前、なんで相原のこと好きになったの?」
そんなになるほど好きになる理由ってなんだよ、とぶっきらぼうに言葉をぶつければ、彼は口元をへの字に、眉間にしわを寄せた顔で「絆創膏」と呟いた。
「絆創膏、くれた」
「は? それだけ?」
それだけでそんなに好きって、ちょっとキモくね? ──と、胸に仕舞った気持ちを見透かしたように、草間が不服そうな顔でこちらを睨む。彼は悲しみの波をやり過ごしたのか、深く息を吸い込んでから、「俺、サッカー部のベンチだっただろ」と、足場を確かめるように言葉を発した。
「三年間、試合になんてほとんど出してもらえなかった」
「あぁ
……
、うちの高校って結構強かったんだってな。全国大会でベスト8とかだろ?」
枝豆を摘まむ。草間は俯き加減に「あぁ」と相槌を打って、ようやく自身のジョッキの手を伸ばした。大して飲めもしないのに、威勢よく喉を上下させる。一息に三分の一を空にして、彼が唇を舐めた。その瞳に微かな生気が宿っているのは、高校時代を思い返しているからだろうか。
「
……
、夏だった。試合に向けて、備品か何かを探してたんだよ」
彼が、懐かしむように口元を緩める。高野は目を伏せて、枝豆に視線を落とした。こちらの様子は歯牙にもかけず、草間がやわらかい声で懐古を続ける。
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