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蜂宮
2025-11-21 22:10:13
5902文字
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溶けるまで
ノトルキ🎄話。
完成したらクリスマス近くなった時に支部に上げます。
ノトルキ
溶けるほど
バレンタインとか、クリスマスとか、別に何か自分達に特別な事はないのに世間が酷く浮ついている日。ノートンはこれが大っ嫌いだ。
チョコだとかケーキだとかプレゼントだとか、当たり前のようにそれらを享受できるような環境で生まれ育った人間達が、まるでその日を楽しめない側がおかしいかのような表情で見つめてくる日なのだ。
まだキリストが産まれた日だかなんだかというクリスマスを信徒が祝うのは百歩譲って理解できないこともない。だが、バレンタインにチョコを贈り合うなんて奇行、一体何がどうなってそこに到達したのか。
そんな無知で捻くれた疑問も、質問として聞けば博識な教授様が教えてくれるかもしれないが、そもそもノートンはこういったイベントに興味がある訳でもない。
寧ろ話題に出したり触れたりして、無駄な出費が重なるよりなら黙って知らん振りを貫き通したいとすら思う。
横目で少し離れたところから聞こえるクリスマスの予定について、なんて話題を話すサバイバーの集団から気配を消して手元の石を磨いていると、隣の椅子が引かれる音がして見慣れた男が腰掛けてきた。
「
…
君はクリスマスに何か予定でもあるのかい?」
世間話のようなもの。
…
彼、ルキノ・ドゥルギにとってクリスマスはその他大勢と同じく馴染みのある風習なのだろう。
だからこそ、こうして周りが話している話題をそのまま掻い摘んで振ってきた。
さり気なく、しかしそこまで興味がある風でもない表情で。
「いいや?そもそも、クリスマスだとかサンタだとか、祝うだけの余裕と金がある連中の話だろう。俺とは何の関係もない。」
だからこそノートンも、ルキノの振った話に本心のみで答えた。
彼はノートンの過去や生い立ちを考慮して話しかけたりはしないだろうという、嫌な信頼すら生まれるほどにルキノは結構な確率でノートンの地雷を踏み抜いていく。
呆れるほど清々しく、それでいてじくじくと痛む傷を内心に刻んでいく男だった。
「私もそこまで裕福ではなかったな。」なんて言われた日には一発右ストレートをお見舞いした事もある。
この話題もそんな、ルキノがノートンの中の劣等感を踏み荒らして終わるだけの話題だと思ったのだ。
「
…
そ、うか。」
思っていたから、どこか動揺したように絞り出された返答がなんとなく耳に残ってしまう。
あまり聞かない類の声色だった。
こんな喧嘩ばかりではあるものの、ノートンはルキノと付き合っている。
きっかけも酷いものなら、こうして付き合ってからの関係も酷いものだが、少なくとも互いに相手への愛情は少しはある筈だ。
ノートンも、自分の中の皮肉や劣等感は抑えられないものの、ルキノへの愛はしっかりと存在していた。
楽しい時、嬉しい時に出す声も、何かを考えている時に出す声も、興が乗って夜の自室に連れ込んだ時の声も、ノートンはしっかりと記憶している。
今の声はそのどれとも違うものだった。
「
…
何?」
「いいや、なんでもない。」
まるで迷子の子供のような、途方に暮れたような雰囲気を纏った音に動揺して、ノートンはぶっきらぼうに問い質そうとする。
だが、石から視線を上げた時には既に、ルキノは席を立ってそそくさと扉の向こうへと出ていくところだった。
残されたのは、何が何だか分からず疑問符を浮かべる自分と、未だに浮かれたクリスマスの話を続ける姦しいサバイバーの集団だけだった。
◆
時間は半年前に遡る。
キッカケは些細な事だった。
荘園では絶えず行われる試合のモチベーションを保つために、サバイバー側でもハンター側でも、時折宴会を開くことが許可されていた。
当時ノートン・キャンベルは寡黙で金に糸目を付けない男だ、という認識だけがルキノの中には存在していた。
それこそ、あまり好ましくない男を想起させるような言動が目立ち、内心彼を快く思わない事も多かった。
それでも、そんな感情をわざわざ表情に出して関係に軋轢を産むほどルキノは若くもなく、荘園に来るまでの二の舞になるのはゴメンだと考え、それなりの距離を保って接していた。
元々ハンターだったルキノが荘園主の気まぐれでサバイバーの姿を与えられ、通された先で開かれた何度目かの宴会。
大体はその日の試合で活躍した人が主役かのように持て囃され、あちこちから料理や酒を勧められて酔わされる、というその辺の飲み会と大差ない惨状が繰り広げられるのだが、この日最初のターゲットになっていたのがノートンだった。
ルキノのイメージではそこまで話さず周りを盛り上げる事もしない、こういった場で注目の的になるのは苦手なタイプなのではないか?と感じていたのだが、そんな疑問を吹き飛ばす程に、彼の周りのサバイバー達は勝手に盛り上がっていた。
「今日の試合、すげぇ助かったぜ!」
「ノートンくんのおかげで勝てたと言っても過言じゃないね。」
「今日はたんまり飲みな!足りなかったら私が手ずから作ってきてあげる!」
酒に料理に褒め言葉。ありとあらゆるものがノートンの前に用意され、涼しい顔をしてノートンはテーブルに乗せられた食事を平らげていく。
傍から見ても涼しい顔をして運ばれてきた大量の料理を掻き込む姿は壮観だが、どうやらノートンが反応に乏しい事は皆分かっているようで、自分達が盛り上がり始めるとノートンの傍で思い思いに食事を堪能し始める。
それでも定期的に注がれる酒も足される料理も残さず胃に収めるのは、彼の今までの生い立ちがそうさせているのかもしれない。
とは言えノートンも人間である以上限界というものは存在する。
ペースが落ちてきて、彼の頭が船を漕ぎ始めたのを見てしまっては、なんとなく心配になってしまった。
それに、そんな彼の変化に周りは良い感じに盛り上がっていて気付かない。
そして更に、この時のルキノは自身の部屋にやりかけの研究を残してきていた。
流石に新参者が集まりを無視して自室に篭もるのは今後の試合に響くだろうと思い顔を出したはいいものの、早く帰れるのであればそれに越したことはない。
そう思ったルキノは、ノートンの腕を抱えて担ぐ。
「彼、このまま寝てしまいそうだから部屋まで送るよ。」
「おー、そんじゃ頼むわ!」
ウィリアムの気前の良い声に押されて、自分よりも幾分骨格のがっちりとしたノートンを抱えて扉へと向かう。
もっと重いかと思った彼の体は想像よりもずっと軽く、そこで初めてルキノは「食うに困る程の貧困の出」というノートンの生い立ちを実感した。
時折ふらつく足取りでノートンの部屋を目指していると、普段聞くことのないようなクスクスという心底楽しげな声が隣からする。
どうやらノートンは気持ちよく酔っているようだ。
「ふ、ふふ
…
」
「君、随分と飲まされたなァ。」
呆れたような、感心するような声が出た。
ルキノはあそこまで食事を腹に詰め込むような真似はしたいと思わない。勿体ないと感じることもない。
大体、この手の宴会では客が食べ切れずに残る程の量が用意されている。
それらを全て食べ切るなどそれこそ無謀で、自身が満足したらそこで食事をやめて構わないだろうとルキノは考えている。
だが、ノートンはそうではないらしい。
食事を残す、という行為そのものが彼の中でタブーかのような、そんな強迫観念すら感じられる鬼気迫る気配を纏っていた。
「
…
あー
…
俺、今幸せかも。」
「そうか。」
「こんな、幸せで良いのかぁ
…
」
「良いんじゃないか。」
弾んだ声で、心底幸福そうに。
腹が膨れる程の食事をとれたというだけで、涙すら浮かべそうな声で噛み締めていた。
その姿に、声に、なんとなくルキノは居心地が悪くなってしまう。
生きる世界が違う、というのは実際のところこういう感覚のことを言うのかもしれない。
ルキノは食事でここまでの幸福を感じた事はないし、きっとこれから先も一生考えることはないだろう。そういった意味では、このノートンの声や感情を羨ましく思う。
ルキノが幸福や満足感を抱く瞬間は、いつも未知に対する答えを見つけた時だけだった。
「君がした仕事への相応の対価だろう。素直に受けとってしまいなさい。」
「
…
アンタは、いつもむずかしいことを言う。」
「職業柄癖になっている。諦めてくれ。」
酔っ払いの戯言と割り切ることもできた。
ただ、なんとなく温かな食事とアルコールでここまで屈託なく笑う青年に、胸の内が疼いてしまった。
鍵を開けて、薄暗い部屋の中廊下の灯りを頼りにノートンをベッドへと下ろす。
「水はいるかい?」
「
…
うー
…
」
「持ってくるぞ。」
慣れた感触に眠気を誘発されたのか、ノートンは枕に顔を埋めて低く唸り声を上げた。
このまま寝かせてやっても良いが、きっと二日酔いで明日酷い目に遭ってしまうのだろうと考えると少々気の毒で、手探りでコップに水を入れて枕元に置いた。
飲むかどうかは分からないが、これくらいはしてやってもバチは当たらないだろうと思ったのだ。
「
…
お休み、キャンベル。」
そう呟いて、彼の左頬に微かに唇で触れる。
父がよく寝る前にしてくれていたルーティン。ふとそれを思い出したルキノは、無意識のうちにしたその行動で、ようやく自分が抱いた感情が父性であることに気付いて苦笑した。
彼は、一人で寝る事を愚図る子供ではないだろうに。
自嘲気味にそう口篭ると、そそくさとノートンの部屋を後にする。
ルキノはベッドの中で固まっていたノートンには最後まで気付かなかった。
◆
中庭の中間付近にある温室はルキノが良く足を運ぶ絶好のスポットだった。
調度良い気温と湿度は、爬虫類がのびのびと過ごす条件としてこれ以上ないほど素晴らしいものだからだ。
基本的にこの場所を訪れるのは同じく自らが研究する生物を飼っているプリニウス婦人か、中庭や温室の草花を手入れしてくれているウッズ嬢くらいなもの。
用のない人間は殆どこんな所まで足を運ぶ事はなく、この日もルキノは温室の中は無人だろうと思い込んでいた。
だが、その考えは即座に否定されてしまった。
普段は誰も座ることの無いベンチに見慣れた青年が座っている。
手すりから身を乗り出しているところは、丁度先日放したばかりの蜥蜴が一匹いる筈だ。見慣れない生き物に興味でもあるのだろうと近付いてみるが、日光を受けてエメラルド色に輝く体表の方へと注意が向いてしまった。
「
…
ふむ、間に合わなかったか。」
体表の一角に脱皮片をぶら下げている個体を見て思わず声が漏れる。今日はこれを最初から観察するつもりで早起きしてきたのだが。
ただ、その声に驚いたように青年──ノートンが肩を跳ねあげた。
余程食い入るように見ていたのか、普段であれば入り口付近に人が立った辺りで気配に気が付きそうなものだが全くバレなかったらしい。
驚愕の表情を貼り付けてこちらを仰ぎ見るノートンの横を通り、木の枝に鎮座している蜥蜴へと手を伸ばす。
鮮やかな翠は正に自身のハンターとしての姿と似ていて、ルキノはこの種を気に入っていた。
「
…
実に理想的な発色だ。」
ほんの僅かの瑕瑾すらなく規則的に配列している鱗の輝く様に思わず感嘆の声を上げると、その様子を見たノートンがなんとも言えない顔をして口を開いた。
「アンタらしいよね。
…
こんなとこに放し飼いして、あの女に怒られたりしないの。さっき飛んでる虫食ってたよ。」
あの女、というのは話の内容的にプリニウス婦人の事だろう。
彼女は昆虫学者であるから、その観察対象を捕食するこの子がここにいるのがバレたら怒られるのでは?と思ったらしい。
だがルキノからしてみれば、元々自分がここに爬虫類を何体か放したのが先だ。後から来て配慮しろと言われる筋合いはないと思う。
それをそのまま伝えると、少し驚いたような声をあげられた。
「
…
何か?」
「いや、案外我が強いんだな、と
…
普段は笑って話の輪にも入ってこないから、そういう人付き合いとか体裁とか気にするタイプなんだと思ってた。」
同じように人の輪に入らず一線を引いているノートンは、どうやらルキノのそういった所謂「処世術」を見ていたらしい。
彼の観察対象に入っているとは思わず、今度はこちらが驚く番だ。嫌われていて視界にも入れたくないと考えられているとばかり思っていた。
「
…
驚いた。よく見ているんだな。」
「そりゃあ
…
元ハンター様がどんな人間か興味があったから。」
「それは
……
随分とつまらない人間だっただろう。」
「まぁ
…
あぁいや、最近は凄く気になってる。だからよくここで見かけるって庭師に聞いて来た。」
「はぁ、そうか
…
?」
どうやらここにいるのは偶然ではなく、彼がルキノを探していた結果らしい。
よく見れば目の下に薄くクマが出来ている。無理をして朝早く、ルキノの生活リズムに合わせて起きてきたようだ。
ルキノは腕の中に収まっているグリーンリザードを一瞥すると、ノートンの隣へと腰掛けた。
なんということは無い。ただ、想定よりも早くこの子の脱皮が終わってしまい、脳内で想定していたよりも時間に余裕が出来た。この日は非番で今すぐ何かしたい研究や実験がある訳でもない。
だから、先日の宴会の事もあってなんとなくノートンへと気を許していたルキノは彼の好奇心に付き合うことにしたのだ。
「な、なに
…
」
「いや、私が気になるのだろう?質問を許可する。」
手元の爬虫類の喉元を撫でながらそう言うと、より一層混乱をきたしたノートンの視線が忙しなくあちこちに揺れる気配がする。
追ってきた癖に、いざ受け入れられるとどう反応すれば良いのか分からないらしい。
その衝動に任せて動く様は、普段のルキノが研究に向ける熱量とどこか良く似ていた。
「何が聞きたいんだ?出身地か?家族構成?」
「
…
そ、そういうプライベートなこと聞いてどうするんだよ
…
!」
「では、何を?」
「
………
す、きな人のタイプ、とか。」
予想だにしていなかったその言葉に、ルキノの頭は真っ白になった。
人を「好き」になった覚えなど生涯で一度もない。彼の中で、他人が未知への好奇心や知識欲に優先されたことは一度として無かった。
「
…
爬虫類かな。」
苦し紛れの返答をノートンはどう捉えたのか、なんとも言えない空気が温室の中を支配してしまった。
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