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志良(シイラ)
2025-11-20 22:00:29
2015文字
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生きるために温もりを
――もし、もう一度失うとしたら、どうすればいい?
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「土井先生
……
?」
白い装束に身を包んだその人を、ほんの微かな希望を抱いて見上げた。
「人違いであろう。我は天鬼」
抱いた希望が打ち砕かれるとはこの事だろうか。
顔の形は確かにきり丸の知る人だが、向ける視線は見知らぬ者に向けるもの。
もう、あの人はいないのだと痛いほどに思い知った。
「お前、戦災孤児か? 名は?」
「
……
きり、ま
……
」
きり丸は最後にそれだけ呻くように呟いて、意識を失った。
きり丸は秋を越え、冬が近くなる頃には春先に抱いた希望も忘れ、学園を飛び出してしまっていた。
土井半助が死んだかもしれない。その不安を抱えて暮らすことはできなかった。
人の温もりが温かいなんて、慣れなければよかった。
きり丸はかつての家族の事を覚えてはいない。
最初から覚えていなかったのか、過酷な生活の中で擦り切れてしまったのか、今ではわからない。
きり丸はこれからもずっと一人で生きていけるように頑張るつもりだった。
だけど、そんな考えは6年生たちの会話を盗み聞きした瞬間から吹き飛んでしまった。
足元が崩れたような、背筋が凍る瞬間を今でも覚えている。
そして、きり丸は日銭も底をつき、行き倒れていた。
昔なら未来のために銭を残しておくようにしていただろう。
今のきり丸には、そんな余裕さえ残されていない。
どれだけ銭があっても、失ったものは戻らないし、寂しさは埋めようがない。
「
……
俺を叱りに来てくださいよ
……
」
呟いた言葉は風に上り、消えていく。これ以上の寒さには耐えられまい。
そしてきり丸は白装束の天鬼と出会い、希望さえも打ち砕かれた。
あの時から自分が今いるところさえ定かではない。そんな気がした。
天鬼はドクタケから、スッポンタケの領地を切り取った恩賞として屋敷を賜った。
そこは元スッポンタケ領に近く、采配に何かと気を使わなければならぬ立地だ。
しかし、天鬼を悩ませているのは戦場視察に赴いた際に拾った子の処遇であった。
連れ帰った際にドクタケ忍者たちがざわついていたので話を聞いたところ、戦災孤児であるらしい。
ならば世話をせねばと義務感に駆られたが、目を覚まして以降その子はぼうっとして反応が薄い。
「どうした、おきり。粥を食わねば回復するものも回復せぬぞ」
天鬼は子どもの名を「おきり」と呼ぶことにしていた。
きり丸という呼び名であることはドクタケ忍者たちから聞いたが、どうにも呼ぶのにしっくりと来なかった。
それはあまりにも彼が儚くなってしまいそうだったからかもしれない。
「
……
たべます。食べますから
……
」
きり丸は何かと天鬼を遠ざけようとするが、天鬼はやんわりと匙に粥を掬い手ずから食べさせてやる。
優しくしてくる誰かを遠ざけようとする行為は天鬼にも覚えがある。
最近何か大きな喪失があったのだろう。
それは先の戦だったのかもしれないし、長引く孤独の末に心をすり減らした結果なのかもしれない。
このような子を生まぬためにと太平の世を望んでも、道半ばの天鬼には溢れていく命はどうしようもないのだ。
天鬼はこうしてきり丸の世話を焼き、ドクタケ忍者たちが妙な表情をする中、きり丸をそばに置き続けた。
雪が降り、大地が白くなる頃にはきり丸が天鬼のお気に入りの小姓であるという認識が屋敷の中に広まっていた。
きり丸は寒い冬の夜が苦手らしく、部屋の隅に丸まっていることが多い。
それでは眠れないだろうと、天鬼が自分の部屋で共寝しているだけで、やましいところは全くない。
きり丸はどう思っているかは全くわからない。
だが、近頃は天鬼を遠ざけようとしなくなった。
心を許してくれているかはわからないが、それで十分だとも天鬼は考えている。
「この寒さがお前を奪い去らなくてよかったと思う」
きり丸はぼんやりと夢の中にいるような気持ちだ。
自分が生きているかどうかの自信がない。
「おきり、寒くはないか」
一度は天鬼を遠ざけて見ようとしたものの、それらは既に徒労に終わった。
彼が側にいる時だけ。彼の側にいる時だけ。
フワフワとした意識が地についたような気がする。
それは、天鬼が土井半助ではないと思い込めるからだ。
だって土井半助ならば、自分を粗末にするようなきり丸の行為に胃を痛め、叱り飛ばしてくれるはずだ。
だけど天鬼はそうじゃない。きり丸を甘やかすように側に置き、世話を焼いてくれる。
寒い冬の夜には、共に眠り凝り固まった冷たい自分を温めてくれる。
きっと自分がこの先を生きていくには、この温もりさえあればいい。
だけど、それを失うことがあるのなら、どうしたらよいのだろう。
答えはまだ見つからないまま、時間だけ前へと進んでいく。
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