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志良(シイラ)
2025-11-20 21:54:13
2591文字
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住めば都というけれど
――貴方が生きているならば、どこでも都
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2
「天鬼さん
……
軍師たる者、見た目を整えるのも仕事の内ですよ」
きり丸は頭巾を脱がした天鬼の髪に、上等な櫛を通しながら言う。
天鬼はそれを面倒な小言と捉えず、心地の良い鳥のさえずりのように感じて目を閉じた。
「ちょっと、聞いていますか。天鬼さん」
「聞いているよ、きり丸」
櫛は歯が粗い物から、細かい物へ。
ぼさぼさとしていた髪に油も塗られ、頭が軽くなっていくような錯覚に陥る。
ここに来るまでに色々あったな、と天鬼は当時のことに思いを巡らせた。
きり丸のことは、最初忍術学園の鼠かと警戒したものだ。
竹林の中できり丸は足を滑らせて盛大に転んだ。
「鼠
……
と思ったが、幼すぎるな
……
」
落ち葉の上に転んだきり丸に対して、竹から降りてきた白い服の男は言った。
「先生
……
生きてたんですね
……
」
きり丸は喜びの声を上げるが声が返ってくることはない。
ただ自分を見つめる瞳が冬の風のように冷たいことに違和感を覚えた。
抜刀の構えに移る姿をきり丸は呆然と見上げるしかできなかった。
「天鬼殿
……
お待ちください
……
!」
そこへ慌てて駆け寄ってきたのは風鬼をはじめとしたドクタケ忍者たちだった。
「きり丸はいけません!」
咄嗟の風鬼の制止に、白い服の男は動きは止める。
「知り合いか?」
天鬼と呼ばれた男は風鬼に尋ねる。
風鬼達は一瞬顔を見合わせて、きり丸に視線を向けた。
物言わぬサングラスの向こうに、風鬼の親心のようなものが見え、きり丸は頷いた。
「天鬼殿はお忘れかもしれませんが、きり丸は貴方が面倒を見ていた子です」
「私が? 何故
……
」
風鬼の言葉できり丸はやはりピンときた。土井先生は記憶を失い、ドクタケの仲間になっていることを。
だからきり丸は天鬼を真っすぐ見上げて告げた。
「先生
……
忘れちゃったんですか? 雨風しのげればどこでもいいやってぐらい、行くあてのない僕を家に連れて帰ってくれたこと」
天鬼は感情の見えない、静かな瞳できり丸を見下ろした。
「
……
お前、親は?」
「戦で亡くなったので、親はいません。今は先生の借家にお世話になっています」
きり丸はいつものようにあっけらかんと言ったが、天鬼は深刻そうに黙り込んだ。
風鬼はさらにひそひそと天鬼に耳打ちをしている。
自分には聞かせられない嘘ストーリーでも吹き込んでいるんだろう、ときり丸はジト目でドクタケ忍者たちを睨んだ。
何をどこまで吹き込んでいる事やら。
「なるほど
……
なるほど
……
」
天鬼は納得したように頷き、きり丸の首根っこを掴んだ。
「うわっ
……
」
「とにかく沙汰を待たねばならん」
天鬼はあっさりときり丸を抱えて、詰所に撤退することにした。
きり丸は詰所に着くなり、天鬼からは引き離され、ドクタケ忍者隊首領である八宝斎に引き合わされていた。
「風鬼、何だこの大事の前に、そんな子鼠を連れてきおって」
「それがですね
……
八方斎様、天鬼殿がきり丸に出会ってしまったものですから
……
人質にどうかと
……
ほら
……
」
いつもと様子の違う八宝斎は風鬼の説明にうんうんと頷いた。
「なるほどな
……
」
今まで見たことのないほど残忍な顔で笑ったドクタケの首領はきり丸の顔を覗き込んだ。
「土井先生を返せ
……
」
「その男はもうこの世にはおらん。ここにおるのは天鬼という軍師のみ。なあ、きり丸よ。もし土井先生とやらがここにおったとしたら首を跳ねなければならんなぁ」
きり丸は言外に恐ろしいものを感じて息を飲んだ。
もし、天鬼の記憶が戻ったら、殺す。そう言ってるのだ。
「だが、黙っておれば、天鬼の傍にお前を置いてやってもいいだろう」
きり丸は頭のそろばんを弾くまでもなく、答えを返す。
「わかった」
「よいだろう。お前はこれより、天鬼の側仕えだ」
それから細かい注意を受けたがきり丸は彼の側にいられるなら、どんなことでもするつもりだった。
それから、ドクたまの制服を支給され、天鬼の側にいることを許された。
「あの、天鬼
……
さま
……
?」
ドクたまの服で現れたきり丸が、側仕えらしく戸口で頭を下げて入室許可を待っていると、天鬼は不満げに手招きした。
「ここは私と二人だけだ。堅苦しくする必要もない」
「いえいや、そういうわけには。僕は八宝斎サマのご厚意で天鬼様に仕えることを許されたんであって」
「私を先生とずっと呼んでいたのだろう? ならば、二人きりの時はそう呼んでも構わぬ」
天鬼は戸口に近寄り、きり丸の手を引き立ち上がらせた。
「で、でも
……
」
「ほら
……
遠慮するな」
きり丸の手を引き、部屋に招き入れてくれた天鬼の姿に、あの日の土井先生の姿が重なった。
「せ、せんせい
……
」
ぽろりと瞳からこぼれた涙を、天鬼が拭う。
「帰らぬ者を待つのは、さぞ心細かっただろう」
出くわした時は冷たい目線だったが、今きり丸を見る彼の瞳は穏やかだ。
きり丸はそれ以上何も言えずに、ただただ頷いた。
記憶がなくても生きてて、ここにいる。
それだけでもきり丸は嬉しい。
「今の私はお前のことを何も覚えていない。だから、教えてくれぬか」
天鬼はきり丸の境遇を聞いた時、罪悪感に打ちのめされた。
彼は今10歳で、働きながら勉学に励んでいるという。
落ち着いた様子から、親と家を失ったのは最近ではないようだ。
シクシクと胃が痛んだような気がしたが、顔をゆがめるときり丸は心配そうに天鬼の顔を覗き込んでいた。
零れた涙はもう止まり、目元の赤い跡だけが微かに残るだけ。
「天鬼さんが生きているなら、それでいいです。それにほら、考えようによっちゃドクタケの制服は着心地いいですし。悪いことじゃありませんよ」
住めば都といますから、ときり丸は笑った。
きり丸は天鬼の髪を整え終わると、小さく笑う。
油を塗っても髪が跳ねるのは、どうも手入れの問題ではないらしい。
きっとこの髪の性質なのだろう。
気がつくと天鬼はうとうとと眠っている。
それはきっと天鬼がきり丸に気を許しているという証で、なんだか嬉しかった。
そう、天鬼は土井先生と何ら変わりはないのだ。
住めば都と言ったが、自分にとっては彼がいるところこそ都のような場所なのだ。
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