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むかいえ
2025-11-20 02:46:58
4602文字
Public
シャアム
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本当の勝利まで、あと
シャアの誕生日のシャアム。afterCCA生存if。
『
ことほぎ
』とちょっと繋がってます。
(2025/11/17)
思えば誕生日を誰かに祝ってもらうのは、幼少期以来かもしれない。
シャアは置き去りにしてきた懐かしい日々を脳裏に描いた。幼い頃の思い出というものは、案外根強く記憶されているものだ。それが輝かしいものであればあるほど。
まだお転婆だった小さなアルテイシアが歌うバースデーソング。慶事だと厳かに祝いの言葉を連ねる大人たちと違って、賑やかで無邪気なそれは、いつもダイクン家の長子として立つシャアの
――
キャスバルの心をひとりの子供に戻してくれた。挨拶回りだのパーティーだのと堅苦しいそれらが終わった後の、家族だけの短い祝福の時間。シャアの奥底に宝物のように押し込められた、優しく美しい記憶だ。
アムロの誕生日を祝った際、流れで自分の誕生日を教えて数日。シャアの心は、ふとした拍子にぽかぽかと淡い幸福の温度を感じるようになった。彼が教えた自身の誕生日が近付けば近付くほどに。
二人で過ごす家の中に、細々としたものが増えているのだ。
普段テーブルクロスなんてしないのに、なんだか小洒落たものがキッチンに置かれている。棚の上にいつの間にか鎮座している細い花瓶。いつも機能性で選ぶ食器類の中に、買った覚えのない瀟洒な皿が混ざっている。この前など、保存食の保管場所に年代物のちょっと良い酒瓶が仲間入りしていた。
――
そして明らかにそわそわと落ち着きのない同居人は、ここ数日、何かとシャアの嗜好を探ってくる。
自分の早合点の可能性も
……
と考えたが、流石にこれは自惚れていいだろう。アムロはおそらく、シャアの誕生日を祝う準備をしているのだ。しかしサプライズが苦手なのか、致命的に隠し事が下手である。
数日前からこそこそと準備をしているアムロは、こんな状態だが、隠しているつもりらしい。テーブルクロスと花瓶を指摘した際には目を泳がせ、絞り出した言葉が「別に
……
深い意味はなくて
……
そんな気分だから買っただけで
…
深い意味はないから
……
」だった。咄嗟の言い訳も思いつかなかったのか、深い意味はないと何度も繰り返す。アムロは誤魔化すのも下手だった。以降は何かを見つけてもシャアも見て見ぬふりをしている。
こんなにわかりやすくて軍尉官なんて務まるのか? と明後日の方へ考察が始まるほどだが、仕事になると切り替えられるタイプなのかもしれない。シャアが暗躍していた時期、アムロは彼を探して方々のコロニーを巡っている。その動向は当然、シャアも探らせたので知っていた。少なくとも、このような稚拙な対応は見受けられず、軍人然とした動きをしていたと記憶している。
共同生活を始めてから知った彼の生活スタイルからして、ズボラというか物臭というか、そもそもマイペースなところもあるのだろう。
自分の部屋に隠せばいいものを、変に真面目なのか置き場所を固定する性分なのか、生活の中に紛れ込ませるからシャアに見つかっている。まるで幼子の可愛いいたずらを見つけた心地になって、シャアの心はじんわりと熱を持っていた。
アムロが祝いの準備を進めている。自分の誕生を祝おうとしてくれている
――
その事実のかけらに触れるたびに、シャアの中にあたたかい何かが降り積もっていく。
プレゼントなんて無くても良かった。そもそもアムロの誕生日に、彼がこぼした「あなたが生きていてくれてよかった」という言葉だけで、シャアには十分だったのだから。
いろいろと隠せていなかったアムロだが、当日には流石にシャアが気付いていることを察したらしい。観念したように「準備するから二時間ほど出掛けててくれ」とあっさり告げて、シャアは自宅から追い出された。
ぐるりと街をぶらつく。今の街に住み着いてもう一年経ったのか、と感慨に耽りながら、シャアは近場のカフェに入った。コーヒーだけを注文して、家から持ち出した適当な書籍を開く。食べ物は頼まなかった。アムロが夕食を準備すると踏んでいるからだ。
しかし、書籍は確かにシャアが読みたいと思って買ったもののはずなのだが、今一つ集中出来ない。何度も同じ行を読んでいる気がする。ページが進まない。原因は明らかである。年甲斐もなく、シャアはわくわくしているのだ。何度も腕時計を確認している自覚はあった。
それからきっちり二時間、彼はコーヒーだけで居座ることになる。浮き足たって去っていくシャアを、店員はそれでも愛想笑いで見送った。
「おかえり」
「
……
ただいま」
足早に帰宅したシャアを出迎えるアムロの顔は、照れ臭そうだった。年季の入った玄関扉がぎしぎしと軋む音すら、今のシャアには気にならない。
帰宅する家に灯りが宿り、夕飯の香りが漂っている。そして、出迎えてくれる人がいる。同居生活の中で何度も見た光景が、今日ばかりはなによりも尊いものであるような気がした。
「誕生日おめでとう、シャア」
普段は剥き出しの木製のダイニングテーブルには、新品のテーブルクロスがかけられている。テーブルの中央には細い花瓶。いつ買ったのか、赤やピンクの花が数本飾られていた。シャアが見かけた瀟洒な皿には本日のディナー。そばのグラスに、年代物の酒が注がれる。
アムロがシャアのために準備した祝いの席だ。
「ありがとう、アムロ
…
」
ぐっと込み上げてくる何かを飲み下す。それでも自然と口角は上がる。
かつてダイクン家で行われていたパーティーと比べれば、質素なものだろう。よくあるオーソドックスな祝いの席とも言える。だが、これはそんな形式的でつまらないものとは異なる、シャアの奥底にある優しい記憶と同じものだ。妹が歌う拙いバースデーソング。ただ、キャスバルという子供が生まれ、育ったことを家族が寿ぐあの記憶と同じ。
席に着く前、シャアは衝動のままにアムロに向けて手を広げた。察した彼は狼狽えたが、おずおずと同じく腕を広げて、シャアのそばに寄る。親愛のハグだ。シャアはぐっとアムロを抱き締めた。その耳元で再度感謝の言葉を紡ぐと、彼は恥ずかしそうに身じろいだ。耳がじんわりと赤く染まっている。数秒の空白の後、どちらともなく離れると、はにかみながら、彼らは祝いの食卓についた。
「これ、プレゼント」
食後に用意されていたケーキも平らげ、ソファに座るシャアに、アムロは綺麗に包装された箱を差し出した。
「プレゼントまであるのか? 食事だけでも十分なのに」
「
……
俺が渡したいだけだよ」
プレゼントを受け取る。リボンをかけられ、上品な色合いに纏められた箱にはそれなりに重みがあった。「開けても?」と聞くと、アムロは頷いた。なるべく丁寧に取り払った包装紙の下、箱には、見覚えのある盤面が箔押しされている。
「
……
チェス?」
「うん」
からん、とアムロが持っているグラスから氷がぶつかる音がする。立ったままの彼をソファから見上げると、気恥ずかしいのか、ちびちびと酒を飲んでいた。
「あなたが何をもらったら喜ぶかわからなくて。
……
二年も一緒に暮らしてるのにさ。誕生日だって知らなかったし。何か趣味とかないのかって見てても、ずっと仕事してるし。思い切って聞いてみても、好みは特にないとか言うし」
「それは
……
まあ
……
」
「わかってるよ。あなたは結局パイロットだから
……
パイロットでありたかったから、多分、それが趣味みたいなものだったんだろ。活き活きしてたもんな」
闘争心ってやつ? とアムロが苦笑する。彼はグラスを置くと、シャアの隣に座った。
「けど、流石にモビルスーツはやれないだろ」
「そうだな」
「だから、代わりに」
木製のチェス盤は二つ折りだ。開けば、内側には丁寧に駒が嵌め込まれている。ポーン、ナイト、ビショップ、ルーク、クイーン、キング。ボードゲームとして世界的にも有名なそれらは、シャアも多少は嗜んだことがあった。
「あなたが俺との勝負に拘ってたこと、知ってるよ。宇宙では
……
モビルスーツでは、もう決着はつけられないけど
……
」
ひとつひとつの駒を外し、並べていたシャアの前から、アムロが白いキングを手にとった。盤面と同じく木製の駒の表面は薄く色を塗られ、なめらかに整えられている。
「でも、勝負なんてなんでも出来るだろ」
こつ、と開かれた盤面の上に白いキングが乗る。アムロが何を言いたいのか今一つわからず、シャアが黙っていると、彼は「チェスだけじゃなくて、他にもいろいろと買ってきたんだ」続けた。
「トランプも買った。日本で有名なショウギってやつも。カタンとか、マンカラとかもある。ボードゲームだけじゃない。一緒に山登りしてもいいし、海で泳いだっていい。どっちが先に目的地に着くか、競うとかさ」
チェス以外にも購入しているらしい。それは隠し切ったんだな、とひっそりと感心した。
キングの隣に、今度は白いクイーンが置かれる。隣り合ったソファで、少しだけ体を相手に向けて、二人は自然に手に取った駒を並べていく。アムロが白で、シャアが黒だ。
「あなたが一番こだわってた
……
決着だけは、無理だけど
――
」
飴色をした酒が照明に反射してきらりと光っている。並べ終わった駒からシャアへと視線を向けたアムロが、照れ臭そうに微笑んだ。
「プレゼントは、僕と一生、いろんな勝負できる権利
――
なんてね」
シャアは目を丸くして、じっと彼の顔を見つめる。なかなかクサイ台詞を言った自覚はあるのか、羞恥でうろうろと視線を彷徨わせている。首元が赤く染まっている。シャアは何か、胸の奥から湧き上がる気持ちを言葉にしようとして、しかし声にならずに口を閉じた。
「
……
一生か」
「ン
……
一生は言い過ぎか
……
」
代わりに出てきたのは、確認するような声だ。
「いや、それでいい」
それでいい、とシャアは繰り返した。
「君は私と一生、戦い続けてくれるんだな」
「そうだよ。
……
あなたが、どこかに目移りしないようにね」
「フ
……
君以外、見えてないさ」
一番、決着をつけたかったモビルスーツ戦だけは許されない。ガンダムに乗ったアムロを、撃ち落とすことだけは出来ない。その事実に失望がないわけでないが、シャアはそれでもいいかと思えた。
互いの監視から始まった同居生活。大した起伏のない穏やかな日々も、存外気に入っているからだ。ここにはアムロがいる。しかも、シャアの闘争心に付き合ってくれると言う。あの興奮と熱情は二度と得られないだろうし、比べてしまえば物足りない勝負になるだろうけれど。アムロが相手ならば、きっと、悪くない。
伸ばした手が、アムロの肩を引き寄せる。いつかのように、頬をくっつけてキスをすれば、一拍置いて、シャアの頬にもキスが返ってくる。親愛と感謝のキスだ。間近に見えた薄い唇にも勢いのまま落としてやろうかと思ったが、今は勘弁してやろう、とシャアはそっと目を細める。
いつかこの男の身も心も手に入れよう
――
その時にはきっと、シャアの本当の勝利になるのかもしれない。不意に芽生えたどろりとした執着を心臓の裏に隠して、彼は綺麗に微笑んだ。
「では、まずは一戦、頼もうかな」
「
……
望むところだ」
その年のシャアの誕生日は、もはや因縁の糸を解くことなど出来ない彼らが、別のかたちで新しい糸を紡ぎ直した日にもなったのだった。
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