清春
2025-11-18 17:17:51
12119文字
Public ORcinus
 

ORcinus

復讐と後悔


黒い女と白い女

 誰よりも強く、気高く。それが家の方針であり、生きていく上での信条だった。
 それが決して口だけのものでないことを証明出来る、東部で最も偉大な家だと、自負していた。
 それどころかディオマーレ全体で見ても家族は強さに優れていて、人格も誇らしい人たちだという評価を得ていた。
 スクアーロはそんな家族を、たった一晩で失った。
 たった一人の、黒い女のせいで。


 スクアーロは目を覚まし、数秒意識が定まらなかった。
 今は何時なのか。どこにいるのか。そういった情報が駆け抜けていき、ことの重要性に気がつく。
 襲撃したはずの小屋ではない別の所――恐らく、似たような小屋だろうが、先程よりも立派な造りの物置小屋であること。ランプの明かりのみで心ともなく、薄暗い空間は心をざわつかせる。
 現状、椅子に座らされて背もたれと共に両手、椅子の脚と共に両足首が縛られ、身動きできない状況であること。
「よう、イカレ女」
 そして、殺したはずのオルカがいることに。
 姿を捉えた瞬間、がんっと殴られたような痛みが頭を覆い、抉られて今はもう何もない眼窩が疼いた。
 確かに、腹を抉った。腸を飛び散らせてやろうと意気込んで、急所を狙った。
 しかし、オルカの腹はすっかり治っている。あるのは不格好に破れてしまった服のみだ。
……なぜ、ですの?」
「あたしの体は特別製なんだよ。お前と一緒で」
 見透かした言葉にスクアーロは口を閉じ、目を細める。
 彼女も〝生死の狭間〟の迷い人だと確信に至り、呼吸を落ち着かせた。
「お前の体、触れた物を拒絶する作りになってるだろ。ナイフみたいな切れ味で……鮫肌みたいな、そんなの」
「だったらなんですの」
「お前の着てる服が切れない辺り、条件付きなんだろ。皮膚じゃないとダメだとか、そういうの」
……
 黙り込んだが、それを肯定と捉えたオルカは肩を落として地べたにそのままあぐらをかく。
 オルカの言う通りだ。
 無機物には反応しない、触れる者全てを傷つける鮫肌を、スクアーロは願った。
 もう誰にも触らせない。触れない。孤独の証の肌を持って、復讐の炎を燃やしていた。
 スクアーロは腕に力を込める。元より縄など自力で引きちぎれるのだ、大人しく掴まっている理由はない。
「暴れるな。殺すぞ。あたしの問いに答えろ」
 オルカは黒い瞳をスクアーロに突き刺す。
 スクアーロはそのような脅しで抵抗を止めるわけもなく、ブチブチと音を立てて縄を無理やり解いた――が。
 オルカはすかさずスクアーロの髪を掴んで床に叩きつける。躊躇など一切ない、衝撃が全身の骨を軋ませた。顔面からいかなかったおかげで鼻が折れることはなかったが、軽い脳震盪を起こしてクラクラする。
「ッが……
「お前だけがイカれてるわけじゃねーんだわ。あたしも正気で生きているわけじゃない」
 片膝を着いてスクアーロを拘束するオルカは、苛立った口調で吐き捨てる。その言葉は粗雑で、冷たい。
「離しなさい……
「せっかくの綺麗な御髪、悲惨なことにしたくないだろ。このまま聞け」
 手の力を込め、押し付け続けるオルカに抵抗の意志を見せようとしたが、スクアーロは唇を噛んで、止まることを選んだ。
「イカレ女、お前の出身は」
……東部の方ですわ」
「お前のファミリーネームは」
「ビアンキ」
「東部の軍部一家、ね。なら、お前は生き残りだな」
「ええ、そうですわ。……貴女に殺された家族の復讐でしてよ」
 憎らしげに呟く。
 たった一晩。家族は帰らぬ人にされた。
 決して弱い家ではない。己の強さに誇りを持ち、しかし決して驕ることはない人たちしかいない。
 兄や、姉や、父や母、祖父も――――
「卑怯な手を使い、陥れたのでしょう。私は絶対に許しません」
「あーそのことだけどさ」
 オルカはうざったそうに、面倒臭そうに言葉を紡ぐ。まるで反抗期の子どものような口振りで、そっけなく発されたものが――――
「その事件はあたしじゃない」
 仇の否定だった。スクアーロは絶句した。
 この期に及んで、何を言い訳しているのか。やはりこの女は殺さねばいけない、と。
 矜恃があってこその栄光であり、決して驕ることのない素晴らしい人達が、適当に口にされている。途端にスクアーロの頭が沸騰したように熱く、興奮状態になる。
「ふざけたことをおっしゃらないでいただけますか? 貴女の顔と名前は既に割れています。シラを切らないでください」
……はぁ、まあいいわ。どうせ嫌でも知ることになるし」
 至極面倒くさそうに前髪をかきあげて乱す。スクアーロはその姿を見て、より不快そうに顔を歪める。
「少なくともお前じゃあたしに勝てない。そしてお前に負ける気がさらさらない」
……そのようなことを私に言ったところで、何か変わるとでも?」
「思ってるわけねえだろ。これはお前への忠告だ」
 オルカの目が静かに闘志で燃える。
「あたしは人を探してるから邪魔すんな」
……人?」
「そうだよ。そしてその人はお前の探してる仇だ」
……は?」
 突然何を言っているんだ、この女は。そういった目で見ても、オルカの目は揺るがない。この期に及んで嘘をついて、逃れようとしている者の目ではなかった。これが演技なら相当演技派だ。ならず者なんてやらずに女優をやった方がいい。
 スクアーロは黙りこくった。そもそもオルカの探し人がなぜ自分の仇だとわかるのか。意味がわからない。
「まあ信じろとは言わないわ。あたしの言葉なんか信用出来ないだろうし」
 その通りだ。鵜呑みにするわけがない。しかしスクアーロは首を縦にも、横にも振れなかった。
……私を拘束してるのも、尋問のためですね」
「ああそうだよ。物分かりがいいな」
 オルカが胡座をかき、床に座り込む。
 腹を割って話し合う。その体勢だ。
「お前の知ってることを話せ。あの夜何があった。お前の探すその〝オルカ〟はなんて言っていた」
 恐ろしい程に、嘘のない真っ直ぐした目だった。
 それを目の当たりにして、一縷の望みだとしても、平気で嘘をつく女だと疑って食いかかる。タダで情報を与えるつもりなどなかった。
……覚えておりません」
……はあ?」
 オルカの片眉が持ち上がる。彼女も彼女でスクアーロの言葉に嘘がないか探っているのだろう。
 だが、覚えていない――――と言うより、知らないことは本当だ。なんせスクアーロは、何か言っていたか記憶できない程あっという間に瀕死状態にされている。
 
 唯一覚えているのは闇夜に紛れる真っ黒な姿。オルカと、口ずさむように呟いていた音を聞いた、それだけだ。
……はぁ〜、くそ、結局生け捕りした意味ねーじゃん」
 物騒なことを口にし、ずるずると座り込み、頭を抱えるように肘を膝についた。身体の拘束がなくなり、スクアーロはやろうと思えばオルカに掴みかかることだってできる。
 しかし、行動に移すことはなかった。
 なぜなら勝てる見込みがない。返り討ちにあうことが関の山だ。
「あら、でしたら用済みの私は殺しますか?」
……どうでもいい。お前の弱点は掴んだし、あたしのことは殺せない。ならほっとくだけでいい」
 改めてオルカ本人から突きつけられる事実。唇の端でも噛み締めて悔しがることができれば、まだ向上の見込みがあっただろう。
 スクアーロはそうじゃなかった。否、それよりもすべき事が見えたと言える。
「オルカ。貴女の目的は?」
「誰がお前のようなイカれ女に話すかよ」
「では、貴女は〝オルカ〟なのですか?」
 ピリッと。空気が張り詰め、息が詰まる感覚。オルカは前に垂れている黒い髪を背中に払い、その瞬間空気も共に切り替わった。
「あたしは〝オルカ〟だ。お前の探す〝オルカ〟とは別の、な。何度も言わせるんじゃねえ」
 彼女はいくつも死線をくぐり抜け、いくつもの屍を越えてきたのだと、強い視線を感じた。
 嘘は、やはりなかった。
 これは何度押し問答しようと変わらない。
……提案なのですが、私を置いてくくらいなら手元に置いておく方がいいのでは?」
……あ? 何言ってんだ」
「私はどうやら貴女の探す方の情報と合致しているようではないですか」
 ――――それが本当かどうかは別として。という考えは、スクアーロの内へ秘めた。
 まるで演説をするように堂々と喋り、じっとオルカを見据える。
「私が忘れているだけで、不意に思い出す可能性もありますわ」
 ――――今は復讐のチャンスを伺う時だ。
 オルカの目が訝しがるが、信じてもらう気など鼻からなかった。スクアーロはただ真実を突き詰め、復讐することだ。
「あたしのそばに居るとか、正気か? 仇かもしれねー奴なのに?」
 鼻で笑うオルカは狂人を見る目を向けた。
 否定をしつつ、都合よく仇という言葉を振るう姿にスクアーロは青筋を立てそうになったが、あくまで優雅に、ビアンキ家の人間として毅然とした。
「殺したい相手がそばにいると私の存在意義が思い出せますので」
 口角を上げ、気高い微笑みを浮かべた。
……だから、あたしは」
「ええ、わかっています。でも、思うだけなら別でしょう」
 自分自身がビアンキの生き残りであり、悪を撲滅する誇り高き軍事警察を排出していた家であることを胸に、前を向いている。家のことはスクアーロにとっての支えだった。
 オルカは心底嫌そうに眉を顰める。
「イカレてるよ、あんた」
「貴女にだけは言われたくありません。必ずこの手で討って見せますので」