幸希(ユキ)
2025-11-16 18:33:52
2940文字
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昇る光、落日の残り香

坂本龍馬の慰霊祭に行ったむつゆき。
一緒にいろんなもの背負って生きていこうよ。弱くても悲観的でも、想う心は変わらないから。


※うちのむっちゃんはゴリゴリに土佐弁喋ります。
もし喋ってる意味が分からなければ言ってください注釈入れます。

11月15日。維新の英雄、坂本龍馬が生まれた日であり、同時に凶刃に倒れた日。その慰霊祭に参加した後だった。

「よう覚えちゅう。」

ぽつり、とむっちゃんがこぼした。

「こがあに冷やい日やった。わしは刀掛けにおって、龍馬と誠之助が話しゆうのを見ちょった。」

むっちゃんが龍馬と共にあった期間はわずか8ヶ月。亀山社中が海援隊へと改名後、いろは丸沈没事件前後の間に龍馬の手に渡ったのだろう、と私は考えている。
少なくとも“大政奉還”という大きな仕事に向けて着々と事を進めていく龍馬の姿を、むっちゃんは間近で見ていたはず。それを成して泣きに泣いた、という話の真偽も。

「『客人が来た』ち言うて藤吉が来たかと思うたら、『ぎゃあ』ちほたえた。龍馬が『ほたえな!』言うた次の時には、もう刺客が迫りよった。」
「下手人、見てないの?」
「見えんかったち言うた方がえいかの。今ほど灯りがあるわけやない。薄暗がり、夜、刀掛けにおったわしからすれば逆光やし、見下ろされれば影になってしもうて見えん。やき、わしにも下手人が誰かは分からんがよ。」

随分と冷たくなった風が、私とむっちゃんをなぶる。

「覚えちゅうがは、鞘を破って食い込んできた下手人の持っちょった刀身。降りかかる飛沫。そのぞわつく、寒気のするような温度じゃ。」
……。」

私の手を握るのとは反対のむっちゃんの手が腰に伸びる。極めてなお晒されず隠されたままの、その傷。

「龍馬が生まれた日もよう知っちょる。こんまい頃も、よう泣いちょったなきみその頃も。あがにこんまかったに、いつの間にか、たかあふとうなっちょった。」
「気付いたら大きくなってるよね、子どもって。」
「守り刀のはずやった。けんど、わしは守れんかった。」

ハッ、と冷ややかな笑みを浮かべるむっちゃん。自罰的な顔で、俯く。

「向き合いとうて来たけんど、これはただのわしの自己満足だったんじゃろうか。守れんかったことを負い目に抱えたままの、わしの慰めじゃったんじゃろうか。」
……。」
「材木屋におった時は『生きちょった龍馬の記憶を残していくのがすべき事』と思うて、それを果たすつもりでおった。けだ、近江屋を見て、あの日の事を思い出いたら、『また為せんかったと繰り返すのか』ちゅう声が、頭から離れんようになった。歴史を守る。龍馬の歴史を守る。それは龍馬の死を繰り返すこと。守れんかったことを繰り返すこと。……そう思うたら、分からんようになってしもうた。」

しっかと握られていた手に更に力が込められる。

「それでも歴史を守るがは刀の本能。使命じゃ。わしの感じゆう事がくだらんと思うがやったら、そう言うて。」
「何馬鹿な事言ってんの。」
っ、ほう、じゃの。」
「誰がくだらないなんてそんな馬鹿な事思うの。為せなかったら無意味?違うでしょ?」

頭が煮える。腹の底から怒りが突き上がる。

「生き様死に様含めてその人の人生でしょ!じゃあ何?志半ばで息絶えたらその人生全部無意味なの!?」
「あ、主
「周りがどう思うかなんてのはその人の自由だから勝手にすればいいけど、少なくともその人自身の生きた足跡がこれだけ明確に残ってて、その遺志も受け継がれようとしてて、それなのに為せないから駄目!?ふざけた事言うのも大概にしな!!」

があっ!と吠える私にむっちゃんは目を白黒させる。頭に血が上ってる自覚はあるけど止められない。

「主、声が大きいきびっとでえいき小そうしとうせ。の?」
「そもそもそういう理不尽強いてるのこっちなんだから自責するんじゃなくてこっちに怒ってくれない!?向き合いたくもないだろうに向き合わざるを得ない状況作ってるこっちに非があるんだから!!」
「お、おん。」
「はぁ。まず第一に、誰がいつどうなってどんな結末を迎えるかなんて分からないよ。未来を知っていたとしても、その死に様含めてのその人の人生なんだから、そこを否定してしまったら生き様ごと否定しちゃう。そんな事したい?」

私からの問いにふるふると頭を振って否定するむっちゃん。

「今の私達が出来るのは【悼む】事だけ。【偲んで思い馳せる】しかない。少なくとも、思い返すものがいる限り、本当の意味でその人が死んだ事にはならない、と私は思うよ。」
「おん。」
「慰めでもいいじゃん。ずっとむっちゃん向き合って耐えてきたんだもん。向き合うのはしんどいよ。見たくもないもの見せられるって苦しいもん。それでもむっちゃんは耐え抜いてきたんだから、ちょっと慰めるくらい構わないよ。」

繋いでいた手を持ち上げて唇を落とす。ちゅ、という軽いリップ音にむっちゃんが肩を震わせた。

「主っ!?」
「私はこの手に救われた。この大きな手に光を見た。この手の熱に愛を得た。為せてないなんて、そんな事ない。私をここまで守ってくれたのは、他でもないむっちゃんなんだよ。」

君がいなければ、私はきっと生きるのを諦めていた。世界を見せた君に、私は夜明けを、確かに昇る光を見た。

「それでもまだ為せてないから駄目って言う?」
言わんよ。」

その目はもう揺らいではいなかった。ぱちぱちとゆっくり瞬き、こちらを映す。

「みっともないところ見せたの。」
「みっともないの基準が分からん。」
「まはは、優しいのう。」
「私は良くも悪くも相手への共感能力が低いし関心も低いから、むっちゃんの後悔が十全に分かる訳じゃない。それでも、君が愛した人間のことだから、同じように大事にしたいし分かりたい。」

心の傷は簡単には消えてくれない。“守れなかった”という後悔は、きっとこれから何度もむっちゃんを苛むんだろう。でも、

「喪う痛みは知ってるつもりだよ。果たせなかった願いがあるならなおのこと。」
「おん。」
「みっともないが何を指すのかが分からないけど、みっともなくてもいいよ。弱音吐いたっていい。後悔抱えたままでもいい。でも、進むのはやめないでいよう?今も残り続けてる龍馬の思いを繋ぐ為にさ。」

あの材木屋さんだって、その一念を守り続けて現代まで来てるんだし。そう言えばむっちゃんが僅かに破顔した。

「おまさん小洒落た事言うのう。」
「かっこつけたいの。」
「んはは。」
「日は落ちても、その熱が残した匂いは香るでしょ?」
「落日の残り香っちゅう事かえ?」
「完全に造語だけどね!!」
「知っちゅう知っちゅう。残り香、か。言い得て妙じゃな。」

為せなくても、果たせなくても、その信念はどこかで誰かが守ろうとする。そこに確かに在ったのだと報せようとする。風に漂い花が薫るように、地に残る熱が匂うように。
本当にいなくなって欲しくないものに、人は手を差しのべる生き物だから。


「へくしゅっ!」
「冷えてきたの。そろそろ去ぬろうか。」
「お腹空いたからご飯は食べたい!ユッケのお店行こ!」
「ほにほに。」



(一緒に抱えさせてよ。君が私の大事なものを抱えてくれたように、私も君の大事なもの、全部丸ごと愛したい。)

そうして、その胸のうちに抱える傷の痛みが少しでも軽くなりますように。