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凪田シロ
2025-11-12 16:48:19
13354文字
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きみと共に
シャアムwebオンリー開催おめでとうございます!
after CCA
無人のコロニーに転移した二人が心を通わせていく話です。
2月シャアムオンリーで加筆した内容を本にする予定です。
1
2
「
……
あなたが勝手に満足して独りで死ぬなんて、許さない」
電源が落ちていた機械が起動させられたように、唐突に自分という感覚が目覚めたことを知覚する。目を開く、ただそれだけの動作が酷く億劫だった。暗闇の中、手足に力を込めようとしても全身に強烈な重力がかかっているような感覚。指先ひとつ持ち上げることが難しい。
……
そもそも、自分は今何をしているのだったか。前後の状況が理解できないほど深く眠ったのはいつぶりだろうか。命を失っていてもおかしくない、らしくない不覚。だが、不思議と身の危険を感じることはなかったのだ。この数年はいつ死んでもおかしくない様な状況と隣り合わせで常に気を張りつめさせていたというのに。緊張感を忘れてしまう程の状況に陥ったのか。違う、そうだ。ずっと、だれかに守られていたような
……
。
「
……
!っ
……
!!」
思い当たった可能性に、もやがかかったようにはっきりとしなかった脳を無理やり叩き起す。そして眼前の存在を認識し、跳ね起きようとして、できなかった。
「おい、それなりに気を失ってたんだ。いきなり無茶するなよ」
いま水を取ってくるから、なんて何事も無かったかのように自分の傍を離れるアムロの後ろ姿に、自分はまだ夢を見ているのではないかと錯覚をする。だが、体を動かせない自分を介助し、むせないようにとゆっくりと水を口に流し込まれ、身体の隅々まで水分が行き渡る感覚に、紛れもなくこれは現実なのだと理解せざるを得なかった。
「
……
しょう、き
……
か?」
「貴様にだけは言われたくない。
……
生憎、さっきまで死人同然だった奴と話す気は無いんでな」
ここは何処だ、そもそもどういう状況なんだ。そんな至極当然の疑問を訴える私の視線をアムロは全て無視をして。なんでもいいからとにかく食べないと本当に死ぬぞ。と、ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、わざわざ私のために用意をしたのであろう流動食を手ずから食べさせ、アムロは甲斐甲斐しく私の世話をした。自分の感覚ではつい先刻まで殺しあっていた相手からこのような施しを受け、動揺しない方が無理というものだった。
「別に、目の前で困ってる人が居たら助けない方が目覚めが悪いってだけだよ」
あなただって昔俺にそうしてくれただろ。と、徹底してこちらの視線を無視していたかと思えば、なんでもないようにアムロは呟いた。一体なんのことだと口をついて出そうになり
……
まさか、十年以上前、目の前の青年がまだ少年だった時、車が泥に嵌って立ち往生して困っていたところを私が助けたことを指しているのか、と思い当たる。流石にそれとこれでは今は立場や状況のスケールが違いすぎるだろう、と言葉にしようとして。ぐらり、と視界が歪み始めた。あまりの情報量に私の脳は腹立たしいことに限界のようだった。
「時間はあるんだ。目が覚めたら俺が居ないなんてこともない。だから今は
……
」
おやすみ。なんて、殺し合いをした間柄には似つかわしくない、あまりにも日常的な言葉が聞こえたのを最後に、また私の意識は閉ざされていく。私の混濁した意識がもたらした幻聴だったかもしれないが。
「君は馬鹿だ!大馬鹿者だな!!」
「なんでわざわざ二回も言うんだ、あと馬鹿って言う方が馬鹿なんだぞ」
次に私が目を覚まし様態も安定しているとわかった途端、あっさりとアムロは現状を吐いた。黙っていても私が問題なく外に出れるようになった時点で隠している意味もないだろうと。
―
おそらく、サイコフレームの影響で自分達は何らかの理由で破棄された農業コロニーに転移したということ。ワープなどとそんな超常じみたことなど有り得るのかと思ったが、巡視船が一度も来ることもなく、地球や主要な都市コロニーからは隔絶されているのは間違いないと。私が気を失っていたのは二日程度。その間にコロニーを管理していた人間の住居を間借りした。無人になりそう月日は経っていなかったのか多少老朽化はしていても設備は修復可能な範疇だったので、νガンダムを解体したパーツから家電製品やら設備を修理して何とかした。といった説明を受けたところで先程のやり取りに戻る。
「唯一残された脱出のチャンスを君は自分で潰したんだぞ、これを馬鹿と言わずになんと言う!?」
「そんなことを言ったってガンダムで腹は膨れないし生活もできないだろ
……
ボロボロな機体で闇雲に飛び出して人に出会えるかもわからないし、その間あなたに何かあったら困るだろう」
「別に私のことなど捨ておけば良かっただろう!」
「俺の機体をどうするかは俺の自由だろ!」
「答えになっていない!」
結局、売り言葉に買い言葉に始まった不毛な会話は掴み合いの喧嘩に発展しかけたが
……
まともに活動をしていなかった為、弱った私の身体はアムロと張り合うことすら出来ず、一方的に私が簡単に組み伏せられるというなんとも情けない形で終わりを告げた。本当に私とアムロは星の命運を賭けた戦いを繰り広げていたのだろうか。確かに我々の現在地はあの戦地からは遥か遠く、巡視船が通りがかる可能性も限りなく低いのかもしれない。それでも仇である人間の心配をして脱出の最後のチャンスを潰すなど理解できるわけがなかった。
「
……
」
「
……
」
無言で目の前の食事をただ腹を満たすために摂取する。貴様は俺のやったことに口出しする前に栄養をとったほうがいいがいいんじゃないかというアムロの言葉に従うしかなかったからだ。時折アムロがたてる食器の擦れる音がやけに響くのが煩わしい。ふと、アムロ共に酒を飲み明かした酷く遠い記憶を思い起こす。あの時はカミーユ達も居てもっと穏やかで賑やかな時間だった。だか、あの頃のよう戻るのはもはや不可能だろう。立場も思想も、何もかもがあの頃とは変わってしまった。似ているようで、全く違うこの状況にアムロも、私と同じように当時のことを思い返してはいないだろうか。そんなことを侘しい食卓からの逃避に思案していると。
「
……
動けないまま、ただ飢えていくのは辛いし、それを独りきりで過ごすなんて俺なら耐えられないと思っただけだ。俺の尺度で貴方を図るような真似をして、悪かったな。探せば脱出船の一つだってあるかもしれない。そんなに此処を出ていきたいなら好きにしろ」
目線を合わせず、小さな声量でアムロが口火を切った。情けをかけられて生き延びたことに怒りを再度覚えたものの。それ以上に、アムロのことが本当に、理解が出来なかった。私は地球を滅ぼそうとした大罪人なのだ。そのぐらいの苦しみを受けて当然の存在だろうに。船を探せば良いなんて、ほとんど私を見逃すと言っているようなものではないか。
「君はやはりおかしい。それと、別に。
……
私は君と居るのが嫌だとは言ってないだろう」
「人を散々馬鹿と罵っておいてか」
「その認識を改めるつもりは無いよ。但しそれはそれ、これはこれというだけだ」
「
……
とりあえず今は、出ていく気は無いんだな」
「そういうことだ」
眉根を寄せ、心底理解できないという眼差しでこちらを見つめるアムロにその感情をそっくりそのままお返ししてやりたかったが新しい争いの火種を持ち込むべきではないだろう。とはいえ
……
アムロの言う通り、脱出船を探した方が理に叶っているはずだ。だが、今はまだその気にはなれなかった。ずっとアムロの言いなりになっているというのも面白くも無い。なにより、アムロのいない世界に生きながらえたとしてなんの意味もないからだ。
……
だが、君の方こそ宙に戻るつもりはないのかと問いかけることは出来なかった。
結論から言えば、驚く程に私たちの生活は円満だった。互いに不毛な口論になる事は分かりきっていたためνガンダム解体事件のことは持ち出さないという暗黙の了解ができていただろうか。設備のメンテナンスとただ腹を満たし眠るだけの代わり映えがない生活といえばそれまでだったが。そんなある日、アムロは突然共に暮らす家を出ていこうとした。この辺の設備は大方弄り終わったし、ずっとここ留まっている理由もないから出て行こうと思う、と。
「何故当然の様に着いてくる!」
「一人では何かあった時に困るだろう」
「
……
四六時中貴様に行動を監視されている俺の気持ちになってみろ」
「監視?なんの事だ」
自覚が無いのか、とアムロは呟くとわざとらしく大きなため息をついた。確かに、家にある家電製品を手際よく修理、もとい魔改造したり、設備の扱いも軽くマニュアルに目を通しただけでよくもまあ手際よく制御出来るものだとアムロの持つ知識について色々と着いて回って質問をした覚えはある。しかしあなたも興味があるのか?と目を輝かせ満更でもなさそうに解説をしていたのはアムロではなかったか。
「とにかく、覚えの良いあなたのことだ。幸い備蓄も見つかったんだし、ここでの暮らしに困ることはないだろうから好きにしろ。
……
いや、だから車から降りてくれと言ってるんだが」
「うん?好きにしろと言ったのは君だろう」
君と一緒に行きたいのだ。と視線で訴えかける。転移した時に頭を強く打ったのか?などと失礼極まりない発言は聞かなかったことにしてやろう。ここで諍いを起こすのは本意ではなかった。とはいえ、車から無理やり追い出されることもなく。
「はあ、来るなら自分の分の食料と生活用品、早く持ってこい」
「許可はもらえたということかな?」
「
……
貴様は一度やると決めたことを曲げることはないだろ」
「ははは、私のことをよくわかっているじゃないか」
……
反面。自分はアムロのことが、未だによくわからない。きっと、私はまたそうできる環境があるのなら私は愚かな人類を粛清する。私の内面を理解していながら私の事をなぜ殺そうとしない。私の事を倒すべき巨悪だと定めたのではないのか。全てを経た上で何故、何も無かったように生活を共にし、まるで友人同士のように振る舞えるのか。かと思えば突然距離を置こうとしたり、アムロの意図が読めない。この問いの答えが出るまではアムロから離れることなど考えられなかった。
それから広大なコロニーをあてもなく探索した。期待はしていなかったが誰にも遭遇することもなく。とはいえ、レーションといった栄養補助食品ばかりの食生活には流石にうんざりしかけていた所、アムロがロックをハッキングし解放したシェルター内に防腐処理が施された大量の肉や魚類、傷んでいない酒を発見した時は思わず共に歓声をあげて盛り上がったことは記憶に新しい。
また私達二人以外に活用されることもない設備を発見してはアムロは何が楽しいのかもっと改良できるはずだと食事も忘れて機械いじりに没頭するといったことを繰り返していた。すっかり開発者気質に染まったアムロを連邦の連中が知ったらどんな顔をするのかと思ったものだ。大半のコロニー運営は機械が行う為、緊急時以外は監視以外の仕事がない管理人用に、充実した娯楽設備なども用意されていた。トレーニングを再開した私にあっという間に筋力を抜かされた時のアムロの表情は見ものだった。その後大事なのは筋力差じゃない技術だといつぞやの様に投げ飛ばされたが。全く、男としてのプライドは残っていた様で何よりだ。
環境整備が整っている、ここまで規模の大きいコロニーが放棄されていたことに疑問を覚えたが、アムロの自分達と同じように何処かからこのコロニーも転移してきたのかもしれないから考えるだけ無駄だという発言により、そういうものだという事になった。
最近はもっぱらアムロの食事や身の回りを世話するのが私の役割だった。最初の頃、私の身の回りの世話をしていた時の生活能力はどこに行ってしまったのか。本人曰く、必要があればそうする。実際、迷惑をかける程家を必要以上に散らかしている訳でもない。なのに最近はあなたの視線がうるさい、こだわりがあるなら全部任せるとのことだった。
確かに、自分といえば産まれからかくあるべしと育て上げられその後軍人、総帥として自分を律した立ち振る舞いをそう簡単に変えられるはずもなく。
昼夜問わず機械いじりに没頭し、体力の限界を迎えると惰眠を貪り、ろくに食事も決まった時間に取らない共に過ごすうちに大雑把になっていったアムロのだらしのない生活スタイルは徐々に許容できなくなっていた。結果的に家事全般やアムロの生活指導を私が引き受けることになり、するとアムロは料理にハマってみるのも悪くないだろと満足気にしていた。確かに彼が一定の調理スキルを備えていたことに驚きがあったことは否めない。思わず張り合うように手の込んだ料理に挑戦していたことを見透かされたようで。私生活にまで影響が及ぶような、随分と気の許せる間柄になったものだと思う。お互いに殺しあった過去などまるで無かったかのように、私達の共同生活は続いていた。
「全く、確かに君の技術力には目を見張るものがあるが、私が居なかったら開発に夢中になってそのまま死んでいた。なんて笑えないぞ」
「
……
それも悪くなかったかな」
「何だと?」
「ぼくは昔からずっと好きな事だけをして過ごしたいって思ってたんだ。人の役に立つことをして、普通の暮らしをして。そうして死ねたなら、どれだけ
……
」
実際、アムロがMS開発だけではなくあらゆる分野における技術者としての能力が優れていたのは驚きだった。純粋に能力を研鑽できる環境を与えられたことがそんなにも嬉しかったのか。機械いじりに夢中になるアムロは、真新しいおもちゃを与えられた子供のようだ。本当に童心に帰ってしまったのか一人称まで変わっている。アムロもそれなりに長い軍属生活をおくっていたはずだが、アムロの心の奥底には、変わらない夢を抱え込んでいたのだろうか。アムロはもう、チャンスがあったとしても戦場に戻る気は無いのかもしれない。結局、男同士の決着に執着していたのは私だけだったということだ。これが私の知らなかったアムロの本質。なんてつまらない。凡庸な価値観、ありふれた人生に焦がれるなどと。
「昔、父さんが長く留守にしてる間に、ぼくが作った発明品を見せたら父さんも褒めてくれて
……
懐かしいなあ」
子供の頃の情景を懐かしむようにアムロは遠くを見つめている。アムロは望む生活を手に入れたはずなのに。事実、趣味に没頭するのが楽しいという言葉に嘘はないのだろう。ただ、その背中が寂しそうに見えてしまったのだ。目の前に、私という存在が居るといのに。
「今、やっているのは以前話していたあの技術の応用か?」
「覚えてたのか!実は
……
」
気がつけば、話が止まらないことはわかりきっていたのにアムロに私は語りかけてしまっていた。少しでも今、此処に居る私という存在に意識を向ければいいという因縁を捨てきれない、執着じみた感情の発露だったのかもしれない。それと同時に私はアムロに戦士ではなく、その背に少年の面影を私は見てしまったのだ。長く留守にしていたという言葉から察するに、父親と共に過ごした時間はそう多く無かったのだろう。仕事の邪魔をすることも出来ず、アムロにとって機械いじりは仕事に関心が向かいがちな父親の気を引くことが出来る唯一の方法だったのだろうか。
そこに、上流階級の人間として、ふさわしい精神性を得なければと、妹のことを優先し長く両親と触れ合うことを許せなかった。選ばれし人間としての振る舞いを身につければ、両親に褒めてもらえるはずだと。幼い頃の自分が感じていた孤独を想起してしまったのだ。否応なしに別れの時が来るのならば、心のままに在れば良かったのだという後悔を、お互いに私たちは知っているのかもしれない。始まってしまった熱弁を程よく聞き流しながらそんなことを私は思考した。
「君はこの生活に思うところはないのか」
「はあ?あるに決まってるだろ、例えば着いてきたのはそっちのくせに俺の生活に一々口出しをしてくるやつの事とかな」
だが、ある日。何もかも忘れてただの気心のしれた仲のように、二人きりで穏やかにすごすことの違和感に耐えることへ遂に限界が来てしまったのだ。きっかけは無かった。ただ、日々を重ねる程に、この男はかけがえのない存在を殺したのだと囁く、内なる声が増していくのだ。アムロによってララァを亡くした憎しみは生涯、消えることは無い。その一方で私はアムロのことを優秀な人間として認めている。因縁を水に流して共に歩みたいとさえ進言したこともある。だがアムロの方はどうだ。アムロは私の提案をことごとく切り捨て、逃げた。敵対を選び私を殺すと誓ったのではないか。私を生かす理由など一つも無いはずだ。そのくせ、どうして私と共に過ごすことを許容できるのだ。私が聞きたいことはそういうことでは無いことをおそらく察した上ではぐらかすアムロに、私は更に踏み込んで問いかけた。
「そういうことでは無い。何故、そんなにも私に対して普通でいられる。私のやったことを全て許したなどと妄言を抜かすなよ」
「っ、ふざけるな!別に、貴様のやったことを何一つ許したわけじゃない!貴様が、死ぬべき人だなんて、心底わかってるっ
……
!」
掴みかかられ、久しぶりに向けられた、アムロからの真っ直ぐな殺意に、心が沸き立つ感覚がする。やはり私とアムロはこうでなければ。拳の一つでも飛んでくるかと思ったが予想に反して、アムロは俯いたまま動かなくなってしまった。
「
……
だけど、燃え尽きる直前ようやくあなたの本質が見えた気がしたんだ。あなたもぼくと同じ人間なんだって。ぼくが特別視しすぎてたことに気が付いた。
……
もしできるなら、もっとあなたのことを知りたいって思ってしまった」
柄じゃないことを求められる苦しさはそれなりに知ってるつもりだし、此処でなら誰にも迷惑をかけることだってない。少しでもあなたの苦しみに寄り添いたかったんだ。と顔を上げたアムロは困ったように笑っていた。私の何もかも見透かしたような、慈悲さえ感じるその表情に、以前抑えた怒りが再び湧き上がった。
「
……
失礼する」
「シャア、」
突き飛ばしたアムロの身体は呆気なく離れていった。私とアムロが同じだと?誰よりも優れた選ばれし才能をもった男のくせに、それを活かさず愚民どもに消費され、くだらない終着を迎えることになった英雄のなり損ないと。腸が煮えくり返るとはまさにこういったことを指すのかもしれない。私は自分が選んだ道を疑ったことはただの一度もない。私が民衆の代弁者足り得るのは当然のことだ。それがやりたくもないことを無理やりやっていた、などと決めつけられた。自分の人生そのものを否定されたも同然だろう。
衝動のまま、殴りかかっても良かったのかもしれない。だがそれは己のプライドが許さなかった。否定をすればするほど、それこそ図星をつかれて激昂したのだと思われでもしたら屈辱の極みではないか。私は復讐を選んだこと、愚かな人間共によって、未来ある人間、地球の可能性が潰されることが無い世を創ろうとしたことを後悔したことなどない。
その上で、アムロが全身全霊を賭けて私を否定し、打ち負かすというのなら、そこには正しさも間違いもなく、私が弱かった、ただそれだけの話なのだ。
……
もしも私の隣に並び立つ存在が居てくれたのならば、少しばかり違う選択を選ぶ余地はあったのかもしれないが。もはや全て
……
過ぎ去ったことだ。
―
夢を、視た。
不器用な愛情はあったとしても、結局は家庭を放棄しがちになり、正気を失った父親には優秀な兵士であることを求められた。ただ生きるためにはそうするしか無かったのに、母親からは人殺しと拒絶された幼い少年の姿。幼馴染だったはずの少女からも、特別な存在として扱われるようになった。そうして少年は大人になり誰からも守られることも無くなった。良き上官、部下に慕われ、傍に寄り添う者もいた。だが
……
決して埋まらない孤独がそこにはあった。
ならば唯一、その孤独を埋めてくれる、全てを分かち合える少女にお互いに惹かれたのも必然というものだった。それを直感的に理解させられた。私とアムロは正しく同じだったのだと。アムロが指していた本質とはこの事だったのだ。本当に欲しいものを心の奥底に隠したまま、生きるしかなかった。
満たされない穴を埋める機会が、お互いのせいで叶わなくなった以上、どうしようもなく私たちは憎み、殺し合う運命だった。
……
本当に?求めているものが、似ていたのならば共によき理解者として歩む未来も絵空事では無かったのかもしれないのではないか。いわゆるこれはニュータイプ同士の現象の一つなのだろう。相手の過去を覗き見る程の、私にはそう優れたニュータイプとしての能力は無いはずだが。長時間、アムロと共に日々を過ごしたことが何らかの作用ももたらしたのだろうか。
……
それとも、君のおかげなのかな。もう何年も感じることのなかった温かさ。それとも、私が気が付かなかっただけで君はずっと私の傍に居てくれたのだろうか。この箱庭も君が用意してくれたのかい。私の疑問に応えるようにくすくすと、無垢な少女の、それでいてどこ大人びた笑い声が聴こえたような気がした。全て
……
私の願った、都合の良い夢だったのかもしれないが。
「
……
おや」
身支度を整え寝室から出ると、ダイニングの椅子に腰掛けているアムロの背が見えた。普段は自室で寝落ちた所を私に起こされるのが常だと言うのに。あれから私が部屋から出てくるのをずっと待っていたのだろうか。健気なものだ。私の気配がした途端に自身がビクリと肩を揺らしたことなど、バレていると理解しているだろうに、硬直したまま振り返ることができない様だ。何か話した方が良いとはわかっていても切り出し方に困っている、といったところか。ここは一つ年長者として助け舟を出してやるべきだろうな。テーブルに近寄り向かい側に腰掛ける。そしてアムロの顔を見て。
―
思わず目を見開いた。
「何故、そんな泣きそうな顔をしているんだ」
「てっきり、この家を出ていくものだと思っていたから。
……
もう、怒ってないのか」
まさか、私を怒らせた事を泣く手前まで彼が落ち込んでいるとは思ってもいなかった。大きな目を潤ませて、そんな顔をされると、ただでさえ幼い顔立ちが余計に子供じみて見えた。子供を泣かせてしまったような罪悪感まで覚えてしまう。
「そうだな
……
。自分でも驚く程には。改めて、話をしようか。アムロくん」
「ちょっと、それいつの呼び方だよ。辞めてくれ
……
」
「ふふ、すまない。君の困った顔を見ると、昔のことを思い出してな。それに色々と君の記憶を見てしまったものだから」
「
……
あなたも、記憶を?」
「
……
なるほど。君の過去を勝手に垣間見たのは申し訳ないと思っていたのだが
……
どうやらお互い様だったらしいな」
私がアムロの過去を視たのならその逆も然りだろう。別に見られて恥と感じるような過去も無い。そも死を覚悟した時には、ついぞ言うつもりもなかった本心まで暴露したのだ。とはいえお互い、言葉よりも気がつけば手が出る方がはやい性質だ。改めて彼女には感謝しなければならないな。但し、ニュータイプ能力もそう万能なものではない。私もアムロもララァやカミーユのような優れたニュータイプ能力は持っていない以上、ここからは言葉を交わすしかないだろう。とはいえ
……
何を話したものかと思案していると。
「その
……
悪かった。一方的に自分のことをわかったようになられて決めつけられるのは不愉快だったよな。生きる道を選ぶことをに決めたのは自分自身なんだから。それは尊重されるべきだ」
驚く程素直に頭を下げてこちらへの謝罪を述べるアムロに今度はこちらの居心地が悪くなる番だった。
「こちらこそ、君の私に対する評価は間違いでは無かった。私たちは
……
どうしようもない孤独を抱えている」
その上で、結局選んだ道は違えてしまったが。もはや、何もかも手遅れの状況で互いのことを理解し合うことの虚しさを覚えなくはない。だが私もアムロも己の選択を間違いだとは思わない。むしろ、これまでの道のりがなければ、私たちはお互いを理解しようと歩み寄ることは無かっただろう。全ての積み重ねの上で、今があるのだ。
「
……
シャア」
「アムロ?
……
っ!?」
テーブルを挟んで向かい合って座っていたアムロが突然立ち上がり私の方へ向かってきた。意図のわからない挙動に対する私の戸惑いに、アムロは応えることのないまま、あろうことか。アムロは私を抱きしめたのだ。
「動かないで。そう、そのまま
……
」
「一体、何を」
「何も感じないよな
……
やっぱりだめ、か。」
アムロ曰く、宇宙に戻ってから何度もララァの夢を見ていたのだと。だが、それは彼女の死を常に突きつけられるのと同義だ。アムロは彼女の死に向き合うことを恐れるようになっていたことから、自分の中に居るはずの上手く彼女を感じることができなくなってしまったらしい。だが、全ての決着を終えたことにより彼女と向き合う決心がついた。自身を通して彼女の気配を感じられたならとシャアを抱きしめるに至ったと。全く、彼には驚かされてばかりだ。
「あなたの孤独がほんのちょっとでも埋められたら。そう思って触れてみたのだけれど。そう都合良く上手くいくもんじゃないな」
そう言って、私からアムロは離れようとした。だが、逃がすものかとそのままアムロの腰に腕を回した。お互いの心音が、体温が伝わる程に密着した。温かい。ああ
……
生きている。私とアムロは、確かにここに存在しているのだ。
「どうしたんだよ
……
」
「もう少しだけ、このままで居させてくれ」
「
……
ぼくには、もうあなたの望むものを与えてやれない」
「もちろん、理解しているとも」
アムロは、どうやら勘違いをしているらしい。今際の際に、私のララァに対する思いの丈を打ち明けた時の発言がひっかかっているのだろう。確かに、アムロが私の母になる事はできない。そも、私の記憶の中にある母にはもう二度と触れることはできないのだと理解していても、憧れというものは捨てることはできないのだ。だから、どうしようもなく吐露することしか出来なかった。だが真に私が求めていたのは
―
。
「私は
……
導きを求めていたんだ。共に同じ目線に立ち、高めあえる。そんな存在を」
たとえ、私の導き手足り得るララァを喪ったとしても。そのララァが惹かれた、この私を打ち負かした、敵であった私を受け入れさえする強く優しい輝きをもったニュータイプ。アムロが居れば、彼となら世界を改革できると確信していた。
「シャア
……
。初めて、貴方の誘いを受けた時、ぼくは目の前のことしか考える事ができなかった。それでも、まだチャンスはあったんだ。けれど、二度目も、ぼくは、逃げ出してしまった。あなたは、心から同志を求めていたのに」
「ああ
……
私たちはどうにもすれ違ってばかりだな。結局は私も夢を、理想を諦めて、人類を粛清する道を選んだ」
ほんの少し、なにかの歯車が噛み合えば私たちはこんな状況に陥る事もなく、共に手を取ることができていたのかもしれない。けれど、結局そうはならなかったのだ。どれだけ夢想したとしても現実は変わらない。
「何もかも遅いのかもしれないけど。ぼくはもう、逃げないよ。あなたがもう二度と人類のことを信じられないと言うのなら、ぼくだけを見ていてほしい。ぼくは今でも
……
どれだけ時間がかかったとしても、人間の可能性を信じてる」
「アムロ
……
」
数多の戦場で、悪魔と恐れられた存在。争いを忌避していても、命を刈り取ること求められ続けた英雄。道具のように利用され続け、戦いを辞める意思など微塵もない連邦軍の愚行を見せられていたはずなのに。それでも尚、命を尊ぶものでありアムロは人類は変われるという信念を貫いている。私が結局最後まで得ることが出来なかったもの。
「
……
ま、こんな状況じゃあ世間的にはもう死んでるも同然なんだけどな。ぼくは何があってもあなたの傍にいる。こんな口約束じゃあなたの心は満たされないとしても僕は
……
それでも生きていてほしい」
どうして。私たちはもっとはやく手を取り合うことができなかったのだろうか。私はずっと自分と並び立てる存在が欲しかった。渇望した存在が何もかも終わったあとで手に入るなんて。こんな状況で今更アムロが私の傍に居たとしてなんの、意味がある。
「なぜ、君はそこまで
……
私はもう何も持ち得ないのだぞ。そんな人間の傍に居てなんになると言うのだ」
到来する虚無感と共にアムロという存在の底知れなさ。どうしてそこまでして今更私に尽くしてくれるのだという疑問、恐れがどうしようもなく沸き起こってくる。ついに、その疑問を問いかけずにはいられなかった。
「あなたのことを結局最後まで殺せなかった。その責任は当然取るべきだ。
……
それに、あなたのことは嫌いじゃないし。ずっと自分には無いものを持ってる人だって尊敬してたんだぞ。ただ、やることが極端過ぎるんだよ。でも、それも人類に対する期待への裏返しだったのかな。
……
なにより、あなたを独りにしてしまった」
思いもよらない言葉に。私は思わず拘束を緩めてアムロの顔を見上げてしまった。てっきりアムロは私のことを心の奥底では嫌悪しているのだと思い込んでいたからだ。人の命を尊ぶアムロのことだから私のことも哀れみじみた慈悲を向けているのだとばかり。憎まれる理由はいくらでも思いついても、好かれる根拠など浮かぶはずもなかった。
「困ってる人が居たら敵でも助けてくれること。あなたの家族を大切に想う優しさを、僕は知ってる。ララァが信頼を寄せていたことが何よりの証拠だよ。でも、例えそれが全て失われたとしても
……
一緒に同じ時代を生きた人が、最期には苦しみを抱えたまま独りで死んでいくなんて
……
やっぱり悲しいよ」
そう言って、アムロは泣きそうな顔で笑った。かつての優しさを失い、どれ程の罪を重ねたとしても。私という一個人がただ生きて存在していて欲しいと。それだけで価値があるのだと、アムロは言うのだ。それはまさに母のごとき
……
愛ではないか。
「本当は、すぐにでも宇宙に出ていこうとする意志を見せたら
……
殺そうと思ってたんだ。こんな場所でもあなたならどうにでも方法を見つけそうだし」
やはり、最初はアムロも私のことを危険視していたのか。だがそれがどうして警戒をとくに至ったのだろうか。そんな疑問に答えるようにアムロは言葉を続ける。
「それなのに、あなたときたら結局ぼくについてまわるばかりだっただろ。大人しすぎるのが怖くて離れようとしてみたけど、見逃してくれなかったしさ。結局、長く過ごすうちに此処でなら上手くやっていけるんじゃないかって思ってしまった」
突然家を出ていこうとしたのはそういう事だったのか。こちらとしてはアムロの行動原理に対する興味が上回ったに過ぎなかったのだが、結果的には悪くない選択肢だったというわけだ。
「
……
勿論、今でも殺す覚悟はあるつもりだけど。そうやって、殺してしまえる自分のことだって、もう見たくはないんだ。大罪人だとしても殺したくないなんて平和ボケしてるって
……
失望したか?」
「いいや
……
ただ君の、懐の深さに驚愕している」
重なる境遇はあれど、愚かな人類に絶望しきってしまった自分と。どれだけの苦難があろうとも、人間の命は尊ぶべきだと信じられる強さを捨てなかった、アムロの自分にはない輝き。まさしく善性と呼ばれるものだ。そして、自分が他人の命を握れる強者であることを疑いもしない傲慢さ。ああ、アムロこそやはり大衆の代表者となるべき選ばれし人間なのだ。だがそんな人間が脱出のチャンスを潰し、未来ある人生を全て私を生かす為に、全てを捧げるのだという。
……
アムロだけはもう、私に何も求めない。まるで私だけの人身御供だ。
確かに、私たちが姿を消したとしても、時代はどうせ都合の良い道化を仕立てるのだ。アムロとは最高の舞台で決着を果たした。その上で双方が生き残り、アムロは何物でもない私の傍に在るというのだ。ララァの力が無ければ互いにとっくに燃え尽きて死んでいた身だ。それが少しばかり遅れた、遅らせたララァの意図。
―
もう、良いのだろうか。
「ずっとあなたは頑張ってきたんだから、ぼくとゆっくり休んでみるのも悪くないって思ってくれたら、嬉しいよ」
「
……
それもまた、一興か」
呟くと。アムロは破顔して、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべた。
……
君は、そんな顔もできたのか。ああ、これは確かに、悪くないな。
END
1
2
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