狂言「入間川」
長い間在京していた東国の大名が太郎冠者を連れて帰る途中、増水している大きな川にさしかかった。大名は対岸の何某に、この川は入間川、ここは川底が深く、渡り瀬は上流だと教えられる。入間言葉は逆の意味を伝えるはず、と思い込んでいる大名はそのまま川に入り、深みにはまってしまう。なんとか対岸へ渡った大名が、怒って何某に斬りかかろうとすると、何某は入間言葉を使って喜んでみせる。気をよくした大名は逆言葉のやり取りを楽しみ、太刀や扇を与える。やがて何某が帰ろうとすると…。
これも何度か観ていますが、萬斎さんと裕基くん親子の入間言葉対決が凄く面白くて、今回が一番良かったかも🤣
というのも今回は裕基くんの、父・萬斎さんに引けを取らない存在感が凄く活きていたからです🥹
あと裕基くんが刀に手を置いた時の姿が凄くカッコ良かった!ノデ、侍とか剣士の役が似合いそうだなァと思いました(演って欲しい🥹)
ラストは大名が一歩上手で勝利しますが、あの狡賢さと茶目っ気が、萬斎さんの芸風にとても合ってると、改めて観て思いました🤭ニヤニヤ
能「藤戸」
佐々木三郎盛綱(ワキ)は、平家追討の際、藤戸の合戦にて先陣をきり、恩賞として備前国児島を賜った。今日、児島で初の入部をした盛綱が、訴訟申し出の触れを出させると、賤しい身なりの女(前シテ)が進み出る。女は、罪なき我が子を盛綱に殺された嘆きを涙ながらに訴える。思い当たった盛綱は、昨年の藤戸の合戦の際、女の息子である漁夫から浅瀬を教えられたが、下賎な者は他者にも話すと思い、先陣の功を独占する為、闇夜に紛れて漁夫を刺し殺し、浮洲近くの水に沈めた事を語り聞かせる。話を聞いた女はますます嘆き悲しみ、盛綱にすがりつき、恨みを訴える。さすがに哀れと思った盛綱は、色々と慰めて家に帰らせ、漁夫を弔う事にする。(中入)
盛綱が供養していると、漁夫の霊(後シテ)が現れる。霊は、自身の教えにより大きな武勲を上げながら、命を奪った盛綱に恨みを述べ、自身が殺された有様を舞い示す。やがて霊は、手厚い供養により成仏得脱の身となれたと言い残し、消え失せるのであった。
これはたぶん初見。こちらは同じ男の執心でも、男女の話ではなく、恩を仇で返された、仇への執心。
藤戸のシテを務めた角当直隆師は梅若会所属のシテ方さん。なので、カンタ先生が所属している観世九皐会とのコラボ公演といったところでしょうか。鎌倉能舞台ではこうして、たまに他の会の能楽師をゲストとして呼ぶこともあるそう。
角当直隆師、めっちゃ上手かったです❗️👀✨
前シテも後シテも凄い引き込まれました〜🥹
流石、ゲストに呼ばれる方なだけある。
特に前シテの母親の時は、この人の隅田川を観てみたいと、ちと思ったほど。👀
また母親とその息子という組合せを同一人物が感じることで、どことなく両者が似て見えて、親子感がちゃんと出ていたように思える、納得の内容でした。
後シテでは、杖を使って刺される場面を再現した時、脇から観ていたので、杖がリアルに刺さってるように見えた結果、実際に殺された時の情景もリアルに脳内に伝わってくるようでした😱💦
佐々木三郎盛綱が本心から供養したのかは不明ですけど、その気持ちを素直に受け取って成仏した漁師は、ホントに心優しい人物だったのだろうと思います。
質疑応答(自分用メモ)
・ワキ方が葛桶に腰を掛けてる時と掛けてない時の意味の違いは?
→葛桶に座るのは身分の高さを表している。腰掛けから降りた時は供養するにあたって降りた。身分の高い役を子方に演らせる演目が多いのは、昔はお殿様が観ていたので、ずっと腰掛けて上から偉そうにしてるのもよろしくないのでは?という考えから(子供なら許されると)。
・子方が科白を言う時に抑揚が無いのは何故?
→子供らしさを強調するため。
抑揚があると大人っぽくなってしまう。
余談ですが、歌舞伎でも子役は抑揚を付けず、能楽の子方とおなじような発声をするのですが、その時のイヤホンガイドの解説では、子供の頃からこのような発声法を身に着けておくと、大人になった時に、歌舞伎座の3階席まで届くような強い声帯に育つから、とのことでした。子供と大人で発声方法が違うのには、ちゃんと意味があるのですね。
能を知る会 鎌倉公演2024 感想⬇️
https://privatter.me/page/66b00656c546d
過去の観劇日記はコチラから⬇️
https://privatter.me/user/mijuppa
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