ほしのねい
2025-10-31 17:23:57
3120文字
Public 海財
 

【海財+宮】かいしんのいちげき!

わたしの王様、おれの魔女。

このふたりです。





「きょうは、お会いできません」

…………うん?」
「ザイツさん……、西の魔女さまは、本日お会いになられないそうです」

湿った地面を蹴り上げ、ほの暗い森を駆けて、駆けて、そのいちばん奥。
白昼でさえほの暗い森の果てに、その古びた塔はあった。
いつもならば、眷属の白猫と黒猫の双子が門番をしているのだけれど。
棘だらけのツルにまみれた扉のまえで、見知った顔が立ちはだかっていた。

「?? コミヤが、門番任されてんのか?」
「見たとおりです」

最初は俺と話すのだって、目が合わなかったのに。堂々としたものだ。
おさがりの黒いローブの袖が余って仕方なかったのは、いくつの時だろう。
いつの間にか養い親の言付けを、うろたえずに伝えることができるようになったんだなぁ~と、まじまじとその顔を見てしまう。

――いやいやいや、俺はだな、あいつに呼ばれてきたんだが」
「ええ。そう聞いてます。でもお会いできません。使いにコウモリをやったんですが、あなたの方が早く着いてしまいました」

杖を構えるんじゃない、杖を。
一応この国の王だぞ? と思ったが、あの魔女の家の番人をするならばこのぐらいでないと困る。
それよりも、どういうことだろう。
そもそも門番を眷属に任せていないあたり、おかしいだろ。
いつもならば見た目だけはかわいい古参のケットシーたちが、ここで待ち構えているはずだ。

「具合でも悪りぃのか? 新月が近いもんなぁ」
……お答えできません」
「惜しい、それじゃあ『そうです』って言ってるようなもんだぜ、コミヤよぉ」
「っ」

――図星だったのか。

髭なんかたくわえ始めた口元が、ぎゅっと閉じられる。こういう仕草はちっとも変っていない。
分かりにくいようで、実はなかなか分かりやすい。そうしたところがよく似ている。血のつながりなどなくとも。
……あの嵐の夜、笑わない子どもを拾ってきた時はどうしたもんかと思ったが。
孤高の魔女とその拾い子。
重ねた年月のぶん、ふたりは、ふたりだけのカタチになっていった。

「はい、そうですか~って帰るわけにはいかねぇだろ。……顔だけでも見せてもらうぞ」
――いえ。それもできません。帰ってもらうようにと言われてます。なんなら拘束系の固有魔法をおさらいしてもいい、と」

あの扉のツルがそうらしい。『おさらい』といった瞬間、ざわりと棘が増えたのは気にせいじゃないだろう。
仕方ない。この手はあんまり使いたくないのだけど。


――コミヤ。おれは誰だ?」


……この国のいちばん偉い方です。でも今日はだめです。そう言われてます」
「なぁ、コミヤ。この【最果て】だとか言われてる魔女の森。ここはうちの国の領土だったな?」
「そうですね。あなたが魔女さまをたらしこんだので」

ほんと、よく懐いたもんだ。
だがおれだってこの魔女と、それこそこいつがチビだったころから顔を突き合わせてきたのだ。

「おまえらの住処はここだ。おれの国だ。つまりお前たちも、おれの国の民ってわけだな。
おれは、おれの国のモノには笑ってすごしていて欲しい。それが誰であろうと、だ。
まあ早い話、困ってんなら放っておけねぇってコトだな」

それが、この国をすべるもの。
それが、この国の魔女さまの男だ。

「ってカッコつけちまったが、おまえんとこの魔女さまが心配なんで顔ぐらい見せてくれ~ってことだ。――頼む」
…………だそうです、ザイツさん」

――このひとが退かないのは、
あなたがいちばん分かってますよね。

ぽつん、とコミヤが呆れを過分に含んだ声で呟いたとたん、だ。
頑なに閉じていた黒い扉が、音もなく開かれる。
視界に入ってきたのは、艶やかな飴色の床と――

「??? シーツおばけ?」

いったいなんの遊びだ?
シーツを取り込むのをしっぱいしたような、おざなりに白い布をかぶった物体が、ゆらゆらと目の前でゆれている。
ゆれているというか、

よたよた。
よたよた。

「ど、どうなってんだ?」
……ザイツさん、ご自分のくちから説明してください」

異質な状況なのだが、気の抜けてしまう光景のせいか、すこしも恐くはなかった。
コミヤの様子を見るに、そこまで切羽詰まったような状態ではないようだ。

(めずらしいな。魔術の失敗、か……?)

ほんとうに珍しい。出会ったころから魔力量もその操作も最上のモノだったが、失敗がなかったわけではない。
ここ最近じゃ、ほとんどない。
どうにも危なっかしいので、よたつく背中(?)をぐっと引き寄せ、捕獲してしまう。

「っ」

びくんっ

かわいそうなくらい跳ねるしろいシーツに、なんだか悪いことをしたような気持ちになってしまう。
なのに、なぜか俺がふれても大丈夫だという謎の確信があった。

…………んん??」

動きを止めてしまったのをいいことに、そおっとシーツの中に手を差し込めば、細い首筋と、あどけない顎のラインがあらわれる。
艶やかな黒い瞳がぱちぱちと瞬いて、固まってしまっていた。――それはおれもだけれど。


――ザイツ、だよな?」

固まってる小さな顔を覗きこんでやる。
まるっこい。ちいさい。
よく見れば、形の良いあたまには、やわらかそうな三角の耳がくっついている。
艶やかな髪は、白い耳が見えてしまうくらい、短い。

『おまえ、髪伸ばしたりしねぇの?』って聞いたら、
勝手に『長いのがすき』って勘違いをしてくれちゃって、訂正しないままのばしていたあの髪が。

……しっぱい、しました……
「お、おお」

見ればわかる。出会ったころよりも、わずかに幼い。
にんげんでいったら十五、十六あたりだろうか。

「そのシーツは?」
……恥ずかしいので」
「ふはっ」

吹きだしたとたん、ぎゅっと目尻がとがる。
頭上でぴくぴくしてる小さな耳のせいで、ただただ可愛いだけだ。ゆるむ口元がおさえきれない。これは仕方ないだろう。
極上にきれいな仔猫なんだなぁ、どう見ても。
この子がかつて『厄災』などと呼ばれ恐れられていたなんて、だれが信じるんだろう。

「かいどう、さん」

被りなおしたシーツがゆれる。顔はわずかに、のぞかせてくれたまま。
――あれだ。オバケなどと言ってしまったが、見ようによっては違うモノにみえる。
室内のひかりを集めたみたいに真っ白なシーツが、やわらかくカイドウのかわいい魔女を包んでいた。

……かいどうさん」
「んー?」

よくみたら前髪にへんなクセがついてしまっている。
めずらしくへこんでる魔女の顔を見ながら、ついでとばかりに撫でてやった。
無防備なまるいおでこの下で、変わらぬ黒曜石のひとみが、こちらをじっと見上げてくる。

――……コミヤくんが、そこに、まだ」
「お、おお」

すまない、コミヤ。

思ったよりもずっと浮かれてしまっていた。
コミヤは何も映してない目で、置物のようになっている。
ほんとうに申し訳ない。でも、これは――

(これはなぁ、仕方ないよな)

今夜は世間でいうところの、お祭りである。
これは確信なのだが。
この不器用な魔女は、じぶんの男を喜ばせようとして失敗したのだろう。
カイドウにとってみれば、失敗どころか会心の一撃だ。

「あー……その、なんだ。顔見るだけじゃ、ムリみてぇ」

心の底から『すまない』ともう一度くり返す。
そうしてシーツごと自分のかわいい魔女を、抱き寄せたのだった。





(予告:海財ねこみみえっちは書きます!)