Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
usagipai
2025-10-21 21:47:23
4563文字
Public
Clear cache
御伽話
ルイアニェ
1
2
『むかしむかし
神々の庇護を受けるひとつの王国がありました
そこには、美しく優しいお姫様と、勇敢で誰よりも強い王子様がいました
ふたりは国中の祝福を受け、やがて一人の子を授かり、その子はまばゆい光のように笑い、誰の心にも希望を灯し
人々はその子を“陽の御子(ひのみこ)”と呼び、国の宝として祀りました
けれど
――
国が最も栄えていたある夜、黒き霧の中から“嘘の怪物”が現れしまい
怪物は陽の御子の輝きに嫉妬し、
「この子の光を偽りに変えてやろう」と呪いをかけたのです。
陽の御子は次第に言葉を失い、
真実と偽りの区別がつかなくなっていきました
泣きながら笑い、笑いながら涙を流すその姿に、
人々は恐れを抱き、やがてこう囁いたのです
「陽の御子は嘘の怪物に取り憑かれた」
王子とお姫様は国を救うために、
神殿に祈り、剣を取り、
嘘の怪物を討つ決意をしました
そして、長い夜の果て
――
。
白い月の下で、王子の剣が怪物の胸を貫きました。
怪物は光の粒となり、静かに空へと溶けていきました
「ありがとう
……
これで、真実は守られた」
――
そう言ったように見えた、と誰かが語ります。
人々は喜び、国は再び光を取り戻しました。
けれど、その日を境に、
陽の御子は笑わなくなりました
嘘を語る怪物は滅びた
だが、その嘘の中に、
どんな“真実”が眠っていたのか
――
今も、誰も知り得ません』
これは神の街で数億年も語り継がれる御伽話
アニェラもまた、その話をなんとなく知っていた
「陽の御子と嘘の怪物」
――
その伝承のせいで、自分が“忌まれた存在”と呼ばれていることも
けれど、アニェラは気にしていなかった。
所詮は、民の間に広まった御伽話でしかない
だから興味もなかった
そんなある日
ジュピターから「スフィーのエリアでしか採れない薬草を取ってきてほしい」と頼まれ、
アニェラは認識阻害のマントを羽織って街へと出ていた
薄明の神街は、常に淡い光に包まれていおり
白金の街路樹が静かに風に揺れ、
祈りの鐘が遠くで
――
鈍く、溶けるように響いた
路地を抜けたそのとき
――
乾いた石畳に響く怒声が、空気を裂いた
「
……
?」
アニェラの足が止まる
耳に刺さるような怒鳴り声の先、
広場の片隅で数人の民が輪を作り、
その中心にルイフが立っていたのだ
その顔はいつも通りだけれど取り囲む者たちの表情は鋭く、憎悪と恐怖を混ぜたような影が、瞳の奥に宿っていた
「お前はぜってぇ後悔するぞ!」
「そんな得体の知れない生物、放っておけばこの世界を傾ける!」
「あぁ本当に悍ましいったらないわ
…
ジュピター様も何を考えて居られるのか」
「お前みたいな人間だって、平気で殺すに決まってるんだ!」
叫びが重なり、空気が濁った
石畳を踏み鳴らす足音と、
罵声が波のように押し寄せる
怒鳴り声に驚いた白鳩たちが一斉に羽ばたき、
金色の羽が陽光を反射して散った
アニェラは、ただ足を止めてその光景を見つめていたのだ
冷たい風が頬をかすめる
胸の奥が微かにざらついたけれど、
アニェラの顔はいつも通り、感情の色は浮かばなかった
ルイフは抵抗もせず、
ただ静かに、民たちの罵声を受け止めてる
肩を下げるでもなく、拳を握るでもなく
――
その瞳だけが、どこか遠くのものを見ていた。
そのとき、小さな影が彼の前に歩み出た
神獣の子だった
震える手に、一冊の古びた絵本を抱えている
「
……
これ、もらって
……
」
そう言って、子供はその絵本をルイフの手に押しつけ、母親のもとへ走り去った
その姿は何かに怯えてるようなそんな気もする
ルイフが表紙を見ると、そこには金の糸で綴られた文字で描かれたタイトルがある
《陽の御子と嘘の怪物》
――
その瞬間、なぜかアニェラの胸が、ひゅうっと冷たく沈んだ
マントの裾が揺れ誰にも見つからぬように、
アニェラは静かにその場を離れた
――
走っていた
靴音だけが、淡い石畳を叩く
息は乱れない、けれど胸の奥で、なにかが軋む。
光に満ちた街並みが、ゆっくりと遠ざかっていく
(
……
どうして、逃げたんだろう)
理由なんて、どこにもない
ただ、あの目に映りたくなかった
見られた瞬間、胸の奥を針で刺されたように疼いて
――
その痛みが、どうしようもなく身体を蝕んでゆく
夜になっても、アニェラは神殿へ戻らなかった
その頃、月光の差し込む回廊をルイフは何度も往復していた
足音が響くたび、石の壁が冷たく返す
ジュピターの書斎の前で立ち止まり、息を殺して待ってみても
――
扉は沈黙したまま、アニェラの影は現れない
「
……
アニェラ、どこに行ったんだ
……
」
呼んでも、返事はなしに
胸の奥に、不安がじわじわと滲み広がっていく
やがて、ルイフは神殿を出た
光を失った街を抜け、ジュピターが依頼をしたという、スフィーの森へと、静かに足を踏み入れていった
そこは、月光の滴る静謐な場所だった。
白い花々が夜風に揺れ、淡い光を放ちながら一面に咲き誇っている
風が通るたび、花弁がひとひら、湖面へと落ちた。
水面はそれを受け入れるように静かに波紋を広げ、
まるで夜そのものが息をしているようにも感じられる
そして今、湖畔の岩に腰を下ろし、満月を仰ぐアニェラの姿があった
月光が白い髪を淡く照らし、
その肩を包むマントを夜の風が静かに揺らしている。
「
……
ここにいたのか」
ルイフの声が、静寂を切り裂くように落ちた
アニェラは、わずかに肩を震わせ、ゆっくりと振り向く
その顔に浮かぶのは
――
やはり、何の感情もない無表情だった
けれど、瞳の奥は少しだけ揺れていた
それは、波紋のように儚く、
月光に溶けて消えていく
そして口を開いたのはアニェラだった
「今日、まちで
……
きみが民達に囲まれていたのをみた」
ルイフの言葉に、アニェラの指先がかすかに動いた。
月光を掴もうとするように、宙で止まる
「
……
ああ
………
見ていたのか」
ルイフの声は静かだった、責める色も、驚きもない
ただ、アニェラを気遣うように穏やかで
――
それが、かえって胸に刺さる
アニェラは目を伏せ、息をひとつ落とした
風が二人の間を抜け、白い花弁を散らしていく。
月光がそれを照らし、まるで夜の雪のように舞っていた。
「
……
ルイフ」
アニェラの声は、花びらに触れるほどの小ささだった。そしてルイフが持つ絵本を指さして一つまた一つと言葉を発する
「その本はね
……
おとぎ話
そして、ぼくが嫌われてる理由になってるお話
もちろん、民たちが信じてるだけ
……
ぼくは、あの本には興味ない」
ルイフの表情がわずかに曇った
けれど、何も言わずにただアニェラを見つめる
「でも
……
」
アニェラは小さく息をのむように言葉を継いだ。
「なぜか、きみに知られたと思ったら
……
合わせる顔がなくなったような気がした」
その声は、今にも消えそうなほど儚かった
月の光がアニェラの頬を撫でると、その影がほんの少し震える
ルイフが静かに息をのむ
そして、そっと歩み寄ると、ルイフの近くの丸太に腰を下ろした
「その本
……
読んでみて」
アニェラは視線を落としたまま、指先で本の表紙を撫でる
「ぼくのこと、少し
――
知ってほしい」
ルイフは一瞬だけアニェラを見つめ、それから静かに頷いた
そっと絵本を開く
ぱらり、と古い紙の音が夜に溶ける
星々の光がページの上に降り注ぎ、淡く照らした
世界がふたりだけを包み込むように、風が止む
語られるのは、かつて滅びた王国の話
光の子と、嘘の怪物の物語
――
ルイフの声は静かで、月明かりに溶けるようだった
一語一語が、夜の湖面に落ちる雫のように響く
アニェラはただ、その声を聞いていた
目を閉じれば、物語の情景が星々と重なっていく
そして
――
読み終えたとき、
長い沈黙が落ちた
風も、夜の虫の音も、息をひそめる。
さっきまで彼の声があった空間が、
急に広く、遠く感じられる
ルイフは本を閉じ、そっと息を吐き
読んでいる間は、あまりに静かに揺蕩っていた
しかし、その静寂を最初に破ったのはアニェラだった
「
……
ルイフ
……
」
名を呼ばれ、ルイフはゆっくりと顔を向ける
アニェラは何かを言いかけて、けれど言葉を探すように視線を落とした
どうやら、柄にもなく自分の感じたことをどう伝えようか迷っているらしい
そんな姿に、ルイフは淡く笑って言う
「俺なら
――
こうするな」
短くそう告げて、彼は続けた
「ルイフなら?」と、アニェラが問うと
「あぁ、御伽話なんだろ? なら、好きにしてハッピーエンドを迎えるのもよし
アニェラ、お前なら
……
この話をどう変えたい?」
一瞬、アニェラは迷うように眉を少しひそめる
「
……
僕は」
指先で、閉じた絵本の表紙をなぞると
夜風がやさしく髪を揺らし、二人の影を星明かりが包んだ
「もし書き換えられるなら、嘘の怪物は
――
誰かに愛されてほしい
…
だって、それだけで
……
少しは救われる気がするから、それにこの怪物は
…
僕であの子だ
…
」
ルイフはしばらく黙っていたが、やがて静かに頷いた
「なるほどな、じゃあ、光の子は?」
「うーん
……
」アニェラは考え込みながら
その顔には珍しく柔らかい
「光の子は、嘘の怪物を信じてあげる
誰も信じなくなっても、たったひとりでいい
信じ続ける」
「
……
いいじゃん」
ルイフはどこか安堵したように目を閉じて
草の上に座り直すと、ページをもう一度開いた。
ふたりは並んで言葉を重ねていく
物語の終わりを描き直しながら、星の瞬く音まで聞こえるほど静かな夜を過ごした
その夜
――
語られたのは、たったひとつの御伽話
けれど、それは確かに、ふたりだけの物語だった。
1
2
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内