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藤咲
2025-10-20 23:57:43
1104文字
Public
創作企画
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くらくら SSまとめ
ここにくらくらのSSをまとめていきます
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『奪われた日』戸叶那月
私がその知らせを受けてから霊安室へ向かうまでに、ゆうに5時間は経っていた。事件の事後処理を終えたその足で向かうと、部屋の前に立っていた職員が「お待ちしていました」と頭を下げてノブを捻り、扉を開ける。夜も深い時間となれば建物に人気はほとんどなく、室内には私と、立ち会いの職員の2人だけが立っていた。部屋の中央に置かれた台に近づき、横たわる納体袋を見下ろす。蛍光灯の下で浮かび上がる陰影が、現場から運び出されてなお遺体が収められたままである理由を物語っていた。
「身内の方は、強いショックを受けられるかもしれません。確認が難しいようでしたら、無理には
……
」
「いえ
……
、必要なことですから。」
相当、酷い顔色だったのだろう。私を気遣う職員の言葉にかぶりを振って、血の気が引いた指先を握り締める。様子を窺っていた職員は了承の意を示して、納体袋の上部にある窓に掛かっている布をゆっくりと捲り上げた。開けられた窓から見えた肌は蝋で固めたように青白く、ところどころに痛々しい痕がくっきりと黒く残っている。布の下に隠された凹凸はおおよそ人の形をしておらず、どんな目に遭わされたのか想像することもはばかられた。そんな中で、顔が綺麗に残ったのは奇跡だったのかもしれない。眠るように目を閉じたその顔は、私のよく知る弟そのものだった。
「
……
和弥」
震える声が床に落ちて、それが自分の声であると認識したところでようやく私が弟の名前を呼んだのだと気付いた。もう一度、名前を呼ぶ。目は開かない。何度呼んでも、揺さぶっても、閉じられた瞼が動くことはなかった。よく似た人物と取り違えたのだ。あるいは同姓同名の他人と間違えたのだ。そう思いたいのに、理性がそれを拒んでいる。目を逸らすなと、鼓動が耳奥でがんがんと鳴っている。たったひとりの、私の弟。社会人2年目で、やっと仕事にも慣れてきたと笑っていた。今週末も、一緒に食事をする約束をしていたのに。それなのに、どうして。どうして、弟が、殺されなければならなかったのだろう。
「こちらの遺体は、戸叶和弥さんで間違いありませんね。」
「
……
はい」
震える手で納体袋を掴む。両目の奥が熱くなって、すぐ側にある弟の顔が歪んで、ぼやけていく。瞬きをする度に手の甲へと落ちる雫は、レンズを伝い、冷え切った肌を温く滑っていった。受け止めきれない悲しみが、掬っても掬ってもとめどなく溢れていくようで、どうすることもできずに立ち竦む。やがて職員に退室を促されるまで、私のすすり泣く声だけが部屋の中に響いていた。
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