僕たちの生活が一変して、もうどれくらい経ったのだろう。ジェイクは時々出かけて、僕たちのご飯を抱えて帰ってくる。僕も外の様子が気になるので付いていこうとしたけれど、危ないからといつも留守番だ。(一度、ジェイクのカバンに潜り込んで行こうとしたけど、鼻の効くマークに嗅ぎつけられて回収されてしまった)
この部屋にテレビはもう無い。ジェイクが僕たちが広々遊べるようにと部屋の隅へと片付けてしまった。線も全部抜かれてるので、ウサギの僕には電源すら入れられないし、マークはテレビの隣に置かれた脚の折れた(マークが折った)ダイニングテーブルに爪研ぎする方が楽しいらしく、手伝ってくれる気配もない。
僕とマークは日がな一日遊んで暮らしていた。
遊んで、食べて、寝て、起きたら遊んで食べて…そりゃペットならそれが当たり前の日常かもしれない。でも、僕たちは変な奇病に罹って動物の姿になってしまっているだけの人間。そう人間なんだ!…そう時々自分で自分を奮い立たせないと、どんどんとウサちゃんになってしまう気がして怖い。それに僕の目の前でゴーゴーと寝息を立てているこの大きな猫ちゃんは本当にマークなのだろか。雄のライオンは食べたらあとは寝るばかり、て話は聞いたことがある。現にマークは食べてる時以外はほとんど寝て過ごすようになった。たくさん寝るようになったから、食べる量も少しずつ減ってきた。最初は具合が悪いのかと思ったけど、僕が心配して顔を覗き込むと、いつも戯れついてきて有耶無耶にされてしまう。ジェイクはお前は心配しなくていいから、といって僕にごはんをくれるけど…実は夜中に彼らが二人だけで話しているのを、こっそり少しだけ聞いてしまった事がある。話している、といっても喋ることが出来るのはジェイクだけだから、ジェイクが喋ってマークがグルルと相槌を打つだけだったけど。その時ジェイクが、すまない…といつもよりずっと弱々しい声でマークに謝っていたのを聞いた時は、何か聞いてはいけないものをきいたような、すごく不安な気持ちになって、僕は2人に近寄る勇気が出なくてそのまま寝たふりをしてしまった。
外の様子もすっかり変わってしまった。こんな事になった最初の頃は、割と頻繁にサイレンの音が鳴っていたのに、今は通りには車は一台も走ってないし、たまに山羊とか馬とか牛とかが歩いている。この前一度だけキリンを見た時は3人してテンションが上がってしまった。きっと変身してしまった人は大変だったと思うけど…ちょっと羨ましかったのは内緒だ。とにかく、もはやこの世界に人間はおらず、みんな動物になってしまったんじゃないか。そんな気がしてならなかった。原因も解決方法も分からないまま、こうして地球は動物の楽園となって…ビリビリビリ…もぐもぐもぐ…
ふと、考え事の合間に動かしていた口に意識が移った。僕は何を食べてたんだっけ?手元を見ると、見るも無惨になった僕の大事なエジプト神話の本があった。
またやっちゃったーーーーーーーー!!!!!!
ダダン!!ダダン!!ダダン!!
悔しくて足ダンが止まらない。最近はこういうことが頻発してしまう。自分を保つために、コレクションの本を引っ張り出して読んでみるけれど、初めはちゃんと読めていた文字が、少しずつぼんやりとしてきた。こうして人間の記憶はちゃんとあるし、ジェイクの言葉も分かるのに。頑張って読もうとしても、すぐに他のことに思考が移ってしまって、無意識に目の前のものを齧ってしまう。本だけじゃなくて、家のあちこちに僕の歯形が残っている。大切な本なら意識を保てると思ったのに…
その時、涙なく泣いていた僕をモフモフの腕が、さらにモフモフしている胸元へと引き寄せた。眠っていたマークを僕が起こしてしまったらしい(そりゃこれだけ近くで足ダンしたら起きるよね)。マークは大きなザラザラした舌で僕のことを舐める。最初はこのグルーミングは僕の中のウサギの部分が怖がってしまい心臓の鼓動が爆発するんじゃないかって速度になってたけれど、今はすっかりリラックスできるようになった。だからきっと僕はまだスティーヴン・グラントだし、ぐるぐると優しそうな音を出しながら僕のことをくまなく舐めてくれるこの猫ちゃんも、僕のこと食べないでいてくれる内は、マーク・スペクターだって信じていていいんだよね…そんな事を考えながら、僕の意識は夢の中へ旅立っていった。
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