Unシル
2025-10-19 23:32:21
4797文字
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つわものたち

ACⅥ / ラスティSS / 文庫ページメーカーより
祝 ヴェスパー部隊月間の際に書き下ろしたものを改訂しました(2024.5 初稿)。
・故オリキャラの絡みありの捏造過去盛りだくさん
・ラスティ→621♀要素あり
・なんでも許せる方向け
・縦書きでごらんあれ



 アーキバス・コーポレーション第五艦内
  第216番会議室隣の喫煙所――


 煙を排出する換気扇が壊れ、二人以上の喫煙者が燻らせると瞬く間に視界が奪われる脱出不可能な喫煙所、と、まことしやかに囁かれたのはつい最近。治るのはいつ頃かと問われれば、経費削減のためと謳い、技術職の職員へ白羽の矢が立っているのだが……戦況の風向きが芳しくないため優先度は下がり続けるのだろう。つまるところ、修理の見通しは立っていない。
 よって、煙草が吸いたくてたまらない職員らは、少し遠くても下の階の喫煙所へ足を運ぶようになり、伽藍堂の喫煙所がうまれたわけだ。
 
 ――見方を変えれば。
 密会には好都合……ではなかろうか。
 一部の変わり者たちの間では、穴場として愛用され始めていた。

 深夜帯、件の喫煙所へリピーターの男がふらりと立ち寄った。
(待ち合わせは、していなかったのだが……な)
 男が入る前から喫煙所は煙が立ち込めている。相変わらず視界は機能しない、ので、先客がいると仮定しスペースへ入った。
 気配はひとり。
「失礼する……
 特段気にせず、先客の対面のベンチへ腰掛け、懐のポケットを弄り取り出す。男に銘柄のこだわりはない。艦内の自販機で売られている市販品だ。そのうちの一本を咥え、火をつけた。一息吸って、天井を仰ぎながら静かに息を吐きだす。
――それにしても、だ」
 男は唐突に。
 当たり障りない雑談をしたくなった。普段、仕事以外ではおしゃべりを好まない男故に、この行動は珍しい。
「こんな夜更けまで、我々は働かせられる。僅かばかりの娯楽もこうでは、体が保つか不安になるな……
 先客に動きはない。男は続ける。
「壊れるのは……自己の体調か。――考えたくもないが、アーキバスか。あなたはどちらが先だと思う?」
 滞留する煙が揺れた。酒好きのする独特な掠れた声でひとしきり笑ったあと、先客はふたたび煙を燻らせる。
 ――煙が一段と濃くなった時。
「屍人に未来は語れまいよ」
 男は震えた。
 ――先客の声が、聴き慣れた……ハスキーな女性の、声色だからだ。
……やはり)
 ただよう煙の匂いで、確信する。
「元気そうで何より。私の可愛い可愛い――ラスティ」
 煙の向こう側。
 きっと、〝先客〟は妖艶な笑みを浮かべている。
(夢を……見ているようだ)
 三夜を続けて越えたラスティは、コレは夢の中か、幻聴だと言い聞かせたい。
 女の輪郭を捉えたら最後、胡散霧散に消えてしまうのではないかと……まだ、懐かしい口調を堪能したいので、顔は伏せ応答もしなかった。
「おや?返事がないねえ。お前と違って、私は外行の顔や口調はないようなものだのに。かなしいねえ……忘れちまったかい?」
 ありえない、と。片時も忘れたことはなかったと……叫びたいのを堪える。
 二人は旧知の仲で――少なくとも、ラスティは女のことを母か、姉のように慕っていた。
「もう一本吸いたいのに、火種が切れてね……お前のをもらおうか。流石に、顔を見れば思い出すだろう?……ヨイショっと」
 女の〝同業者〟は戯けて喋る。
「人狼は――
 二人の間でしかわからない渾名を呼ばれた。
――懐にとりいって、チャーミングな笑顔を振り撒き、油断しきった同胞を……そぉれっ!!バグっと……ね」
 舞台役者さながら、煙を掻き分けるようにして、ラスティの元へステップを踏み込む。いつも履いていた黒いエナメルのピンヒール、が、眼下に映った。……いよいよ、幻覚にも限度がある鮮明さに眩暈を覚えて――遂に、ラスティは顔を上げる。
 差し出された煙草へ、咥えた煙草を近づけて吸う。
 仄かに赤く灯った火が、灰と共に煙草に移ると。
……私が人狼ならば、貴女はまさに――蟷螂だった」
 女は破面した。
「その通り!!愛をほざく男共を喰らう、一流のハンターだったサ」
 〝同業者〟とはルビコンの解放戦線に所属する工作員を指す。
(元、V.Ⅳマンティス。四脚ACを半身とするトップランカー……!)
 マンティスは、ラスティがV.Ⅳへ着任する前の〝V.Ⅳ〟を冠した第8世代型の強化人間。排斥されたのは〝ラスティ〟という〝次世代〟が育ったためである。ヴェスパー部隊のNo.4を長い期間、請け負った仕事人だ。
(或いは、私の恩人で、同胞で……
 煙草の火をねだりに近づいたこの〝蟷螂〟は、行動が派手すぎる故、潜入捜査に向かないタイプ破壊活動専属の荒い仕事をする輩だった。一方で男女仲の〝事情〟には右に出る者がいない百戦錬磨の働きをし、人情掌握を得意とする側面をもつ。
 後者でラスティは手解きを受け、あらゆる技をたたき込まれている。
「要件は?……私を屠りにきたとか」
 マンティスは目を丸くした。
「いやいやまさか。惚れない男は喰わない主義だ……知っているだろうそんなこと」
 冷気を纏った鎌が首元にあるように感じて、ひたいに脂汗が滲み出る。マンティスには工作員となる上で特殊な暗示がかけられている。――好いた惚れた男を、最後の最後に殺してしまうという残酷なものだ。
(そうだ、疑うまでもない……だが)
 マンティスの赤く艶めく唇から紫煙が燻る。
――おやめよ、へなちょこな勘潜りごっこは。パピーとお話をしたくて会いにくるのは、そーんなにあやしいことかね」
 ぶわりと、悪寒が背を走る。同時に……思い出したくなかった心臓の傷が、ズキリと痛んだ。
(私のせいで、貴女は死んだじゃないか……!!)
 命を奪い、奪われる道理が常の戦場に身を置く……とは。
 戦士で工作員ともなれば――必然的に、敵も同胞もすべからく命を奪わなければない。ラスティに与えられた台本には、マンティスが命を落とすシーンも描かれている。
 ――V.Ⅳの代替によって、だ。
 黙り込んだラスティを宥めるように、マンティスはあの頃のように、男の頭に手を置いた。
「だからお前は……いつまで経っても、可愛がられるのさ」
 頭をガシガシと豪快に撫でられる。
……情け無い、同胞ですまない」
「オキーフに気に入られたのが幸いだったネ。アレは案外……情に、脆い」
 ヴェスパー部隊の番号付き、No.3を冠しアーキバス社情報部門の特殊情報局員を掛け持ちしている男を思い浮かべる。
 彼はラスティと密談した際、お前は前任者に似ている、特にその目が……と、言い放っていた。オキーフは、この意味を解するには充分すぎる会話で、どちら側の人間かを示したくれた。
――彼には助けられている」
「私の時もそうサ。……願いも、叶えてくれた。優しい男だ」
 最後の最後に、愛した男の首は刈れずに死んだのがマンティスだった。
 素顔の毒の抜けた笑みが浮かぶ。本来のマンティスは何時迄も少女のような〝女〟で。
「アハ!死んでもなお、頭の中の3割は……そいつの事でいっぱいだ。時期をみて連れて行こうかね」
 恋多き、乙女である。
――安心なさいよ、フィーカ漬けの男は喰ったら不味そうじゃない。まだ、連れて行かないさ。眠りたくなったってんなら話は別だが……
 任務と偽装し、裏切りを働いたとしてマンティスを処したのはスネイルだが、その最期を見届けた実際に駆逐したのはオキーフだったと、報告書の暗号解析版に目を通して知っている。
……マンティス)
 もう。
 ずっと前から、泣きそうな顔だったのだろう。
 いつくしむように、ラスティのおでこに口付けが落とされた。至近距離で吐かれる煙に熱を感じる。
「さて、と……本題は〝予言〟さ、パピー。お前は私の弟のようなものだから、甲斐甲斐しくおせっかいを焼きにきたんだ。感謝しな」
 マンティスはラスティの真隣へ腰を下ろし、肩を抱く。
……未来は語れないんじゃなかったのか?」
「予言は未来じゃない。……お前自身の、希望の話さ」
 言葉遊びとも取れる言葉に、ラスティは今日はじめて笑った。
……終わりだ)
 都合の良い言葉を吐く、死者の幻影はそう長く続かない。
 これで最後だと、ラスティは諦めた。
「演者は知らない、さほど遠くもない未来の話……
 舞台袖に立つ語り部は、おとぎはなしの一節を唱え始める。
「〝くつわ〟のはずれたあと、やっと自由になれた狼が遠吠えをすると……
「すると……?」
 大きく息を吸った蟷螂はオキーフと同じ銘柄の煙を、狼へふきかける。まるで、ラスティに幸あれと祈るように。
 祝福の紫煙を顔全体に浴びると、不思議と瞼が重くなる。意識を手放す感覚が心地よくて、ラスティは背もたれにゆっくりと、身体を沈めてしまった。

 微睡の中、声は頭の中に響く。

 ――一羽の鳥がやってくる。
 ――鳥が仲間になるか、ならないか。お前は見極めなければならないだろう。
 ――もしも、良き〝仲間〟になれたとしたら。
 一生涯に一度きりの、〝自分の命をささげてもいいツガイ〟を見つけたことになるのさ。
 お前のイメージした〝鳥〟は、……伴侶は、誰だったかな。
(レイヴン……いや、戦友だ)
 思い描いたのは、一人の美しいケモノ。
――時間だね。そろそろ帰る……あぁ、憶えていたらオキーフに言伝を。〝死ぬまで雁首突っ込むな〟以上」
「マンティス……
 もういっそのこと、本人の枕元へ立ち寄って痴話喧嘩をやれば良いものを、と内心呆れる。
 マンティスは器用に、知りたくもないような下品なハンドサインをかかげる。左手の中指を立て、折り曲げた指で作った隙間に右手の人差し指を出し入れする。もう女には手を出すな、という意味だろう。
(まったく、貴女ってひとは……
 伝書鳩にでもなった気分だ。

「めでたいねえ。――自由と平和の象徴か、先は明るいよ」
――そのようだ」
 目頭を押さえて片手を上げたら、マンティスは満足気に、からから笑って去っていった。




 人気のない、喫煙所の前を通ったのはホーキンス。
 その喫煙所付近は、漏れ出た煙に反応し、火災報知器がしょっちゅう鳴るのだそうだ。密会向きなどと広めた輩は幼稚で、使い方にもコツがいることを知らない。それを知るのはほんの一握りの、頭の切れる職員のみである。
 その一人――大体の犯人はオキーフの寝落ち煙草のせいであったため、たまたま通りかかって現場を対処した第一発見者のホーキンスが定期的に、自主的に見回りをしていた。
 今夜、常習犯は連行されない。
「おや、ラスティ君か。てっきり長官かと思ったけれど。……寝煙草はいけないよ、さ、起きなさい」
 肩を揺すっても、ラスティは目を覚さない。
 ホーキンスは眉を下げる。
(めずらしい、相当疲れていたのだろう……寝かせてやりたいが……君が、こんな醜態をさらしたと噂されれるのは可哀想だからね)
 入隊したての後輩に、悪い癖がうつらないといいなと、ホーキンスは若者の将来を憂う。
 見つめる目尻に、いずれ年輪の一部となる厚みのある皺が寄せられていた。