せつが
Public
 

ピグレット便の配達員

ピグレット便1本目。二本目が「毛まみれの午後
FGO10周年記念の新聞広告「OVER THE SAME SKY」でのヤマトタケルキャンプ絵が元ネタです。
タケルの服装(前制服のベージュベースのストライプ&上着は現行制服の緑)が、ヤマト運輸さんの制服みたいだなーという与太ポストに素敵なイラストを描いていただきまして、それを元に宅配便現パロを書きました。
伊織が眼鏡をかけていて、それは目つきを隠すためというのも、肩でスマホをはさみ電話を受けるのも、腰ベルト帽子もすべてイラストがもとになっています。
Xにポストした画像版より改稿しております。

 
 東京郊外の晴れた午後。町を走る二台の車。
 ピンク基調の二トントラックと小回りの利く軽バンは、どちらも山門運送の配達車両である。豚のマークをあしらったその車両は、町のあちこちで見かけるおなじみの光景だった。
 所属のドライバー宮本伊織と、その相棒にして若き配達員大和健ヤマトタケルは、いつものように担当地域の配達に勤しんでいた。

 住宅街、大通りから一本入った比較的車通りの少ない道路。路肩に寄せた伊織のトラックのうしろに、タケルの軽バンがハザードランプを点けて停車している。

「これとこれを頼む」

 伊織はトラックの荷台から、段ボールを数個取り出してきた。配送伝票を確認しつつ、眼鏡の縁を軽く肩口で押し上げる。
 伊織は仕事中、眼鏡をかけている。実のところ視力は悪いわけではない。難があるのは目つきのほうだ。それをどうにか和らげようとかけ始めた眼鏡だが、フレームを押し上げるこの仕草は、いつしか伊織の、よく見る癖になっていた。

「承知! あ、これ佐藤のおばあちゃんのだな」

 タケルは軽やかな動きでその荷物を受け取ると、他の箱と組み替えてゆく。様々な大きさの荷を積み上げ、軽バンの狭い荷室に器用に収めていくその手際は、見た目の若さに似合わずかなりの腕前だ。

「佐藤さんところの軽いやつか」

 伊織は思わず、苦笑いを浮かべてしまった。トラックの荷台には、ケース売りのミネラルウォーターと、ずしりと重い段ボール箱が数個残っている。
 どれも佐藤宛の荷札がついた荷物だが、彼のものとは違い、伊織の運ぶものはすべてが重い。これらをエレベーターなしの五階まで持ち上げるのだ。いまではすっかり、配達品の傾向を覚えてしまった。
 もっとも、別の理由で身構えるお宅でもあるのだが。
 そのときふたりの間に、規則的な電子音が鳴り響いた。
 伊織のポケットにある、会社支給の業務用スマートフォン。重い段ボール箱を両腕で抱えてしゃがみ込み、箱を膝に乗せると、スマホを肩と耳で挟んで応答する。

「はい、山門運送です……はい、八時から十二時の間でしたね。申し訳ございません、ご不在でしたので」

 この器用な電話の受けかたは、運送ドライバーならではの小技だった。たとえベルトに帽子を挟んでいても、決して地面に触れさせず、箱上でメモをとる光景にタケルの口元がゆるんだ。

「明日の午後……はい、承知いたしました。では、明日十六時から十八時の間にお伺いします……はい、よろしくお願いします」

 電話を切り立ち上がった伊織は、持っていた段ボール箱をタケルの軽バンに積み込むと、そこでようやく深く息を吐いた。

「再配達か?」
「ああ。昨日も不在で、今日も不在。明日こそはいてくれたらいいんだが」 
「二度あることは三度ある?」
「正直、三度目で終わらせてほしいところだな」

 伊織は眼鏡をとり目頭を揉むと、軽く肩を回した。

「そういえばイオリ、またあったんだって? 佐藤のおばあちゃんの」

 こうして雑談をしていても、ふたりは仕分けの手を休めない。届ける時間が決まっているものが多く、それにあうよう動き出さねばならないからだ。

……ああ」

 伊織の顔が微妙に曇る。先日のできごとを思い出したらしい。

「『うちの孫、今度帰ってくるから会ってみない? いい子なのよ、看護師してるの』と云われたな。わからん。ただ荷物を運んでいるだけなのに、なぜ縁談を持ちかけられねばならんのか」
「イオリはモテるなぁ。この前も四丁目の奥さんに——
「やめてくれ」

 伊織の手が止まる。眼鏡をかけても隠しきれない鋭い目つきが、いまは心底嫌そうに細められている。

「俺はただの配達員だ。客と配達員、それだけだ」
「でもおばあちゃん、本当に心配してるみたいだぞ。『あんないい若もんが独り身なんて』と、私にまで話してくるからな」

 なんて、タケルは人ごとだとばかりに屈託のない笑顔を向けてくる。それを見て伊織は、苦笑まじりの息をついた。

「おまえはいいな。猫には素直に懐かれてて。よけいな気を使わずにすむ」

 赤の他人に世話を焼かれ、言い寄られる。仕事がやりやすいぶん、好意自体はありがたくはあるのだ。だがそれが続けば度を越せば、いやでも疲れはしようもの。

「うむ、ミーちゃんだな! このまえはな、玄関を開けた瞬間に飛びついてきてくれてなぁ」

 タケルの顔が一気に明るくなった。猫の話になると、とたんに目を輝かせる。佐藤さんのお宅で飼われている猫に、タケルはいたく気に入られているのだ。
 対して伊織が訪ねたときは、姿どころか鳴き声さえ聞かせてくれない。おかげで未だに、タケルの話からしか猫の様子を知らないままである。 

「おばあちゃん曰く、『この子、配達の人はいつも警戒してるのに、健ちゃんだけは特別』なんだと。いやぁ動物に好かれるのは嬉しいものだな」
……やはり猫に懐かれるぐらいがちょうどいいな」

 知ってはいるのだ。彼のほうが、なにかと言い寄られることが多いのを。だが不思議とうまく距離をとり、かわしている。どのようにいなしているのか、教えてもらいたいものである――伊織はひとつまじろぎをすると、引き渡し荷物の照合に取り掛かった。
 本来なら路上での引き渡し作業は避けるべきだが、この時刻のこの道なら、大目に見てもらえるだろう。それに効率を考えれば、ここで荷をわけたほうが圧倒的に早い。

「そうだ、イオリ」

 最後の荷物を軽バンに積みながら、タケルが思いついたように云った。

「次におばあちゃんに孫の話されたら、こう云えばいいんだ」
「なんだ?」
「『すみません、自分にはもう、いいひとがいるんです』って」

 タケルは手を止めることなく、さらりと提案してきた。それを聞いた伊織の眉根に、ぐっと力が入る。

……いいひと?」
「そうとも。もし『どんな人?』って聞かれたら——

 荷物の位置を調整するタケルは、伊織のほうを見ないまま続けてゆく。

「『同じ職場で働いてる人で、いつも支えてくれる大切な相手です』、とか云えば角も立たん。私なら佐藤のおばあちゃんも知ってるからな。話も通じやすかろうよ」

 それを聞いた伊織の眉がぴくりと動いた。

「おいタケル」
「うん?」
「それは誰が誰の『いいひと』になるんだ?」
「んー? だから私が、イオリの——

 作業の手がふと止まる。自分がなにを口にしたのか、ようやく理解が追いついたらしい。勢いよく振り返った顔が、みるみるうちに赤らんでゆく。

「ち、違う! その! イオリ?!」
「『私なら話も通じやすい』か。なるほど?」

 伊織の声がいやに平坦になった。起こる事態を想像したのか、抑揚を失った声はどこか遠い。

「待て! あくまで架空の話で!」

 タケルは慌てて首を振る。帽子から飛び出す髪がぴょんと跳ね、その動きに驚いたのか、リアゲートに止まったトンボが離れていった。
 目を白黒させて慌てふためく彼の姿に、伊織の眉間のしわがほぐれてゆく。張り詰めていたものが溶けるよう、ゆっくりと肩の力が抜けてゆく。

「『職場に憎からず想う相棒がいる』と。そういうふりをしろと、そういうことだな?」
「ふり! そう、ふりだ! 私が云いたかったのは『いいひと』のふり!」
「まあ、使える手ではある」
「だ、だろ?」

 タケルは我が意を得たりと、何度も首を縦に振る。しかし首まで赤くなっているのは隠しようがない。
 赤らんだ彼を横目に伊織は、ひとつ飲み込むよう息を吸うと、トラックの荷台を閉めながら小さくこぼした。

……別の世話を焼かれそうだ」

 その言葉は閉じる扉の音にまぎれて、タケルには聞こえなかったかもしれない。

「じゃあ俺は次の配達に行く」
「あ、ああ! 私もあと十軒は回らないと」

 ふたりは各々の運転席へと戻っていく。

「タケル」

 運転席のドアを開けかけて、伊織が振り返る。

「なんだ?」
「佐藤さんところのミーちゃんにもよろしく」
「もちろんだ! イオリもその、頑張ってくれ」
……ああ」

 二台の車は、それぞれ別の方向へと走り去っていく。
 午後の陽射しは傾き始め、アスファルトに長い影を落としつつある。
 車内でひとりになった伊織は、バックミラー越しに遠ざかっていく軽バンを見つめていた。

「ふり、ね……

 眼鏡奥の眼差しが、いつもより柔らかくなった。そこには、先ほどまではなかったいろが滲んでいる。
 伊織は彼の軽バンが角を曲がり、視界から遠ざかるまで動かなかった。それからようやく、エンジンへと手を伸ばす。
 『いいひと』と云われたとき自分はいったい、なにを期待したというのか――
 朝晩は涼しいというのに、昼間は未だ真夏のよう。ハンドルを握るてのひらは、うっすらと汗をかいていた。
 
 一方、軽バンの中でタケルは、運転をしながら頭を抱えたくなる衝動と戦っていた。

「なんであんなこと云って……!」

 ただ虫除けになればいいと、実用的な提案でしかなかったのだ。だのに、伊織から指摘されて気づいてしまった。さも当然のように自分自身を、『伊織のいいひと』にあてはめていたことに。
 するりと出てきたこの考えに、とたんに落ち着かなくなった。先ほどから頬が火照り、耳横の髪が触れくすぐったい。
 ふりをする。
 本当にそれだけですむのかは、自分でもわからない。
 ただ、伊織の『憎からず想う』という言葉が、耳に残ってしかたがなかった。

 東京郊外の午後は、いつもと変わらず穏やかにすぎていく。
 山門運送のドライバーふたりは、今日もそれぞれの配達ルートを走り続ける。
 明日もきっとどこかの路肩で、荷物の受け渡しをすることだろう。
 そうしてふたり、他愛もない会話を交わすのだ。