「◯月×日(水)19時 俺の家集合 食べ飲み放題」それから何かのリンク。
八左ヱ門がグループのトーク画面に投げたメッセージに、勘右衛門は首を傾げた。そしてリンクのタイトルを見て吹き出す。
「俳優久々知兵助×アイドル学年あやの新婚旅行密着!」
めちゃくちゃ面白そうな番組だった。
最近結婚発表をしたばかりの俳優久々知兵助は中学からの友人だ。友人の勇姿を見ようと映画やドラマの出演情報はチェックして可能な限り見ているが、それ以上は正直手が回っていない。今や売れっ子俳優となってしまった兵助はバラエティにラジオ番組に雑誌のインタビューと出演が多すぎて、熱心なファンでもなければとても全てに目を通すことはできない。教えてもらわなければこんな面白そうな番組をうっかりスルーしてしまうところだった。その日は都合よく外せない予定もない。
「行く行く! めっちゃおもしろそうじゃん!」
返事をしてから番組の詳細を確認し、念のため録画予約をセットした。
◇ ◇ ◇
招集当日。勘右衛門が仕事を終えて八左ヱ門の家に直行すると、出迎えた家主は既にすっかり出来上がっていた。番組の放送時間までにはまだ30分程ある。
「え、もう飲んでる?」
「だってあんなの素面で見れるわけないじゃん!?」
「じゃあ見なくても良くない?」
「あやちゃん出てるのに見ないとかないでしょ!?」
「そんなんで見たうちに入るのか?」
「録画はしてある。2回目以降ならある程度覚悟もできるし本当にやばいとこは飛ばすから」
八左ヱ門は兵助のお相手であるアイドル学年のあやちゃんに所謂“ガチ恋”という奴だった。高校生の頃にデビューしたばかりのあやちゃんに鮮烈に心を奪われ、大学生になってからはバイト代を貯めてせっせとライブや握手会、ファンミーティングに通っていた。
アイドルとしてのあやちゃんしか知らないただのファンがアイドル本人と結ばれることなどない。当然頭では理解していただろうが、相手がアイドルである以上、夢を見るのは自由である。それが暗黙の了解で、八左ヱ門はその夢を見ていた数多のファンの1人だ。
ただし八左ヱ門にだけは、他のファンとは異なる事情が付け加えられる。あやちゃんのお相手が中学から今に至るまで途切れることなく交流が続いている友人ということだ。当然、向こうも八左ヱ門があやちゃんにせっせと貢いでいたことを知っている。
あっちはあっちで思うところもあったようだが、最初から全てを知っていた向こうと違って、最近突然知らされたばかりの八左ヱ門は事実を受け止めるのにまだ時間がかかっている。それに、受け入れたところで実際に目にするのはまた違うだろう。
招集をかけたのは、1人で見る勇気がなかったからだとすぐにわかった。“食べ飲み放題”なんて条件をつけなくてもそれくらい遠慮せず頼ってくれればいいのに、なんとも水臭い。
「食べ飲み放題っつってたけど何ある? 一応お菓子は買ってきたけど」
「冷蔵庫の好きに飲み食いしていい。あと、そろそろピザ届くはず」
「え、マジか。やりぃ!」
とはいえもらえるものはもらっておくのが信条である。冷蔵庫を覗くと、勘右衛門が好む甘いジュースのような缶チューハイが多数準備されていた。平日ど真ん中な所為で三郎と雷蔵には遠慮されたから、ラインナップが完全に勘右衛門用だ。その中から気になる味を1種類選び出す。端に寄っている缶ビールは自分用だろう。
その後、宅配ピザを受け取ったりテレビの前の卓袱台に酒を並べたりと細々働いていると、あっという間に放送時間となった。CMから番組へと切り替わり、慌ててテレビの前へと座る。
スタジオで番組の概要説明が終わると、画面はVTRへと切り替わった。
「おい! 何あれ何考えてんの!?」
ピザに齧り付きながらのんびり画面を眺めていると、八左ヱ門が画面を指差して喚き出す。
映っているのは兵助とあやちゃんが仲良く手を繋いで遠くからカメラに近づいてくる映像だ。時折目を合わせては、幸せそうに笑い合っている。あやちゃんはともかく、兵助は見たことないくらいデレデレしていて昔からの友人としてはちょっと恥ずかしい。
「番組の主旨考えろよ。兵助とあやちゃんのイチャイチャっぷりを放送すんのが目的なんだから演出上そんくらいやるだろ」
八左ヱ門を宥めながらも、内心「それでもやりすぎでは?」と突っ込みを入れる。
スタジオで見ているアイドル学年の他メンバーも同じ気持ちのようで、揶揄いや突っ込みの言葉を口にしている。兵助の事務所の先輩で2人のキューピッドでもあるという立花仙蔵は「あんなのでこの番組成立するのか?」と顔を顰める始末だ。
まずは昼食も兼ねて食べ歩きをするらしく、スタッフに誘導されて温泉街として有名な商店街を練り歩く。
団子や煎餅、アイスなどを2人で仲良く分け合って食べながら、画面にはデレデレの兵助としっかり者のあやちゃんの図が続いている。手綱を握っているのはあやちゃんの方らしい。
勘右衛門が事前に聞いていたイメージとは随分異なっている。が、友人の兵助と違ってあやちゃんの方はよく知らない。あちらも売れっ子アイドルなのであちこちで顔を見かけはするが、自分で興味を持って調べる程ではない。精々八左ヱ門から一方的に聞かされた程度の知識だ。だから勘右衛門からすれば、実際はあんな感じなんだなという感想だ。
しかしアイドル学年のメンバーからは「あやがあんなに世話焼いてるの初めて見る」「いつもは世話焼かれる側なのに」「普段私たちに甘えすぎじゃないのか? できるならやれ」と野次が飛んでいる。スタジオにはもちろん本人もいるので、「やる前にみんなが色々やってくれるから」と笑ってまた怒られていた。
自分よりしっかり者がいるとついつい頼って怠けてしまうのは勘右衛門にも覚えがある。アイドル学年のメンバーは少なくとも兵助よりは頼りになるのだろう。
画面を食い入るように見つめていた八左ヱ門が、CMに切り替わった瞬間卓袱台の空いたスペースに頭をごつんと打つけた。
「おーい、大丈夫か?」
あまりのイチャイチャっぷりに現実を受け止められずにいるのかもしれない。酒の缶やピザの箱を上手に避けて打つけているあたりある程度の理性は働いているらしいが、それでも心配にはなる。
「あやちゃんのしっかり者の一面を知れて嬉しいのに相手が兵助だから素直に喜べない
……」
コメントに困って苦笑いしていると、突然身を起こして飲みかけの缶ビールを一気に煽った。
「というか、あいつ甘えすぎじゃないのか!? ずーっとデレデレしてて、みっともないだろ!? あれ、兵助のファンは許せるのか!?」
「ファンは知らないけど俺は幸せそうでいいなと思うぜ」
あんまり他人に頼ることなく何でも1人でこなそうとするタイプだから、兵助がちゃんと“甘えられる”相手を伴侶にしたというのは友達として素直に喜ばしい。気を許すとついつい甘えてばかりになるのは玉に瑕だが、ちゃんとやる時はやる男だと知っている。
「あれがあやちゃんでさえなければ
……!」
悔しそうに歯噛みしているが、八左ヱ門もおそらく心境としては似たようなものなのだろう。
やがてCMが終わると、画面が切り替わって2人の陶芸体験が始まった。初めは慣れない作業に2人とも四苦八苦していたが、しばらくしてコツを掴んでからは作業をしながらスタッフの質問にあれこれと答え始めた。
「この人仕事中はあんなかっこいいのに、プライベートだと信じられないくらい抜けてるんですよ。今朝も靴下の左右の色違うのに気づかずにそのまま行こうとしてて。なんでちゃんと揃えてあげてるのに間違うのか理解できないんですけど」
「家だとどんな感じなんですか?」というスタッフの質問に、あやちゃんが呆れたように返す。
「なんで間違うんですか?」
スタッフが兵助に話を振る。
「最初黒の奴にしようと思ってたんですけど、上着変えたらグレーの方がいい気がして別の出して履き替えたら、片方しか履き替えてなかったみたいで」
ちょっと気持ちはわからなくもない。でも普通は気づくだろうと思っていたら、スタッフに請われて兵助の靴下が映し出される。履いているのは左右同じものだが、色は紺色である。テロップに疑問符が並ぶ。
「あやに言われて出る直前に慌てて履き替えたから、もう片方は見つからなくて結局両方履き替えました」
「こだわった意味ありました?」
「そうなんですよね」
「もっと言ってやってください」
スタッフからの突っ込みに、兵助とあやちゃんが苦笑いで同意している。VTR上だけではなくスタジオからもやいやい突っ込みが入り、画面がスタジオに戻る。その後しばらく兵助の間抜けエピソードがいくつか紹介された。
「今更だが結婚考え直した方がいいんじゃないのか?」
「そうなんですよねーたまにちょっと失敗したかもと思う時はあるんですけど」
一応キューピッドのはずの立花仙蔵が厳しい突っ込みを入れると、あやちゃんが冗談っぽく乗っかる。それを見た八左ヱ門が「ふざけるなよ!?」とがたりと立ちあがる。
「今からでも遅くない」
メンバーのたきちゃんにも言われ、あやちゃんは「どうします?」と隣の兵助に話を振る。
「絶対嫌だけど」
兵助の返事を聞くと、あやちゃんは満足そうに「私も嫌です♡」と笑った。八左ヱ門は、力が抜けたようにすとんと座り込む。スタジオでは「はいはいお幸せにー!」と雑に締め括られ、またCMへと切り替わった。
「なあ、勘右衛門って失恋したことある?」
ポップなお菓子のCMにかき消されそうになりながら、八左ヱ門がぽつりと呟く。
「んー、まああるっちゃあるし、ないっちゃない」
「どっちだよ」
「だって相手に恋人いるとかいないとか告白するとかしないとかの前に、大体わかんだろ。いけそうだなーとか無理そうだなーとか。無理そうな奴には最初から本気にならないようにするからさ。防衛本能っていうの? 叶わないってわかってるのにめちゃくちゃ好きになって結局振られる、みたいなのはないな」
「そういうもん?」
「まあ人によるだろ。俺は傷つきたくないからそんな感じ。だから叶わないってわかっててもそんな本気で好きになってる八左ヱ門のこと、俺は結構尊敬するぜ」
「叶わないって決めつけるなよ」
「いやぁ、叶わないだろアイドルは! 最低限ファンとアイドル以外の関係で知り合いになんなきゃなんだから、それこそ自分もアイドルか俳優でもやってなきゃ」
「それもそうだよなぁ」
そこで八左ヱ門との会話は終了した。
CMが明け、本日宿泊するらしい宿へと移動する。番組内では引き続き幸せそうにイチャイチャする2人にスタジオからやいやい茶々が入れられているが、隣の八左ヱ門は至って静かだった。食い入るように画面を見つめ、手元のビールも進んでいない。番組内で2日目が始まっても変わらない。
「最後はおふたりのキスで終わりたいと思います」
スタッフからの申し入れの後、画面にスタッフロールが流れ出す。もうそんな時間かと時計を確認すると、開始から1時間が経過していた。ピザもすっかり冷めてしまうわけだ。チーズが硬くなってきたあたりからお互いに手が進まなくなってきて、数切れ残ったままになっている。
スタッフの言葉を聞くと、兵助とあやちゃんはびっくりしたように見つめ合って照れ臭そうに笑った。それでも拒否する気はないようで、カメラの前で可愛らしいキスが披露される。スタジオから歓声があがった。
もうすぐ公開の兵助主演映画とアイドル学年のライブの宣伝が入り、番組は終了した。八左ヱ門がテレビを消すと、賑やかだった部屋は急に静まり返った。
「あやちゃん、幸せそうだったな」
「そうだな」
「あんだけ愛されてりゃ、当たり前だよな」
「だろうな。兵助があんなデレデレしてんの俺も初めて見た」
兵助の本職は俳優だ。それも演技派で通っているのだから、あれが全部番組の都合の演技の可能性を捨て去ることはできない。でも、いくら番組だからって、演技であそこまでやる必要性は感じない。それならあれは全部本来の素の兵助なのだと、数多のファンと同じく幸せな嘘を信じる方がいい。嘘かどうかは、未来の兵助が証明してくれるはずだ。
「俺も初めて見た。
……あいつなら幸せにしてくれるよな」
「大丈夫だろ。あいつ一途だから」
「だよな」
八左ヱ門の声は今にも消え入りそうだ。こういうのはすぐにどうこうというよりも、ゆっくり時間が解決する方がいいだろう。元気付けるように、声のトーンを上げた。
「よっし、今日は飲み明かすか!」
「え、明日木曜日だけど」
「任せろよ。こうなるんじゃねぇかと思ったから、有休取ってある」
「
……お前、いい奴だな」
「おうおう、もっと褒めろ。何も出ないけど」
早速冷蔵庫に追加の酒を取りに行く。缶チューハイ1杯くらいで酔うような柔な身体はしていない。確か前に俺が好きだと言った梅酒があったはずだ。八左ヱ門だって十分いい奴なのだ。
「ありがと、勘右衛門」
卓袱台から離れたところで、ぽつりと声が聞こえた。八左ヱ門は俯いたままだ。だからわざと聞こえていない振りをする。
「お前はなに飲みたいー?」
これくらい、わざわざ礼を言われるようなことではない。友達なら当然のことだった。
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