「ふー
……」
汗やら体液で汚してしまった躰をシャワーで洗い流し、脱衣所兼洗面所のバスマットに足を乗せる。
ふわっとした起毛が足裏を擽り、クーラーの涼風がお湯で温まった躰を心地よく冷やしてくれる。眼鏡は、私の部屋に置いたままだけどもう今夜は掛けないでおいていいか。
掛けないままでも日常生活特に支障はないし。この後することを考えるとどうせ邪魔になるだけだ。
浴室の横の棚に置いておいた籠から二枚のバスタオルを取り出すと、片方をユイマンに差し出した。
「ありがとう」
「後で水も飲むのよ」
彼女にとってはかなり長湯をしてしまったため、汗で水分が失われているだろうし体温を整えたいだろう。
私も少しは飲むべきけど。飲むとまたシャワーを浴びる必要になりそうなので控えておこう。今夜なんとなく、私がされるほうだって分かるから。
彼女はバスタオルを躰に巻き付けて乾かしているが、髪が長いせいで水が背中に垂れてしまいそこだけびしょびしょになっていた。
相変わらず、そこだけは上手に拭くことができないのね。私は髪が短いから、バスタオルの横に置いた普通サイズのタオルを首にかけて置けば問題ない。
なので私のバスタオルを使って彼女の背中を優しく拭いてあげると。まだ水を吸った髪は背中に張り付いていて、私のバスタオルをどんどん湿らせていくのである。
「そういえば、髪切らないの?仕事で邪魔になると思うんだけど」
この季節暑い暑い言ってるのってこの髪の長さも原因だと思う。仕事中は結っていれば問題ない、とは言ってるけど。
彼女が職場でちゃんと髪を結っているかは私も見たことがないので分からない。
「んー
……面倒だし困らないからいい」
切る切らないは彼女の自由だから強制的に切らせるなんてことはしない。ただ、昔は短髪で動き回っていた彼女がこうなるくらいに髪の毛を放っておいていた。
その出来事を思い出してしまって、少し心が軋むのは私のエゴでしかない。短髪の彼女も長髪の彼女も綺麗なことに変わりはないのだから。
「阿梨夜は伸ばさないの」
短い髪って楽なようで結構寝ぐせ付きやすいでしょ、と逆に聞かれるが。確かに短いと寝ぐせもつきやすく意外にもハネやすい。
だけど仕事で物を運んだり移動することも多いと髪の毛が邪魔になるので、今はこの長さが丁度いいのだ。
「私は仕事するときこれが一番楽」
バスタオルの端で束にした彼女の髪の毛を包み水分を吸わせる。ある程度吸わせたら、ちゃんとドライヤーで乾かして梳かしてあげなきゃ。
私がやらないと面倒くさがってそのまま自然乾燥でいいとか言い出しそうだし。
ユイマンの髪の毛を手入れするのは、嫌いじゃないから。
彼女の背中を拭き終え、おしまいというとユイマンは私の方を向いた。
後はもう自分でできるだろうと、今度は私が自分の下着や寝巻を着ようと彼女の背後にある籠に手を伸ばす。
今下着をつけても意味がないかもしれないけど、つけないままでいるのもすぐベッドに行くことを期待してるみたいで恥ずかしい。直に寝巻も変だし。
肌の手入れや彼女に水分を取らせて、少しリビングで喋ったりした後一緒にベッドに行く方が自然だ。
「すぐ髪の毛乾かすから早くパジャマ着
……」
風邪をひかないように彼女に着替えを急かそうとすると、持っていたバスタオルごと突然私を抱きしめて来て。
液体を介さない
―お風呂の中とは違う素肌の感触が生々しく伝わってくる。ボディソープやシャンプーの匂いが鼻を掠めて、彼女の匂いと一緒に心地よく漂う。
少しだけ彼女が熱い、と感じるのは。お風呂のお湯で暖められたせいか。
「ユ、ユイマン?」
「
……跡、私も阿梨夜につけたいなあ」
私の顔を見ずに彼女は独り言のように呟く。跡、と言われて。すぐにそれが私が先ほど彼女の肩につけてしまった噛み跡のことだと理解した。
仄かに紅を帯びたユイマンの右肩には。窪んだ歯形がまだ残っており血行が良くなったせいで紅さを増している。
やはり綺麗な肌に傷を残したことを怒っているのだろうかと、怯えの気持ちが湧いてくるも。しきりに私の臀部に触れ首筋に唇を当てているという事は、欲情の状態に近いのだろう。
シャワーで躰を清めてリセットしたとはいっても。そんなことで彼女の欲が消える様なものではないのは分かっていた。私の欲ですら残っているのだから。
跡を付けたいと囁かれて心が激しく揺れるのが分かった。首筋など見える場所に付けられたらまた夏でも首元がちゃんと隠せる服を着るしかなく。
それはなかなか酷なことではあっても。そう言った行為をするときの彼女の嬉しそうな顔を見ていると、何でも許してしまいそうになる。
どうせ地味な職業で華やかな恰好をすることもないのだから。襟元がきちんと締まるシャツで仕事をしていれば誰にもばれやしないだろう、と。
何だって私が我慢すればいいだけの事だと。そういう気持ちが沸き上がってしまうのだ。
「ん
……」
またからかうように、彼女は私の首筋に歯を軽く立てて。ふ、と妖艶に笑う声を私の耳元で響くように聞かせて来る。
脱衣所の籠を置く棚に背中を預けられ、逃げ場を無くされたのは湯舟の中と同じ。
足をしっかり床につけて立っているつもりでも、先ほど少し達したのと少ししか達せなかったことは通常の体力より力を失わせることとなっていて。
少しでも何かが崩れればこの場所で彼女の跡だらけにさせられそうな、そんな感覚。不意に耳朶を舐められて高めの情けない声が漏れだす。
「ひとつだけだから
……」
私の右肩と右側の首筋のちょうど真ん中あたりに犬歯を当てる。
まだ噛みつく段階には入ってないけど、噛みつかれることを想像すると痛みの恐怖と刺激の強さに鼓動が速くなった。
そこまでして私に跡を残したい気持ちは何故なのだろうと。今だに彼女の分からない部分を分かってあげられなくて申し訳ない気持ちになる。
焦らすように歯を当てるだけで噛みつきはせず。それでも先に、唇で強くその部分を吸い跡を残すための保険は掛けておこうとする。
「つっ」
吸われるのは、噛まれるよりかは痛くないけれど。ちくっと縫い針で軽く刺してしまったような痛みが一瞬走るのだ。
その痛みの声を彼女が聞き漏らすはずがなく、ごめんなさいの舌先が私の肌を巡る。
ここならどの季節でもまず見られることはないから大丈夫だろう。前はもっときわどい部分を選ぶ悪い癖もあったけど、流石に落ち着いたか。
彼女の背中にそっと手を回し許可の態度を示すと。私を強く抱きしめ跡に歯を立てては、その跡を確かめるように唇を這わせる。
彼女に犬の尻尾があれば間違いなく振っている状態だろうけど。蛇も嬉しいと、尻尾を振ったりするのかな。多分振らないだろう。
そうして長い抱擁が続いているうちに、私の躰は熱くなっていき綺麗にしたはずの下半身がまた滑りを感じる気配がして。
(
……だめ)
私が押しに負けたと思いもう一か所くらいは許されるか、と躰を離して上目遣いに私を見つめる彼女と私の視線が交わった。
交わると同時に現状が色々と私の頭の中に情報として入ってきて。何なら彼女の肩越しに見える洗面台の鏡に映る私と彼女の綺麗な背中とも目が合っている。
されている時に彼女の躰ばかりをみていたから、気づけなかったけど。こんな状態を許したら危険だった。
「
……ユイマン、やめなさい」
洗面所の鏡がちゃんと磨いてあってよかった。彼女に求められるがままこの先言うことを聞いていれば、自分の恥ずかしい姿と対面しなければならないところだった。
火がついてしまえば途中でやめることはできなくなって。もっと彼女を満足させられずに終わるところだったから。
身だしなみの為には仕方がないけれど。鏡で自分の顔と躰を見るのは正直好きじゃないから。見ないで済むならそう過ごしたい。
「
……ねえ、阿梨夜さっきので満足してた?」
先ほど湯船で完全に達しきれていないことを見抜かれていたのか。お湯の中というのと、あの難しい体勢では仕方がない。
与える側が完全に与え切ったと思っても、受ける側だって状態が整わないとできないこともある。
少しは達せたのだから私は十分に彼女の愛を受け取れたと思っていても。向こうにとっては不完全燃焼の状態だったのか。
「うん。それにここだと色々危ないよ」
躰が満たされなくても精神はしっかり満たされているから。逆よりも絶対にその方がいいのだ。
脱衣所は二人で求めあうには狭くて、最悪滑って頭を打ったりするかもしれない。こんな理由で救急車を呼ぶのも恥ずかしいし、騒ぎにはしたくない。
幼い子に言い聞かせるように彼女に口づけて拒否したのは、嫌だからじゃなくて相手を慮っての事だと伝える。
だって貴方は、私の伴侶なのだから。
「そうね。続きはベッドでしましょ」
ベッドでするにしてもまだ準備はできていない。髪の毛をしっかりと乾かし、精神を穏やかにしてから望みたい。
気分や状態によってはそのままどちらかの部屋に行ってベッドにすぐ入ることもあるけど。
今夜は時間の余裕もあるのでゆったりとした時間を過ごしたかった。
寝巻に着替えるとまずは肌を保湿した後に、タオルである程度乾かした彼女の髪を梳かす。
その後リビングのソファに座らせ。延長コードで繋いだ洗面所のドライヤーの熱風を当てると彼女はそれだけでまた熱い、と呟く。
「しっかり乾かさないと生乾きは痛むわよ」
「それは分かってるけど
……本当に暑さって躰に毒だなあって」
私は先にドライヤーで自分の髪を乾かして仕上げまでしているからいいのだけど。彼女はどうしても時間がかかる。
夏の暑さに加えドライヤーの熱さも彼女にとっては辛いものらしく。少し温度と風の量を調整してやる。
もう少しすれば暑さも和らいで彼女にとって過ごしやすい季節が来るとは思うのだけど。あまりにも寒くなると、今度はしきりに眠いと言い出すだろう。
あたかも蛇の冬眠の準備の様に。冬場は狩りの時期だから元気に出かけることも多いけど。夜になるとすぐに眠たいと言って寝てしまうのもこの頃だ。
冬場は日照時間が短くなるから精神や体調にそれが直接的に影響するのは研究で証明されているけど、どこででも彼女は私にくっついて暖を取ろうとする。
私が季節にあまり左右をされない体質な分。ユイマンは季節ごとに左右され、その季節の色んな顔を代わりに見せてくれる。
「お水美味しい
……」
テーブルに置いた水を飲みながら熱さと暑さに対抗する彼女を見て。ふと、そんなことを思った。
毛先を弄びながらドライヤーを当て。かつての自分もそれなりに長かった頃を追想するも。もうあれだけ伸ばすことはないだろうと、感じる。
彼女が成長するにつれて想像通り周囲から羨ましがられるほど美しくなるのを見て。短髪の髪をやめて伸ばし始めたのを見て。
自分が周囲が認めるほどに佳人であることを自覚したら、きっと彼女は私の醜さにも気づいてしまうと危惧したからだ。私の妹が気づいたように。
学校が変われば校則も変わり。私服がなくなり制服というモノに縛られ始めたら、区別するものが減ってきて露見してしまうと。
だから長い髪は結ばなければならないという校則を大義名分にして。長い髪を短く切り落としてもらった。
それはいつか彼女が己の美しさ故に私の醜さを哀れんだり蔑んだ時に。
彼女の負担になるまいと決別して、それでも美しい思い出だけは自分の躰に残して思い出せるようにしたかったからという。惨めな縋り付きだった。
勿論彼女が私に対してそういう感情を向けることは一切なく。傍に居続けてくれたからただ私が髪を切っただけで終わったのだけど。
未熟な精神があれだけ美醜に怯えなければいけないほど。外見というものに容赦ない批判に晒されるのも、一体何の基準があってそんなことを皆するのだろうか。
「そういえば阿梨夜、今日届いてた本の事だけどあともう一冊は何の本だったの」
「え
……」
本の事を聞かれるのは珍しいので思わず間抜けな返事をしてしまった。だいたいが、彼女の興味がない化石や地層の研究の本ばかりだからどうせまた論文に使うのだろうという印象しか抱いてないようだけど。
もう一冊の復刻本のことについては言及していなかったことを思い出す。普段の研究では読まない分野だけど。
職場の人がたまにはこういう分野も楽しいですよと教えてくれた本だった。
「日本神話とか各地の伝説の本だよ。ユイマンの実家の方の伝説も確か収録されてた」
神話や伝説の授業は講義で聞いたり、近くの博物館の展示などでも色々と見られるから興味はあるけど。諳んじて雄弁に語れるほどは詳しくはない。
けれど私たちがかつて住んでいた場所は独特の伝説も多く。研究者の中でも注目している方が多いためそこの出身だというと質問されることも多かった。
「うちの実家の方かあ
……色々お話は残ってるけどどうなのかしらね」
「殆どが後世の作り話でしょうけど案外実話を膨らませた、なんてのもあるかも」
「もしも面白かったら、私も読もうかな」
「いいよ。というか私の本棚にある本なら好きに持って行っていいってば」
男神と女神による失敗の繰り返しや、初めての国産み。死が穢れである国での決別。そこから続く様々な産業や物を司る神たちの逸話。
講義の中で興味の湧いた内容については大学の図書館で色々と調べては見たが。あまりの膨大な量に驚いたものだった。
幼い頃聞いたことのある話もあったし。全く知らない話もあった。そしてその中にあった、美人の妹と醜い姉の女神の話に。醜さゆえに結婚を拒まれ、自分の山を妹に壊された話に。
私が何も感じないはずはなかった。あの時代から血の繋がりがあっても、全く似る事がなくて片方だけが綺麗な姉妹はいるのだと。
美しい妹の方も結婚後に苦労は多くあったそうだが、その姉の方の女神になんとなく醜いという部分では親近感が湧くのは当たり前だった。
醜さを恥じて遠くに逃げてしまった姉の女神のせいで皆短くしか生きられなくなった
―容貌も醜い上に心まも醜いのかと、その女神は罵倒されたのだろうか。
その後の彼女がどうなったかを語る書物は妹の女神よりも少なく。
各地で色々な伝説は残るが、地域もばらばらだ。別の神に娶られたとも聞くがそれも定かではない。
だが、その女神が残した功績というものは地に根付く人々達にとっては恵みをもたらすものであり。信仰は今も残っている。
彼女が本当に結婚相手に拒まれるほど醜かったかは、誰も知らない。
恒久あれと人々に恵みを与えながらも。永久たるなと寿命を設けた彼女の本心はどうだったのだろうか。
寿命というモノがあるせいできっと、伴侶ともいつかは別れる時が来るのであれば。私はその時に姉の女神を心底憎みつつも。きっと完全には憎み切れない。
自分が死ねないから醜いということが永遠に続いてしまうなんて、きっと一人ぼっちの彼女には耐えられなかったのだろう。
私がユイマンに出会えたように、その醜さを気にせずに受け入れてくれる相手がいたなら話は違うが。
「阿梨夜の本棚って時々崩れそうで怖いのよね。歪な地層みたいだし」
整理はしていてもすぐ積み上がる私の本棚の不可思議さに嫌味を言われるが。事実なので仕方がない。古本屋に段ボールに詰めて売り飛ばすからねなんて暴言を吐かれないだけ温情だろう。
考え事や会話をしているうちに彼女の銀髪もだいぶ乾いて指をすっと通すほどに滑らかになった。後は冷風で少し落ち着かせて、ヘアクリームを塗ってあげれば完璧だ。
「
……地震対策は考えて置く」
もうすぐ防災を考える日が近かったので、返事だけはしてみたが。そこは本当に申し訳ないと思ってる。
ドライヤーの送風スイッチを冷風モードに変えて、手櫛を入れつつ仕上げていく。
「でもあの本ならすぐ貸せるから先に読んでもいいよ」
先に論文用の本を読まないといけないから明日は論文用の方を持って行くつもりだったから、彼女に先に読んでもらってもいい。
「じゃあ、借りようかな」
髪の毛に触れてもらうのが気持ち良いのか、ユイマンは甘えるように私にもたれかかってきた。乾かされた銀髪から漂ういい香り、私の一番好きな匂い。
もしも彼女に一度でも醜いと言われ、拒まれていたら。私は今どうだったのかな。
きっと、彼女の傍にはいられないとあの姉の方の女神のように遠くに逃げただろうけど。その場所で誰かに恵みを与える様な行動はできただろうか。
仕事はしているけれども、それは自分が生きてる為であって誰かの為だとは思わない。
学術的好奇心を満たすことや歴史的価値があるものを変化がないように守っている自負はあるけれども。
神と崇められるほどの功績はきっと、ちっぽけな人間如きでは残せないのだろう。
「
……はい、おしまい」
ドライヤーの送風ボタンから指を離し、軽く梳かしクリームで彼女の髪を整えてから肩をトンと叩く。これだけ手入れすれば大丈夫だろう。
彼女は髪を自分の指で何回か触れた後に。私の方に向き直ってはにかんだような笑顔を見せた。
「ありがとう。本当、阿梨夜って髪の手入れ上手よね」
頼めば結ったりもできるし、と言うが。長かった頃に自分で結べるようになりたいと必死に練習した成果が生きているのだろうか。
母親の手間をかけさせたくないのと、妹にいつかやってあげられればいいなと思ったのも理由だけど。
「ちゃんと手入れしないと本当に傷んじゃうんだよ」
お小言を言う癖は控えたいと思ってもユイマンの髪は本当に綺麗だから保って欲しい。
上の姉達みたいなことを阿梨夜は言うのね、と言われても。お義姉さん達の気持ちが分かるから。
「貴方がやってくれるもの」
甘えるように擦り寄って来る彼女の態度は。狡いとは思っても、彼女の髪の手入れが好きな事はとっくのとうにばれている。
自分で手入れすることだって可能だけど。してしまうと私が物足りなさそうな表情を浮かべるのも分かっているのだ。
末っ子というのは甘え上手な子が多いとはいっても。大家族の末っ子のお姫様は、本当に扱われるのに慣れている。
人を動かすのも有能な人の能力の一つとは言うが。それを彼女ができるなら、何故自分を追い詰めてしまうような状態にあの時なってしまったの?
擦り寄って来る彼女を抱きしめながらも。不意に疑問が過り。もうそれは終わったことなのだと霧散させる。
彼女の銀髪に指を差し入れ何度か弄び。ちゃんと傷まない程度には乾いていると安堵して。そうして、ふっと、私たちの会話が途切れる。
話すことがないのではなくて。話すよりもふたりでもっとしたいことがあるから、もうここでお喋りする必要はないのだと。
視線を交わらせると彼女は笑っているけれども。少しだけ、はにかんだような表情になっているのがわかり。その愛らしい仕草に胸がキュッとなるのが分かった。
私自身もう心の準備は出来ていることであり。後は場所を変えれば始められる状態にはしているから。
伴侶同士で長年培った勘のようなものでもう大丈夫だと分かる。
寝室に行けばもう今夜は彼女の方がリードするだろう。なら、せめてこういう部分は私がリードしたい。
頬と額に軽く口づけ、私の額を彼女の額と合わせれば。それでもう、合図なのだ。
「
……そろそろ、ベッド行く?」
私たちは寝室を共にはしていない。部屋の数の関係で、寝室として単独に使える部屋がないからだ。
不規則な勤務などで明け方帰って来ると相手を起こてしまったり。論文で煮詰まってるときに横で寝られてしまうと気が散るだろうということで、お互いの部屋にシングルベッドを置いてある。
広さ的に置けなくはないし、阿梨夜と一緒に寝たいからダブルベッドを買ってもいいと彼女は言うが。
ある程度整理されている彼女の部屋に置くと、私が夜眠れない時に本棚から本を取りに行くのが正直面倒。
そしてベッドの上に読みかけの本を散らかしてしまう癖がある私にとって、ダブルベッドに本を置き続けると流石に駄目だろう。
そういう理由から今夜は、ユイマンの部屋の方ですることは確定していた。
寝室の灯はまだ普通の明るさで、ユイマンは机の引き出しの中から何かを取り出しているようだった。うちに住まわせるときに不要な荷物を捨てて貰ったり、実家に送ってもらったりもしていたから大分整理されたとは思っているが。
「
……あ!あった」
彼女が引出から取り出したのは、クリアファイルのようなもので綴じられた古い紙だった。
ベッドの上に腰かけていた私は何を見つけたのか少し離れた位置から見ている。彼女が愛用している大きな鹿のぬいぐるみを、膝の上に乗せて。
付き合い始めて間もない頃に動物園にふたりで行った時、なんでも好きなものをひとつ買ってあげると言ったら。この鹿のぬいぐるみを選んで満面の笑みで私に差し出した。
内心、可愛がるのではなく狩りの対象として銃の照準練習でもしたらどうしようと危惧したが。流石の彼女もぬいぐるみは愛すべき対象と認識していた。
「何を探してたの」
「これ覚えてる?」
そう言ってにやける彼女が目の前に差し出したのは。どう見てもノートの切れ端と幼い頃の私の字体。今より大分汚くて真っすぐ書けていない幼さ溢れる筆跡。
間違いない。あの時泣いている彼女を泣き止ませるために私が書いた手作りの婚姻届。アンバランスにユイマンの一番上のお義姉さんの綺麗な字がちゃんと残っている。
「
…………ユイマン!!!!」
「しーっ
……ご近所さんに迷惑でしょ」
過去の自分の字があまりに稚拙でやっぱり『夜』しか漢字が書けてなかったことと。
何も分からなかったとはいえ、義実家の皆さんの前であんな行動に出てしまった幼い自分の気障さというか豪胆さというか。怖いもの知らずというか。
そういったものが一気に押し寄せてきて大声を出してしまった。それを彼女が諫めるが、誰のせいでこんな声出してると思ってるのよ。
絶対にお風呂の中でお湯をぶっかけるほどのこと、根に持ってるんだ。
「
……まだ、持ってたんだね」
「捨てるわけないじゃない。ユイちゃんはずっと大事にしてたんだから」
でもあの後に。彼女からこの紙の事を聞かれることはなかったし、話題にも上がらなかった。私はどうせいつか彼女は忘れてしまうと思っていたし。
成長するに従い綺麗になっていく彼女に、私がこの思い出を蒸し返すようなことをしても邪魔でしかなく。
とっくのとうに焼き払われて別の誰かとの恋を望んでるだろうと。そう考えて私も何も言わないでいたから。
「そうなんだ」
「むしろなんで私が捨てるとか思ったの?」
険しい顔で私の前にそれを突き付ける彼女。捨ててくれと願ってたわけじゃないけど、忘れてると思い込んでいたことは正直謝るべきだろう。
彼女は私の答えを聞く前にそれをまた引出にしまい。部屋の灯を薄暗くした。
視界が不明瞭になって、私は鹿のぬいぐるみをぎゅっと抱く。
「
……私は、それ書いたこと忘れてなんかなかったよ」
「分かってる。阿梨夜はずっと覚えててくれるって信じてたもの」
彼女の影が近づいてくるのが分かり、私は鹿のぬいぐるみをベッドの隅の方に置く。枕元の方へ躰を移動させて彼女が来るのを待った。
寝巻は脱いでおいた方が良かったかな。でも彼女もまだ着たままだし。
ベッドの隅に圧力がかかり彼女が乗ってきたのが分かる。それだけで少しだけ高まる、鼓動。何度躰を重ねても慣れないところは慣れない。
彼女が私の横に躰を横たえ笑いながら私を見つめる。シングルベッドはやっぱり狭い。狭いから、すぐ傍に彼女の匂いと存在を感じる。
「もう脱いだ方がいい?」
「いや
……私が脱がすよ」
手を伸ばしてユイマンの寝巻のボタンに手を伸ばすと、彼女は嬉しそうに腕をどけて私が脱がしやすいようにしてくれる。
寝巻の下には汗防止の為に薄手の下着は着ていたが、流石に締め付ける様な下着は付けていなかった。開いた寝巻を脱がそうとすると彼女が少し躰を起こし袖から腕を抜いてくれる。
薄手の下着から見える胸の形と先端の存在に彼女はもう、準備ができていると思いつつも。
きっと私も同じなのだろうと彼女に脱がされるときの反応を考えると顔が熱くなる。
下着の裾に手をかけてそれも脱がしてしまうと、上半身だけ裸身の彼女が煽情的に私を見つめて来る。内勤ばかりで日焼けをしない白い肌は、薄明りでもぞっとするほど。
白蛇が思わず脳裏に浮かび。幼いころからあまり日焼けしない子だったのを思い出した。
あんなに外で遊んでいたのにいつも白くて。瞳の色と髪の色も、図鑑で見た白蛇みたいだって。
「ねえ阿梨夜、下も脱がして」
肌に見惚れているのを照れて躊躇っていると勘違いされてしまったのか。
流石に伴侶になって時がたっており、躊躇いは消えても綺麗だと思う心は消えてない。寝巻の下の方に手を添えると下着ごと脱がせてしまった。
脱がせた寝巻と下着はもう汗が少し滲んでいたから。この季節は本当すぐに汗をかいてしまう。
そこから微かに彼女の香りを寝巻から感じるがそれを嗅ぐような行為は浅ましいのでしないでおく。
ベッドの上に乗せておくのも邪魔になるので、行儀は悪いけどそのまま床に落として彼女に向きなおった。
クーラーの効いた部屋での裸体は流石に寒いのか、ユイマンは寝る時用の薄い掛け布団を巻くように掛けている。冷やしたらいけないと、すぐに私も裸になろうと自分の寝巻に手を掛けると。
「なんで?」
やや苛立ち気味に彼女は布団から出て全裸のまま私の寝巻を掴んだ。
今度は自分が脱がす番だと思っていたようで、私が自分で脱ごうとしたのが気に障ったらしい。当然と言えば当然だが。彼女が冷えないようにと考えた結果だったのに。
ボタンを外しながら彼女は本当にわからずや、とささやかな悪態を私に吐いた。
「
……違うよ、躰冷やしたら駄目だって思ったから」
貴方を大事に想っているからだっていつも伝えていても。それが裏目に出ることがたくさんある分、本当に私はこういうことに関しては不器用すぎるのは分かっている。
自分が我慢すれば、自分が何も言わなければ、自分がしっかりしていれば
―私がいつも最後になって丸く収まるなら。
その思考が支配するようになったのは何がきっかけか分からないのに。その思考はいつでも私の行動を決めてしまう。
永遠に続く呪いの様に。醜さが永遠だと約束された、あの女神みたいに。
ボタンを外してすぐに私の肌を露にする。彼女が脱がした寝巻と下着を床に落とすとき、私の背中が視界に入らないよう咄嗟に仰向けになった。
すぐに彼女は私の寝巻の下の方にも手を掛け。そのまま下半身も裸になり私も彼女と同じ姿になる。
「甘えていいっていつも言ってるのに」
そうして、彼女は熱を求めるように私の躰に抱き着き。私は彼女に熱を与える為に足を絡め合わせて彼女の背中に手を回した。
汗ばむ躰はクーラーでも効かないくらいに体温が上がっているのが分かる。欲しいのに、愛しているのに、それをちゃんと伝えられないのがもどかしい。
彼女の様に私の想いを素直に伝えられるなら。彼女をもっと笑顔にできるはずなのに。
「
……十分私はユイマンに甘えてるよ」
情けない姿を見せたいなんて思ってないけど。いつも貴方の前では情けない姿を晒してしまうのは。
醜態を晒すまいと岩の様に厚く寄せ付けない壁を纏っているのに、ユイマンの前では急に纏えなくなるから。
それは私の弱さであり。視えて欲しいと思ってしまう部分だというのは分かっているから。だから、これは必要十分なくらいに見せている甘えなのだ。
彼女の背中に汗が滲み呼吸が荒いのは私も彼女も興奮しているから。
中途半端で責任が取れない年齢の時に。何度私が、貴方を求めるのを我慢したかなんて知らないでしょう。貴方は容易く私を求められるのに。
理性というものがいとも簡単に崩れてしまうのだって、彼女が最初に私に教えてくれた。
「私
……そんなに伴侶として信用ならない?」
この一年必死に頑張ったけど、だめだったのかなと。半ば諦めたように言われて。
それは絶対に違うと否定のために彼女の顔に手を添えて私の方を向かせる。あまりにそういう事を言うなら私だって怒ることはあるけど。
私も自虐的なことを言いがちだから、彼女を苛立たせてしまっているのかもしれない。
「ユイマンを信用してないなら、こんなに苦しまなかった」
何もかも崩れて苦しい理由なんてとうに知っているし。そうなることを選んで結婚したのだから。
独りでいた方が気が楽な事なんてたくさんあると、知っていたうえで。それ以上の愉しさを彼女から与えて貰っている。
「じゃあ私の事、好き?」
私の首の後ろに手を回し小首を傾げる彼女は。愛らしいけれど、瞳は獲物に絡みついて捕食する機会をゆっくりと伺う蛇のようだった。
あんなに幼かった彼女が。脱皮を繰り返して成長していき私の手からいつしか離れ。最後に私の醜い躰を飲み込んでくれるのなら、一緒に躰も綺麗にして貰えるだろうか。
そんな馬鹿げた思考が浮かんで。その思考が、前にもあったような気がするのは何故なのだろう。
「
……愛してます」
多分、好きだと言って欲しいんじゃないって分かってるから。
上ずった声で格好は悪いけど彼女に必死で愛を囁く。さっきお風呂で彼女から言ってもらえたのだから今度は私から与えなければ。
そのまま強引に顔を押し付け彼女の唇を奪うもすぐに彼女の長い舌に絡めとられ、彼女の手が力強く私の後頭部に回るのがわかる。
「はぁっ
……」
私がそういう行動に出るのを予測していたのか。舌で蹂躙されて水音がクーラーの冷却水が落ちる音に混ざり響く。薄暗い部屋に吐息と、唾液の絡み合う音が機械音のリズムとちぐはぐに合わさり。うまく肺に運べなかった空気が、吐息になって漏れ出す。
舌先、並んだ歯、舌の裏側、付け根。全部が全部彼女の唾液で満たされて頭がくらくらする。視力の悪い蛇が舌で相手の熱を感じるように、私の全てを感じ取ろうとして。
必死にその動きに合わせようとしても、長さが負けている以上彼女の方が巧妙な舌遣いで私を翻弄する。
彼女の犬歯に私の舌が当たってしまい、噛みつかれたら怖いという気持ちが。
何故か下半身を鈍く刺激してとろりと落ちるのが分かるのだ。
先ほど中途半端に達したせいで。口を吸うだけでももう興奮している。一旦落ち着いたふりをして彼女の世話を焼いていたって、本当は認めたくないけど。
ぼやける頭で彼女の背中を何度も摩り熱を与える。寒いと思わないように、私の存在を示すように。
触れてもらうのは嬉しいからと言ってくれるなら、何度でもその躰を掌で触れてあげたい。
激しい求めあいの末、何とか私の舌は無事ではあったけど。唾液の糸が唇を離した彼女の舌と繋がったままで、彼女は顔を軽く振りそれを断ち切った。
ぷつりと切れた糸は彼女の口の端に垂れてしまい。見せつけるようにそれを、私の唾液が混じったその舌先で舐め取る。
そうしてすぐに私の上に跨ると、躰をゆっくりと前に倒す。私の視界は長い銀の帳に閉じ込められていく。
もし私が怪我をして動けない無力な獲物だとしたら。
空腹の白蛇に絡みつかれて、お腹の中に収まる前は。こういった残酷で美しい世界を諦観を抱きながら眺めるのだろうか。
二度と踏み出せない外を眺めるくらいなら。もうその美しい白い鱗を終わりの瞬間まで覚えていようと、何故か笑いながら。
それくらいに、彼女に包まれることは美しくて。大好きな匂いに抱かれながら、心地よい低めの体温が私のどうしようもない熱を奪って行ってくれる。
「今夜は私が阿梨夜を甘やかすんだから」
だから甘え方、しっかり覚えてね?と囁かれるも。勉強しなきゃ、覚えなきゃって思うと身構えてしまうのは研究者としての悪い癖なのか。
私が彼女にして欲しい事を素直に言えば甘えるってことになるのかな。
ぎゅっと服の裾を握って我慢しないで、彼女や妹みたいに心の中のおねだりを口に出して言っても。お前はダメだって言われたりしない?
何でも好きなものを食べていいとか、選んでいいとか言われてしまうと。
本当に欲しいモノよりも、その人が望みそうなものや気位を傷つけない程度のものを無意識に選ぶ癖がなくならない子は。本当は悪い子なんじゃないか。
心の奥から欲しいモノをちゃんとおねだりしてそれを喜べる子が。本当の愛されるいい子なのだとしたら。私は。
あの時彼女の家族の前でノートをお行儀悪く破って彼女を求めた悪い子は。どちらの気持ちだったのだろう。
「
……ユイマン」
手を伸ばして彼女の頬に触れると。彼女は私の掌に手を重ねてくれる。劣情の籠った狩人の紅い瞳の中に、私を思いやる気持ちを感じる。
まるでこの寝台の上ならば、心の中をお互いが覗き合えるように。興奮しているのに気持ちが澄んでいる不思議な気持ちだった。
「何?」
「触れて欲しい」
頭の中で何百も思い浮かべたとしても。望むことは口に出すと一言にしかならなくて。でも、口が自然に動いたのはきっとこれが私の本心だ。
私は彼女に触れて欲しい。しっかりした姉だと、頭を撫でられたりすることはあっても。それは私が成績が良かったりちゃんと自分の事ができる子だからだと。
条件があるから、理由があるから褒められるのだと思い込んでいた。
お姉さんだから寂しくても一人でも寝られるし。妹だけが器量を褒められるのも家族が褒められたのだから嬉しい事なのだと言い聞かせた。
容貌が醜い事は、それ故に拒まれることは、恥じるべきことであって。どんな力のある神様だって逃げてしまうくらいに辛い事なんだって。
自分が醜いのがすべて悪いんだって
―本当にそうだったの?
誰も本当の顔も知らぬまま。皆がそう言うから自分醜くあらなければならないと、力を背負った女神は今も自分の醜さを呪っているのだろうか。
信用されるためには、信仰されるためには。醜いという符牒を己に課さなければ認めて貰えない。醜いからこそ自分があるのだと。
「阿梨夜はどこに触れて欲しいの」
左目の瞼に優しい口づけを落とされる。それだけで、むず痒さと安堵が同時に起きて。下半身が熱くなるのを止められない。
触れたがりの彼女は私の心の弱い部分を理解してるから触れたがるのだろうか。私が慣れていないから恥ずかしいと言う度に。その理由の奥にある心を知って。
「
……ぜん、ぶ
……触って」
顔だけじゃなくて、首から下、足の指の先まで。銀の指輪を嵌めた彼女が醜い部分に触れてくれたらどんなに嬉しいだろう。
何かが変わるわけじゃないけど。醜い場所に触れられるという事は、美しい彼女が赦してくれた場所に生まれ変わらせることができるから。
体が熱くてぼんやりとした思考は。いつもは低く落ち着いた声と言われる私の声を。蕩けた幼い声へと変えてしまう。
手を伸ばし彼女の顔を上げさせると。今度は上目遣いで彼女の表情を伺った。穏やかな、笑みと。捕食者の獰猛な瞳。
「可愛い阿梨夜」
そう囁かれて強く抱きしめられる。もう彼女は止められないのだと、本能的に理解した。
全身の躰の力を抜けるように意識して、穏やかに彼女を受け入れられるように準備をする。視界に一瞬、彼女の肩につけてしまった跡を見つけて。跡が何個増えるだろうかと想像してももう無駄な事だった。
後ろから抱きしめられて何回か首筋に唇を這わせられると、高い声を漏らし喘いだ。自分からこんな声が出るなんて知らなかったのに。
重石がなくなったように声が出てしまう。耳朶をちゅうちゅうと吸われると背筋にぞくりと快楽が走った。
「じゃあ、まずはここからね」
お腹に回されていた手が上の方に行き、両方の乳房を揉みしだかれる。彼女よりも少し大き目なそれは彼女には揉み甲斐があると言われるが。
躰のラインが出るから少し面倒な時もある。それでも標準程度のものではあるけれども。
乱暴ではなく掌でこねくりまわすようにされた後。先端だけを刺激するように掌が動く。感じやすい部分はとうにバレていて、視覚的にも彼女の手が私の下で動いているのが見えてしまうから羞恥心が増す。
「あ
……ん
……」
耳朶を舐められながらずっと触れられ続けていると、先端が固くなって主張するのが分かる。
お風呂の中でも刺激されたそれはすぐに快楽を思い出して、彼女の指に弄ばれやすいような形をとってしまう。長い舌が舐る音が耳元で大きく響くから、それがすごく淫靡に感じて。気持ちいいことだけど、いけないことをしているって聴覚と触覚で分かって。
「
……はぁ、ん」
ぎゅっとシーツを握って声を漏らし続けた。少しずつ躰が落ち着きを無くして、理性というものが失われつつあるのを感じてもそれもどうだってよくなってきて。
喘ぎ声を我慢すると、また我慢してってユイマンが不機嫌になる
―じゃなくて、我慢は駄目だって自分にいい加減理解させたいから。
「
……あーちゃん、引っ張られるのと擦られるのどっちが好き?」
「ふぁ?」
くりくりと先端を弄りながらユイマンが尋ねてきて。愛撫が気持ち良くて、何を尋ねられたかが一瞬分からず間抜けな声で返事をしてしまう。
その声に彼女はくすっと笑い。どっちも気持ちいい?と質問を変えて来た。その質問でようやく何を求められてるかが分かって。
私に試させるように今度は引っ張って来るからいきなりの刺激に声を漏らした。少しだけ痛みが走り目尻に涙が浮かぶ。
「やっ
……」
本当に痛かったんじゃない。びっくりして、声が出てしまったのだと弁解したくても。今度はかりかりと指先で先端を擦る刺激にじわりと快楽の波が下半身に集まる。
答える間もなく色んな刺激が襲って来るから答える間もなくて。ただただ情けない声を上げながら時折彼女の名前を呼んだ。
それに答えるように彼女は何度も私の胸を愛撫してくれるから。全部好きだって言葉を言わなくても伝わったのかな。
こうやって後ろからされるのは気持ちいいけど。背中を彼女に向けているというのが、どうしても釣り針みたいに引っかかって。
「
……ユイマン」
振り返って彼女の顎に手を触れると。ユイマンは不思議そうな顔で私を眺める。
「顔
……見たい」
彼女の顔も見ていたかったから、おねだりをすると。少し困った表情を浮かべた。
「気持ちは嬉しいけど口とか舌使う時は無理よ?」
「その時はそれでいいから
……」
珍しく自分の意見を通そうとする私を、彼女はベッドに仰向けに倒し首筋を軽く噛んだ。
もう慣れた刺激に声は出さずに、そのまま鎖骨や肩に歯を舌を交互に這わせるのを荒く呼吸しながら見つめた。吸われる個所は服で隠れる場所しかないから大丈夫だと思いつつも、公共浴場は絶対に暫くは無理だろうと悟る。
胸元に口づけを落とした後。次は私の右腕を掴み肩から二の腕、肘、掌に向かって甘噛みと口づけを繰り返していく。
くすぐったさと、綺麗な彼女に食べて貰っているという変な背徳感に。何度も熱い息を吐いてしまった。彼女の歯は尖ってはいないけど。もしも尖っていたら、私の肉を食べてしまいたいと考えたりするのだろうか。
見せつけるように私の右の掌の分厚い部分をもう一度軽く噛んで。その視線は私の顔を捉えていた。食べてしまいたいくらいに、愛しているという事?
酔いしれる様な瞳はいつもの彼女の瞳ではなく。尋常でないとはすぐに分かる。何度も嚙み方を変えては、その度に視線が交わる。
いつから噛みたいという願望を私に持っていてくれたのだろうか。小さい頃は噛まれたことは流石になかったけど。
ユイマン。その欲が生まれたのはいつからなの?
「
……はぁ」
彼女が呼吸を整える為に一瞬口を離し。甘く掠れた声が響いた。それだけで私は顔と躰が熱くなる。
掌の愛撫の後は指先を吸われながら噛まれ。本気で全身を愛してくれるつもりなのだと、理解した。私からも触れてあげたいと思うけど。
蛇に睨まれたように躰が動かずに彼女の成すがままにされている。人差し指と中指を口の中から抜くと。今度は親指を口の中に含んで赤ん坊の様にそれを吸う。
「つっ」
他の指よりも太くて頑丈だという先入観から彼女は思ったより強く噛んだのだろう。流石に圧力が強ければ痛みが走り。
替えの効かない利き手の指を噛み千切られたら大変だと、諫めるように彼女の舌顎を引っ張ってやる。
彼女は恍惚とした表情で私を横目で見ながらも。歯を当てることはやめずに私の右手を掴んだままだ。その愛情深さ、もとい執念深さに少し寒気がした。
「阿梨夜、あつい
……」
汗の匂いが彼女から漂って。クーラーの風も彼女の上昇する温度を止められないのか、私の躰が熱を持ってしまっているのか。
彼女は謝罪の代わりに私の親指を吸った後。
今度は同じように左肩に顔を移動させる。私の躰の全部に触れてあげるという約束を順守するように、彼女は熱に浮かされながら私の躰を食べつくそうとするのだ。
左肩に舌を這わせ今度は噛みつかずに二の腕を巡っていく。くすぐったくて、彼女の唾液が通った後はクーラーの風が冷たく感じる。
私の躰の形はこんな風になっているのだと、彼女の舌を通じて教えて貰っているようだ。肘の裏側の関節を舐められると、思わず変な声が漏れて彼女は笑った。
「
……意外なところでも感じるでしょ?」
「えっと
……」
声よりも悪戯っぽく笑う彼女に見惚れて固まっているとはいえず、誤魔化そうとすると。また彼女はそこに舌を這わせて私が認めるまでそうするつもりらしい。
汗が溜まるだけの部分が性感帯のようになる。固い部分の上にくっつしている筋肉なのに。彼女が触れるだけで私は。
直接的な部分じゃないから刺激は弱いのに、何度も舐められるとだんだんそれが効いてきて切なさが湧いてきてしまう。左手の方には行かないでずっとそこを舐めて攻めて来るからもう耐えられなくて。素直にならないといけないと思って。
「
……そこも好き」
恥ずかしさで喉が渇きながらも辛うじてそう答えると。彼女は嬉しそうに笑ってまた阿梨夜のこと、ひとつ知れたと伝えてきた。
「私、まだ阿梨夜のこと全部知れたわけじゃないから」
どんなに傍に居たとしても。見せようとしなければ分からない情報なんて溢れているから。
私が思っていても伝えない情報は、彼女にも伝わらない情報なのは当たり前。
そんなことも理解せずに私は彼女の傍に居ようとしたのか。見せていない情報はきっと彼女の中にもある。
彼女は左手の薬指と小指の間に口づける。そこにある指輪の存在が、薄暗くても分かる。わざと左手で持ち上げるのは、私のも彼女の指輪を見てもらいたいからだろう。
「噛みついたら情報が伝わったら楽なんだけどな」
「それはちょっと
……怖いよ」
私の考えていることが読まれたりしたら、やっぱり見られたくない汚い情報だって沢山あるし。
そんなものを彼女が摂取し続けたら最後は壊れてしまうだろう。
食べ物からも情報が得られたらきっと殺された怨嗟だって聞こえるだろうし。そうなったらもう恐怖の世界にしかならない。
非論理的なことを彼女が言い出すから冷静に突っ込みを入れてしまったけれど。
それは彼女なりの私を理解したいという愛らしい姿勢だと思えば。伝わって欲しい情報はやはり口にするしかないのだと思い知らされる。
舐めて、吸って、最後の仕上げに掌に舌を這わせて左手はおしまい。
水分が足りるか心配になるけど。彼女の目はまだ、獰猛さは衰えておらず私を捉え続けていた。
「次はどこがいい?」
顎に手を添えながら私に尋ねる彼女は。微笑みながらも何か私の中を探るような表情であった。
先ほど私が達しきれていないという情報を得ているから。それを気にしているのは分かっていた。
「お腹がいい?足も触られたい?」
聞いてくるのは下腹部に近い部分ばかりで。そういう質問をしてくるのは私が、満足していないことをなんとかしたいという彼女の気持ちなのだろう。
脱衣所で求められたのは危険なのもあって拒んでしまったけど。本当は彼女はすぐにでも私を満足させたかったのだろう。
正直言えば私も。本能的な意味であれば彼女に昇りつめさせてもらいたくて。
先ほどからずっと、下半身への熱が彼女の愛撫で溜まり続けていて苦しいと声を上げるのを我慢していた。
太腿が濡れている感覚があるのは、汗だけじゃなくて多分。
彼女を求める証が出てしまっているから。それを知られるのが怖いけど、隠すこともできない。
もしきっと、私が彼女の立場だったなら。凄く嬉しいと感じるだろう。彼女が恥じらっていてもそれは愛しいという気持ちで溢れるだけだ。
「
……足が、いいな」
そう告げて閉じていた足を少し開くと。明らかに汗じゃないものが足の付け根の方にあるのは、分かっていた。
シーツを汚していたら恥ずかしいけど。どうせ汗を吸って洗う必要は出て来るから大丈夫だろうか。
彼女は足ね、と確認した後に。躰を下の方にゆっくり移動させて私の足の間に陣取った。明らかに、両足の間に強い視線を送りつつ。
何も言わないのは気づいてか気づいていないのか。
そのまま左足の指先に手を置き、擽るようにそれを撫で始める。愛撫というよりもからかうような行動と、くすぐったい感覚がいきなり来て笑いが漏れそうになる。
今笑ったら絶対に雰囲気を壊してしまうけど、くすぐったいものはくすぐったい。
足先を少し動かして拒否の信号を送ると、彼女も流石に気づいたのか手を離し今度は脹脛の方を撫で始めた。
この辺りに触れて貰うことはなかなかないけど、純粋に気持ちがいい。
漏れなく舌先の愛撫も付いてきてこんなところまで触れて貰えるのだと思うと、自然と笑みが零れる。
また今度彼女に私から触れる機会があれば同じことをしてあげたいと思うけど。
そういう時にまず、私から触れたいって彼女に伝えないとその『次』は永遠に訪れない。
どうせ変わらないだろうと『次』に託し続けた結果。
それが誰かの手によって彼女を玩具のように壊されて永遠に来なくさせられたとしたら。
「
……」
仕事を辞めろっていっても、辞めさせれなかったし。彼女も辞めなかったのは。私の為だったのか、余裕もなかったのか。
辞めたからと言って死ぬわけでもないのに。死よりもそれが恐ろしかったのは何故だったのだろう。私が代わりになることもできず、ただ傍観しかなくて。
貴方を利用する連中から守れなかった。その後悔だけがずっと残り続けている。
その連中が私にとって、断ち切れない糸であることが余計に悔しくて、憎い。
私がいる限り貴方をあの連中から断ち切ることができないなら。せめて傍で守らせてほしいと、希っても。現実は簡単にいかない。
守るための盾や鎧が。逃げる為の足や翼が。醜い私の躰に生えていれば、醜くてもそれを彼女の為に使うことができるのに。
「つっ」
彼女を再び失うまいと考えているうちに、肝心の彼女の事を忘れて思考に耽ってしまっていると。
太腿の内側を噛まれて私を見ろ、と無言の主張を彼女がしてくる。考え事をしていると私は険しい顔をするからすぐに分かる、と彼女はよく言うが。
その癖がまた出てしまったのだろうか。彼女を見ると少し不服そうな顔で私を見つめていた。私の左足の太腿に歯を立てたまま。この部分は柔らかくて噛みつきやすい部分なのか、もも肉というのは人間であっても噛みやすいのか。
軽く噛んだ後に、舌で舐めて汗や体液を拭きとろうとして。その部分でもう、彼女にばれてしまったと気づいてしまう。
「あ
……」
「
……もう、こんなになってる」
顔がかあっと紅くなり彼女の言葉にとうに彼女にはバレているのだと知る。愛撫を受ける時に足を閉じてるせいで、垂れて来た愛液がそのまま太腿の方に付着してしまったのだろう。
痛みが少なくて済むとは言っても、あまりに濡れるのは恥ずかしい。ユイマンが濡れてるのは嬉しいのだけど、それとこれとは別問題なのだ。
中途半端に達した分の愛液はお湯で洗い流したはずなのに。まだ出てしまうから、躰というのは不思議なものだ。
「もっと足触った方がいい?それとも
……」
私の耳元に顔を近づけて小声で中、触って欲しい?と意地悪に聞いてきて。
私も下半身の切なさがずっと続いているから、こくりと首を縦に振ってしまっていた。我慢をしてはいけないから、素直に本能に従うとしても。
それでもこの返事は恥ずかしい。だけど楽になるためには自分で触るか彼女に頼むしかなくて。きっと自分で触れば興醒めになるのだ。
返事を予想していたかのように彼女は私の足を抱えると。右手の中指と薬指で秘部に触れ始める。
「あっ
……」
指が触れれば敏感な部分が愛液まみれになって擦られるのがわかるから。滑りが良すぎてかえって刺激が足りなくなる部分が、じれったい。
指に愛液を塗すことで私が挿入されても痛くならないようにという彼女の気遣いだろうけど。入口の付近を指をひっかけて様子を伺っているのを見ると。
本当は入れていいのは分かっていても。私の反応を愉しんでいるんじゃないかと疑いすら抱いてしまう。
傷つけたくないからと、思うことにしてるが。本心はどうなのかは分からない。つつ、と突起の部分に彼女の薬指が通って背筋をのけぞらせて反応してしまう。
外気に触れるほどに興奮はしているから、大丈夫だって分かっているくせに。
それでも入れようとしないのは狡いんじゃないだろうか。
「
……これくらいなら大丈夫かしらね」
そう独り言のように呟いた後に。彼女の指がゆっくりと入ってくるのが分かった。
濡れているから殆ど痛みはないけど、少しだけ圧迫感がある。
「んー
……」
彼女の指しか受け入れたことがないからもうそれに馴染んではいても。異物感に思わず声を上げてしまうのはどうしてもやめられない。
一度お湯の中で擦られた部分は水がない分、ちゃんと彼女の形を感じることができ。痛みもなく快楽の波が押し寄せてきて思わず息を吐いた。
恥ずかしいから左手で顔の半分を隠してしまうけど。右の顔ではちゃんと彼女を見つめて視界に捉えていた。
視線が交わり、彼女がふっと微笑むのを見て。私は彼女に委ね仰向けになると力を抜き。彼女の指の動くままに下半身を委ねる。
「はっ、んっ、んん
……」
私が委ねたのを受け取って彼女は指を動かし始める。先ほど達した時に触れていた部分を探すようにして、そこを今度は重点的に攻めて来る。
一度達した部分は時間が少ししか経たなければ継続するらしく。すぐに昇りつめたい感覚の場所は探し当てられた。
「ここ?」
私の反応が強くなった所に彼女も気づいたのだろう。私はこくこくと頷くと彼女はその場所を擦るように指を動かしてくれる。
気持ちいい。何度彼女を受け入れても、ちゃんとそれが善いと感じられるくらいに満足感に包まれていく。
もう少し、あと少しと一歩一歩何かを昇りつめて行って。そこを昇る度に甘い声を漏らし彼女に快楽を伝える。快楽を伝えられた彼女は、より上に行けるようにと足や手を動かして協力してくれて。
そうして最後に、手が届いた時に。全身を駆け巡るような快楽が広がっていき、やがて力が抜けていくのだ。
「はぁ
……あ
……」
今夜も彼女に達させて貰えた。汗でぐっしょりと濡れた額と、薄暗い部屋の灯。彼女の好きなもので溢れた本棚とクローゼット。
クーラーの機械音が急に聞こえるようになってきて、ようやく熱に浮かされていた空気が戻り始めているのだと自覚するが。下半身に感じている変な焦燥感は続いたままだった。満足していないわけじゃないのに、これは何だろう。
しばらくして落ち着いて着替えたら一回お手洗いにでも行った方がいいかなと思い。
満足させてくれたお礼にユイマンを抱きしめようとしても私の腕は空を切り。彼女の躰は私の両足の間にある状態で動こうとしなかった。
その状態はとてつもなく嫌な予感がして。そして、ユイマン関連の私の嫌な予感はだいたい当たる。
再びユイマンは私の両足を両手で掴むと。笑いながら私の顔を見つめて来た。まだ、蛇のような眼は普通の眼には戻っておらず。狩りは続いてるのであった。
「まって、まだ、わたしっ」
今はダメ。せめて一回休ませてから、と言いたくても。あの眼の状態ではもう制御はほぼできない。
絶頂の余韻から解放されてないうちにユイマンがまた顔を近づけて、舌を伸ばして来る。
「
……全部触って、でしょ?」
その言葉をお願いしたのは私だけど、今口や舌で触れられたら違和感はきっと悪い結果しか残さない。
彼女の頭を手で抑え込んで何とか制止しようとしても、体勢からして足を両手で掴んでいるユイマンの方が圧倒的有利で。
こうなったらユイマンは止まらなくなってしまうからすぐに彼女は口を開き、私の秘部を刺激してきた。
さっき達したばかりでまた、敏感な部分に口で触れられて。抵抗虚しく刺激には屈するしかなかった。達しても刺激を与えられたらまた感じてしまう。
圧迫や刺激を繰り返されても大丈夫なように対処してきたのに。それでも躰というものは本能には抗えない。
「あ
……は
……」
達してない時よりも強い刺激が巡って声にならない声を上げると。その声に興奮したのか彼女が舌を挿入して中を刺激してきて。
その刺激は絶対に続けられたら駄目なものだと全身が警告を出すのに。一度差し込まれた長い舌は簡単には抜けずに私の内部を柔らかく犯していく。
中の刺激が強まって何かが放出されそうな感覚。それはよく知っている感覚だからこそ、絶対にやってはいけないものだと理解してるのに。
彼女は無慈悲にも舌の挿入をやめることをしてくれない。うねうねと中で舌を動かし続けて私がもう一度達するまで、口を離そうとしてくれなくて。
「だめ、ユイマン、だめ、だめっ
……」
だめ、もやめて、も今は彼女をさらに絡みつかせる起爆剤にしかならない。
大声を出せば隣の人に聞かれるかもしれないし、彼女の愛撫を無駄にしたくないという気持ちも確かにある。
「おねがい
……」
だけど、これ以上刺激されたら。絶対によくない事が起きる。言う事を聞いて欲しいのに、聞いてくれないのはそれだけ没頭してしまっているのだけど。
頼むから私のいう事を聞いて欲しい。
小言ばっかりで脱衣所で途中でやめさせたのは謝るから、本当に、今だけは言う事を聞いて。
顔を叩いたり足で蹴飛ばすなりすれば彼女は言うことを聞くかもしれないが。そんなことができるほど私は彼女を傷つけたくなんかない。
どうしたら、どうすれば、もう、快楽と焦燥で、訳が分からなくて。
ユイマンやめて、やめないで。二律背反が良くわかない状態で浮かぶ。
「ん
……はむ
……」
なら、なんとか放出させずに終わらせたいという僅かな祈りも届かず。彼女が私の突起に皮の上から歯を立てた瞬間に。
勢いよくそれは放出されてしまい。彼女の綺麗な顔面に直撃してしまった。
「あ
……?え?」
いきなりの出来事にユイマンは口の愛撫をやめ、そのまま私の秘部の前でその液体を浴び続けていた。
私たちは無言でそのあり得ない光景を見続けるしかなかったけど。私の方が先に我に返り、必死に手で抑えてそれを止めようとする。
「違うの!ちがうっ
……これ、ちがっ
……ちがう!」
「あり
……や?」
「みず、のんで、ないのに
……なんで
……」
止めたいと思っても一度出始めたものは止められず。まるで失禁したかのように噴き上がる液体はまだ私の秘部から少しずつ出続けている。
殆ど彼女の顔面に当たってしまったことが受け入れきれず、両手で顔を覆って見ないようにしても感覚は嘘を吐かない。
私の体液を受けたユイマンは呆然と前髪を濡らしながら、指や頬に付着したそれを見つめていた。
目には入らなかったようだけど、明らかに粘着性の愛液とは異なる、純粋な液体。それがぽたぽたと彼女の前髪から雫になって落ちているのを見るしかなくて。
噂や知識では聞いていたそれを。実際自分が目の前で排出するなんて、思ってもいなくて。
でもそれはまるであの恥ずかしい失態と似ているから、心がどんどん追い詰められていくのが分かる。
「
……その」
彼女も何を言ってよいか分からない精神状態なのだろう。目を閉じてどの言葉を使えばいいか必死に検索しているように見えた。
「阿梨夜ってできる体質だったのね。私知らなくて
……」
ごめんなさい、という彼女の言葉は耳に入らず。漸く止まったのを確認するともうシーツにそれは飛散して、あちこちに染みを作ってしまっていた。
汗や体液とは比べ物にならないくらいの量に。まるでこれは、夜尿症の子供が漏らした時のベッドだと。
恥ずかしさと惨めさが同時に襲ってきて、そのまま掛け布団を手に取るとその中に隠れてひたすらすすり泣いた。
なんという醜態を彼女の前で晒しているのだと思っていても。伴侶の前でこのような状態になって、平気でいられずはずなんてない。
絶対に、引かれた。こんな体質の女だったなんてユイマンに知られたくなかったし、私も知りたくなかった。
「
……う、うう
……」
岩の様に丸くなって泣き続ける。折角の結婚記念日に私が泣いてばかりいて、一体何だって言うのよ。このまま石になって何も考えたくない。
布団から顔を出すのが怖い。ユイマンの顔を見るのが、とてつもなく怖い。
彼女に拒まれることを考えると。新しい涙が溢れてきて止まらない
泣きながらも布団の向こうの気配を感じようとしても。ユイマンは部屋を出ていくことはなく。ベッドから降りようともしていない。
私が謝るまで動かないつもりだろうか。それとも顔を出したところで、私を蔑む言葉を吐くだろうか。
ぐるぐると思考が巡る中、そっと彼女が布団の上から私に触れて来たのが分かり、びくりと躰を揺らす。
「あのね、聞いて」
「笑いたいなら笑いなさいよ
……私だって
……あんな、こと
……」
とんだ淫乱だとか、そんな言葉を彼女が言う筈はなくても。罵倒された方がましだった。淫乱、という言葉を思い浮かべて。また涙が滲んで来る。
だけど彼女は違うの、と言って。私を布団から出そうと端をぎゅっと掴む。
「
……シャワーと、あと
……全部ベッドのやつ洗濯しないと、多分私寝られない」
変な慰めよりも。冷静に効率性を分析して私に語る彼女の言葉に、はっと我に返る。濡れたシーツの上で枕を濡らしてしまっても、何の解決にもならない。
亀のように首だけ布団から出すと。彼女はベッドに腰かけたまま優しく私を見下ろしていて、それくらい感じてくれたのねと言う。
年下なのにその余裕さがどうしても悔しくて。年上なのに失禁めいたことをしてしまった自分がどうしようもなく情けなくて。
また無様に泣きそうになるのを堪え、濡れた部分を避けて上半身を起こした。
何度も彼女と躰を重ねているのに、まさか自分がそんなことをする体質なんて知らなかった。
「もう、死にたい
……」
今回ばかりは私が傷を負っているのを分かっているから。彼女はそんな馬鹿な事を言わないのとは諫めずに。
簡単には死ねないのよ、と幼い子供に言い聞かせるように私の頬を涙を拭うように触れる。そして私を抱きしめて、ぽんぽんと頭を柔らかく撫でてくれた。
悪夢を見てしまい泣きじゃくる子供をあやすように。眠くてぐずる子供を慰めるように。
彼女がかつて、幼い頃家族の誰かにしてもらったことを私にしてくれるのだろうか。ふと彼女の一番上のお義姉さんの事が思い浮かんだ。
「ねえ阿梨夜。好きよ
……大好き」
今度からもっといろいろ考えないとね、と独り言のように言う彼女の本心は分からなかったけど。
水分を失い疲労も溜まっていた私にはもうどうだってよかった。
彼女の前であんなことをして、この先無事に生きていけるのだろうかという気持ちで溢れていて。
大好きだと言うふわふわで暖かな言葉に包まれても。
「嫌いになんてならないから、あんまり泣いちゃダメ」
「
……うう」
それが現実であることが受け入れきれず、何度もしゃくりあげながら彼女の背中に手を回す。小さい頃に漏らしてたほうがまだ恥ずかしくなかったのに。
もう、彼女無しには駄目なところまでとっくのとうに来ているのだと。
思い知らされつつも。それを認めるにはまだ時間が足りなさすぎるし。
「ユイマン
……おふろ、はいりたい」
べたべたの躰で彼女に抱き着いていたらもっと彼女を穢してしまう。ぼうっとする頭で出てきた言葉は稚拙で、子供に戻ったような感覚がした。彼女より幼いまま。惨めで、情けなくて、消えてしまいたいのに。
誰かが自分を横で庇ってくれるという感覚が。背中を支えるように安堵感をもたらすのを。ずっと私は見て見ぬふりをしていたのだろうか。
「いいわよ、洗ってあげる」
そう言って彼女は私の手を取り、洗面所へと向かおうとしてくれた。かつての私が、彼女の手を引いて家に連れ帰ったように。
あの時の彼女は、こんな気持ちだったのかと。長い年月を経て理解することになるとは思わなかった。
Archaeopteryxに続く
ごめんなさい。色々と。
参考文献
岡山大学「Female squirtingの謎の解明へ」
https://www.okayama-u.ac.jp/up_load_files/press_r4/press20230317-7.pdf
有名国立大の研究でこういうがあるのが悪いんだよ。でも学者さん達は悪くない。