不破
2025-10-08 23:43:59
4651文字
Public 空戦
 

#25




 皇都オオザカ。石畳の敷かれた、都市中央に向かう目抜き通りを走る路面電車ライトレールに揺られながら、車窓の向こうの景色へ目をやる。
 行き交う人々は皆、世界の行く末などよりも今日の夕食に意識を向けているようだ。路上に屋台を出して香辛料や調理器具を口上とともに売る行商人、それを買い叩く客達。大人達の間を駆けて行く子供達。ウィンズレットとメルゼブルクの戦争など自分達には関係ないと言いたげなその光景に、ラザフォードは苛立った。

「戦争など知らないような暮らしぶりだな」

 睨むように街の風景を見渡しながら、そんな言葉が口をついて出た。
 このリベルタリアに生きる人間として、世界で起こっていることにここまで無関心でいることなど罪に等しい。世界は誰のものではないが、目の前に映る現実せかいはすべての者に平等だ。目を背けることなどあってはならない。

「知らないよ実際。オワリノ國は世界が地上にあった頃から戦争なんかに参加せずに平和を護ってきたんだからな」

 こちらの苛立ちを感じ取ったのだろう。隣に立つ女――船渠で迎えられた際にイヌチヨ・マエダと名乗っていた――が疎ましそうな声色で返してきた。戦争を知らないと言いながら、先程は問答無用で攻撃してきたというのに、よく言えたものだ。

「軍を配備しておきながら、平和を護ってきたとはな」

 イヌチヨの言葉にそう毒づく。「なんだと?」と彼女がこちらを睨んだが、なにか言い返す気にもならず、ラザフォードは口を閉ざした。
 窓の向こうの風景が城下町を抜け、積み上げられた石垣の間を通って、路面電車が速度を緩める。がたがたと車両を揺らしながら階層構造を越える陸橋を渡ると、ホームへと滑り込み、到着を告げるベルとともにドアが開いた。
 かつりとブーツの踵を鳴らしながらホームへ降り立ち、ラザフォードはイヌチヨの先導に従って、ホーム奥の階段へ向かった。

「余所者でここまで入れて貰えるなんて珍しいんだからな」

「そうか」

 自慢気に言うイヌチヨの言葉に興味がないことを隠さず応え、階段を登る。1フロア分ほど登ったところでエレベーターホールが現れ、イヌチヨがボタンを押した。あらかじめ待機させていたのか、ベルの音とともにすぐに扉が開いた。

「お前……! ノブ様が会ってくれるだけでも有り難いことなんだぞ!」

「主が客に会いもせずに追い返す無礼を働かずに済んだんだ。むしろ感謝して欲しいところだが」

「なに!?」

 扉が閉じられ、上階へと上り始めるエレベーターの中で、今にも掴みかかってきそうな勢いでこちらを振り向いたイヌチヨ。こう沸点が低くて疲れないのだろうかと疑問に思いながらも、ラザフォードはうんざりしてため息をついた。

「いちいち食ってかかるな。最初から戦いに来たわけじゃないと言っているだろう」

 エレベーターの壁に背を預けながら腕を組みながら言い、顔を顰めて緋色の目を閉じる。これ以上の言い合いは不毛なだけだ。そもそも彼女と必要以上の会話をする意味などない。用があるのはあくまでノブサヤ・サイトウだ。それ以外の誰かと話すことに大した意味はない。

「食ってかかられるようなこと言うからだろ」

 不服そうに言うイヌチヨ。その言葉に返すことなく、エレベーターの到着を待った。小さな箱の中の光学映像が最上階を知らせ、ベルの音とともにドアが開いた。
そこは広いエレベーターホールだった。その中央に、旗袍チーパオを着た女が立っていた。

「ようこそ、ノブサヤ様はこの先でお待ちです」

 旗袍の女が言い、ホールの奥に見える扉を指した。ラザフォードはエレベーターを降りると、その扉の方を目指してホールを横断する。

「アタシはここまでだ。じゃあな」

 と、背後のエレベーターの中からイヌチヨの声が追いかけてきた。一旦足を止めたラザフォードは振り返り、「感謝する」とだけ伝えると、再び扉の方へ向き直る。こちらの準備が出来たことを見て取ったらしい旗袍の女が扉の前に出ると、ドアノブに手をかけた。がちゃりと小気味良い音が響き、両開きの扉がゆっくりと開く。

「ラザフォード・シンクレア様をお連れしました」

 女の声が響き、その肩越しにドアの向こう側が見えた。
 広い部屋の奥。鬼の描かれた大きな極東式の絵画が吊り下げられた前に胡座で座していた人物が顔を上げる。暗い灰色を帯びた桜色の髪の奥、牡丹のように赤い眼がこちらを見据えた。