不破
2025-10-08 23:43:59
4651文字
Public 空戦
 

#25


 極東オワリノ國。オオザカを皇都とする東の大国で、統治するノブサヤ・サイトウはリベルタリア黎明期からシンクレアの教皇との親交が厚い人物ではあるが、定例で行われていたリベルタリアの貴族会にも顔を出しておらず、ラザフォードも直接会ったことはない。かつて父からとても難しい人物だと聞いたが、はたして話を聞いて貰えるだろうか。時間の無駄であろうことも容易に想像出来るが、建前上とはいえブラッドローズはウィンズレットの私掠船である。ハーティアの命令となれば従わないわけには行かない。
 バチカンの生き残りを寄せ集めた烏合に過ぎなかったクルクスを一個旅団として成立させるには、ウィンズレットの助力が不可欠だった。

「さて……

 言いながら、眼下に雲海を望む晴天の奥に見えてきたオオザカの影に、緋色の目を細める。
 そろそろ索敵の及ぶオオザカの領空に入るはずだ。リベルタリア和平協定に名を連ねている以上、下手な警戒を向けられることはないだろうが、歓迎されるかといえば疑問だ。

『停止せよ。貴艦はオオザカの領空に接近している。直ちに進路を変更せよ』

 と、オオザカからの警告がオープン回線で響いてくる。やはり歓迎はされないようだ。とはいえ、自分達は戦うためにこんな東の果てまでやって来たのではない。

「こちらはリベルタリア天穹教導義勇旅団クルクス。ラザフォード・シンクレアだ。戦闘の意志はない」

 流れてきた警告に応えて自らが何者なのかと自らの目的を告げる。ウィンズレットから正式訪問を通達したわけではないが、敵対の意志がない相手を即座に攻撃してくるようなことはしないだろう。

「リベルタリア和平協定の下、ノブサヤ・サイトウ総統への謁見を希望する」

『謁見は……

『はあ!? いきなり来てノブ様に会いたいとかふざけてんのか!?』

 と、オオザカの管制官からの通信に割り込んで、乱暴な女の声が大音量で響いてくる。その声に面食らい、ラザフォードは呆気にとられて目を丸くした。

『オオザカより空兵の出撃を確認。数、1』

「1? 1人だけ出てきたのか?」

 索敵係に怪訝な声で返すが、「そのようです」との返答があり、ラザフォードはうんざりしてため息をついた。
 いくら通達がないとはいえ、1人で飛び出してくるような血の気の多い人物がいるとは。オワリノ國の軍はどういう教育をしているのか疑問だ。気乗りしないが、義手の右腕を回して腰にしている剣の柄を握る。

「戦闘停止を勧告しながら進めるだけ進むぞ。空兵は俺が対処する」

 言いながら剣を引き抜くと、飛来するサテライトに両足を乗せ、ブラッドローズに先行して飛び立つ。「了解」という返答を置き去りにして加速し、迫りくる空兵に向けて回線を開いて呼びかける。

「停止しろ。こちらに戦闘の意志はない」

『無断で領空に近づいといて戦闘の意志なしなんて信じられるわけねぇだろ!』

 猛スピードで接近してくる空兵の姿が目視できる距離まで近づき、急制動して停止。そこへ飛びかかってきた女を睨み、こちらへ振り下ろされる刀の刃を剣で受けた。

「3番先陣斬込隊クダン! 分隊長、イヌチヨ・マエダ!」

 ぎちぎちと音を立てて拮抗する刃。その向こう側で名乗りを上げる空兵。体重を乗せて打ち込まれた一撃を受けた剣を両腕で支えながら、ラザフォードは歯噛みして言う。

「何度も言うが、戦いに来たわけじゃない……!」

「問答無用!」

 言いながらこちらの剣を払う女。短髪で男勝りな印象通り、勢いよく振り下ろされる刀を剣で弾いた。しかし、反撃するわけにはいかず、サテライトを後退させて距離を取るも、すぐに距離を詰めて刀を振り上げる女に歯噛みすると、剣を振り上げ、女が振り上げた刀を弾く。響いた金属音、ラザフォードはもう1度サテライトを後退させるが、その瞬間、彼女の周囲に雷光が駆けた。

……っ!?」

 勢いよく加速してくる女の攻撃が魔術を用いたものだと直感で理解し、すんでのところで自らも魔術を発動。正面に構えた剣が炎を宿し、瞬く間に爆裂する。爆音とともに弾けた炎が女を迎え討つが、それを突っ切った女が目前に迫る。

「くっ!!」

 咄嗟に右腕で頭を庇った。振り下ろされる刀が前腕に直撃し、金属音が響いた。

「はっ!?」

 響いた音に面食らったらしい女の声が響いた。その声で、ラザフォードも我に返る。
 自らの右腕が義肢に置き換わっていることを戦いの最中に失念したことに憤りを覚えながらも後退し、距離を取って剣を構え直すと、緋色の目を剥いて炎を身に纏った。
 間違いだったのだ。この状況で協力の要請など生温いことを言っていること、それ自体が。戦争への参加を強制するのなら、力で従わせるのがもっともシンプルで手早い方法だ。向かってくるというのなら、力で従わせてやる。
 炎を纏う右腕に握る剣を振り上げ、向かってくる女へ打ち込もうとした瞬間だった。大音量で通信が響いた。

『そこまで!!』

 通信から響いてきた言葉に咄嗟に手を止めたラザフォード。相手の女も同じようで、刀を振り上げた体勢のまま一瞬静止し、すぐに刀を下ろした。

「の、ノブ様!?」

「子供……?」

 咄嗟に口をついて出てしまったのだろう。やや間の抜けた声色で女が口にした言葉に、ラザフォードは面食らいながらも、聞こえた声の印象を口にした。そのせいで、目の前の女の隙を突くことも出来ず、振り上げた剣を下ろす他なかった。怪訝な表情を浮かべながら剣を下ろした。
 この子供の声、どうやらこの女の上官かなにかのようだが、子供が上官だと?

『これ、クダン3。戦闘中はコールサインで呼ばぬか。ともあれ、その戦闘もここまでよ』

 ノブ様と呼ばれた上官らしき子供の声が告げる。勝手に始めた戦いを一方的に終わらせるとは、覚悟を決めて戦おうとしたところだったというのに、人騒がせなことだ。

『さて……

 と、通信から響く声が仕切り直す。

『ラザフォード・シンクレア。目的など知れたことは問わぬが、お主、戦う覚悟もなしに我が領空へ迫ったのか?』

「なに?」

 思わず問い返したが、通信の向こうの声は短くため息を付き、こちらの言葉を無視して続ける。

『まあ良い、会うてやる。11番船渠へ着艦せよ、話ぐらいは聞いてやろう』

 子供の声で偉そうなことを言う声に怪訝な表情を拭えぬまま、後方から前進してくるブラッドローズを横目に振り返った。

『クダン3、案内あないしてやるがよい』

「りょ、了解です」

 言いながら、刀を納めた女がサテライトを翻す。先導して飛び去る後ろ姿に目をやりながらも、ブラッドローズの甲板に降りる。白い剣を鞘へ収め、サテライトを足で立てて手に取った。