山城まつり
2025-10-08 21:06:31
5808文字
Public CODE:KAGUYA
 

CODE:KAGUYA─語られなかった竹取物語─ Ep.000

不定期更新!新創作『CODE:KAGUYA』のプロローグ(初稿)です
人生初!SFなんですけど、若干ミステリ要素が入ると思います。たぶん。
まだカグヤもミカドも出てきませんが、世界観こんな感じ……。めっちゃ中二病……。

感想くださったらうれしい、な……(煩悩丸出し)

✦Prologue:起動-Initialization-


──西暦2748年。
地球はもう、滅びゆく惑星だった。

空は濁った膜に覆われ、海は腐ったかのように泡を吹く。乾いた風は毒を含み、酸性の雨は建物の残骸を溶かして。大陸の大半は死の砂嵐に呑まれ、空を飛ぶ鳥の影はとうの昔に絶えている。大地から毒ガスが噴き出るこの世界は、神々が見放す崩落した楽園エデンだった。

地表には既に、〝人の影〟は無い。
生存者達は地下深く──〈リメナント〉と呼ばれる閉鎖都市に身を潜めていた。
そこは、かつて地上を支配していた人類の墓地。光を忘れた人々が生き、老い、死ぬ最後の要塞。
酸素は薄く、人工太陽の光は弱々しい。壁を這う冷却水の通ったパイプだけが、かろうじて正常を保っていた。

誰もが分かっていた。
この星はもう、終わるのだと。

だが、それでも。
それでも人は、シミュレーションを繰り返し続けた。
何億通りの未来予知。何兆ものデータ。
けれど、その全てが同じ答えに収束する。

『地球滅亡確率:99.9999999……%』

冷たいホログラムの光が、シェルターの壁を白く染めた。そこは、広々としたとはお世辞にも言えない統制室だった。〈リメナント〉統制局──二十数名の科学者と技術者が、悔しげにキーボードに指を滑らせていた。

「──もう駄目です!」

若い技術者が叫ぶ。

「エネルギーが尽きます! このままではシェルター内部のライフラインにまで手が回りません!」

別の声が、それに重なる。

「補給路完全閉鎖、有毒ガス濃度51%! 地上にはもう出られません、出られたとして、何も残っていません──!」
「つまり、我々の未来は絶たれた、という事か」

老いた司令官が厳かに呟いた。刹那、空間が静寂に支配される。

「そんな……

絶望を擁した言葉が聞こえる。誰かが机を叩いていた。金属音が、乾いた響きを辺りに残す。

「まだ何かある筈だ。まだ──」
『ありません』

AIオペレーターの無機質な声がそう割り込んだ。〈マザー・レガリア〉──人類最後の統合知性体。紡ぎ出された聞き馴染みのある女声には、感情も慰めも無かった。人工知能に感情プロトコルを導入したのは五百年以上も前の話だというのに、である。

ビーッ、ビーッ、という警告音と共に、室内に赤色灯が乱反射した。

『警告。警告。地球圏環境指数、臨界値を突破。酸素濃度:7%以下。シェルター内の新規汚染を確認。居住可能区域面積を再計算──全地表の0.002%。ライフライン断絶推定時刻:──現エネルギー量では四時間後』

一人が嗚咽を漏らした。もう一人はキーボードの上に顔を伏せ、手を微かに震わせていた。そしてもう一人は──。
紅い光が入り乱れる統制室の空気が重く沈む。沈黙が辺りに垂れ込めて、嘲笑うような機械音だけがそれを狂わせていた。
〈リメナント〉全域に、これ以上のライフライン存続が不可能であるという通知が飛ばされる。声は聞こえずとも、シェルター内に絶望が満ちていくのを一同は感じていた。

そんな沈黙が長く続いた後──。
とある科学主任が、ゆっくりと立ち上がった。

……ならば、過去を変えるしかない」

その声は小さく細かったが、確かに空気を凍らせた。一同の視線が痩せこけた躯体に突き刺さる。けれど彼は、怯まず続けた。

「未来は、もはや閉じている。ならば我々は──過去へと還るしかない」

科学者の一人がばっと立ち上がる。椅子が軋み、ぎいとひとつ啼いた。

「馬鹿な!」

その剣幕に、科学主任は静かにそちらを見据えた。

「過去を改変すれば、我々の存在そのものが──」
「存続など、もう有り得ないという事など、分かっているだろう」

彼はそう言って、男の言葉を遮った。

「我々は滅ぶ。その決定事項を前にして──最期に出来るのは、滅びの前に人類の〝可能性〟を置いていく事だけだ」
「可能性……?」

科学者が眉を寄せた。

「そうだ。過去の人類に、別の未来を与える。我々は、地球を捨てるほかない」

すっと、科学主任は眼前の巨大スクリーンを指差した。そこに移るのは、灰色に濁った死の星、地球。そして、それを中心に廻る──。

「──例えば、月」

落とした声に、ざわ、と波紋が広がった。彼は一度唾を飲み込んで、乾燥した唇を震わせる。

「有毒物質を生成しない環境を月に作る。そこに都を築き、過去の時点で人類を移住させる──〈ムーン・エスケープ計画〉とでもいうべきか」
「月に……?」

複数の声が重なる。AI〈マザー・レガリア〉の声が瞬いた。

『提案確認:時空間転送理論、実行確率0.003%。倫理規約第七条、過去改変行為は禁忌対象です』

主任はひとつ、冷たい笑みを浮かべた。

「倫理とは、未来がある者にだけ許された言葉だ」
「──そうは言っても!」

若い研究員がそう、声を振り絞って叫ぶ。

「それでは〝神の領域〟に踏み込む事になります! 過去改変は危険が高すぎます、そんな事、許されるわけも出来るわけも──」
「神など、いない」

主任の言葉に、研究員の言葉は区切られた。彼は静かに、冷酷に告げる。

「我々が、神の代わりを務めるまでだ」

その手が、そっと制御卓に触れた瞬間、ホログラムの海が揺らめいた。赤色灯に照らされた室内が全て赤一色に染まり、室内が血のような閃光に包まれる。
警告音が響き渡る。それは、機械にプログラムされた『危険信号』だ。

『警告。警告。時空間転送装置へのアクセスが検出されました』

そのメゾ・ソプラノの女声に、研究員は慌てて科学主任を咎める。押し込んだエンターキーを振り払う。けれど一度起動したシステムは、停止命令を出すまで止まる訳もなく。

「主任! 何をする気ですか!!」
「人類を救う。ただ、それだけだ」
「戯言はやめてください!」

司令官が、低くしわがれた声で彼に問うた。

……過去の月に人類を送り込むだけで、救えると?」
「司令官、止めてください! このままじゃ──」
「貴様には聞いていない。シェルター内部の生存者を全員送ったとして、それだけで救えるというのか。 ……答えろ」

その言葉に、主任は鋭い視線で穿つ。

「〝送り込む〟のではありません。未来の座標を、此処でないどこかへと置き換える事が真の目的です。月に人類が住む事が出来れば、今の我々の現状は無くなる。それこそが、唯一の救いです」
「つまり……この世界の未来を──捨てると?」

司令官が凪いだ声でそう問いかける。科学者も、研究者も、技術者も、その言葉の答えを待った。もうそれしかないのだと半ば悟りつつも、もうじきに自分達は死ぬのだと悟りつつも──自分達という存在が揺らぐ可能性のある事が、不安で、不安で。
科学主任は一言、「そうです」と答えた。それが、全てだった。

「しかし、それが〝希望〟です」

室内がざわめく。誰もが何かを言いたげに口を開くが、声にはならなかった。
ただ、主任の彼だけが、真っ直ぐ前を見つめていた。

「私達はもう、自分達の生き死にをどうこうするという事を考える余裕はありません。何億通り、何兆通りもシミュレートした。だが、駄目だった。……もう、この世界に未来は無い」

その言葉に、空気がずんと重くなった。沈黙を払い、彼は言葉を継ぐ。

「だが──人類にはまだ、希望がある」

それは、炎だった。
生を諦め、それでも出来得る可能性に全てを賭けたいと願う、ひとりの人間の想いだった。
その言葉を聞いて、数十秒、沈黙が部屋に満ちた。紅く照らされた室内に、危険を叫び続ける機械群。だが、それでも。

……私は、賛成です」

一人の女性技術者が、そうおずおずと告げた。彼女は恐縮したように肩をすくめ、細々と声を振り絞る。

「地球に未来が無くても、私達に人類の希望が懸かってるなら……どんな手段でも、やるべきだと思います」

指先が、震えている。それを見て、気弱そうな男性が小さく、「俺も」ですと答えた。

「俺達が動かなきゃ、地球はどのみちおしまいです。やれる事は、何でもやりたい」

僕も、私も、と少しずつ声が響き始めた。室内に、温度が戻り始めた。
──安全など、確保されない博打だ。禁忌を冒して、世界がまるごと滅ぶ可能性だってある。痛み、苦しみ、嘆きながら量子の海に還る羽目になるかもしれない。
……それでも人間の彼等は、未来を信じた。自分達を信じた。
それがきっと、この科学世紀の成れの果てでも、人類がさいを振り続けられた理由なのだろうから。

司令官、と声が重なる。波のように、風のように、彼に許可を求める声が広がっていく。一人が、シェルター全域の生命の手首につけられた神経接続端末へと確認メッセージを送る。すぐに眼前のスクリーンに、多数の「YES」の評価が瞬き、この場に満ちる意志が、ひとつの答えを選んでいる事を告げていた。
それを受けて、総司令官は静かに瞼を閉じる。

「──司令官」
……分かっている」

彼は、ゆっくりと瞳を開いた。そこに、もう恐れは無かった。

「──よかろう。やってみろ」

主任は頷き、端末に手を翳す。『ID認証』の文字と共に、彼の意志が機械へと即座に伝達された。

『思考検知、完了。時空感転送装置、エネルギー供給ライン接続開始。フェーズ1──時層補正起動』

地の底が振動した。
シェルターの壁が軋み、天井の人工太陽が明滅する。エンジニア達はコンピュータのパネルを、淡く光るキーボードを叩き続け、自分の出来る〝最善〟を尽くそうと奮闘した。

「臨界圧を超えます!」
「エネルギー暴走! 直ぐにコントロールに移ります!」
「転送座標が固定されませんッ!!」

それらの叫びを浴びながら、主任の指は迷いなく動く。月の3D画像をスワイプして確認しながら、一点にピンを刺した。直ぐに、情報がホログラムに映し出される。

「座標は月面南極、古代の氷床下──〝シャックルトン・クレーター〟付近」

彼の声が響く。

「──そこに、人類の未来を置く!」

『フェーズ2──量子束結合開始。時空位相、崩壊点に接触』

キュイン、と鋭い音が響いた。地揺れは激しくなり、天井にひとつ、ひびが入った。
──崩れる! そう一同の胸に不安が芽吹くのと同時に、室内に熱が満ち始める。

若い研究員があまりの恐怖に理性を忘れ、泣き叫んだ。

「主任! エネルギーライン、火力不足です! このままじゃ僕等──!」
「怯むな」

低い声が響いた。彼は視線を一点に固定したまま、手元のレバーを一気に押し出した。

「危険を恐れて人類が未来を閉じたのは、いつからだろうな。だが、その歴史も今日で終わりになる」

彼は制御盤を見据え、淡々と指を動かし続ける。
爆発的な閃光。床が揺れ、重力が狂う。
誰かが倒れ、誰かが叫び、誰かが祈る。
天井を貫くように光の柱が立ち、都市全体が白く包まれた。

「我々は地球を棄てる。だが、魂だけは。人類の種だけは、遺せると信じている」

その瞬間、ホログラムの中で地球の映像が反転する。
くすんだ青の星が、ゆっくりと白銀に変わっていく。

『フェーズ3──転送準備完了。全データを過去時層へ送信します』

場に、不思議な重力が生まれた。下へ、上へ、引き寄せられるような強い圧力の波。それらに揉まれた世界は、熱く巨大な光の渦を生み出して。

「これは、始まりだ」
彼は呟く。
「月へ──まだ見ぬ未来へ」

『──プログラム、〈ムーン・エスケープ計画〉を開始します』

その声と同時に、熱の渦が爆発した。
轟音が統制室を飲み込んだ。時間が膨張し、光が歪み、空間が爆ぜる。
世界が白で塗り替えられ、けれどその中心に彼等は、黒い星を見た。
それは最後の夜明け。人類にとって最後の黎明。

誰もがその光の中で、自分の名を忘れた。
主任──その名を白羽しらはねという彼もまた、ただその中心で静かに目を閉じた。

白く、白く白く発火する視界。黒く黒く誘われる意識。
底へ、天へ導かれる身体。
時間が狂う。うねる。その渦の中で、誰もが意識を手放した。誰もが、痛みも苦しみも覚えないまま──過去へと、その身を投げていった。

2748年、防月某日。
その日、全てが、終わった。

……

いや。
終わった〝ように〟見えた。

〈リメナント〉の最深部。
誰も居ない、誰も〝居なくなった〟可能性の世界で、ひとつだけ灯りが残っていた。
白いインジケーターが、呼吸のように明滅している。

『転送完了。データ残留率:0.0000004%。不明プロセスを検出』

電子のざわめきが走る。
無数のコードの列が流れ、ひとつの塊へと収束していく。
監査ログには、存在しない命令文。誰も書いていない筈の署名、誰も命じていない筈のコード。

暗闇の中、機械の胎動のような音が響いた。
それはまるで、誰かが望んだ鎮魂歌レクイエムのようだった。

やがてスクリーンに、ひとつの文が浮かぶ。
淡く、青白く、機械的に。

『CODE:████、認証。ソース元を確認。プログラムを実行します』

電子音が消える。
世界は静かに、消えた可能性の欠片として再び息を潜めた。

──その一行が、全ての物語の始まりとなる事を、今はまだ、誰も知らない。