杏寿郎は縁側に腰かけ、何をするでもなくただ漠然と目の前の景色を眺めていた。
庭に植わっている木々は温かく色づいていた葉を殆ど失い、裸の枝を晒しているその姿は寒々としている。秋も深まりそろそろ寒さも本格的になってきているため、長く外の空気に当たっていると耳や指先が冷えてくる。しかし、兄の膝を枕にして眠っている千寿郎の体温が伝わってくる部分だけはじんわりと温かく、その差が少し可笑しいと杏寿郎は思った。兄の羽織を追加でかけてやっているとは言え、これ以上ここにいたら弟が風邪を引いてしまうかもしれない。わた糸のように柔らかな弟の髪を優しく指ですきながら、静かに声をかける。
「千、そろそろ起きるんだ」
幼子は少し身じろぎした後、むにゃむにゃと何やら言葉にならないことを言い、睫毛を震わせながらゆっくりと目を開けた。その小さな口であくびをしながら緩慢な動作で身を起こした弟は、「...あれ?」と言って辺りを不思議そうに見まわした。
縁側で寝落ちたことを覚えていないのだろうかと苦笑しながら、「どうした?」と聞くと、うーんと小首をかしげる。そして、
「さっきそこに...ははうえがいました...」
まだ寝起きのぼんやりとした様子で呟いた。
彼のその言葉に、杏寿郎はそれまで耐えていた感情が一気に込み上げてくるのを感じた。突如己を襲う胸が詰まるような息苦しさと熱を持った目頭。それらを誤魔化すように、弟を引き寄せ強く抱きしめる。
「あにうえ?」
急なことに少し吃驚した声が耳元で聞こえたが、すぐには返事ができなかった。
兄十一歳、弟四歳。
二人の母が帰らぬ人となったのはつい先日のことだった。
TOPへ戻る
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.