以前単独任務にあたった際、俺は運悪く自分の実力以上の鬼と遭遇してしまった。これまで何とか生き延びてきたがそれもここまでか、まぁ自分にしてはよくやった方だよな
…と諦念により逆に冷静になった思考で、いっぱしに人生を振り返ってみたりした。
だが、結論から言うと俺は死ななかった。
丁度近くで別の任務を終えたばかりの炎柱様が急遽駆け付け、俺を襲おうとしていた鬼の頸は彼によって一瞬にして刎ね飛ばされたから。俺は九死に一生を得たという訳だ。それにしても、初めて間近で目の当たりにした炎柱様の技は燃え盛る炎の熱風と轟音が圧巻で、自分が切られる対象でないと分かっていても尚、骨まで焼け尽くされそうな畏怖の念を感じた。これが柱の力量なのか。どうあがいても俺にはたどり着けない境地だと痛感する。
その後炎柱様は、俺ら一介の隊士とは比べ物にならない多忙さを極める故、被害状況と俺の安否を一通り確認すると隠の人を呼ぶよう告げさっさと次の任務に向かわれてしまった。早すぎる。助けて頂いたお礼すら言えなかった。
しかし命の恩人に再びお目にかかる機会は、わりかし直ぐにやって来た。
俺は数週間後また別の任務でヘマをして、軽度の怪我だったが大事をとって蝶屋敷に入院することとなった。そうして相部屋がもう満床だった為あてがわれた一人部屋で気楽に過ごしている時。開け放したままの扉から除く廊下にふと目をやると、なんとあの、一度見たら忘れないあの派手な髪と羽織が通り過ぎるではないか!
「炎柱様!!」
俺は慌てて声を張り上げる。
幸いにも不躾に呼び止められたことは全く気にかけていない様子で、炎柱様は「む?」と疑問符を浮かべながらも足を止めてくださった。
「何だ!俺に何か用か!」
「あっ
…えと、あの、急に呼び止めてしまい申し訳ありませんでした!実は俺、この間の任務で炎柱様に助けて頂きながらお礼を言いそびれてしまっていたんです。」
改めて、あの時は本当に有り難うございました。貴方は俺の命の恩人です。そう一気に伝えはしたが、まぁ、どうせ炎柱様は覚えていないだろうと思っていた。しかし、
「
…ああ!君はあの時の!確か足を負傷しながらも懸命に戦っていたな。こちらこそ礼を言わねばなるまい!」
俺が駆け付けるまで踏ん張っていてくれて有り難う。
彼は先程までの、入院施設にいるにしては些か豪快すぎる声量から一転、優しい口調でそう言う。俺のことを覚えていただけでなく、そのような労いの言葉までかけて頂き、俺は不覚にも少し目頭が熱くなってしまった。
続いて炎柱様は気さくにその後の怪我の経過などを訊ねてきて、何故かそのまま世間話に興じることとなった。家族のことを聞かれたので、自分は二人兄弟の兄なんです、弟とは7つ離れていて...と告げると、
「何と!俺も二人兄弟で7つ下に弟がいる!奇遇だな!」
何やら非常に嬉しそうに彼は言った。
そこからはもう、互いの弟の可愛さ自慢大会と化してしまった。炎柱様は弟君のことを大層可愛く思っているらしい。早くに失くした御母上や柱を引退した元炎柱である御父上、任務で家を空けがち且つ家事が得意ではない炎柱様の代わりに、家を切り盛りしてくれているしっかり者であること。炎柱様が家に帰ると必ず出迎えて甲斐甲斐しく世話を焼いてきて、これではどちらが兄か分からぬこと。しかし年相応に子どもらしい面もあり、そこがまた愛らしいことこの上ないこと、などなど。対して俺も、歳の離れた自分の弟の可愛さについて小一時間は語れるくらいには溺愛しているので、それはそれは話に花が咲いた。
正直炎柱様のことは今まで、遠くからチラリと見かけたり、隊士間の噂話や愚痴などでしか知りえていなかった。そうした中で、俺の中で彼は、威勢は良いが少し何を考えているか分からない威圧感もある、少し苦手な部類の人間、という認識になっていた。しかし、こうして面と向かって話をしてみると、何のことはない、彼だって自分と同じ年頃の青年なんだな...と実感する。今までよく知りもしないうちに表面的に彼のことを決めつけていた俺は何て恥ずかしいやつなんだろうか。俺は考えを改めた。
そうした思いがけず楽しいひと時となった炎柱様との会話は、蟲柱様が彼を呼びに来たことで終わりとなる。
「おっともうこんな時間か。時間が経つのを忘れるほど会話が弾んでしまったな!今度会うときがあれば、是非また付き合ってくれ。」
快活に笑って炎柱様は部屋を後にする。ほぼ初対面の柱とこんなに話してしまうなんて何だか奇跡だ。少し浮ついた心持ちでいると、まだそこにいた蟲柱様が訊ねてきた。
「煉獄さんと随分楽しそうにお話されていましたね。何を話されていたのですか?」
急なことに思わずびくりとしてしまう。
しかしその声色は責める様な感じではなかったので、別段親しくもない一介の隊士と柱が何の話題で盛り上がっていたのか、少し興味をそそられたのかもしれないと思い、心の中で胸をなでおろした。
「あっ、いえ、ただ兄弟の話をしていただけです!炎柱様にも弟君がいらっしゃるということで。」
すると何故か蟲柱様は美しい微笑を崩され、眉をひそめとても険しい顔をなされた。
え、俺、何かおかしなことを言ってしまっただろうか、それとも長々とした無駄話で柱の貴重な時間を浪費させてしまったのが不味かったのか?!うわっ、絶対そうに違いない!
にわかに冷や汗が俺の背中を流れ始める。蟲柱様は柱の中では優しい部類だが、怒るとかなり怖いともっぱらの噂だ。どやされる前に謝罪しなければ、と慌てて口を開きかけたその時、蟲柱様の口からこんな言葉が放たれた。
「煉獄さんには確かに弟さんがいました。しかし、弟さんは煉獄さんが入隊する前にはお亡くなりになっていたと伺っていますが。鬼に襲われて。」
耳が痛いほどの沈黙が俺たち二人の間に流れる。
あり得ない。だって先程の会話では、まるで現在も普通に生きているかのような口ぶりだったのに───
炎柱の弟君は、果たして生きているのか、死んでいるのか
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