「新八は良いナ・・・アネゴみたいな"オ姉チャン"がいて」
羨ましさと寂しさが混ざったようなその声色に、僕は少し目を見開き、洗濯物を畳む手を思わず止めた。
夕焼けに空が染まる時分に帰って来た神楽ちゃんは、手洗いうがいを済ませ、今は居間の隅で一緒に出かけていた定春の汚れた肉球を拭いている。「外から家に帰ったら、先ず手洗いうがい」「泥汚れが激しい時は、定春の足も拭くこと」。口酸っぱく伝え続けた甲斐があり、最近ようやく定着しつつある習慣だ。
昼飯を食べ終わるとすぐ、鉄砲玉のように飛び出していった勢いが嘘のように、珍しく静かな空気を背負って帰宅したから何事かと思えば。突然どうしたのかと促してみると、いつも公園で一緒に遊ぶ友達に、今日はお姉ちゃんに髪を結って貰っただの、お下がりの可愛い服を貰っただのと自慢されたと、ぶっきらぼうな返答。神楽ちゃんにも兄はいるが、随分前から離れて暮らしているし、和やかさとは対極のような仲だ。何より年頃の女の子には、"姉"というものは大きく憧れの存在に感じられるのだろう。
僕は畳み掛けの手拭いを一旦置いて長椅子から立ち上がり、神楽ちゃんと定春の傍で同じようにしゃがむ。動きが止まっている神楽ちゃんの手からそっと布を引き抜き、大人しく待ってくれている我らが巨大な愛犬の為にも、足拭きを再開させた。濡れ布巾越しに触った肉球は、じわりとぬくい。
「何言ってんのさ。姉上は、もう神楽ちゃんの姉上でもあるでしょ?」
そう伝えると神楽ちゃんはちょっと驚いたような顔をして、その後「た、確かにそうアルな!」と破顔した。
傍から見ても僕ら志村姉弟の仲はとても良好だと思う。勿論、気性の激しいところもある姉上だから怒りの鉄槌を下されたことは幾度もあるが、それはそれ。姉上なりの愛情表現──この表現が正しいかはさておき──である。
でも、神楽ちゃんが万事屋に来て、姉上とも関わるようになってから、姉上は楽しそうだ。
姉上の事を"アネゴ"と呼んで慕っている神楽ちゃん。そして実の弟の僕から見ても、姉上は神楽ちゃんを本当の妹のように可愛がっていると思う。僕はそれが本当に嬉しい。
だから神楽ちゃんも、遠慮なんてせずに心から姉上の事を自分の"姉"だと思って、甘えて欲しいと思う。
「ん?つーことは新八は神楽の"オニーチャン"ってことになるな?」
だらしなく寝そべっていた長椅子から半身起き上がった銀さんが、ニヤリとこちらに顔を向け、ここぞとばかりに茶々を入れてくる。いつもの如くダラダラと漫画雑誌を捲りながらも、僕らのやりとりをしっかりと聞いていたらしい。
「あ、それはなんかキモい。お前はせいぜいこのかぶき町女王の子分くらいがお似合いアル!」
「酷くない?!」
流れるような憎まれ口とツッコミをして何時もの雰囲気を取り戻しても、神楽ちゃんはまだ照れと喜びが混ざった笑顔のままだった。
神楽ちゃんと姉上。血は繋がっていなくても、本当の姉妹のような関係になってくれたら良いなと願う。
一方で、僕たち三人と一匹は、どういう関係だろうか。
「じゃあ俺はさながらおめーらの"オニーサマ"だな。贅沢だぞぉこんなカッコイイ兄貴!」
「銀ちゃんが兄貴だったら、マダオも足臭いのも伝染るから嫌ネ!」
「僕も銀さんの弟はちょっと...」
「おいぃぃ!あーあ、銀さんの硝子のハートは傷つきました!!」
依頼がない暇を持て余した僕らの、時間潰しのくだらない会話は続く。
社会的に見たら、雇用主と被雇用者。いや、給料がちゃんと支払われることが五分五分どころかギリギリ少ない現状では、それすら怪しい。しかし、そんな枠に僕らが収まっているとは思っていない。言葉で確認したことはないけれど、他の二人も僕と同じ気持ちを共有しているだろう。
時にはきょうだい、時には親子、時には師弟、時には...。年齢も生まれも育った環境も全く異なる僕らは、当てはめられる様々な形の関係性をその時々で行ったり来たりしている。でも一つだけ言えることは、元々は赤の他人だった僕らは今、万事屋という紛れもない一つの家族だということ。
それだけ分かっていれば、あとはどうだって良いのだ。
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