haruon1018
2025-10-02 09:25:45
23241文字
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セクピスパロディーへクマン①

翼主のへクマンの話。主にマ君の恋バナで進行します。
次回はアダルトになるので、書けた箇所だけ公開、頑張って書きたいです
下記に注意書きがあるので一読お願いいたします(本編は2Pから)
※タイトルはそのうち……



 窓硝子に雨粒が伝う。
 幾つかの結界で下界から遮断はされ、学園長の頭と同じくらい天真爛漫、この世の春を謳歌する気候がが続くが、それでも春先には細かな雨が降るのだから面白い。

 特権階級の重種が通う『学園』の一室では男子生徒たちが温かい飲み物を口にしながら会話を楽しんでいる。
「久しぶりの日本のお茶だ、お菓子も美味しい……
「殿様、このところずっと紫色の茶ばかり飲まされていたからな」
 赤毛の髪を靡かせる森は同輩の藤丸を喜ばせようと、茶を淹れて彼に振る舞った。
「っす、日本茶にも合いますね」
「まぁ茶は大陸から来たからな、長崎にあるよりよりみてぇな菓子とも会う、今日のは玉露だが抹茶も点ててやるよ、」
 顔は重種らしく精悍、まだ十代だけあり男らしさよりも溌剌とした雰囲気を纏わせている森は、蛇の目の癖に、よく懐いたグリズリーと呼ばれている。
 グリズリーとはよく喩えたモノで彼自身の本来の魂元は熊樫だ。
 強さこそ正義を掲げているような学園で、同じ重種とはいえ価値が落ちる蛇の目に化けているのかは彼の初恋に由来するが、それはまた別の話で。

 彼らの通う『学園』は斑類、所謂サルから進化した猿人とは違い、他の動物から人へ進化した種族である斑類だけを集めた六年制のエリート学園だ。
 斑類とは、犬、猫、蛇、蛟、熊、それに特殊な人魚。ヒエラルキーに入るのは主に五つの種族からなる。
 だから昔、イキがっていたんだよなと自分の黒歴史を思い出しながらマンドリカルドは、自分が持ってきたチャクチャクを囓った。
「似てると思ったらそれか、えっとミャク、じゃない」
「チャクチャクっすね、面倒な菓子持ってきてすんません」
 普段はツンツンと黒髪を立たせているが、風呂上がりなので髪は下ろしているマンドリカルドを猫みたいだなと藤丸は思ったが、斑類の間で動物の喩えは皮肉にもなるので口にはしない。
「いやいや美味しいよ、俺の方こそごめん、ナッツの風味が効いていていいね」
 美味しいと囓る藤丸は気に入ったようでボリボリと菓子を摘まんでいく。
「しかし茶を飲み続けるってどんな拷問だよ」
「いや、ほら俺、こないだまで普通の人間だったから斑類としての覚醒を促して、マシュとの相性を良くするらしいよ」
「んなことしなくても十分、相性いいだろ……人の恋路に邪魔するヤツは馬に蹴られてってヤツだ、流石に今から厩には行けねぇからオレだけで行くぜ」
「いいから森君、本当なら消灯時間だから、反省文書くことになるよ」
 藤丸と同室のマンドリカルドとは違い、森はその図体と彼独自の思考回路を読み解けるモノが少ないせいで一人部屋が与えられている。
「んなもんあってないようなもんだろ、ここでは、」
 猿人や斑類も多数通う一般の学校では、ちゃんとした消灯時間と外出不可の決まり事があるだろうが、ここにはない。
 恋せよなんとか、性にだらしない斑類らしく一晩のぬくもりや家の繋がりで誰かと寝るなど日常茶飯事だ。
「ああ……ねぇ、マ、」
「俺も先公にちょっと話を」
 昔取った杵柄、藤丸が拷問されていると聞いたマンドリカルドは日々作っている木刀を手にした。
 紫色の茶とはすなわち斑類の欲求を素直にさせる薬草茶で、世間一般的には媚薬と呼ばれる代物だ。
 そんな無粋なモノを藤丸に飲ませたくはない、日々彫っている木刀の一つを手にするが、藤丸はぶんぶんと首を振る。
「話って書いてカチコミとか読ませるの止めよう、言い方が悪かった」
「遠慮するなって、こういう交渉には慣れてるからよ、先公の子飼い一人懐にいれときゃ道を開けるし、上手くいけば部屋まで戻れる」
 生け贄を担ぐべく肩を回す森を見てマンドリカルドが頷く。
「そういえば森はステゴロ派、振り回すのが楽なら、この辺の丸太で一つ」
 まるで機内食の「フィッシュorビーフ」と聞くようにマンドリカルドは森に訊ねた。
「おう、どっちでもイケるけどよ、ドア壊すなら丸太いるよな」
 どうせなら派手に窓から奇襲するかと甲高い笑い声を出す森についに藤丸は実力行使に出ることにした。
「よくない! 二人ともいい加減落ち着いて、」
藤丸は立ち上がり、二人を止めるべく左手掲げた。
……っち、殿様にそこまでされたら何もしねぇけどよ」
「っす、けど、あの茶飲まされ続けてるんでしょ、」
「バタフライピーのこと、毎日だとちょっと飽きるよね」
「あ~流石は先祖返り……
 藤丸の向きな表情に。二人が一旦、怒気をしまい込むと藤丸は上げていた手で頬を掻いた。
 藤丸立香は、先祖返りである。
 そもそも斑類と猿人の子どもは猿人の繁殖能力高さからほぼ猿人しか産まれない。
 だが、隔世遺伝で猿人から斑類が生まれることもある。
 斑類の子どもは水中系なら卵、哺乳類でも魂元の姿で生まれてくるが、人の形で生まれ膜が張られるように猿人として成長する。
 先祖返りの覚醒は突発的で悲劇的だ。「許すとおっしゃい」「君は魔法界の英雄だ」というようにある日突然、使者によって己の運命を理解するのではない。
 交通事故などの強い衝撃によってその血が覚醒する。
 藤丸は本人にとって幸運かはさておき、たまたま偶然、理解のある斑類に保護された御陰で発狂せずに済んだ。
 覚醒した斑類には教育されていない斑類と同じように猿人を「サル」としか認識できない。
 繁殖能力が高く、さらに重種も従えさせられる先祖返りは、人魚、翼主と並んで希少種と呼ばれ、崇められる存在だ。
 森とマンドリカルドが怒りを引いたのも藤丸が先祖帰りだからというのもあるが、藤丸は無闇に自分の力を利用しない。
 そういう所も同じ希少種とは云え自分と違うとマンドリカルドは藤丸の顔を覗いた。
「ん、どうしたの、それでえっと、どこまで話したっけ……
「茶会を開いたところまで」
「あのね、最近マシュの顔を見ると可愛いなと思う気持ちと一緒に抱きしめたいという衝動が起きて、マシュは俺の番なのだろうけれど、俺はマシュのこと大事にしいた」
 そんな気持ちを定期的に訪れる保護観察官に話せば、一緒にお茶をすればいいと勧められ、斑類として教育中とは云え、まだまだ疎い藤丸は騙されて媚薬を飲まされ続けられた。
 しかし耐久のある彼にはそれは効かず、先祖返りの子どもであるマシュも同じだったはずだ。
 先祖返りの子どもは先祖返りと同じく高い能力を持つ、ならばまた先祖返りと番にさせたらどうなるか、悪魔的な実験に参加させられている藤丸だが、持ち前の純真さと他者の邪心を撥ねのける幸福度によって、計画は難航している。
 思春期真っ盛りでもマシュを思う気持ちが強い藤丸をマンドリカルドは尊敬した。
 これくらいの倫理観が自分にあればと過去を振り返っているマンドリカルドに森がポンと肩を叩いた。
「それじゃ次はマンドリカルドの番な」
 口角を上にしながら森は笑い、ついでに愛想良く目も閉じた。
「な、何が?」
「雨夜の品定め、」
急にスンとした顔をするなと思いながら、マンドリカルドも動揺を抑えた。
「なんっすかそれ、」
 雨が降っているのも品定めという言葉も理解は出来るが、何について語ればいいのか分からないマンドリカルドは首を傾げた。
「ようするに恋バナだね、」
「恋、うぇ、こ、恋、陰キャラにいきなりリア充の話題振らないで……
 恋愛話などは恋に謳歌する者か、そうでなければ女子寮の一室で甲高い声を響かせて盛り上がるモノである。
 後者に関しては藤丸たちの出身国では「知らんけど」というらしい。
「んだよ、殿様が語ったし、すげぇ語りたそうな顔をしていたから順番回したのに、」
「してないっす。そもそも、雨夜の品定め? 日本のことわざかなにかっすか」
 上手いこと誤魔化そうとマンドリカルドは話を逸らそうとしたが、いかにも武骨な森がさらりと語る。
「源氏物語の一編にあるんだよ、こうやって男が集まって恋の話をするのが」
 源氏物語くらいは知っているだろうと森がマンドリカルドに視線を向けたので、マンドリカルドは頷いた。
 日本の古典文学なのは知っている。確か、恋多き貴公子の話で、人妻から未亡人、はては初恋の女性に似た少女を育成し妻にする話だと口にすれば、森は「ほーん」と笑った。
「そこまで分かっているならよ、」
「う、うぅ……
「まぁまぁ森君、無理は良くないよ。でもさ、俺まだ二人のなれそめ聞いてないな、」
 自分の恋心を語ったせいか死なば諸共と云うように藤丸が悪戯な言葉を向ける。
「語らねぇならオレが語ろうか、」
 森の初恋は既に何度か聞いている。
 聞き飽きたわけではないが、ここで逃げるのも漢が廃るとマンドリカルドは温くなってしまった茶を飲み干し覚悟を決めるように、机に湯呑みを置いた。
「っ……分かりました、けど、これは恋バナじゃないっすよ、ヘクトール様との出逢いなだけで」
「うん、分かってる、聞かせて、」
「茶化して悪かったな、新しい茶淹れてやるよ、」

 ヘクトールとの出逢いを語るにはまずマンドリカルドの生い立ちから語らなければならない。
 生まれはタタールと呼ばれる地域のとある国、マンドリカルドはそこの王子として生まれた。
 他の斑類同様、魂元と同じ形状で母親の腹から離れていった。
 その時の歓声と次第に来た困惑の声を覚えているわけではないが、なんとなくそうだったと想像は出来た。
 黒い翼を持った赤子は一族待望の「翼主」であることに間違いはなかったが、その黒い翼から「翼手」のようだと揶揄するモノもいた。
 同じ読み方をする二つの斑類だが、「主」という文字が当てられる鳥類の魂を持つ前者に対し「手」のほうは哺乳類、主に蝙蝠などの小さな獣に使われる。
「翼主」は希少種、「翼手」は迫害対象とその扱いは天と地ほど違う。
 けれどもマンドリカルドは正真正銘の「翼主」 であり、そして愚か者でもあった。
 翼主は希少種故に斑類の序列のどこにも当てはまらない。
 それをどこかで勘違いしたマンドリカルドは強気でいた。
 横暴横柄という可愛らしくない子どもでも、「翼主」と云うだけで媚びへつらうモノがいる。
 軽種や中間種にもてはやされながら人生を謳歌していたマンドリカルドだが、その謳歌は長くは続かなかった。
 十歳の頃、それは一瞬にして訪れた敵わぬ相手に挑み、敗北と屈辱、去って行く地を這う獣の群に絶望したマンドリカルドは一人、だた一人駆け出した。
 そして気づけば、一面が白い空間に佇んでいた。
「ここは、」
 先ほどまで重種の子どもだけが集まるにいたはずだ。
 今頃はマンドリカルドの情けなさを皆が口にしているかもしれない。そう思うとまた負の感情がこみ上げてきたが、ここにいると不思議とその感情が抑え付けられ、ずるずると何かが入り込んでいく。
「どうも空気が可笑しいと思ったらお前さんどこから入ってきた」
「ヘクトール様!」
 翠の服に赤いマントと姿の御仁などマンドリカルドは一人しか知らない。
 そう人類と俺が尊敬するヘクトールだと叫びそうになったマンドリカルドの顔をヘクトールは覗き込んだ。
「おやオジサンを知っているの、そうだヘクトールだ、お前さんの名前は」
 鳶色の髪と髭、オリーブ色の瞳は眩いが、存外に眦が垂れてはいるがそれでも輝かしい顔だと固まったまま顔を見ていたが、名前を聞かれたのだから答えねばとマンドリカルドは名前を口にした。
「マンドリカルド……
 九偉人と呼ばれる斑類でも特に優れている人物に与えられる称号を持ち、同じ翼主として彼の功績どころか全てを尊敬するマンドリカルドにとってその出逢いは、まさしく飛び跳ねる出来事だった。
「おおっと、ここで魂現すると流石に不味い……
「おや、少年が? どういうことですか」
「なんだ今度の婚礼は子ども連れでも良かったのか、坊主を連れてこればよかった」
 ヘクトールに続き、金髪が眩いアルトリアに体格の良いイスカンダルと英雄の集まりにマンドリカルドはフラつきそうになる。
「さぁでも、波長の狂いは恐らくこいつだ、どうやって入ってきたか聞きたいのだが……
「ぁ……わ、俺、その、なんか悪いことしましたか」
 悪いことならここに来る前にも散々したが、それとは比べものにならないくらいの粗相をしたのは英雄達の顔で分かる、
「ん~そこまでたいしたことじゃないけどね、ただお前さんをどうやって帰そうか」
「そろそろ婚礼に戻らないと、時間通りに事を運ばねばこの子を帰すことができなくなる、」
「然り、では坊主、ここに入っていくか」
 イスカンダルはマントの片方を開けて、マンドリカルドを誘うがマンドリカルドは固まったまま動かない。
「驚かせないの、」
……あの誰かの結婚式なんですよね」
「そうだ、ん……ああ、そんな泣きそうな顔するな、終わったら帰してやるから、」
 先ほどから帰すだの婚礼だの云われ続けられたマンドリカルドは、いたたまれなさと申し訳なさで涙が溢れそうになる。
「なんの対策もナシにここに入ってるからな……よし、ここに入ってろ」
 イスカンダルと同じようにマントを翻したヘクトールにマンドリカルドは思わず見蕩れてしまった。
「それはさっき、余がやったぞ……
 拗ねるような態度のイスカンダルを無視し、英雄二人がマンドリカルドに語りかける。
「お前さん翼主だろ、ならオジサンに付いた方が安全だ、」
「そうですね、さぁ少年、時間がありません、」
……お邪魔します」
 キュッと包み込まれると時間がないのか、そのまま歩き出したが大人と子どもでは歩幅が違う。
「やれやれ、よっ、お前さん軽いな、」
「えっあ……
 マンドリカルドは王子だ、だから乳母の懐に入ったことはあっても負ぶられたことはない。父親にもされたことのない行為を憧れの英雄にされ、困惑するマンドリカルドをお構いなしでヘクトールは背負い続ける。
 温かいヘクトールの背中と色々な疲れのせいか睡魔が襲い、マンドリカルドはうとうとと夢心地になるがトントンと背中を叩かれ起こされる。
「ここで寝るのは勘弁してくれ、随分と肝が強いというか……
 神域で寝れば魂は吸い取られる、そう説明しようとしたヘクトールだがまだ子どもにこの婚礼の意味を伝えるのは早いと、あやすように揺する。
 本当は何かを発するのもまだ幼い子どもには危険だが、結界ならあるからとヘクトールはマンドリカルドを寝かさないために、話しかけた。
「名前は聞いた、マンドリカルドだろ、あとはお前さんのことオジサンに教えてくれ」
「っ……別に語る事なんて、俺なんてどうせつまらない」
「つまらないかどうかはオジサンが決めることだ、泣いてココに来たってことは友だちと喧嘩でもしたか」
「友だちなんていませんよ、さっきまでいたのはなんだろう」
「なんだろうって、もう少し聞かせて、」
「大英雄に聞かせる話じゃない、それよりもヘクトール様の話が聞きたい」
「オジサン、マンドリカルドのこと教えてほしいって云ったよね、話はその後だ」
「う……ぇ、と、」
 赤子のようなうなり声を出しながらマンドリカルドは、ヘクトールに先ほどの失態を話した。
「斑類あるあるだな」
「あるあるなんっすか、」
「失敗して挫折して、それで腐る馬鹿もいればめげずに頑張るヤツもいるお前さんはどっちだ、」
「頑張る……
「そうすればなんだろうってヤツじゃない奴に会えるさ、どうする」
「なんだろうじゃないヤツ、ともだち……
「そうそれ、分かってるなら大丈夫だな、」
 マント越しに伝わる手の温もりがお前なら頑張れると云ってくれているようでマンドリカルドは思わずぎゅっとヘクトールの服にしがみ付いた。
「ヘクトール様、」
「ん、どうした?」
「俺、貴方に会えて光栄でした、夢かもしれねぇけど、嬉しいっす」
「いやいや、夢って今までオジサンと話していたよね、」
「だってこんな大英雄とお喋り機会ってそんな都合の良い話、この温もりだってきっとシーツか何かで」
「なんでそんな斜め上の想像するかな、匂い消してるからな……
「では、この景色を見せるというのは、そうすれば少年も信じるでしょう」
「ん~あれ子どもに見せるのはね、」
「男は刀や槍が好きだろ、坊主、面白いモノが見れるぞ」
 いつの間にかまたそばに居たイスカンダル達に声をかけられたマンドリカルドは、手どろこか顔もヘクトールの逞しい背中に押しつけた。
「すっかり懐かれたの、」
「マンドリカルド」
「っす……教会、やっぱり結婚式だったんだ」
 ヘクトールの背中から降ろされたマンドリカルドはしがみ付きながらその景色を見た。
 浄玻璃がいくつか飾られた絢爛豪華な教会には、祝福をする者がずらりと椅子に座って花嫁達を見守っている。
「これでもまだ夢だと、」
「よく分かンぬぇーすけど、どの結婚式よりも豪快で、俺の想像力じゃ生み出せない産物ですね」
 結婚式に呼ばれたことはあるが男のマンドリカルドには興味がなく、祝福よりも打算で満たされる退屈な時間よりも料理や余興の方が印象に残っている。
 そんな記憶の片隅にある式場よりもこの教会は眩く、そして偽りのない愛を語る場所に見えた。
「男の子だね~」
 わしわしと頭を撫でられたマンドリカルドは、再びマントに仕舞われた。
「ここからは大人になってから、」
「わっ、」
 口づけでもするのだろうか。それくらいは知っていると云いたかったが云える雰囲気ではない。
 先ほどまで明るく振る舞っていたヘクトールが違う空気を纏うので、マンドリカルドは魂現しないように必死に耐えた。

「終わったよ、お疲れさん」
「ここ……さっきの会場、」
 見慣れた景色に戻ったがマンドリカルドはそれよりも眠くて仕方がない。
「ここを拠点にしていたがどうやら境目が出来ていたようで、そこにお前さんが落ちたようだ」
「ん……
「長話はこの子のために良くない、疲労が限界のようです、ベッドに運んだ方が良いですね」
「それにメシもな、腹が減る、なんだ情でも湧いたか」
 このままでは床に落ちると思ったのかマンドリカルドを抱えたヘクトールを見てイスカンダルが笑う。
「いや、同じ翼主だからかな、」
 気づけばマンドリカルドは医務室で寝かされており、おそらくイスカンダルの番である眉間に皺が刻み込まれた紳士から渡されたモノがあると云われ、それを受け取るとまた枕に頭を預けたのだった。

「そして頂いたのがこの写真とサイン!」
 興奮する声とは裏腹に写真は丁寧に机に置かれる。
 そこにはあどけなさが残るマンドリカルドを今とそれほど変わらないヘクトールが抱きかかえている姿が収められていた。
「夢だけど夢じゃなかったってヤツ?」
「おー! 良かったな」
「っす、コンプライアンスに問題と云われても俺にとっては宝物なので、肌身離さず持ってる、あ、やっぱり格好いい~」
「ファンとしては宝物だよね、」
「そうっす、他のサインも全部貴重で尊いモノですが見てください、この顔……
出会った当初と今はここが違うとマンドリカルドにしか分からない解説を受けながら、藤丸と森は微笑ましいなとマンドリカルドを眺めた。
「でも結婚式のキスを隠すなんてオジサン、よっぽどマンドリカルドが可愛かったんだろうな」
「それは違うぜ、殿様。婚礼だろ、どうせ……
「ン……茶が旨い、」
 普段から友人の話を聞いているマンドリカルドには珍しく、湯呑みに口を付けていた。
「うん、間違いない、あの人そういう所ある」
「だろ……見た感じ、丁寧に暗示を掛けられているから確定だぜ」
 斑類の婚礼は男役――嗜みのある女子からが攻めと呼ばれる立場が、成人を迎え一振りの武具を手に取り、それが成人の扱いとなる。
 唯一無二の己の半身とも呼ぶ刀類を番の胎へ収めることはすなわち、番を一生掛けて守り、愛することを誓うということだ。
 現でやれば番の命はないが、神域であればそれが可能だ。
 ただしどちらかに疚しいことがあれば刀は罪人を裁くと云われている。
 欧州では九偉人、日本では織田に武田、長尾などが双方の後見になる上に、そもそも猿人もやる結婚ではなく婚礼まで進む番が他に目移りすることも、されることもない。
 ようは「後ろにいるの誰か分かってるよな」という脅しである森は語る。
「マンドリカルドなら喜んで迎え入れそうだけど」
「まぁオッサンにも考えがあるんだろ、殿様も暢気なこと云ってるがやるんだぜ」
「ええ……

「それじゃ次は森、」
 俺はやるぜと余裕顔の森にマンドリカルドが話を振るが、この状況で接触を制限されている森の番の話に流れるのは少々勇気がいる。
 なにせ森の見た目と同じように重いのである。
「まだ聞きたいな、マイフレンドの話」
 マンドリカルドには悪いがもう少し話を聞きたいと、藤丸がマンドリカルドに強請った。
「ええ、出逢いならもう話しましたけど」
「いやもっとあるでしょ、オジサンのエピソード、俺聞きたいな」
「ン、じゃあ、ヘクトール様が俺を迎えに来てくれた話を」
 藤丸に頼まれたマンドリカルドは、出逢いから二年経ったあの日のことを語った。
 それは父の葬儀が終わってしばらく経ってからの事だった。
 マンドリカルドの実家はかつて国を率いてきた一族、一般的に王族と呼ばれているが、政治に関わることは少ない。
 マンドリカルドの父はその一族の当主であった。
 そんな父が亡くなれば、当然利権争いが勃発する
 順当を考えるならば、父の跡を継いでマンドリカルドが当主になるべきだがまだ十三歳と幼い。
 今世の王族の仕事と云えば、国の安寧を願い、土地と財産を転がしながら一族を養っていくことだ。
 煩い親族にとって大事なのは前者よりも後者。
 有り余る財産を手に入れようと虎視眈々と当主を狙うか、後見を狙ってくる地を這う獣ばかりで反吐が出た。
 自由になりたい、けれど「国」というモノがある以上マンドリカルドに自由はない。
 それを教えるかのように縁談という名の種付けを持ちかけられた。
 もしこの時、相手の素性を教えられていればマンドリカルドは逃げ出さずに済んだのだが、ただお飾りの王に話す必要はないと、国伝統の正装こそしているが相手を待つ部屋は寝室で丁寧に鍵まで掛けられた。
 十三歳という年齢は父親にはなれないが母親にはなれる。
 斑類は減少の一途を辿っている。それを打破するために男であっても妊娠できるための蟲がある。
 不浄の穴から蟲を入れて半日も経てば、仮初めの子宮が出来る。
 家臣達はそれをやりたいと思ったのだろうが、子どもとはいえマンドリカルドは翼主である。
 出来ないと踏んだのかこうして部屋に監禁し、最新の懐蟲入りのスキンが並べられるだけで済んだが、冗談ではない。

 あの日、ヘクトールに出会った日に挫折をしてプライドは折れたがそれでも持ち直した。
 見ず知らずの人間に手込めになるなどごめんだとマンドリカルドは扉からではなく、窓から王宮を飛び出した。
 なぜ外にも警備を置かずにいたのか、爪が甘いとヘクトールに散々に小言浴びせられた後、出奔した親族の顔をマンドリカルドは思い出せずにいた。

 兎に角翼を広げて外に出れば、マンドリカルドは自由の身ではあるがそれはすなわち庇護からも離れたことになる。
 広い草原の中、食事も水も温もりも全て自分で用意しなければならないが、幸いに湖を見つけて、ついでに寝床となる樹木を見つけたマンドリカルドは羽を休めた。
 これが重種の猫又や犬神人であれば肉がない環境で、飢えで苦しむだろうが、翼主はその性質上、木の実だけでも数日は持つ。
「ここをキャンプ地とする」という言葉通り、口に出来る食料を見つけると快適とまではいかないが、野宿する空間が出来たマンドリカルドは飛んできた空を眺め、この先のことを考えた。
 このままマンドリカルドが鳥か放浪者として生きた場合、次の正統な後継者は弟妹である。
 流石にマンドリカルドよりも幼い子どもに種付けはしないだろう。
 そもそも相手は自分に欲情できたのだろうかと、人目がないこと良いことにマンドリカルドは湖に浸かる。
 東洋的な匂いも纏わせる瑞々しくも溌剌とした肌に、騎馬民族特有のスラリとした筋肉質の脚が、少年時代の一瞬しか見せない中立的な腰回りと合わさるとなんとも蠱惑的にも映る。
 肌に溶けるような乳嘴は跳ねる水の粒と同じくらい小さいと、後日、藤丸以外でマンドリカルドの話を聞いた嗜みのある作家は、ヘクトールとマンドリカルドを二次創作した同人誌でそのように描いた。

 顔はと水面に映る自分の顔を覗き込もうとすれば、風が舞い、水面が騒がしくなる。
 どうしたのだろうとマンドリカルドが空を見上げればそこには猛禽類がおり、今にも襲いかかりそうな勢いでマンドリカルドに近づいてきた。
「く、喰われる」
 人と鳥なら人の方が勝てそうだが、至近距離外からでも分かる大きな猛禽類と全裸で戦えるほどマンドリカルドは強くない。
 飛んで逃げようにも速さでも追いつけないとマンドリカルドが困り果てながらも木の枝を握ると、ピタリと猛禽類は近くの脇枝に留まった。
「ふ、ふぇ……、」
 止まればそれがようやく「鷲」 だと分かったマンドリカルドだが、鷲は咥えていた木の枝で何かを指す。
「あっ、服……賢い……いや、もしかして、」
 指した方向へ向かえば包みが落ちており、中にはマンドリカルドにぴったりな服が畳まれていた。
 斑類にとって魂現を見せるのは裸を見せるのと同等である。
 だからこそ幼い頃から、訓練を受けて表に出さないようにしている。
 斑類同士であれば、相手がどんな斑類かを覗くことが出来るがやはり裸と同等なので、そんなはしたないことはしない。
 覗かれるくらいなら、よりよいパートナーを探すために属性を公表することはあるが、魂元までは教えることは少ない。
 いそいそと物陰で人型にもどったマンドリカルドは白地に茶色の柄が入ったパーカーに袖を通す。
 魂現は動物の魂と人間の肉体が入れ替わるだけなので、本来裸になることはない。
 着せられた正装も売れば大金になり、逃亡資金になっただろうが足がつく。
 なにより花嫁衣装というのがマンドリカルドは気に入らなかった。

「家出少年、云いたいことは、いや、オジサンの後見がイヤならはっきり云ってくれれば」
 着替えが終わり、気まずそうにマンドリカルドが物陰から出てくればヘクトールが仁王立ちしていた。
「っす、ヘクトール様なんでここに、いやなんか迷惑掛けたみたいで面目ねぇっす……後見??」
 後見とは何かとマンドリカルドが困り顔を一通り披露した後、固まればヘクトールは同じように固まったあと、大きく武骨な手で顔を塞いで大きくため息をついた。
「どこまで聞かされている、」
「えっと後見になる斑類がいると云われて、閉じ込められて……で、でも俺、」
 ブリーリングの相手がヘクトールであれば逃げなかったと口にしようとしたが、以前に会ったときよりも低い声色のせいかマンドリカルドはその言葉を云えずにいた。
「後見にはなるよ、ただお前さんが考えているようなヤツじゃない。まず誤解を正そう」
 仕切り直しだと包んでいた布をマンドリカルドに投げ渡すと、岩場に座らせた。
「えっとつまり学園に入る間の保護者的な立場になって頂けると」
「そう、あの学校、何も後ろ盾がないと喰われるから」
 後ろ盾なら既に王族という身分があるからいいのではと思ったが、どうやらそれだけでは魑魅魍魎の斑類がいる学園では生き残れないらしい。
「虐めっすか、カツアゲとかパシリ……
 かつて自分も傍若無人に振る舞っていたから分かると首を数回縦に振れば、またしてもヘクトールはため息をついた。
「違う……説明して理解はしてくれそうだけど、どうしようか」
 その時ヘクトールにしては珍しく言葉よりも態度で分からせた方が良いなどと思考が巡ったのは二人が番だっただからなのだろう。
「ひゃっ、ぁ……あ、ン、ぁ、やっ、」
 教師のようにマンドリカルドの前に立っていたヘクトールが突然屈むとマンドリカルドの耳朶を食んだ。
 チリチリと頬に当たる髭が擽ったいと思ったのは一瞬でヘクトールの体温に触れる度に、耳の奥がキーンと鳴り、それがさざ波のように押しては返すを繰り返す。
「ゃ……ん、ぁ……ぃ、あ」
 じゅくりとイヤラシい唾液の音と吐息が耳から脳へ送られ、マンドリカルドの背中と頭を溶かしていく。
 何がどうなっているのか頭を回転させようにも、蕩けきった脳は何も考えられない
可笑しいと思うよりも耳よりも柔らかい箇所を食んでほしいと自然と唇が開き、唾液が伝う。
 噛んで、満たして、支配して、××して。
 今まで感じたことのない感情がマンドリカルドの躯を駆け巡る。
「ぁ、ふ…………く、へくとーるさま、の匂い」
 煙草の苦い香りに混じった甘い匂いを吸い込めば、マンドリカルドの芯が砕ける。
 嗅いではいけないという恐怖心のない幼子は鼻をヒクつかせ、嗅ぐがヘクトールはそれを遮った。
「こういうこと……マンドリカルド、深呼吸、」
 ヘクトールはマンドリカルドの鼻をツンと叩くと靴一つ分距離を置いた。
「あ、あ……? 俺、俺……
 自発的な呼吸は難しいとヘクトールに暗示を掛けられたマンドリカルドは息を吸い込む。簡易的な暗示は呼吸をするごとに解かれていく。
「フェロモン……解いてくださった、」
 そうして正常となったマンドリカルドが答えを導き出せば、ヘクトールはマンドリカルドの頭を撫でた。
「分かったか、」
斑類のフェロモンは弱者を誘発し支配下に組み敷くことが出来る。
 重種はそれが特に強い、運悪くそれに掛かれば洗脳されて一生服従という場合もある。
「はい……
 殴る蹴るの暴力であれば痛みだけで済むが、性行為はその先がある。
 孕むことも孕ますことも出来る斑類にとって弱さは致命的だ。
 その恐ろしさを教えてくれたのだと、マンドリカルドはヘクトールの顔を見て微笑んだ。
「あ、ありがとうございます、その……教えてくれて、」
「お前さん……どういたしましてって言っていいのか……
 性的な目で見られる恐怖心は教えられたからいいのかと唇を食んでいれば、マンドリカルドの視線がまだヘクトールに向いていた。
「何、どうした、」
「あ……いえ、なんでもないっす」
「さてマンドリカルド、お前さんには罰を受けてもらわないとな」
「罰……尻叩きでも何でも甘んじて受けるっす」
「なんで暴力的な方向に行くかね」
 お前さん家庭教師に何かされてないと心配されたマンドリカルドだが、何もされてはいない。
 今日みたいに長距離の逃亡ではないが、冒険心から家を飛び出した下町で親子のケジメはゲンコツか尻叩きで解決していた。
 その後、父親は息子を優しく抱擁し頭を撫でてくれたが、そこまでして貰える義理はない。
「そんな事はしない、痛くもないしお前さんに負担はかけない、オジサンの目をよく見て……
……綺麗な翠色っすね、」
「静かに……
 云われた通りヘクトールの瞳を見つめたマンドリカルドだが、なんだがむず痒くなる。
 落ち着きがなく太股を揺すっていたがある瞬間、ヘクトールがマンドリカルドの核に入り込むと動きが止まった。
「追跡」
 低い声で囁かれた瞬間、じわっと擦っていた太股が湿った。
「トラッキング?」
「お前さんがどこにいるか把握できるようにね、今日みたいに勝手に逃げられると困るから」
「うっ……
「別に縛るわけじゃない、オジサンの目の届くところにいれば探しやすいだろ」
 今日みたいに飛んで探すのは勘弁なとヘクトールがマンドリカルドの隣に座り、髪を梳くように撫でた。
「まぁ全裸で飛んでるようなもんですからね……
 魂現しているだけとはいえ御身を脱がせた罪は重い。
 マンドリカルドの国より東の国では土下座という習慣があると聞いたので、頭を下げようとしたがヘクトールはおいおいと首を振った。
「翼主ってのはよほどのことがないと魂現できないのお前さんも知ってるだろ」
「その……自分の意志で魂現したのコレが初めてで」
 斑類の子どもは属性にもよるがおおよそ三歳までは動物の躯で成長する。
 ある時ふと、人の顔なり尻尾や耳が取れていく。
 マンドリカルドには妹弟がいるが、彼らの乳母に抱かれて初めて顔を合わせたときには既に人型だった。
「あ~なるほど」
 羽が時々背中を突き抜けることがあっても、今日みたく完全な鳥になったことはない。
「っす、」
「兎に角だ、飛べない以上は無理しない事」
 オジサンが見張ってるからねと今度は強く頭を撫でられたマンドリカルドは、申し訳ない気持ちと撫でられる幸福で満たされた。

「はッ……よほどのことがない限り飛べないということは、帰りは……
「おっ気づいたか、」
「本当に申し訳ねぇっす……
 湖と食料を見つけて安堵したがヘクトールが迎えに来てくれたのだから、家に戻らなければならない。
 文字通り全裸で来たマンドリカルドは通信機器を持ってない。
 ヘクトールはと訊ねようと視線を向ければ、手をあげて首を振られた。
「お、俺、もう一回飛んでここにヘクトール様がいるって報せてくるっす、いやでもここでお一人は……
「だろ、丸腰の野宿ってのはそんだけ危険なんだ、」
……家でも似たようなことしていたので、俺だけなら問題ねぇです」
 騎馬民族の誇り遊牧民の伝統を守るため、屋敷はあったが敷地内や領内で野営をし、狩猟をしながら生活することもあった。
「そうだった……その後は、」
「えっ……
「流石にロビンソン・クルーソーという訳にはいかないだろ」
……流離いの冒険者ってのもありかなと」
「極端すぎない……今は、」
「無茶はしません……それに学校に行ってその……友達……
「覚えていたか、よし、覚えていたマンドリカルドに特別にオジサンがご褒美を上げよう、」
 ヘクトールはニッと笑うと、一瞬で槍を握っていた。
「標的確認、方位角固定! 不毀の極槍! 吹き飛びな!!」
 ヘクトールの槍が空で弧を描くとマンドリカルドは丸腰なのに何故槍が出てきたかという疑問よりも先に、
「生デュランダル!」
 悲鳴にも近い甲高い歓喜の声を上げた。
「お前さん、好きだね」
「人類と俺が尊敬するヘクトール様のデュランダルが間近で見られるなんて、ありがてぇことです」
「そうか、さてあとは航海術や計算の得意なヤツが探しに来るだろうから、それまでゆっくりしてよう……オジサンの話を聞く?」
「覚えていてくださったんですね、あ……ぇ」
「遠慮しなさんな、どの話から聞きたい」
 どの逸話も聞きたいがやはり始まりから聞きたいとマンドリカルドが声に出せば、長くなるぞと云うがどんなに長くとも構わないと襟を正して座って待てば、笑われた。

「先生、このが黒髭、迎えに来ましたぞ、」
「よりにもよって……
二人を迎えに来たのは黒髭が特徴的な厳つい男だった。
 碧い背広にそれより薄い色のシャツを着た男は黒髭と名乗るとマンドリカルドをまじまじと見た。
「デュッフッフ……! ガチガチに鍵していかにも宝物ってアピールして~けど拙者、青臭いガキは対象外でして」
「何云ってるんだ?」
 黒髭のにやついた笑みに答えられないマンドリカルドに代わりにヘクトールが首を傾げた。
「惚けちゃって、こんな丸わかりの施錠して。いや~拙者で良かったですぞ、他のヤツなら冬の新刊間違いなし、」
……!」
「おうおう、やるのかおちびちゃん、猫を被らないだけマシってことか」
 自分でも気づかぬうちに「施錠」をしていたことを初対面、それも悪戯に喧嘩を売るような言い方をする黒髭に悟られたマンドリカルドは、木の枝を握って戦おうとしたが、ぺっぺとそっぽを向いた。
「あ~何、施錠しちゃった、」
「っ……
「先生、そいつは野暮ってもんですぜ、こんな先生好き好きフェロモンムンムンさせておいて」
「接触事故だろ、解いてやるから」
「解かなくていいっす、このまま……
 マンドリカルドが胸の部分の布を掴みながら首を振る。
「解かないたってね」
 垂れがちな眉を更に下にしたヘクトールに黒髭がバンバンと背中を叩く。
「くっ……痛ぇな、おい、」
「同意ですし良いんじゃないでちか~坊ちゃん達の通う学校なら尚更、アピールにもなりますし」
 斑類の施錠には三通りある。
 一つは惚れた相手の心を施錠し、他者に心を寄せ付けない。
 これは同意がなければ犯罪な上、さらに上位の洗脳に書き換えられることもある危険もある。
 それ以外は、重種のフェロモンに当てられた事により弱者が無意識に心を施錠する。
 ヘクトールは恐らく勘違いしているが、マンドリカルドは自らの意志でヘクトール以外に心を差し出さない、彼以外いらないという重い愛で芽生えた恋心が開花するまで泥濘へ莟を閉じ込めているのだ。
 こくこくとマンドリカルドが頷けば、黒髭は何かを閃いたのかわざと悪役面をして、マンドリカルドに近づく。
「その心奪われたくなきゃ、死ぬ気で守りな、あと学生街の軽食屋の主には気をつけるんだな」
「あすこの店主はお前さんの腐れ縁だろ」
「一緒にしないでください、拙者は奪いませんがう~んもう少し髪を伸ばしたらイケるんじゃないですかね、今でもなかなかよさそうだと」
 何を言っているのかとマンドリカルドが困惑していると、今度はヘクトールの顔が近づいてきた。
「今解くと一緒に追跡も取れそうだしな……心をどうにかするなんて俺は好かないんだけどな」
 声色に残るため息すらマンドリカルドには心の毒でまた泥濘に沈んで、養分となった。
「あ、あの解けと云われたら、でもその俺、」
「分かった、まぁ学園に行けば自然に溶けるか」
 可愛い斑類でも見つけたらこんなオッサンのこと忘れるよな、ごめんねと謝るヘクトールに黒髭はわざと女性の声真似を顎に手を置き可愛い子ぶる。
「ヒドい男、サイテー、マンドリカルド君泣いちゃう~、」
 戻ってきたのか、それとも自由に操れるのかヘクトールはその顎に槍の穂先を突きつけた。
「な、泣かねぇ~す」
「ん~威勢が良いね、いっそ焦らしてムスターファにでもしてやりな、それとももう枯れ、」
「オジサンまだ現役なんだけど」
「現役だってエッチ~!マンドリカルド君、男は狼なのよ気をつけなさい」
 最後は唄うように喋った黒髭だかこれ以上は馬に蹴られそうだと、二人をジープ型の車に乗せると、草原を駆け巡り、二人を送り届けると手に入れた軍資金で歓楽街へと飛び出していった。
「今度会ったら……さて、仕事はきっちりやりますよ」
「っす……え、えっと」
「重くなったな~」
 そう言いながらマンドリカルドを抱えたヘクトールは当主の帰還よりも客人の安否を心配する広間へ入るなり、思う存分その知性を発揮した。

「と言うわけでヘクトール様が俺の後見になってくれて……
「だからクリスマス前にやってきたのか、なぁ次は俺も呼んでくれよ、返り忠はぶっ殺してぇから」
 施錠のことは恥ずかしくて省いたが、ヘクトールが政治家としての能力を存分に発揮した姿はここぞとばかりに熱弁したのに、藤丸はたまに軽食屋に来る親切な人に山盛りのマッシュポテトを盛られたときの顔、森は逆に満面の笑みを浮かべている。
 遅れて学校に入ったせいで輪の中に入れずぼっち確定かと思っていたマンドリカルドだが、なんだかんだで森とカイニスとつるむように「不良組」と呼ばれ、編入してきた藤丸ともこうして楽しく会話が出来る。
 ヘクトールと最初に出会ったときの「友達」はいつの間にかそこにいた。
「そんなヤワな体制をヘクトール様が作るわけない、あの人はだな、」
「落ち着いてマンドリカルド、でも、後見っていうのもう無理がない」
「そうっすよね、なんかしっくりくる敬称をいや俺が付けていいのか」
「殿様、恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がすってヤツだ」
「森君、都々逸好きなの」
「いや、あいつが最近ハマってるらしいから会ったときに話せるようにな」
「へぇ~遠距離恋愛も大変だね、ねぇ」
「っす、でも森の場合は特殊じゃないっすか」
 君もだよと藤丸は渾身のツッコミをしたかったがそれこそ人の恋路をと云うやつだ。
 既にやぶ蛇ではあるがあくまで出逢いを聞いただけに過ぎない。
 何せ休暇の度にお互いの実家で通っているし、親族とも顔見知りになっている。
「そういえばこの間のクリスマスはどうだったの、」
「クリスマス、あっ今回はヘクトール様の実家に呼ばれて楽しかったっす」
「そういえばオジサンの家のクリスマスってどんな感じ?」
 家というか宮殿であるがその辺は気にせず藤丸は口にした。
「そんなに変わらないっすよ、ご馳走が出てきてダンスして、参加できない小さい子どもはおもちゃやお菓子が貰えて、芝居をみて過ごす」
「相変わらず、物語の世界……
十五年間日本で過ごしてきた藤丸にとってダンスといえばフォークダンス、ご馳走も年にスーツを着てディナーに行き、親からプレゼントを貰うか、友達とフライドチキンを食べながらゲームをするそんなありふれた庶民だった。
 それが学園に着てからは親が用意したスーツよりも数倍は高い燕尾服を着て、学園のダンスホールでマシュと踊ることになったのだから驚きだ。
「うちもそんな感じ、そこから正月までずっと大殿が酔っ払ってる、」
「森君は飲んでないよね」
「未成年だし、酔っ払いを始末しないといけねぇからな、酔って槍やら刀振り回すヤツもいるから命がけだぜ、」
 不良組と呼ばれていても酒も煙草も吸わない品行方正が不良組の売りである。
「う~ん相変わらずぐだぐだだな、その前は確か、オジサンが来たんだっけ」
「まぁ……流石に当日は無理みたいで十二夜の後でしたけどプレゼントは届けてくれたので、まじ感謝っす」
 二人とも親族付き合いや横の繋がりで毎年クリスマスに会えるとは限らない。
「そして貰ったのがデュランダルDX」
「そう……あっ良かったら見ます、」
「いや……今日は遅いし、また今度ね」
 を強請ったわけではない。
 毎年、プレゼントに何が欲しいと云われ、「サインを一枚」と欲張るマンドリカルドに欲がないと他にも色々と贈ってくれるヘクトールだったが、その時はデュランダルのレプリカが届けられた。
 恐らく、夏休みにヘクトールの弟、パリスと遊んだのがきっかけだろう。
 滅多に帰らない実家に置いていくより手元に置いておきたいと、マンドリカルドが休み明けに部屋に飾っても藤丸は何も云わず、その後のヘクトール談義もずっと聞いていた。
「そういえば、その年はもう一つプレゼント貰って、」
 十二夜が終われば、冬休みも残り僅かとなる。
 これだけは直接渡したいからとヘクトールの手から渡されたのは一本のネクタイと縦と剣の胸飾りだった。
「来年は正餐会に参加できる歳だろ」
 上流階級の社交入りは、猿人に合わせて十八歳。
 だいたいの学生が卒業前のクリスマスにデビューする。
 それまでは大人しく乳母や監督者と一緒に大人しく子ども部屋で過ごすが、十八歳になれば一気に世界が広がる。
 とはいえマンドリカルドは当主なので、自国では挨拶をした後、妹と最初のダンスだけは踊っていた。
「ありがとうございます、大切にします」
「うん、まぁいいけど、それで、来年はそれを付けてウチの正餐会に来てくれる」
 お披露目がしたいと云われたマンドリカルドは、一瞬考えたあと、思いっきり首を縦に振った。
 後見として保護しているマンドリカルドを紹介したいのだろう。
 そう考えるマンドリカルドにヘクトールは分かっているのかという表情でマンドリカルドの頭を撫でた。

……みたいだぜ、」
「いつのまに泰山解説祭を会得したの」
「殿様には聞こえてねぇの、まぁオレのそこまでは聞こえてぇから、コイツが特別耳がいいんだろ」
 ノックがしたので、藤丸が扉を開ければ監督生の金時が鉞を持って立っていた。
 消灯の見回りをした帰りに端向かいの部屋から声が聞こえた金時は、耳を澄まさなくとも聞ける恋の話題に思わず扉を開けてしまった。
「重種には聞こえる言葉だっけ、あんまり人の心を覗きたくないんだよね」
 重種には猿人は勿論、軽種にも聞き取れない言葉を使いこなすことが出来る。
 マンドリカルドは本人も気づかぬうちにその言葉で藤丸達には秘密にしているヘクトールへの思いを語っていたのだと云う。
「覗くというか独り言葉みたいなもんだし、まぁ友達だし黙っていてやった」
「俺もマブダチだからな、恥ずかしいから開けるか迷ったけど先生に聞かれたら不味いだろ、」
……あっ消灯時間っすか」
 金時の存在に気づいたマンドリカルドが惚けた顔を戻そうとするが赤らんだ顔は戻らない。
「まぁ、部屋にいれば問題はない」
「っす、けど、話は」
「去年のクリスマスの話、ネクタイを貰ってそれからどうした」
「俺は別の部屋で……
 恋愛話は苦手だと退出する金時だが帰る機会を逃した。
「あれ俺その話した?とにかくあの時は……

マンドリカルドはどこから話そうかと話の切口を探したがどれもまともに話せる内容はない。
……聞かないとダメ、流石にあの状況の本人目の前だと」
「乗りかかった船? というかオレ達が止めたら自滅しねぇか、」
「あ~でも、そっと見守るだけにしようね」
 藤丸達は顔を赤く染めながら思い出に酔う、マンドリカルドの独り言葉を聞いた。

 ヘクトールの挨拶を間近で聞くことができたマンドリカルドは浮かれていた。
 特に親しい身内には「可愛い後輩」などと云われ、恐れ多いと思いながらもそばに居られることを感謝した。
 だがふわふわした気持ちは長くは続かず、今はいつまでも壁の花でいるのもかえって目立つとバルコニーで星を眺めていた。
 学園の舞踏会は、パートナーは妹で決められた踊りの時間が過ぎれば、下級生の彼女は就寝時間だと部屋に戻る。
 その後はテーブルに並べられた軽食を口にながら、友人達と藤丸とマシュの踊りを微笑ましく眺めるのがマンドリカルドのパーティーでの楽しみ方だった。
 学園内の舞踏会も欲を孕んだ駆け引きは見られたが、この式場はそれが露骨だ。
『ミルフォリオ』と呼ばれる親公認の親睦会、もとい相手構わずセックスに持ち込む会よりは露骨ではないが、ヘクトールとお近づきになりたいとデビュータントを武器に踊ろうとする令嬢がうじゃうじゃいる
 それこそ獲物を狙うハイエナ、ずる賢い狐、ぬろりとした蛇を纏わせながら親や親族を巻き込んでヘクトールと甘い一時を過ごす。
「いいな……
 お手を取ってなどと自分から誘う傲慢さはもうマンドリカルドにはない。
 けれど離れて卑屈になる心はある。
 抜け出してパリスのいる子ども部屋に行けば、匿ってくれるだろうかと考えていれば、
「寒くない? タタールよりは気温差がないとはいえクリスマスの夜は冷えるぜ」
「はわ……
 ヘクトールの正装姿にマンドリカルドは腰を抜かしそうになる。
 正面の姿は「メリークリスマス」と挨拶された最初だけ。
 そこでも眩い姿に思わず目眩がしたがパリスや見知った相手がいたのでどうにか恥を掻かずに済んだ。
 あとはひたすら横でどこを眺めても完璧な姿に視線を回しながら耐えていたが、今はその姿を間近で見ている。
 黒い燕尾服はヘクトールの男らしい腰回りを強調し、ウェストコートとシャツだけでは、仕上がらない胸板の太さをまじまじと眺めたマンドリカルドは「尊い」と小声で呟く軽食屋の店主の気持ちを初めて理解した。
 どこに目線を合わせようかと、目をあちらこちらに動かすが、仔羊の柔らかな手袋は夜空の下でも艶めいており、太く逞しい首元の蝶ネクタイは刺激的すぎるとあわてふためくマンドリカルドにとどめを刺すように、ヘクトールがオペラクロークをマンドリカルドの肩にかけた。
「きょ、今日は正装なんですね」
 この言い方ではいつもがだらしないと云っているように聞こえたかもとマンドリカルドが、はっ口を塞ごうとすればヘクトールが笑った。
「今年はマンドリカルドのデビューだからね、オジサン張り切っちゃったんですよ、引いた?」
 タキシードじゃ格好が付かないと、茶化すような態度を取るヘクトールにマンドリカルドは口を塞ぐ代わりに、手を合わせた。
「い、いえ、ありがとうございます、」
「お前さんも似合ってるよ、ネクタイ絞めてきてくれたんだ」
 青地のスーツはヘクトールの家に呼ばれるのならばと、学生街で制服以外にも様々な衣装を手がけてくれる洋服屋が仕立ててくれたスーツだ。
「も、勿論、俺がヘクトール様から頂いた物身につけないわけがないので」
「そう、良かった、」
「っす、」
 言葉が続かない。視線は相変わらずせわしく動いたままで、目が回りそうだが光り輝く姿で溶けるよりはマシだとマンドリカルドが思っていれば、ヘクトールは給仕を見つけ飲み物を取りに行った。
「マントで寒さは防げるだろうが冷えてるだろ……アルコールは飛ばしてあるようだから飲めるだろ、」
 香辛料の匂いが鼻を擽るホットワインを二つ持ったヘクトールがマンドリカルドに訊ねる。
「ありがとうございます」
 十八歳で社交界入りしても、成人ではない。
 なんとも中途半端だなと口を窄めながらマンドリカルドはホットワインを味わう。
 ヘクトールは忘れているだろうが学生街には、蛟のためにアルコールを提供する店もある。
 不良組と呼ばれても、マンドリカルド達は酒と煙草は成人してからと変なところで真面目なので通ってない。
 学園の少し早いクリスマスパーティーでは、酒精を抜いたエッグノックやバタービールが振る舞われる。
「温まる」……
 ヘクトールの姿で浮かれ身体は火照っていたが、指先などは冷えていたことを感じたマンドリカルドは小さく呟いた。
 騎馬民族にとって保存料は欠かせない存在だ、生まれたときから口にしているので馴染みのある香辛料の香りは嗅ぎ分けられる、
グローブ、シナモン、スターアニスの香辛料に混じり、柑橘類の甘酸っぱい香りと味が口に広がる。
「ヘクトール様の家はバニラが強い……
家というよりは厨房を預かるコックの味なのだろうが美味しいと口に出そうとしたが、その声は白い吐息に変わった。
 同じようにワインを飲んでいたヘクトールに視線を向ければ、不敵な笑みを浮かべていた。「バニラなんて入ってないはずだけどな」
 耳元を擽るような声を吐き出しマンドリカルドを揶揄うヘクトールだが、その目は雄めいていた。
 それもそのはず、赤いワインが喉に流れる度に上下に動く様がヤケに官能的で思わずその喉にかぶりつきたくなったのを理性を総動員して抑えた込んだ。
 その分声色や態度に欲情が孕んだのだ。
「あっ……
 だったらこの甘い香りはなんだとマンドリカルドが声を出そうとしても唇が震えるだけだ。
「マンドリカルド、」
 その声は反則だ。
 鍵を閉めて守っていた花が一気に咲き誇るようにマンドリカルドの躯に蘭を纏わせる。
 この人に包まれたい、ヘクトールがほしい、どこもかしこも出来たてのホットワインを流し込まれるように熱くなる。
 斑類は一目惚れをすると蘭の匂いを同時に放つ。
 この人は雄で自分は雌だと分かってしまえばこの匂いが酷く甘美に感じた。
「もしお前が俺と番うというなら手を取ってくれ、」
 恭しく傅くようにお辞儀をしたヘクトールだがその顔は選ばれることを理解している雄の顔だ。
 手を取りたい、取って彼の番だと証明したいのにマンドリカルドの足はほんの数歩の歩みすら、生まれたての子馬のようにおぼつかない。
 一歩、二歩、三歩すべて自分の足でヘクトールの元へ入り込んだマンドリカルドをヘクトールは包み込んだ。
「踊るぞ、」
「は、はい、」
 ヘクトールに導かれるままマンドリカルドが歩けば、シャンデリア輝く広間へ連れ込まれた。
 丁度、曲が終わったのか静寂に包まれた広間の中でヘクトールとマンドリカルドの姿は目立つ。
 斑類では同性で番うことは珍しくない。
 後見として踊ると思われればそれまでだと、ぽやぽやした気持ちの中でもマンドリカルドが後ろ向きな考えを思い巡らせていれば、ヘクトールがマンドリカルドの腰を握った。
「俺だけを見て、」
「ひゃ、い……!」
 ダメだ格好良すぎるとまた拝みたくともマンドリカルドの手はヘクトールががっちりと握っている。
「おっ始まった、」
 パートナーを誘う時間が終われば、指揮者が再び壇上に立ち指揮棒を振るう。
 さすがヘクトールが招いた音楽隊だけあり、指揮者も希代の天才音楽家だ。
「お、俺、男性パートしか踊ったことぬぇから、足踏むかも」
「大丈夫、リードするから、それに、」
「初々しい二人のために、ウィンナ・ワルツをテンポ緩めに、」
 とクスクスと笑いながら指示していたのをヘクトールには聞こえていた。
 ぎこちない動きも最初だけ、元々躯を動かすことが嫌いではないマンドリカルドはステップを物にしていった。
「もう少し頼っても良いのだけど」
 口角を上げ笑うヘクトールにマンドリカルドはぼそぼそと呟く。
 雌と認めたがやはり慣れないパートとほんの少しのプライドが頼るのを躊躇させる。
「頼りぱなしというのは……
 ヒラヒラと燕尾服やスーツの後尾を翼主らしく翼のように翻しながら二人は踊る。
「そう、マンドリカルド、」
 少し回すといえばヘクトールはマンドリカルドの腕を高く上げると、くるりと一回転させた。
「次はもう少し速い曲になりそうだぜ」
……分かりました、どうかお導きを」
 一曲目が終わっても手を離そうとしないヘクトールに「可愛いなど」という感情が芽生えたのはマンドリカルドの秘密である。

「ヘクトール様、腰は……
 あの後、四曲踊った二人はヘクトールが満足したのか大広間の後ろに下がっていた。
「オジサンコレでも現役なんだけど」
「いやそのずっと踊っていたから、」
 マンドリカルドの前に魑魅魍魎欲望を抱えた斑類の令嬢と踊っていたのだから疲れたのだろうと口にすれば、ヘクトールはマンドリカルドの頭を撫でた。
「お前さんこそ、疲れただろ、今日はもう寝なさい、」
……あ、あの俺、」
 お互い番と認めたのだからやることは一つしかないが、ヘクトールはそれについては、はぐらかした。
「パリス、隠れてるんだろ、」
……バレちゃいましたね……
 使用人達が階下の洗い場へ食器を運ぶための抜け道から顔を出したのは、ヘクトールの弟パリスだった。
 まだデビュー前の彼は当然、ここに入ることを許させていないのでパジャマ姿である。
「マンドリカルドを部屋に案内するなら、許してやる、」
 その顔は弟の悪戯を許す兄の顔で雄の顔ではない。
 マンドリカルドに向ける顔も似たような表情なのだから、ナシということなのだろう。
「良いんですか……
「ああ、おやすみ、良い夢を」
 子どもではない、貴方の番だと云いたいがそれを言えば子どもだよと云われそうでマンドリカルドは頷き、「ヘクトール様も、良い夢を」とだけ返した。